学位論文要旨



No 216758
著者(漢字) 秋光,淳生
著者(英字)
著者(カナ) アキミツ,トシオ
標題(和) 時空間情報コーディングに基づくSTDPによる自己組織化
標題(洋) Self-organization through spike-timing dependent plasticity based on spatiotemporal coding
報告番号 216758
報告番号 乙16758
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16758号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 助教授 鈴木,秀幸
内容要旨 要旨を表示する

 近年、より精緻な時間精度に基づく実験結果からスパイクタイミング依存型学習(STDP)と呼ばれるシナプスの可塑性が観測されている。このSTDPに基づいて新しい自己組織化モデルを提案する。

 繰り返される変動刺激に対して、神経細胞がミリ秒単位の精度同じ振る舞いをすることが多くの実験によって報告されている。モデル研究を通じて、このように同一の入力を繰り返し用いて、STDPにより学習させた場合には、最も早く到着するパルスに対するシナプス結合が強化されることが示されている。また、モデル研究によって、多くの同期した神経細胞は、その同期している数が十分に多く、またその同期の程度が十分に高ければ、ノイズのある状況であっても、全結合層状ネットワークにおいて安定に伝播することが示されている。そこで、このような観点から、同期したニューロン集団の発火が脳において情報を表現していると考え、このような同期したニューロン集団の発火を入力パターンとして用い、STDPが、シナプス結合の中で最適な長さの結合遅延を持つ結合を強化することで自己組織化を行うモデルを構築する。

 最初に、大脳皮質の構造を模したネットワークを用いて、最も短い結合遅延を持つ結合のみを強化することで自己組織化が行われることを示す。また、このモデルにおいて、局所的に同期した入力パターンに対してトポロジカルマップが形成されることを示す。

 次に、自己組織化を通じて、入力の発火集団の同期の程度が高い場合に、結合遅延の持つばらつきを反映して、巨視的には連続的でありながら、局所的には分散した発火パターンが自己組織化することを示す。この振る舞いはITニューロンの振る舞いを説明するモデルとなっている。

 最後に、遠方との相互作用を考慮に入れた自己組織化モデルの振る舞いを述べる。空間的にばらついた入力パターンを受けると、短い結合遅延を持つ興奮性の側結合は、このようにばらついた入力を、空間的に連続で同期した発火パターンへと自己組織化するように作用する。このとき、興奮性の側結合の中に、結合遅延の長いシナプス結合が適度な割合で存在している時、このような束状のクラスター発火が空間的に滑らかに変化するようなトポロジカルマップが形成されることを示す。

 「脳において情報がどのように符号化され、処理されているのか」ということは脳研究において重要な問題である。ここで示した結果は、時間的な発火頻度という情報が同期している集団の空間的な頻度へと変換され、神経細胞はより精緻な時間情報と空間的な発火頻度の両方の情報を利用して情報処理を行っていることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Self-organization through spike-timing dependent plasticity based on spatiotemporal coding(時空間情報コーディングに基づくSTDPによる自己組織化)」と題し6章よりなり、同期した神経細胞の活動が情報を表現しているという観点から大脳皮質の自己組織化モデルを提案し、その振る舞いを数値的に解析して、神経細胞が空間的な発火頻度とより精緻な時間タイミングの両方を利用して情報処理を行っていることを示すものであり、英文で執筆されている。

 第1章は「序論」であり、脳における情報コーディングに関する理論的および実験的な議論を簡潔にまとめ、また本論文の目的を述べている。

 第2章は「スパイクタイミング依存型学習(STDP)の平衡特性」と題し、STDPについて、これまでの実験結果および理論的な研究を概説し、特にポアソン入力に対する学習後の結合荷重の平衡点について述べている。

 第3章は「局所的な同期連鎖パターンを用いたSTDPによる自己組織化」と題し、大脳皮質の構造を模したネットワークを用いて、自己組織化を行うモデルを提案しその振舞いについて論じている。まず、STDPによって、短い結合遅延を持つ結合荷重を強化することで自己組織化するモデルの仕組みについて述べ、このモデルを用いて、局所的に同期した入力パターンに対してトポロジカルマップが形成され、さらに同期の程度が高い場合には分散発火が生じることを、シミュレーションにより示すことに成功した。

 第4章は、「高く同期した入力に基づく局所的に分散した発火パターンの自己組織化」と題し、STDPによる自己組織化を通じて、入力の発火集団の同期の程度が高い場合に、結合遅延の持つばらつきを反映して、巨視的には連続的でありながら局所的には分散した発火パターンが自己組織化することを示している。大脳皮質の初期視覚野では隣接する神経細胞では、似た刺激に対して近い神経細胞が反応するが、物体認知の最終段階であるIT野では各パターンに対する反応は皮質野の近い神経細胞であっても大きく異なることが知られている。しかし、一方で連続的に入力を変化させて、神経細胞の活動を巨視的に観察すると活動は皮質上を連続的に変化することが知られている。つまりIT野においては巨視的には連続的でありながら局所的には分散した発火パターンが生じていることが示唆される。本モデルはITニューロンの振る舞いをうまく説明することに成功している。

 第5章は、「空間的に滑らかに変化する発火パターンが自己組織化するための長い結合遅延の効果」と題し、遠方との相互作用を考慮に入れた自己組織化モデルの振る舞いを述べ、興奮性の相互結合の中に、結合遅延の長いシナプス結合が適度な割合で存在している時、束状のクラスター発火が空間的に滑らかに変化するようなトポロジカルマップが形成されることを示している。初期視覚野の神経細胞は同一の刺激を受けた場合であっても受容野周辺の刺激に応じて異なる反応を示すことが知られている。このような反応の背景には外側膝状体のフィードバックが重要な役割を示すことが示唆されている。本モデルは外側膝状体とのフィードバック結合が適度な割合で存在することが、連続的に変化するパターンを空間的に滑らかに変化させる役割を果たしていることを示した。

 第6章は結論であり、上記の内容をまとめている。

 以上これを要するに、本論文は、同期した神経細胞の活動が情報を表現しているという観点から大脳皮質の自己組織化モデルを提案し、その振る舞いを数値的に解析して、神経細胞が空間的な発火頻度とより精緻な時間タイミングの両方を利用して情報処理を行っていることを示したもので、脳科学と情報工学の分野の発展に貢献するところが少なくない。

 したがって、博士(工学)の学位を授与できると認める。

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