学位論文要旨



No 216755
著者(漢字) 水早,純
著者(英字)
著者(カナ) ミズハヤ,ジュン
標題(和) 主機・軸系・船体構造の連成振動解析法の開発と主機起振力解明による低振動化手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216755
報告番号 乙16755
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16755号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

 主機関やプロペラに起因する起振力による船舶居住区振動は,主機・軸系と船体構造とが複雑に連成した系の応答が励起されるものであり,その解析精度の向上及び低振動設計には,起振力特性や構造側の連成振動特性を詳細に評価することが重要である。近年,主機高効率化の要請から主機関の高出力化やロングストローク化が進み,載荷高効率化の要請から主機の小型軽量化が進むことにより,主機起振力が増大すると共に軸系や主機構造の振動特性が船体振動に及ぼす影響も増大しており,船舶の低振動設計を取り巻く環境はますます厳しくなっている。一方,振動問題に起因すると思われる損傷事例等も発現しており,船舶の品質向上のために,新たな低振動設計指針の確立が望まれている。

 かかる背景に三菱重工業株式会社では,国内船主向けD/H VLCCのシリーズ建造に当たり,船舶・海洋事業本部,原動機事業本部,技術本部からなる「船体・主機振動分科会」を組織し,船体構造の防振設計を中心とした従来の手法に加え,主機・軸系構造及び船体構造双方の詳細な振動特性を考慮した新しい低振動設計指針の確立に取り組んだ。

 本論文は,分科会活動の中で開発した新しい船体振動応答解析法並びにこの解析法を用いて検討した各種振動低減対策及びこれら振動低減対策の新造船への適用例についてとりまとめたものである。

 第1章では従来の防振設計手法を紹介すると共に,最近の船体低振動設計を取り巻く環境の変化並びに新設計船の要目から想定される従来設計手法の課題について述べ,この課題に対して今回開発した新しい防振設計手法の位置づけ及び特徴について説明する。

 従来の防振設計手法は

・ 船体と主機軸系双方の詳細モデル導入による連成系振動特性推定精度向上が必要

・ 主機起振力特性の把握にあたり軸系振動特性の考慮が不充分

・ 船体側/主機側が一体となった総合的な取組みが不足

という課題を有している。

 そこで新たに開発するべき防振設計手法は,以下の特徴を有することが要求される。

・ 構造解析に際しては,船体,主機双方の詳細な振動特性を考慮できる

・ 船体/主機・軸系連成系の振動特性評価にあたって,船殻メーカ,主機メーカがそれぞれ相手方に詳細構造に関わる情報を提供する必要がない

・ 単体の振動特性変更に伴なう連成系振動特性の評価が容易であり,また,連成系振動特性を変更するために単体でどのような設計変更を実施するべきかという点について見通しがよい

・ 軸系振動特性や軸変形の影響を考慮した起振力解析ができる

 上記要件を満たす手法として,船体及び主機それぞれ単体の振動特性をモード座標上で結合する構造振動特性解析法並びに軸系振動特性の影響を考慮した起振力解析法を開発した。

 第2章では,新たに開発した主機構造と船体構造の連成振動特性解析法並びに等価起振力の概念を用いた船体振動応答解析法の定式化について説明する。

 連成振動特性解析法は,モード合成法を適用したもので,船体を主構造,主機を従構造とし,船体詳細モデル/主機詳細モデル双方の固有振動特性をモード座標上で結合するものである。一般的に,船殻メーカで主機も製造している例は少なく,船殻設計者と主機設計者がお互いの詳細設計情報を共有することは稀であるため,従来は双方が同一のモデルで低振動設計を検討することはなかったが,本手法により,それぞれの固有振動特性データを共有すれば,同一のモデルでの低振動設計検討が可能となった。

 また,船体応答解析法については,主機架構に作用させることにより機関実稼動時と等しい船体振動応答を励起する「等価起振力」の概念を提案し,この等価起振力が,剛な基礎に軸系を支持した条件での軸系から基礎への伝達力に等しいことを導出した。等価起振力の導入により,船体振動応答を励起する主機起振力の評価を,軸系のみの応答解析で実施できるようになり,効率的に低振動対策を検討できるようになると共に,起振力解析に軸系の振動特性を考慮した解析モデルを用いることで,従来考慮されていなかった軸系振動特性の主機起振力への影響を詳細に評価できるようになった。

 第3章では上記解析法の適用例として,240型VLCCを対象とした起振力及び振動応答解析結果について述べる。

 等価起振力解析においては,主機起振力に軸系振動特性が大きく影響していること,特に軸系からスラストブロック及び軸端縦振動ダンパを通じて主機架構に作用する軸方向伝達力には軸系の捩り及び縦の固有振動特性の影響が大きく現れていることを明らかにした。また,主機各部からの振動伝達力が船体上部構造振動に及ぼす寄与を解析し,解析対象船の上部構造振動に対してはこのスラストブロック及び縦振動ダンパを通じて主機に伝達される軸方向起振力による応答が支配的であることを示した。すなわち,解析対象船においてはこの起振力を低減させることにより,効果的に上部構造振動低減が図れる見込みがあり,従って上部構造低振動設計指針として,使用回転数に対する軸捩り及び縦振動数の設定が重要であるとの知見を得た。従来,主機各部から船体に入力される主機起振力のそれぞれが船体振動に及ぼす寄与度について論じた例は少なく,本解析により振動に対する影響が大きい起振力を特定したことにより,低振動設計を検討する上での見通しを良くすることができた。

 第4章では,船体構造,主機起振力の双方から各種低振動対策を検討し,それぞれの対策の効果について評価した結果について述べる。

 まず,船体構造側からの対策として,上記240型VLCCの上構振動に対して寄与の大きい振動モードの応答を低減する構造変更について検討した。第3章で明らかにした「振動応答に対する寄与の大きい起振力」に対して,この起振力の着力点と振動応答評価点の間の周波数応答関数に影響の大きい振動モードを特定すれば,これが振動応答低減に当たって「応答を抑制するべき振動モード」と考えることができ,この振動モードを対象に対策を検討すれば,効果的に低振動化を目指すことができる。

 従来のモード解析を適用した解析では,応答評価点におけるモードの値が大きい振動モードが議論の主対象となっており,起振力着力点の変形量まで考慮して低振動化対策を検討した例はないが,今回の取組みで,起振力特性や影響の大きい伝達経路も考慮に入れた低振動構造設計の検討が可能となった。また,この振動応答解析法により,連成系の振動モードに対して支配的な主機単体あるいは船体単体のモードを特定することができるため,船殻設計者は船体構造変更による連成系の低振動化対策を,主機設計者は主機構造変更による連成系の低振動化対策をそれぞれ検討することが可能となった。

 次いで,肥大船型と細長船型のモデルについて振動応答解析結果を比較することにより,船型や軸系の振動特性並びに運転条件と船体振動の関係について論じ,従来,経験的に得ていた船体振動と船型並びに運用条件との関係を数値的に明らかにした。

 更に,主機架構変更及び軸系変更の影響を検討することにより,肥大船型採用時の上構及び主機頂部振動応答低減のポイントを抽出した。すなわち,定格回転数の設定に応じて,低回転仕様の船には軸系捩り下逃げが,高回転仕様の船には軸系縦上逃げが有効であること,軸縦上逃げを実現するためには縦ダンパの剛性確保が重要であること,二重底がS字状に変形した上で主機が前後に変位するモードと起振力の共振回避が重要であることを明らかにした。低振動化には,定格回転数に応じた対策検討が有効であり,定格回転数の設定が重要な要素となる。

 この結果を受け,船殻側低振動対策として,主機前後ステイ追設及び二重底剛性変更を提案し,その効果を評価した結果,両者とも上記の二重底がS字状に変形する上で主機が前後に変位するモードの影響を低減するには有効であるとの知見を得た。

 一方,軸系振動伝達力低減対策としては,捩り振動ダンパ及び縦振動ダンパによる軸系振動特性制御について検討した。

 捩り振動ダンパについては,ダンパの効果によりバードレンジにおける軸系伝達力が低減することを確認し,この回転数域における主機振動並びに船体振動低減に有効であるとの見通しを得た。

 また,軸端縦振動ダンパについては,油圧式ダンパによる軸系振動特性の制御及びこれに伴なう起振力低減について検討し,ダンパ特性の解明並びに現状ダンパ特性の把握を実施した。ダンパの剛性及び減衰をパラメータとした起振力解析を通じて,ダンパ減衰効果が高い条件では軸方向の起振力が低減することが確認され,この結果に基づき,高減衰型新構造縦ダンパを提案した。このダンパの設置により,新造船を想定した高回転仕様VLCCにおいて,MCRでの軸方向伝達力が半減する見通しを得た。

 第5章では,上記各種振動低減対策を反映した新設計船の海上試運転時の船体各部振動計測結果を紹介する。新造船を対象とした振動応答解析結果は,海上試運転時に計測した船体各部の振動応答と精度良く一致し,本解析手法の妥当性を改めて検証することができた。また,新造船においては,振動低減対策の効果によりその振動レベルが従来船の約1/3程度という充分に低いレベルを達成しており,本解析手法を通じて実施した低振動設計が有効に機能したことを検証することができた。

 本手法の適用により,設計段階において有効な振動低減策を講じることが可能となり,船体振動の大幅な低減という船舶としての品質向上に大きな寄与を果たすことができた。

審査要旨 要旨を表示する

 船体構造と主機・軸系が複雑に練成した系に発生する現象である船体振動問題に対処するため、船体構造と主機構造それぞれ単独の振動特性を用いた練成振動解析法、船体各部の振動応答評価法を開発し、それらに基づいた船舶低振動対策評価手法の検討を実施すると共に、ここで提案した振動低減対策を新造船の設計に適用し、船体振動の大幅な低減を実現した。本研究の実施事項と主な成果は以下の通りである。

 1.多点結合サブストラクチャ法、等価起振力解析法を用いた船体・主機練成振動特性解析法及び振動応答解析法を開発し、これらを用いて計算した上部構造(居住区)加速度応答が実船計測結果と精度良く一致していることを確認した。この解析法により、船体側からも主機側からも同一のモデルを用いて高い精度で練成振動応答レベルを予測することができるようにした。

 2.主機稼働時に主機架構内でクランク軸が回転するため軸系振動特性が回転角に応じて変化する現象や、軸系の曲げ/捩り/縦練成振動特性を考慮して主機起振力解析を通じて、主機起振力から船体振動応答が発生するメカニズムを解明し、起振力解析の際に軸系振動特性を考慮する重要性を示すと共に、起振力には主軸受部やスラストブロック及び軸端ダンパでの支持剛性も含めた軸系振動特性が大きく寄与していることを明らかにした。

 3.主機筒内圧及び慣性力が軸系を介して主機構造に伝達され、船体各部の振動を励起する現象に対し、各部から伝達される主機起振力が船体上部構造振動に及ぼす寄与について論じ、主機からの振動伝達力と上部構造の振動との関係を定量的に明らかにした。

 4.筒内圧から船体・主機練成系の振動特性を考慮した船体各部振動解析を可能とし、この手法によるパラメータスタディを通じて振動応答低減のポイントを抽出した。すなわち、定格回転数の設定に応じて、低回転仕様の船には軸系捩り下逃げが、高回転仕様の船には軸系縦上逃げが有効であること、軸縦上逃げを実現するためには縦ダンパの剛性確保が重要であること、二重底がS字状に変形した上で主機が前後に変位するモードと起振力の共振回避が重要であることを明らかにした。この結果を受け、船殻側低振動対策として、主機前後ステイの追設及び二重底剛性変更を提案してその効果を評価した結果、両者とも上記の二重底がS字状に変形する上で主機が前後に変位するモードの影響を低減するには有効であるとの知見を得た。

 5.起振力低減対策として捩りダンパ及び縦振動ダンパによる軸系振動特性制御について検討した。特に縦振動ダンパについてはダンパ特性の解明、現状ダンパ特性把握を実施し、配管系の流動抵抗が大きいという現状ダンパの問題点を抽出すると共に、ダンパの減衰効果が高い設定条件では軸方向の寄進力が低減することを確認した。この結果に基づき、台板剛性の向上、受圧面積の増大、配管抵抗の低減を盛り込んだ高減衰方新構造縦ダンパを提案し、このダンパを設置することにより、新造船を想定した高回転仕様VLCCにおいて、MCRにおける軸方向伝達力が半減する見通しを得た。

 6.D/H VLCC新造船の低振動設計に個々で開発した振動解析手法を適用し、新設計における定格回転数の上昇に応じて機関室内底板の増厚やウエブフレーム増設、上部構造の剛性増加対策を実施すると共に、新構造縦振動ダンパにより軸系起振力低減を図った。海上試運転時の船体各部振動計測結果がホン解析手法による応答評価結果とよく一致することから本手法の妥当性・有効性を確認すると共に、新造船の振動が従来船と比較して約1/3程度と大幅に低減したことを併せて確認した。

 以上のようにここで開発した振動解析手法の適用により、設計段階において有効な振動低減策を講じることが可能になり、船体振動の大幅な低減という成果を得た。主機関と軸系及び船体構造を練成させて解く解法の開発により、起振力を解明し、低振動化手法を確立したと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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