学位論文要旨



No 216765
著者(漢字) 杜,志雄
著者(英字) Du,Zhixiong
著者(カナ) ト,シユウ
標題(和) 経済移行期における中国農村郷鎮企業の資金調達問題
標題(洋) Financing Issues of TVEs in Rural China in the Period of Economic Transition
報告番号 216765
報告番号 乙16765
学位授与日 2007.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16765号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 田島,俊雄
 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 准教授 松本,武祝
 東京大学 准教授 萬木,孝雄
内容要旨 要旨を表示する

中国農村におけるいわゆる郷鎮企業が、同国の経済発展に大きな役割を有していたことはいくつかの研究が示すとおりである。しかし1990年代以降、郷鎮企業は資金調達の困難性に直面し、停滞を余儀なくされている。中国における郷鎮企業の資金難は、金融の未発達の問題であると同時に、社会主義的経済システムから市場経済システムへの移行に関わる問題でもある。本稿は以上の2側面を意識しながら、郷鎮企業の資金調達問題にアプローチするものである。その際には、歴史的、制度的、経済理論的、そして実証的という4つの側面から、課題を多元的かつ包括的に議論したいと考えている。データとしては国家機関の統計や先行研究の成果も使われるが、筆者自身が行った2カ所でのフィールド調査の結果が中心となる。最後には政策への含意を提出する。

なお本論文での郷鎮企業の定義は、従来しばしば使用された資本所有の形態からのものではなく、農村という地域での企業という意味である。郷鎮企業は製造業が中心で、そのほとんどが中小規模の企業に分類される。また本稿の分析の対象となるのは金融改革が加速した1990年代以降である。

第1章では問題の設定と郷鎮企業の資金調達問題に関する先行研究のサーベイを行う。

第2章では、研究の背景として、中国経済における郷鎮企業の歴史と現在の位置が確認される。郷鎮企業は、農村経済改革が1970年代に始まったのを契機に誕生し、1980年代に開花し、1990年代以降は安定的な成長に入っていることが示される。2003年までに郷鎮企業は1億3千万の雇用数を創出し、国家のGDPの約3分の1を生み出し、外貨獲得や、国家や地方政府の歳入面でも大きな貢献をなしてきた。また農村のインフラ整備にも郷鎮企業は貢献したのである。

第3章では郷鎮企業の資金需要の変化が説明される。1970年代の萌芽期や80年代の開花期には、資本の不足もあり、郷鎮企業はできるだけ資本を節約するような戦略をとった。地方政府や農民からの出資を利用して、安上がりの設備と大量の労働力を使って低品質ではあるが安価な商品を大量に作り出したのである。しかしこの資本節約戦略は市場が成熟するにつれて妥当しなくなる。1990年代以降、新規の設備投資によって、より効率的な方法で品質の高いものを生産することが求められるようになる。それに伴って、郷鎮企業はより多くの設備資金を必要とするようになったのである。この結果、便利ではあったが不透明で何かと問題の多い資金調達法は見直され、近代的金融としての銀行から資金を調達する方向が重要性を増すことになる。なお直接金融の形で資金を調達する方途(equity finance)は郷鎮企業の場合にはなお限定されている。

ところで郷鎮企業と国営企業の経営パフォーマンスをいくつかの資料から計算してみると、概して郷鎮企業の収益性が高いことが見いだされる。しかも郷鎮企業の資本収益率(ROE)は平均していえば貸出利率の水準の3倍に達している。全体として郷鎮企業の収益性は十分に高く、銀行貸出の対象になりうるものであった。

第4章では、資金の供給サイドから郷鎮企業の資金調達問題が論じられる。農村金融市場の改革と、中国農業銀行(ABC)、農村信用合作社(RCCs)、農業開発銀行(ADB)、農村合作基金会(RCF)等の農村金融機関が論じられる。1990年代半ばの改革と農村金融機関の再編成は農村金融市場に競争と金融規律の一定の強化をもたらすものであった。しかし、改革は郷鎮企業の資金調達にはなお不十分であった。農村貯蓄が都市企業部門へ流出する度合いが高まった。中国農業銀行の支店整理もあり、郷鎮企業の受けた資金額の比率は減少している。

第5章はミクロレベルで郷鎮企業の資金問題を論じる。データは著者の行った二つのフィールド調査(安徽省、江蘇省)の結果である。郷鎮企業の発展経緯からみて、安徽省は郷鎮企業の後発地域であり、江蘇省は先進地域と区別できる。銀行資金へのアクセス度は安徽省で43%、江蘇省で46%と大きな差異はない。ただし、安徽省では資金は運転資金として使われる度合いが高く、江蘇省では設備資金として使われる比率が多い。これは前章での経済発展の度合いの違いによる資金需要の差異の説明と整合するものである。また調査した郷鎮企業の4分の3は、現行貸出利率は低いか妥当な水準だと答えており、貸出利率を高いとはみていない。また資金の利率に対してはセンシティブではないことも明らかとなった。資金を獲得できるなら利率は高くても構わないと考えている郷鎮企業が多いのである。安徽省のサンプル企業は銀行に資金借入の申し入れを断られたケースが多く、しかも資金調達の困難という傾向は1997年のアジア通貨危機以降強まったということであった。

こういった分析により、郷鎮企業はいわゆる信用制限問題に直面しているとまとめることができる。借手は現行の利率で資金の借り入れを希望するにもかかわらず資金を調達できず、かといって貸手の側も利率を上げて高い利率での貸出を実行しようとしないのである。この信用制限現象の背後にある理由としては、金融当局による金利規制、担保などの債権保全策がまだ不完全、部分的に導入されている信用保証制度が十分に機能していない、銀行側の審査能力の不十分といったがことがあげられる。

第5章までの分析は、郷鎮企業に対する政府の施策に対していくつかの示唆を与えるものである。第1に、郷鎮企業の資金需要は、発展段階に、また地域によって異なってくるのであり、ひとつの政策のみで、すべての地域の郷鎮企業資金問題を処理できないことがあげられる。郷鎮企業の地域的多様性、発展段階の違い等を意識した政策的取り扱いが必要なのである。第2に、利率に対する政府の規制を緩めることが重要であり、とくに貸出利率の弾力化をもたらすような規制緩和が要請される。第3に、郷鎮企業の資金需要は、小口ではあるが資金借入の頻度は多いといった特質を有する。その特質に応じた弾力的かつ効果的な貸出オペレーションがとられるような施策を政府は打ち出すべきである。農村金融機関の貸出サービス向上に対して政府からのサポートはもっとあっていい。第4に、インフォーマルな金融に対しては、その役割がフォーマルな金融の補完的な(ではあるが重要な)役割を果たしてきたという認識のもと、公的な金融機関と同等の位置をあたえるべきであろう。法を整備し、金融当局の規制下におくとともに、これらの金融をより透明なものとしていくことが必要であろう。

審査要旨 要旨を表示する

中国農村におけるいわゆる郷鎮企業が、同国の経済発展に大きな役割を有していたことはいくつかの研究が示すとおりである。しかし、1990年以降、郷鎮企業は資金調達の困難性に直面し、停滞を余儀なくされている。中国における郷鎮企業の資金難は、金融未発達の問題であると同時に、社会主義的経済システムから市場経済システムへの移行に関わる問題でもある。本論文は以上の2側面を意識しながら、先行研究が断片的にしか論じていない郷鎮企業の資金調達問題をきわめて包括的に論じたものである。

具体的な課題は以下の2点に設定されている。

第1の課題は、1990年代初頭以降における郷鎮企業の資金需要の特質と経営の収益性水準を、国民経済の動きや、郷鎮企業自身の長期的推移の中で把握することである。

第2の課題は、この時期の金融改革が農村金融市場へどういう影響を与え、更に郷鎮企業の資金調達に如何なるインパクトを与えているのかを実証的に論じることである。

本論文では、第1章で問題設定と先行研究のサーベイがなされ、続く第2章で、中国経済における郷鎮企業の歴史と現在の位置が確認される。郷鎮企業は、農村経済改革が1970年代に始まったのを契機に誕生し、1980年代に開花し、1990年代以降はほぼ安定的な成長に入ったとされている。郷鎮企業の中国経済への貢献は、雇用創出、GDP、外貨獲得、国家や地方政府の歳入面、あるいは農村インフラ整備という面で大きなものがあった。

第1の課題である郷鎮企業の資金需要の質的変化に関する論理は以下の通りである。70年代の萌芽期や80年代の開花期には、資本不足もあり、郷鎮企業は資本節約戦略をとった。地方政府や農民からの出資を利用して、安上がりの設備と大量の労働力を使って安価な商品を大量に作り出したのである。しかしこの戦略は市場が成熟するにつれて妥当しなくなる。1990年代初頭以降、新規の設備投資によって、効率的方法で高品質の財を生産することが求められ、それに伴って、郷鎮企業は巨額の設備資金を必要とするようになった。この結果、従来の非近代的資金調達法は見直され、近代的金融機関としての銀行から資金を調達する方法が重要性を増すことになる。興味深いのは、郷鎮企業と国営企業の経営パフォーマンスを計算してみると、概して郷鎮企業の収益性が高いことである。本論文によれば、郷鎮企業の資本収益率(ROE)は平均して貸出利率水準の3倍に達している。

第2の課題に対しては、まず農村金融市場の改革が詳述されている。中国農業銀行(ABC)、農村信用合作社(RCCs)、農業開発銀行(ADB)、農村合作基金会(RCF)等の農村金融機関が論じられ、1990年代半ばの金融改革と機関の再編成は農村金融市場に競争と金融規律の強化をもたらした。しかし、改革は郷鎮企業の資金調達にはなお不十分であった。農村金融機関の支店整理もあり、郷鎮企業の受けた資金比率は減少し、農村貯蓄が都市企業部門へ流出する傾向が強まったと結論されている。

以上の2点は、著者の行ったフィールド調査(安徽省、江蘇省)の結果からも確認できる。調査地域のうち安徽省は郷鎮企業の後発地域であり、江蘇省は先進地域と区別できるが、後発地域(安徽省)では資金は運転資金として使われる度合いが高く、先発地域(江蘇省)では設備資金として使われる比率が多い。これは先に示した経済発展段階の差異による資金需要の差異の説明と整合するものである。また調査した郷鎮企業の4分の3は、現行貸出利率は低いか妥当な水準だと答えており、資金を獲得できるなら利率は高くても構わないと考えている。

こういった分析により、経済理論的には、郷鎮企業はいわゆる信用制限問題に直面しているとまとめている。借手は現行利率で資金の借り入れを希望するが資金を調達できず、かといって貸手側は利率を上げて高利率での貸出を実行しようとしないのである。この現象の背後にある理由としては、当局による金利規制、担保などの債権保全策の機能不全、銀行の審査能力の不十分といったがことがあげられている。

本論文での分析は、郷鎮企業に対する政府の施策に対していくつかの示唆を与えるものとされる。最終章では、郷鎮企業の地域的多様性や発展段階の違い等を意識した政策的取り扱い、利率に対する政府の規制緩和、インフォーマルな金融の法的認知といった政策が必要とされている。

以上本論文は、中国郷鎮企業の資金調達問題を、歴史的・制度的アプローチを含む様々の角度から包括的に検討している。金融論や経済学の概念を駆使し、またフィールド調査の結果を踏まえ、理論的・実証的に中国農村金融市場の方向性を示しており、学術上また政策上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)として十分に価値のあるものと認めた。

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