No | 216756 | |
著者(漢字) | 柳原,正明 | |
著者(英字) | Yanagihara, Masaaki | |
著者(カナ) | ヤナギハラ,マサアキ | |
標題(和) | 宇宙往還機形状の空力特性推定のための飛行試験法に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216756 | |
報告番号 | 乙16756 | |
学位授与日 | 2007.03.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16756号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 航空宇宙工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有翼宇宙往還機の基本形状,すなわちベース面を持つ特殊な形状に対しては,風洞試験あるいはCFD(Computational Fluid Dynamics,数値流体力学)による空力特性推定結果は誤差が大きいことが知られている.これは,剥離状態となったベース面の流れについて,風洞試験では模型支持装置の影響を受けて流れが大きく変化すること,CFDでは剥離状態の流れを再現することが困難であることが主な原因である.また,遷音速領域では小さな要因により衝撃波が移動する等,機体周りの流れが大きく変動するため,風洞試験では支持装置や風洞壁の,CFDではメッシュの切り方等の微妙な差が推定特性の大きな差として影響し,推定結果の不確定性が他の速度域に比べて一層大きくなる.このような誤差要因を含まない空力特性推定として,飛行試験による推定が考えられるが,宇宙往還機は通常の航空機とは飛行パターンが大きく異なるため,航空機の空力特性推定と同じ飛行試験手法はとることができず,新たな飛行試験方式を開発する必要があった.仮にこうした飛行試験による空力特性推定が実現すれば,将来の宇宙往還機開発に直接的に有益であるばかりでなく,風洞試験及びCFD解析の高精度化に向けた技術研究のための参照データとしても大きな価値がある.本論文では,低速飛行領域及び遷音速飛行領域の2種類の速度域における新たな空力特性推定飛行試験手法を提案し,飛行試験によって実際にデータを取得し,風洞試験及びCFD解析結果と比較することによって,その有効性を確認した結果を示す. 本論文の前半では,低速飛行領域の空力特性推定飛行試験の新たな手法を提案し,地上試験による評価と,実証飛行試験を行った結果をまとめる.宇宙往還機は,帰還軌道では滑空飛行となるが,一般に低揚抗比形状であるため,低速飛行領域での釣り合い飛行では飛行経路角が-20゜〜-30゜と,通常の航空機に比べて極めて深い角度で,かつ速度も高速となり,高度沈下率が大きい.そのため,この飛行フェーズの飛行試験を行うことを考えた場合,充分なデータ取得時間の確保と,着陸のための誘導あるいはパラシュート等による回収に必要な高度余裕を考慮すると,飛行開始高度はかなり高くする必要があり,飛行試験の規模が大きくなる.これは,試験コスト及びリスクの増大を意味する.こうした課題の解決方法として,母機ヘリコプターを用いた懸吊飛行試験(図1)による空力特性推定手法を提案した.懸吊飛行では,特性推定の対象となる実験機は,設計重心位置に設置された2自由度ジンバルを介して母機ヘリコプターから1本のケーブルで懸吊され,無推力飛行を行う.考案した手法は,まず,既に技術確立していたケーブル支持動的風洞試験技術を応用した懸吊風洞試験により,その有効性確認及び問題点の把握を行い,その結果を踏まえてNAL(National Aerospace Laboratory of Japan,航空宇宙技術研究所)/NASDA(National Space Development Agency of Japan,宇宙開発事業団) HOPE-X(H-II Orbiting Plane-Experimental)プロジェクトの一環であるALFLEX(Automatic Landing Flight Experiment,小型自動着陸実験)に適用した.ALFLEX懸吊飛行試験では,エレベータ,エルロン,あるいはラダー操舵による動的試験と迎角,横滑り角スウィープによる準静的試験を実施し,空力6分力係数の推定を行った.推定された6分力を,設計空力モデル及びその他の各種風洞,各種風洞模型を用いた風洞試験結果と比較した結果,抗力係数及び横力係数の推定値がフライトごとにばらついたことを除いて,舵効き,動特性も含めて,通常の飛行試験による推定結果に比べて良好な推定が行われたことが示された.抗力,横力係数のばらつきの原因は,ジンバル角の計測誤差であり,この計測誤差は,懸吊中の母機からの電力供給,電源内外切り替え/分離コマンド伝達等のために懸吊ケーブルと並行して設置されているアンビリカル・ケーブルの影響によるものと推定された.内部電源の使用,コマンドの無線伝送等によってアンビリカル・ケーブルを廃止することによって,この問題は解決されると考えられる.一方,母機ヘリコプターのダウンウォッシュについては,懸吊状態で実験機は母機の約24m下方に位置し,かつ50m/s程度の速度で水平飛行しているため,当初影響はないと考えていたところ,飛行データの解析により,影響を受けていた可能性が示された.本解析では,この結果をADS(Air Data System)の校正には反映したが,さらに詳細な検討として,懸吊ケーブルの長さの最適化を含め,CFD,飛行試験計測等による詳細なダウンウォッシュの影響解析が必要である. 本論文の後半では,遷音速空力特性を推定するための飛行試験手法を提案し,シミュレーションによる評価と,実証飛行試験を行った結果についてまとめる.宇宙往還機は,その帰還軌道の遷音速飛行フェーズでは,急激に減速し,それに伴って空力特性も急速に変化する.したがって,通常の飛行パターンを用いる限り,風洞試験のような,一定マッハ数で迎角をパラメトリックに変化させたデータの取得等は不可能である.この課題を克服するため,高空からの(制御された)落下滑空による飛行試験法(図2)を提案した.この飛行試験では,落下中の高度変化に伴う空気密度の変化を利用することにより,マッハ数一定での準静的迎角スウィープが可能となる.考案した手法は,数学シミュレーションにより成立性と有効性を確認するとともに飛行試験計画を立案し,その結果を反映してNAL/NASDA HOPE-Xプロジェクトの一環である高速飛行実証フェーズIIに適用することにより,実飛行による手法の実証を行った.平成15年にNAL/NASDAにCNES(Centre National d'Etudes Spatiales of France,フランス国立宇宙研究センター)を加えた3機関共同で実施された飛行実験では,マッハ0.8/1.05/1.2での3回の飛行が計画され,その第1回飛行においてマッハ数0.8における準静的迎角スウィープが実現した.実験の結果として,縦3分力空力係数と,ベース面及びボディ・フラップ上面圧力及び舵面ヒンジ・モーメントが取得された.この結果を,飛行前風洞試験に基づいて設定された設計空力モデルと比較した結果,全ての飛行試験結果が風洞試験の推定誤差範囲内に入り,飛行試験推定値に大きな問題がないことと,風洞試験誤差の設定が正しかったことが示された.ただし,ピッチング・モーメントに関しては,推定誤差範囲内ではあるが,比較的大きな誤差が見られた.この原因は,風洞試験におけるエレボンの舵効きに誤差があった可能性が示された.また,飛行試験後,JAXA/CNES共同研究に基づいて,舵角,マッハ数等を第1回飛行試験での飛行状態に合わせた風洞試験及びCFD解析が日仏両国で実施されが,この結果からも,飛行試験により,有益なデータが取得されたことが確認された.飛行試験は,本手法とは直接関係しない回収系の不具合により1回で中断されたが,試験方式自体はマッハ数1以上の飛行に関しても同じように適用可能と判断され,その有効性が実証された. 本論文では,宇宙往還機形状の空力特性を飛行試験によって取得するため,低速飛行領域での懸吊飛行試験方式と,遷音速飛行領域での落下滑空飛行試験方式による空力特性推定手法を新たに提案し,それぞれ実証飛行試験によって有効性を確認した.取得した空力特性は,今後の宇宙往還機開発に役立つことはいうまでも無く,風洞試験及びCFD解析による推定精度の向上に向けた技術検討のための基盤となる比較対象データとして活用されることが期待される. 図1 懸吊飛行試験 図2 高空からの落下滑空飛行試験 | |
審査要旨 | 工学修士 柳原正明 提出の論文は「宇宙往還機形状の空力特性推定のための飛行試験法に関する研究」と題し、6章と付録からなる。 宇宙往還機は、ベース面を有する特異な機体形状を持つため、風洞試験あるいはCFD(Computational Fluid Dynamics,数値流体力学)による空力特性推定が困難である。これは、風洞試験では、模型支持装置の影響によりベース面の剥離領域の流れが変化するために空気力の正確な計測が難しく、CFDでは剥離領域の正確な再現が技術的に困難なためである。そのため、通常の航空機でも推定が困難な遷音速領域はもとより、亜音速領域においても風洞試験やCFDによる宇宙往還機の空力特性推定には限界があり、実飛行試験により空力特性の推定が必要とされる。ただし、宇宙往還機は通常の航空機とは飛行パターンが大きく異なるため、従来の飛行試験方法をそのまま適用することが困難であり、新たな飛行試験方式を確立する必要があった。 宇宙往還機は帰還時には推力を使用せず、また、極端な低揚抗比形状であるため、飛行経路角がマイナス20度から30度と大きく、沈下率も大きいため、空力特性の推定に必要な飛行なデータを取得することが困難であった。このため、本論文は、宇宙往還機形状の低速飛行領域及び遷音速飛行領域の2種類の速度域における空力特性推定のための新たな飛行試験手法を提案している。低速飛行領域では母機ヘリコプターを用いた懸吊飛行試験方式、また、遷音速飛行領域では、高層気球を用いた高空からの落下滑空による飛行試験方式を新たに考案し、また、両手法により実際にデータを取得し,風洞試験及びCFD解析結果と比較することによって,その有効性を示そうとしている。 第1章は序論で、本研究の背景と目的を明らかにしたうえで、過去の研究事例について概観し、本論文の構成を整理している。 第2章では、従来の飛行試験による空力特性推定法を概観し、宇宙往還機の小型自動着陸実験(ALFLEX、Automatic Landing Flight Experiment)に適用している。その結果、大きな沈下率をもつ宇宙往還機では、飛行時間が短く,飛行中に大きな姿勢変動を伴う運動を起こすことが困難なため、機体の空力特性推定には限界があり,望ましい飛行パターンを実現する飛行試験手法の考案が必要であると指摘している。 第3章ではヘリコプターによる懸吊飛行による空力特性推定法を提案し、飛行試験結果を考察している。まず、小型自動着陸実験機に関する懸吊風洞試験により手法の有効性を確認した後、実際の飛行試験において空力特性推定のためのマヌーバを行い,空力特性推定を行った結果を示している.得られた空力特性を,静的な風洞試験の結果及び第2章に示した従来手法の結果と比較した結果、抗力係数及び横力係数に変動が見られた点を除き、提案する懸吊飛行試験法により、舵効き、動特性を含めて合理的な推定が可能なことが示された。抗力係数及び横力係数の推定結果に変動が見られた原因は、懸吊ケーブルに付けられた電力供給及びコマンド伝達用のケーブル(アンビルカル・ケーブル)の影響であることを解明するとともに,懸吊用のヘリコプターのダウンウォッシュの影響についても分析し、改善の方法を明らかにしている。 第4章では、遷音速空力特性推定のために、高層気球を用いた高空からの落下滑空飛行試験法を提案し、HOPE-X(H-II Orbiting Plane-Experimental)プロジェクトの高速飛行実証試験に適用した結果を示している。その方法は、滑空飛行中に、落下中の高度変化に伴う空気密度の変化を利用することにより、マッハ数一定での準静的な迎角スウィープ飛行試験をおこなうものである。数学シミュレーションによってその成立性と有効性を確認した後、飛行試験計画を立案し、高層気球により高度21kmから落下試験を行い、マッハ数0.8における準静的迎角スウィープ飛行を実施した。実験の結果として,縦3分力空力係数と,ベース面及びボディ・フラップ上面圧力及び舵面ヒンジ・モーメントが取得された。得られた結果は、風洞試験やCFD解析との結果と整合性が取れており、実験法の有効性を示すともに、エレボンの舵効きの推定誤差など、風洞試験の課題も明らかにしている。 第5章は総合評価であり,第3章及び第4章において新たに提案した飛行試験手法の特徴を風洞試験法、CFDと比較して総合的に整理している。 第6章は結論で、本論文で得られた成果を要約している。 以上、要するに、本論文は、宇宙往還機形状の空力特性推定のための飛行試験法として、ヘリコプターによる懸吊飛行による低速飛行領域での空力特性の推定法と、高層気球による落下中にマッハ数一定での準静的な迎角スウィープ飛行試験による高速飛行領域での空力特性推定法を提案し、それぞれの飛行試験を計画、実施し、取得されたデータを分析することで、提案する手法の有効性を検証した。提案された飛行試験法は世界にも例が無く、これらの成果は、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/38119 |