学位論文要旨



No 216767
著者(漢字) 吉田,均
著者(英字) Yoshida,Hitoshi
著者(カナ) ヨシダ,ヒトシ
標題(和) 高等植物におけるエチレン生合成系酵素の転写後制御機構に関する分子遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 216767
報告番号 乙16767
学位授与日 2007.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16767号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 准教授 経塚,淳子
 東京大学 准教授 草場,信
 東京大学 准教授 中園,幹生
内容要旨 要旨を表示する

エチレンは果実の成熟や病原菌感染応答などの形質を制御する重要な植物ホルモンのひとつである。エチレンの前駆体である1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸(ACC)の合成反応がエチレン生合成の律速段階となっているが、この反応を触媒するACC合成酵素(ACS)は、遺伝子の転写時だけでなく、その転写後においても制御を受けることが知られている。シロイヌナズナにおいては、現在3つのエチレン過剰合成変異体eto1, 2, 3 (ethylene-overproducer1, 2, 3)が報告されており、ETO2遺伝子はACSアイソフォームのひとつAtACS5を、ETO3遺伝子はAtACS9をコードし、いずれもカルボキシ末端(C末端)領域における変異がエチレン過剰合成の原因である。eto2-1およびeto1変異体においてAtACS5タンパク質が過剰に蓄積することから、AtACS5のC末端領域がETO1およびプロテアソームを介した制御系の標的部位であることが示唆されている。一方、eto1は劣性突然変異体であり、ETO1遺伝子はエチレン生合成の負の制御因子と考えられるが、その機能の詳細は不明である。そこで、本研究においてはシロイヌナズナのエチレン過剰合成変異体eto1から原因遺伝子を単離し、分子遺伝学および生化学的手法によってイネやトマトを含む高等植物におけるACC合成酵素の転写後制御機構を明らかにすることを目的とした。

1.シロイヌナズナのエチレン生合成を抑制するETO1遺伝子の解析

マップベースクローニングによりETO1遺伝子を単離したところ、ETO1はアミノ末端(N末端)側にBTB、C末端側にTPRおよびcoiled-coil(CC)という3種類のタンパク質間相互作用モチーフを持つ新規のタンパク質をコードしていた。シロイヌナズナのゲノム中には2つのETO1パラログEOL1(ETO1-LIKE1)およびEOL2が存在していた。また、ETO1と相同な配列は他の植物種にも広く見出されたが、動物や微生物などには存在せず、ETO1は植物に固有のタンパク質であると考えられた。eto1変異体の9つのアリルのうち、7つでTPRドメインの欠失もしくはアミノ酸置換が起きており、TPRドメインがETO1タンパク質の機能に必須であることが示唆された。

yeast two-hybrid法、in vitro pull-down法、免疫共沈降法による解析の結果、ETO1とAtACS5は直接相互作用し、eto1-1変異を模倣したETO1のC末端のTPRモチーフの欠失、あるいはeto2-1変異を模倣したAtACS5のC末端12アミノ酸の欠失によって、この相互作用は消失することがわかった。さらに、ETO1とAtACS5の両遺伝子にloss-of-function変異を持つ二重突然変異体eto1 eto2-2は、エチレン過剰合成の表現型を示さなかったため、eto1変異体のエチレン過剰合成にはAtACS5の活性が必要であると考えられ、植物体内におけるETO1とAtACS5との相互作用が支持された。

ACC要求性の大腸菌株における発現系およびin vitro酵素アッセイを用いて、AtACS5の酵素活性に対するETO1ファミリータンパク質の影響を調べたところ、ETO1ファミリータンパク質は直接の相互作用を介してAtACS5の酵素活性を阻害することがわかった。このことはETO1を過剰発現する形質転換シロイヌナズナにおいてAtACS5によるエチレン生合成が抑制されたことによって支持された。

一方、植物細胞内におけるAtACS5タンパク質の蓄積量は、eto1変異、AtACS5のC末端12アミノ酸の欠失、プロテアソーム阻害剤処理によって増加し、ETO1の高発現によって減少した。さらに、in vitro pull-down法による解析の結果、ETO1のBTBドメインはE3ユビキチンリガーゼの構成因子であるCUL3と特異的に相互作用した。これらのことから、ETO1はAtACS5をE3ユビキチンリガーゼへと導き、分解を促進する基質特異的アダプタータンパク質として機能すると考えられた。

以上の一連の結果より、ETO1ファミリータンパク質は、AtACS5の酵素活性を直接阻害するとともにプロテアソーム依存的タンパク質分解系へと導く、という2つの機能によって、高等植物のエチレン生合成を転写後レベルで制御することが明らかとなった。

2.トマトにおけるETO1ファミリータンパク質の機能解析

yeast two-hybrid法により、シロイヌナズナのETO1とトマトの3つのACSアイソフォームとの相互作用を解析したところ、果実の主要ACSであるLE-ACS2、LE-ACS4とは相互作用しなかったが、オーキシン誘導性のLE-ACS3とは強く相互作用した。そこで、シロイヌナズナおよびトマトの既知のACSアイソフォームについてETO1の標的部位と考えられるC末端のアミノ酸配列を比較したところ、その構造によって3つのタイプに分類でき、ETO1と相互作用するAtACS5およびLE-ACS3はいずれも特異的なC末端アミノ酸配列を持つタイプ2に属していた。一方、ETO1と相互作用しなかったLE-ACS2はタイプ1に、LE-ACS4はタイプ3に分類された。

ETO1と相互作用するLE-ACS3および相互作用しないLE-ACS2の間でキメラタンパク質を作出し、yeast two-hybrid法によってETO1との相互作用を解析したところ、ETO1との相互作用にはWVFモチーフ、RLSFモチーフ、およびR/D/Eリッチ領域からなるタイプ2 ACS特異的なC末端配列が必要であることがわかった。

さらに、トマトにおけるETO1ファミリータンパク質の機能を明らかにするため、トマトのETO1オルソログであるLeEOL1のcDNAを単離した。LeEOL1はETO1と同様にN末端側にBTB、C末端側にTPRおよびCCモチーフを持っており、ETO1と同様にエチレン生合成を抑制する機能を持つことが強く示唆された。RT-PCR解析の結果、LeEOL1は新鮮な葉、老化葉、茎、根および花で発現していたが、蕾では発現レベルが極めて低かった。果実の成育過程においては、LeEOL1はクリマクテリックなエチレン生合成量が急速に低下していく「full-ripe」ステージで発現していたが、それ以前の「immature green」、「mature green」、「turning」、「pink」、「red」の各ステージでは発現が検出されず、LeEOL1がトマト果実の成熟時におけるエチレン生合成の制御に関わっている可能性が示唆された。

yeast two-hybrid法による解析の結果、LeEOL1もETO1と同様にタイプ2 ACSと特異的に相互作用し、その相互作用にもタイプ2 ACS特異的なC末端配列が必要であったため、この配列をTOE(target of ETO1)配列と名付けた。

シロイヌナズナのETO1遺伝子をトマトで過剰発現させたところ、果実形質に顕著な変化は見られなかったのに対し、オーキシン処理した幼苗においてはLE-ACS3 mRNAの転写が野生型と同程度に誘導されたにも関わらず、エチレン生合成量が減少した。このことから、ETO1がLE-ACS3を転写後レベルで抑制することがわかった。

以上の結果から、ETO1ファミリータンパク質はトマトにおいても特異的にタイプ2 ACSを転写後レベルで抑制すると考えられた。

3.ETO1ファミリータンパク質の標的配列の解析

シグナル配列としてのTOEの普遍的な機能を明らかにするため、トマトのLE-ACS3由来のTOEをGFPに連結してイネカルスに導入したところ、GFPによる蛍光が消失した。GFP-TOE導入カルスと野生型GFP導入カルスとでmRNAおよびタンパク質の蓄積量を比較した結果、TOEの付加によってGFPタンパク質の蓄積量が低下したことが蛍光消失の原因であることがわかった。イネのOsACS1由来のTOEを付加した場合にもGFPによる蛍光が消失したことから、TOEは高等植物に普遍的なタンパク質分解シグナルとして機能すると考えられた。

GFP-TOEをeto1変異体で発現させたところ、蛍光が観察されたことから、野生型植物においてはGFP-TOEはETO1の機能によって分解されたものと考えられた。また、GFP-TOEを過剰発現する植物体をプロテアソーム阻害剤で処理すると、やはり蛍光が観察されたことから、この分解はプロテアソームによって触媒されていると考えられた。

以上の結果から、広く高等植物においてETO1ファミリータンパク質はTOE配列を持つタンパク質を認識し、プロテアソームに導くことによってその分解を促進することがわかった。

以上、本研究は、エチレン過剰合成変異体を用いた分子遺伝学および生化学的解析を行い、ETO1ファミリータンパク質によるエチレン生合成系酵素ACSの転写後制御機構を明らかにしたものである。

審査要旨 要旨を表示する

重要な植物ホルモンのひとつであるエチレンの生合成において、前駆体であるACCの合成反応が律速段階となっているが、この反応を触媒するACC合成酵素(ACS)は、転写時だけでなく、転写後においても制御を受ける。シロイヌナズナにおいて3つのエチレン過剰合成変異体eto1, 2, 3が報告されており、ETO2はAtACS5を、ETO3はAtACS9をコードし、いずれもACSのカルボキシ末端(C末端)における変異がエチレン過剰合成をもたらす。eto2-1およびeto1でAtACS5が過剰に蓄積することから、AtACS5のC末端がETO1およびプロテアソームによる転写後制御の標的部位と考えられるが、ETO1の機能の詳細は不明である。本研究は、ETO1遺伝子を単離し、高等植物におけるACSの転写後制御機構を解明することを目的として行ったものである。本論文の内容は、主に3つの章から構成されている。

1.シロイヌナズナのエチレン生合成を抑制するETO1遺伝子の解析

ETO1はBTB、TPRおよびCCという3種類のタンパク質間相互作用モチーフを持つ植物固有の新規タンパク質をコードしていた。eto1の7つのアリルでTPRドメインの欠失もしくはアミノ酸置換が起きており、TPRドメインがETO1の機能に必須と考えられた。

ETO1とAtACS5は相互作用し、ETO1のTPRモチーフあるいはAtACS5のC末端の欠失によって相互作用は消失した。さらに、ETO1とAtACS5の両遺伝子に機能欠失変異を持つeto1 eto2-2はエチレン過剰合成の表現型を示さず、eto1のエチレン過剰合成にはAtACS5の活性が必要と考えられた。

大腸菌およびin vitroのアッセイ、ETO1過剰発現植物の解析により、ETO1ファミリータンパク質がAtACS5の酵素活性を直接阻害することがわかった。

一方、植物細胞内のAtACS5タンパク質量は、eto1変異、AtACS5のC末端の欠失、プロテアソーム阻害剤処理によって増加し、ETO1の高発現によって減少した。さらに、ETO1のBTBドメインはE3ユビキチンリガーゼの構成因子であるCUL3と特異的に相互作用したことから、ETO1はAtACS5をE3ユビキチンリガーゼへと導き、分解を促進する基質特異的アダプタータンパク質としても機能すると考えられた。

2.トマトにおけるETO1ファミリータンパク質の機能解析

ETO1はトマトのLE-ACS3と強く相互作用したが、LE-ACS2、LE-ACS4とは相互作用しなかった。C末端の構造によってACSを3つのタイプに分類したところ、タイプ2 ACSのC末端に特異的なWVFモチーフ、RLSFモチーフ、およびR/D/Eリッチ領域がETO1との相互作用に必要であることがわかった。

トマトのETO1オルソログであるLeEOL1は新鮮葉、老化葉、茎、根、花で発現していたが、蕾では発現が弱かった。また、クリマクテリックなエチレン生合成量が急速に低下する「full-ripe」ステージの果実で発現していたが、それ以前の果実では発現が検出されなかった。LeEOL1もタイプ2 ACSと特異的に相互作用したため、タイプ2 ACS特異的なC末端配列をTOE(target of ETO1)配列と名付けた。

オーキシン処理したETO1過剰発現トマトの幼苗では、LE-ACS3 mRNAは野生型と同等に誘導されたが、エチレン生合成の増加が抑制されていた。

3.ETO1ファミリータンパク質の標的配列の解析

LE-ACS3およびイネのOsACS1由来のTOEをGFPに連結してイネカルスに導入したところ、GFPタンパク質の蓄積量低下により蛍光が減少し、TOEは高等植物のタンパク質分解シグナルとして機能すると考えられた。また、eto1変異、プロテアソーム阻害剤処理によってGFP-TOEの蛍光が回復することから、野生型植物ではETO1とプロテアソームの活性によってGFP-TOEが分解されると考えられた。

以上、本研究は、分子遺伝学および生化学的解析により、高等植物のETO1ファミリータンパク質が、TOE配列を持つタイプ2 ACSの酵素活性を阻害するとともに分解を促進することにより、エチレン生合成を抑制することを明らかにしたものであり,学術上、応用上価値が高い.よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38155