学位論文要旨



No 216761
著者(漢字) 神野,浩
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,ヒロシ
標題(和) 高効率有機エレクトロルミネッセンス素子の開発
標題(洋) Development of High-Efficiency Organic_Electroluminescent Devices
報告番号 216761
報告番号 乙16761
学位授与日 2007.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16761号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

第1編:本研究の目的

 1980年代に有機・高分子材料の光電子機能を利用する「分子電子デバイス」の概念が提案され、導電性高分子や有機光導電体(OPC)をそれぞれ用いた固体電解コンデンサや複写機などが有機電子デバイスとして成功を収めた。現在、これらの技術を基礎に、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)、有機TFT、有機メモリーや有機太陽電池など有機半導体デバイスの研究が行われている。なかでも有機ELは、1987年にC. W. Tangらが積層有機薄膜への電荷注入で励起分子からの発光を観測して以来、次世代の自発光ディスプレイとして注目を集めた。1997年に実用化が始まった有機ELディスプレイの市場規模は2005年に700億円に達したが、競合する中・小型液晶ディスプレイの市場規模は2兆5000億円であり、有機ELは広く受け入れられるに至っていない。更なる性能向上を目指し、電荷注入・輸送機能や蛍光の内部量子収率に優れた有機材料と素子構造を中心に研究開発が進んでいる。

 有機ELは既存の液晶ディスプレイと比べ、薄型軽量化、広視野角、高輝度、高速応答性、広い色再現性範囲、簡便(低コスト)な素子形成プロセスなどの長所をもつ(Fig. 1)。一方、携帯情報機器等の高品位フルカラーディスプレイとして液晶ディスプレイに対し優位性を示すには次の課題を克服する必要がある。

 (i) 低消費電力化:消費電力を下げるために高効率化、低電圧駆動を実現する。

 (ii) 長寿命化:長時間連続発光における輝度減衰を低減する。

 本研究では、フルカラーディスプレイの実用化を視野に、赤色・白色発光有機EL素子の高効率化と、長寿命化技術の開発に主眼を置いた。とりわけ赤色発光材料はバンドギャップが狭いためにキャリアトラップとなって高駆動電圧となる問題がある。白色発光素子はカラーフィルターと組み合わせてフルカラー化を図るために重要であり、更なる高効率化が必須であるからである。これらを解決するため、励起エネルギー伝達と有機材料の電荷伝達機構について詳しく検討することにより、新有機材料と素子構造の開発を行った。その結果、赤色・白色有機EL素子ともに世界最高レベルの高効率を達成し、有用な知見を得ることができた。

第2編:赤色発光有機エレクトロルミネッセンス素子の高効率化および長寿命化

1. rubrene色素増感法による赤色発光素子

 有機ELフルカラーディスプレイでは、赤・青・緑の発光材料による三色塗り分け方式が広く使われている。そのうち赤色有機ELには、電流効率や寿命が低いという短所があった。

 通常の赤色発光層(Emitting layer: EML)には、効率と安定性で優れる理由からホスト材料にAlq、蛍光赤色発光ドーパントにDCM類似体を多用する。しかし、高電流密度域ではホスト材料Alqからの発光が起こり、色純度と発光効率が下がる問題があった。その原因として、ホスト材料と赤色発光ドーパントの励起状態のエネルギー差が大きいためにエネルギー移動が不完全となると考えた。そこで、ホストAlqと赤色発光ドーパントDCJTBの中間のエネルギーレベルを持ち、高効率な黄色発光ドーパントであるrubreneを増感剤として加えた素子を開発した(Fig. 2(a))。DCJTB 2%のみをドープする場合と比べDCJTB 2%とrubrene 10%をホストAlqにドープした素子では、色度 (0.64, 0.36)は変化せず、電流効率と電力効率(at 20mA/cm2)がそれぞれ1.7cd/Aから4.3cd/A, 0.6lm/Wから1.7lm/Wと大幅に効率が向上した。rubreneの発光スペクトルとDCJTBの励起スペクトルが互いに良くオーバーラップすることから、rubreneからDCJTBへの良好なForster機構のエネルギー伝達パスが形成された。また、rubreneのドープ濃度を増すに従い駆動電圧が低下した。これは、rubreneを高濃度にドープすることでAlqではなく直接rubrene分子への電荷注入および励起子生成が支配的になり、効率向上につながったと思われる。ホストと発光ドーパント間のエネルギー伝達を媒介するこの新規ドーピング手法(Fig.2(b))は、広範囲な有機EL素子に応用可能な技術として重要である。

2. rubreneをホスト材料に用いる高効率赤色発光素子

 上記のように、赤色発光素子では通常、AlqホストにDCJTB等のDCM類似体を発光ドーパントに用いる。一方、新しい材料系に基づいた高効率・長寿命な素子の報告例は少ない。そこで、rubrene色素増感法における知見をもとに、rubreneを赤色発光ドーパントのホスト材料として用いた素子を開発した。rubreneの最高被占軌道(HOMO)の最低非被占軌道(LUMO)はそれぞれ5.5eV, 3.0eVであり、Alq (5.7eV, 2.8eV)と比べバンドギャップが狭く、赤色発光ドーパントとの励起エネルギーの差が小さく、エネルギー伝達に有利である。Fig. 3に示す蛍光赤色発光ドーパントDBPをホストrubreneにドープした発光層と、電子輸送層(Electron Transport Layer: ETL) DBzAを使用した新規赤色素子(Device E)を作製した。Alqをホストまたは電子輸送層に用いた素子Device A-Dと比較した結果をTable 1に示す。Device Eは20mA/cm2で駆動電圧3.2V, 電流効率5.4cd/A, 電力効率5.3lm/W, 外部量子効率4.7%, 色度(0.66, 0.34)の特性を示した。更に、安定した素子寿命を示した。これはりん光赤色発光素子を含めて最も高効率の素子のひとつである。rubreneのキャリア輸送性とDBzAの電子注入性がAlqよりも優れている点が主要因であると分かった。本研究における新規材料系での高性能素子は、今後の材料設計および素子構造の指針として有用な結果だといえる。

第3編:白色発光有機エレクトロルミネッセンス素子の高効率化

1. 蛍光・燐光材料への一重項および三重項励起エネルギー伝達経路を制御した高効率白色発光素子

 三重項励起子と一重項励起子の生成割合は3 : 1である。したがって、一重項励起エネルギーの緩和による蛍光だけでは内部量子効率は最高25%、光取り出し効率は約20%であるため外部量子効率は最高5%程度にとどまる。1998年にプリンストン大学のS.R.Forrestらによって、IrやPt等の重金属を含むりん光発光材料ではスピン軌道カップリング(重原子効果)により一重項-三重項の項間交差速度が速くなり、室温でりん光有機EL発光が観測されることが発見された。これにより、内部量子効率が100%となる有機EL素子が可能となり、飛躍的な発光効率が向上した。しかし、一般にりん光は波長が長いものが多く、青色のような短波長の光を放出することは難しく、素子寿命も著しく短い。

 そこで、蛍光青色発光ドーパントとりん光緑色,赤色発光ドーパントを用いて内部量子効率が100%となる新しい原理の高効率白色素子を開発した。Fig. 4 (a)に示す通り、青色蛍光発光層で生成した一重項励起エネルギーは蛍光青色発光に消費され、より低エネルギーの三重項励起エネルギーは伝導性スペーサー内を拡散移動し選択的にりん光緑色と赤色発光ドーパントでりん光として消費される。さらに、本素子では、一重項と三重項エネルギーは独立したエネルギー伝達経路で発光に消費されるため、一重項-三重項の項間交差によるエネルギーロス(〜0.8eV)が発生せず、高効率発光となる。外部量子効率と電力効率はそれぞれηext=11.0%, ηp =22.1lm/Wと高効率発光を実現し、電流密度変化に対して安定した発光スペクトルが得られた(Fig. 4 (b))。さらに、三重項励起子の拡散によりTriplet-Triplet annihilation が低減し、高電流密度域での効率低下を抑えられた。この成果は、高効率と長寿命を両立させる新しい素子構造だといえる。

2. 新規中間層を導入した高効率なスタック構造りん光白色発光素子

 近年注目されているスタック構造は、複数の有機EL発光ユニットを積層し隣接する発光ユニットの間に電荷発生層を挟み込んだ構造である。従来の単層発光ユニットと比べn個の発光ユニットをスタックした場合、一定電流密度に対する輝度がn倍(電流効率がn倍)になる (Fig. 5)。電流量が少ない為、素子の長寿命化にもつながる。しかし、スタック構造では発光層でのキャリアバランスを良好に保つことが難しく、更に既知の電荷発生層V2O5やFeCl3が短波長域での透過率が低いために白色素子の高効率なスタック構造は報告されていなかった。今回、可視領域で高い透過率(>80%)を有し、かつ電荷注入特性に優れた電荷発生層MoO3を新たに導入した白色スタック素子を開発した。発光層でキャリアを閉じ込める為に、ホールと電子ブロック層を発光層両端に積層した。りん光発光ユニットをそれぞれ1, 2, 3層スタックした素子(1, 2, 3-SOLED)の特性をTable 2にまとめた。発光ユニット数にほぼ比例して外部量子効率(ηext)が増加し、外部量子効率と電力効率はそれぞれηext=34.9%, ηp =22.7lm/Wと、きわめて高効率な発光が実現できた。これは白色有機ELをフルカラーディスプレイや照明用途に応用する技術として有望である。

Figure 1.有機EL(左)と液晶ディスプレイ(右)の視野角(上)・応答速度(下)の比較

Figure 2. (a) Chemical structures of the organic materials used in the emission layer. (b) Proposed energy transfer mechanisms in the emission layer with or without rubrene.

Figure 3. (a) Chemical structures of the organic materials used in the emission layer. (b) Proposed

Table 1. Employed materials and performances for devices A-E, (ITO/CFx/NPB (60 nm)/emitting layer (40 nm)/electron-transporting layer (20 nm)/LiF (1nm)/Al) at a current density of 20 mA/cm2.

Figure 4. (a) Proposed singlet and triplet energy transfer mechanisms in the fluorescent/phosphorescent white OLED. (b) Electroluminescent spectra vs. current densities.

Figure 5. The device structures of the conventional OLED and the stacked OLED.

Table 2: Characteristics of white SOLEDs.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)素子の効率向上に向けた研究の成果をまとめたもので,計六章よりなる。

 第1章は序論とし,1987年に初めて報告され,薄型軽量化・広視野角・高輝度・高速応答性・広い色再現性範囲・素子作成の簡便性(低コスト性)といった長所をもつ有機EL素子につき,開発史と特性,用途を概観したあと,赤色発光および白色発光EL素子の現状と本研究の目的を述べている。また第2章では,分子の電子状態に基づきエネルギー移動と発光のメカニズムを概観している。

 第3章には,赤色発光有機EL素子に関する研究の成果をまとめている。液晶ディスプレイをしのぐ高効率化(駆動電圧の低減)と長寿命化(輝度減衰の低減)を目指し,多環芳香族化合物のルブレンを増感剤に使うEL素子の性能を検討した。ルブレンは,ホスト(アルミニウムキノリン錯体Alq)と赤色発光ドーパント(ピラン誘導体DCJTB)の中間的なエネルギー準位をもち,発光スペクトルがDCJTBの吸収スペクトルとよく重なり合う物質であることより選択した。

 ホストAlqにDCJTBを 2%ドープした素子と,DCJTB 2%+ルブレン10%をドープした素子は,電流効率・電力効率がそれぞれ1.7 cd / A・4.3 cd / A,0.6 lm / W・1.7 lm / Wとなって,予期どおりルブレンの添加により効率が大幅に向上した。この新規ドーピング手法は,有機EL素子に広く応用可能だと結論している。

 また,ルブレンを増感剤ではなくホスト材料に使い,テトラフェニルジベンゾペリフランテンDBPをドーパント,アントラセン誘導体DBzAを電子輸送層に使う新規な赤色EL素子を作成して性能を評価したところ,駆動電圧3.2 Vにおいて電流密度20 mA / cm2,電流効率5.4 cd / A,電力効率5.3 lm / W,外部量子効率4.7%,色度[0.66, 0.34]となり,リン光発光素子を含むあらゆる報告例のうち最高効率のEL素子であり,素子寿命も安定していた。Alqに比べ,ルブレンのキャリア輸送性とDBzAの電子注入性が高いためにこうした成果が達成できたと結論づけている。

 第4章には,白色発光有機EL素子に関する研究の成果をまとめている。検討の着眼点には,(1)蛍光・リン光材料への一重項および三重項励起エネルギー伝達経路の制御を通じた高効率化と,(2)新規な中間層を使うスタック構造の導入によるリン光白色発光素子の高効率化の二つがある。

 まず(1)については,イリジウムや白金など重金属を含むリン光発光材料を使えば重原子効果(スピン-軌道カップリング)が項間交差を速めて内部量子収率が100%になるという予測(1998年)に基づき,前記CBPをホスト,イリジウム錯体Ir(bpy)3と前記ピラン誘導体DCJTBを発光性ドーパントとする白色発光素子を作成して性能を評価した。その結果,青色蛍光発光層で生じた一重項励起エネルギーが蛍光青色発光に消費され,より低エネルギーの三重項励起エネルギーが伝導性スペーサー内を拡散移動し,選択的に緑色・赤色発光ドーパントでリン光に変わり,一重項→三重項の項間交差によるエネルギーロスがない高効率発光が生じると判明した。外部量子効率と電力効率はそれぞれηext =11.0%,ηp =22.1 lm / Wとなり,電流密度の変化に左右されにくい安定した発光スペクトルを得た。こうして,高電流密度域の効率低下を抑え,高効率と長寿命が両立した新規な素子を実現している。

 また(2)については,n個の有機EL発光ユニットを積層して隣接ユニット間に電荷発生層を挟み,一定電流密度で輝度(電流効率)が単層発光ユニットのn倍となるうえ素子の超寿命化にもつながるスタック構造の検討を行っている。従来の電荷発生層(V2O5やFeCl3)の透過率が短波長域で低いことに注目し,可視域の透過率が80%以上と高く,電荷注入特性にもすぐれた電荷発生層MoO3を使う白色スタック素子を開発した。リン光発光ユニットを1,2,3層スタックした素子は,ユニット数にほぼ比例する外部量子効率ηextを示し,外部量子効率と電力効率それぞれηext = 34.9%, ηp = 22.7 lm / Wの高効率発光EL素子が実現でき,フルカラーディスプレイや照明用途に応用できる有望な技術だと結論している。

 第5章には上記の研究成果を総括し,フルカラー表示用有機EL素子の将来展望も述べている。

 以上要するに本研究は,将来のエレクトロニクス産業で重要な役割を演じる有機EL素子の高効率化につながる数々の有用な知見を得たものであり,工業物理化学,材料化学,材料工学の進展に大きな意義を有する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49020