学位論文要旨



No 216763
著者(漢字) 冨山,実
著者(英字)
著者(カナ) トミヤマ,ミノル
標題(和) 伊勢湾周辺におけるイカナゴの資源管理に関する研究 : 間欠的に加入する資源の有効な管理方策
標題(洋)
報告番号 216763
報告番号 乙16763
学位授与日 2007.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16763号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小松,輝久
 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 准教授 山川,卓
内容要旨 要旨を表示する

1.夏眠移行期のイカナゴ成魚の生態と夏眠に及ぼす水温と栄養蓄積の影響

イカナゴは夏眠期間中,天然海域での減耗はほとんどないため,夏眠移行に関する生態学的情報を詳細に把握することは,翌年の親魚管理のために重要である.そこで,夏眠開始時期に及ぼす水温,栄養蓄積の影響を,飼育実験と野外採集により調べた.

絶食実験では,水温19℃を越えると底砂なし飼育では半数以上が死亡したが,底砂あり飼育では95%以上が生残していたことから,夏眠移行期には底砂が生存に必要であることが示された.さらに,飼育水温が夏眠移行期のイカナゴの成長に及ぼす影響について調べた.飽食させた底砂なし飼育では,水温20℃を越えると,イカナゴの体重はほとんど変化なく,肥満度は減少したことから,成長への高温阻害が生じていると判断された.

夏眠場付近での魚群探知機によるイカナゴ遊泳群の探査と海底上をビームに等間隔につけた鈎針により海底表層で潜砂しているイカナゴを採集する"空釣り"を行った.その結果,現場底層水温が17-20℃を越えると,イカナゴ遊泳群が急減し,潜砂個体の採集数が急増したことから,この水温帯でイカナゴが夏眠を開始することが示された."空釣り"による夏眠魚の採集により,1歳魚は当歳魚より早く,また当歳魚の中では大型個体(栄養蓄積の多い個体)は小型個体より早く夏眠を開始することが明らかとなった.

2.イカナゴ加入群の齢組成解析のためのネット改良

伊勢湾では,ふ化後,湾内に加入するイカナゴ仔稚魚のうち漁獲対象となるサイズ(35mm)の稚魚が最も多くなったときに漁獲を解禁することになっている.したがって,この当歳魚漁獲の最適解禁日設定のためには,解禁日直前時点で湾内に加入してきた加入群のうちで,個体数の最も多い加入群(主群)を判別する必要がある.今までの採集具は,ボンゴネットで体長範囲3-8mmの個体を,操業用漁網で体長15mm以上の個体を採集していたため,3-35mmの体長範囲での連続した追跡ができなかった.そこで,ふ化直後(体長4mm未満)の個体から,操業用漁網を用いる漁期前調査で対象としている(体長35mm前後)個体まで採集可能な稚魚採集具を開発した.

作製したネットは,操業用漁網の袋網部の網(もじ網目合240径)を身網とし,網口胴周を10m,袋網目合を351μmとし,網口開口装置に軽微な装備で開口可能となるようカイト(キャンパス生地)を用いた(以下カイト式稚魚ネットと称す).同一点でカイト式稚魚ネットとボンゴネット(網口径60cm,目合335μm)の比較試験を行ったところ,カイト式稚魚ネットでは,小型魚は体長4mm程度から入網し,ボンゴネットと遜色なくふ化直後のイカナゴを漁獲できることが分かった.さらに,カイト式稚魚ネットの方が,体長6mm以上の個体の割合が高かった.つぎに,同一点でカイト式稚魚ネットと操業用漁網との比較を行ったところ,2003年2月23日の試験では両採集具ともに体長30mm前後に体長頻度分布のモードがあり,カイト式稚魚ネットでも漁獲物サイズまで採集可能であることが確認された.2003年1月26日のカイト式稚魚ネットによる採集で得られたイカナゴ仔稚魚は,体長5mm以下からおよそ体長30mm以下までの幅広い体長範囲に複数のモードがあり,本採集具で伊勢湾に加入する仔稚魚の体長の追跡が可能であることが示された.

3.イカナゴの初期成長と加入資源量に及ぼす水温の影響

イカナゴ仔魚の耳石輪紋は,中心部付近が不明瞭なため,光学式顕微鏡では読み取れず,耳石輪紋を用いてふ化直後からの成長解析を行うことが今まで不可能だった.そこで解禁日の目安となる体長35mmまでの成長を走査型電子顕微鏡を併用することで,成長式を導出した.さらに,仔稚魚の成長に影響を及ぼす水温を考慮し,成長式に水温をパラメータとして組み込み,成長式の高精度化を図った.また,加入資源量に及ぼす水温の影響についても検討した.その結果,体長と耳石半径との関係はアロメトリー式で近似された.耳石中心周辺の輪紋の計測に走査型電子顕微鏡を用い,輪紋径(D)とその内側に観察される輪紋数(Nr)を調べたところ,Nr=21.32ln(D)-52.13 で表された.耳石輪紋計測から得られたふ化後日数(t)と体長(BL)の関係については,BL=45.15/(1+exp(-0.06315t+2.439)) で表された.イカナゴ仔稚魚の成長時期と分布水深を考慮に入れ,1,2月の伊勢湾の10m深層の平均水温をTとすると,成長式は,BL=45/(1+exp((0.006033T+0.008689)(8.279-t)+1.925))) と表された.水温を組み込まない成長式と組み込んだ成長式の2つのモデルを,モデル適合度で評価したところ,水温を組み込むことで成長式の精度は向上した.

つぎに,どの時期の水温(T)が加入資源量(N)に与える影響が大きいかを評価するために,1月上旬から2月下旬までの6旬と,1月3旬平均,2月3旬平均,1,2月6旬平均の9通りの水温と加入量の相関解析を行ったところ,1月3旬平均水温で最も高い相関(R2=0.90)が得られた.関係はN=1722-148.8Tで表され,低水温年ほど加入資源量が多い傾向が明らかとなった.

4.伊勢湾湾内へのイカナゴ仔魚の間欠的加入

湾口部を挟む湾内と湾外の2点で,ふ化直後(体長4mm未満)の仔魚を採集するためにボンゴネットによる採集調査を冬季に行った.ボンゴネット採集密度が10inds/m2以上の時期をふ化盛期とすると,ふ化盛期の開始期の早い年は12月25日から見られ,終了期の遅い年は2月14日まで見られた.また,ふ化場所付近の水温が高いほどふ化期間が短い傾向が見られた.

イカナゴの産卵場は伊勢湾湾外にあり,生き残りのために,遊泳力のないふ化仔魚は,湾内に流入する外海水によって湾内に輸送される必要がある.そこで,湾口部における外海水流入の指標として,名古屋港における予測水位(潮位)と実測水位(潮位)の偏差,湾口部湾内側に位置する豊浜の地先水温,人工衛星画像による表面水温分布について1996~2003年までの期間の冬季のデータをもとに検討した.さらに,イカナゴ仔稚魚のふ化直後における湾内への輸送過程を明らかにし,間欠的な加入の実態把握とその要因を検討した.

イカナゴふ化時期である冬季には,名古屋港での水位の正偏差と豊浜地先水温の急上昇の時期はほぼ同期していたことから,豊浜地先水温の急上昇時に外海水が湾内へ流入していると推定された.その周期は,約10日~2週間であった.伊勢湾湾口部における衛星画像による表面水温分布からも,イカナゴのふ化時期である1月には,10日~2週間程度の周期で暖水が外海から伊勢湾に流入していることが確認された.

広い体長範囲の仔稚魚を採集できるカイト式稚魚ネットを用いて,2001,2002,2003年に採集したところ,体長組成頻度分布には,それぞれ3峰,2峰,3峰のモードが見られた.稚魚ネット採集物の体長組成モードを日成長式で逆算して,ふ化日推定すると,2001,2002,2003年とも10-15日の周期が見られた.これらのことから,イカナゴ仔魚の湾内への輸送は受動的に行われ,その周期は湾内への暖水流入と同期していると推定された.

5.間欠的加入に対応した資源管理方策

湾内へのイカナゴ仔魚の加入実態(間欠的加入)を踏まえて,つぎの3つの新たな管理方策を提案した.1)湾内加入状況を踏まえた解禁日の設定,2)漁期中盤での大型当歳魚(早期加入群)を保護するための休漁期の設定,3)漁期中盤での大型当歳魚(早期加入群)を保護するための禁漁区の設定の3項目である.

1)は,採集可能な体長範囲の広いカイト式稚魚ネットを使用することにより,イカナゴ当歳魚漁獲解禁日以前に間欠的な加入状況を把握し,1月下旬頃に伊勢・三河湾全域で実施するボンゴネット調査での平均採集密度から加入資源量を推定し,これらの資料をもとに解禁日を設定することである.そして,通常年は最も資源量の多い加入群が,少ない年は後期加入群が解禁最適サイズ(体長35mm)に成長する日を解禁日とし,加入資源量の多い年は,早期加入群が解禁最適サイズに成長する日を解禁日に設定する.

2)は,イカナゴの体長と魚価の関係を考慮して休漁期間を決めることである.イカナゴは塩干加工用としては体長が大きくなるほど単価(円/Kg)は急落するが,養殖餌料用としては体長7cm以上の単価が高いため,中間期に休漁期を設けることでイカナゴ資源を有効利用することができる.その場合も,後続加入群の有無をカイト式稚魚ネット採集から把握しているので,合理的に休漁期間を推定することができる.

3)は,漁期中盤での大型当歳魚(早期加入群)を保護するため,当歳魚の中でも大型個体を選択的に保護するために禁漁区を設定することである.当歳魚の中でも成長の進んだ個体は早く夏眠を開始するので,漁業情報をもとにイカナゴが夏眠場所である湾口部へ移動し始めるのを確認し,時期と禁漁区を設定する.

以上,本研究により,イカナゴはふ化後間もない時期に間欠的に湾外から伊勢湾内に流入する暖水により輸送され加入することが明らかになった.資源と漁業の共存を両立させるためには,管理方策の効率化が求められており,新たな管理方策として,上述した3つの管理方策を提案し,実施した.その結果,漁獲金額の年変動を安定化させることができた.

審査要旨 要旨を表示する

近年、資源の持続的利用という視点から漁業を行うことが強く求められている。そのためには科学的な知見に基づいた資源管理と漁家経営の両立が必要であるが、わが国において資源管理により資源の維持と同時に漁家の安定的な収入の確保とに成功している例は非常に少ない。本論文は、沿岸域における小型浮き魚類の重要魚種の一つであるイカナゴの伊勢湾における資源管理のために行った資源生態学的な研究をまとめたもので、その骨子は以下の4項目である。

1。夏眠移行期のイカナゴ成魚の生態と夏眠に及ぼす水温と栄養蓄積の影響

イカナゴは水温が上昇すると潜砂し、夏眠を行い、その後の冬に産卵を行う。そこで、夏眠開始時期に及ぼす水温の影響を飼育実験により調べた。飽食させた底砂なし飼育では、水温20℃以上で成長への高温阻害(肥満度の減少)が見られた。夏眠場付近で潜砂中のイカナゴの採集と遊泳群の音響調査とから、底層水温が17-20℃を越えるとイカナゴ遊泳群が急減し、潜砂個体が急増し、イカナゴが夏眠を開始することが示された。

2。イカナゴ加入群の齢組成解析のためのネット開発

伊勢湾では、ふ化後、湾内に加入するイカナゴ仔稚魚のうち漁獲対象となるサイズ(35mm)の稚魚が最も多くなったときに漁獲を解禁する。したがって、この当歳魚漁獲の最適解禁日設定のためには、解禁日直前時点で湾内に加入してきた加入群のうちで、個体数の最も多い加入群(主群)を判別する必要がある。今までの採集具は、ボンゴネットで体長範囲3-8mmの個体を、操業用漁網で体長15mm以上の個体を採集していたため、3-35mmの体長範囲での連続した追跡ができなかった。そこで、もじ網(目合240径、網口胴周10m)を身網とし、ナイロンネット(胴周1。8m、目合351μm)を袋網とし、網口開口装置にキャンパス生地を用いた稚魚採集具(カイト式稚魚ネットと称す)を開発した。得られたサンプルには幅広い体長範囲に複数のモードがあり、本採集具で伊勢湾に加入するイカナゴ仔稚魚の体長頻度分布から群組成の追跡が可能となった。

3。イカナゴの初期成長と加入資源量に及ぼす水温の影響

イカナゴ仔魚の耳石輪紋は、中心部付近が不明瞭なため、光学式顕微鏡では読み取れず、耳石輪紋を用いてふ化直後からの成長解析を行うことが今まで不可能だった。そこで解禁日の目安となる体長35mmまで走査型電子顕微鏡を併用することで、成長式を導出した。さらに、仔稚魚の成長に影響を及ぼす水温を考慮し、成長式に水温をパラメータとして組み込み、成長式の高精度化を図った。

水温が加入資源量に与える影響を調べたところ、伊勢湾の1月3旬平均水温の影響が最も強く、低水温年ほど加入資源量の発生倍率(加入資源量/親魚数)が多かった。ふ化盛期は12月下旬から2月中旬まで見られ、水温が高い年ほどふ化期間が短かった。

4。伊勢湾湾内へのイカナゴ仔魚の間欠的加入

イカナゴの産卵場は伊勢湾の湾口部近くの湾外にあり、生残のためには遊泳力のないふ化仔魚は湾内に流入する外海水によって湾内に輸送される必要がある。そこで、伊勢湾における外海水流入の指標として、名古屋港における予測水位と実測水位の偏差と湾内側にあり湾口に近く位置する豊浜の地先水温の時系列データ、人工衛星画像による表面水温分布を解析した。名古屋港における実測水位が予測水位より大きい正偏差の出現時は、豊浜地先水温のジャンプと同期していた。人工衛星画像による伊勢湾湾口部の表面水温分布から、1月には10日~2週間程度の周期で暖水が外海から伊勢湾に流入していることが明らかになった。カイト式稚魚ネットにより得られたイカナゴ仔魚の体長組成頻度分布には、複数のモードが見られ、イカナゴはふ化後間もない時期に、間欠的に湾外の産卵場近くから伊勢湾内に流入する暖水により輸送され、加入することが明らかになった。

以上の研究により得られた伊勢湾におけるイカナゴの生態学的知見をもとに、1)湾内加入状況を踏まえた解禁日の設定、2)漁期中盤での大型当歳魚(早期加入群)を保護し、次の産卵親魚を確保するための休漁期の設定、3)他の漁業によるby catchから漁期中盤での大型当歳魚(早期加入群)を保護するための禁漁区の設定の3項目の資源管理方策を提案し、三重県、愛知県の水産試験研究機関、関係漁業者との協議および調査を行い、1990年からこれらの方策を実施した。その結果、イカナゴ再生産資源が確保できるようになるとともに漁獲金額の年変動の安定化も可能となった。

以上、本論文の研究結果は、資源生態学的な調査と実験をもとにイカナゴ資源管理方策を提案し、資源管理を実現したものであり、水産資源学上の貢献は大きい。よって、審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位論文としての価値があるものと判断した。

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