学位論文要旨



No 216768
著者(漢字) 狩野,光芳
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,ミツヨシ
標題(和) ポリフェノールの生体利用性および生理活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216768
報告番号 乙16768
学位授与日 2007.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16768号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 戸塚,護
 東京大学 准教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

近年多くの疫学調査で野菜や果物など植物の摂取と生活習慣病予防の関連性が明らかになってきたことから、植物に含まれる成分の有効性に関する研究が盛んになってきている。その中でも注目されているのが、ポリフェノールである。ポリフェノールは分子内に複数のフェノール性水酸基を有する芳香族化合物の総称であり、植物全般に含まれている。その中でもフラボノイドは植物の葉、茎、果実、種実、花弁などに約4000種類以上の存在が報告されており、日常摂取する食品の中にも様々な形態で含まれている。そのためヒトでは食品成分として1日に数十mgから数百mgといった量を摂取していると見積もられている。これまでの研究から、抗酸化活性、LDL酸化抑制作用、抗変異原活性、血圧上昇抑制作用、抗アレルギー作用などがあることが明らかとなっている。このようにフラボノイドの研究は盛んに行われており、すでに様々な有効性が明らかとなっているなか、我々が注目したのが、アントシアニンと大豆イソフラボンである。アントシアニンは、食用色素として古くから利用されているものの、特異的な化学構造を有することから他のフラボノイドに比べ生理機能に関する研究が遅れている。特にアントシアニンの中でも安定性にすぐれている紫サツマイモ(アヤムラサキ)アントシアニンに関しては、アントシアニンの中でも複雑な構造をしていることから、その生理機能に関する研究はほとんど進んでいない。一方で大豆イソフラボンは有効性、体内動態ともに研究が進んでいるものの、イソフラボン配糖体とイソフラボンアグリコンのバイオアベイラビリティーについては様々な見解がなされており、いまだはっきりとした結論はでていない。

そこで本研究においては、まず第1章において、アヤムラサキアントシアニンの体内動態について、ラットおよびヒトについて調べた。その結果、アヤムラサキに含まれる8種のアントシアニン分子種のうち、2種が特異的に吸収されることがわかった。また血液および尿においても、検出されたアントシアニンは摂取したのと同じ配糖体であり、これまでアントシアニンの特徴とされていた、配糖体のまま吸収され、体内で代謝を受けず配糖体のまま排出されるということが確認された。吸収に関しては、ラット、ヒトともに非常に速やかに行われ、主な吸収部位は上部消化管であることが予測された。また排出についても、尿中のアントシアニンがラットでは投与4時間後、ヒトでは12時間後でほとんど検出されなくなることから、速やかに排出されていることがわかる。また尿での回収率はラットで約0.1%、ヒトでは約0.01%であり他のアントシアニン同様低かった。最近になって、ヒトの尿中にアントシアニンの代謝物が存在したという報告がされている。他のアントシアニンより複雑な構造を有するアヤムラサキアントシアニンが同じように代謝を受けるとは考えにくいが、それでも今後代謝について調べることは非常に重要であると思われる。

第2章では、アヤムラサキアントシアニンの有効性について、in vitroの実験系でDPPHラジカル捕捉活性およびLDL酸化抑制活性を、in vivoの実験系では飲用後の尿中DPPHラジカル捕捉活性、四塩化炭素肝障害モデルラットを用い肝障害抑制効果について調べた。その結果、in vitroにおいては、ブドウやベリー類、赤キャベツなど比較的研究が進んでいるアントシアニンと比べ、ラジカル捕捉活性が高いことが示された。またその活性はアヤムラサキに含まれる8種のアントシアニン分子種のいずれも大きな差がないことが確認された。そのほか、LDL酸化抑制活性に関しても生理濃度で抑制活性が認められた。一方in vivo試験系においてはヒトおよびラットでアントシアニン摂取後の尿において、摂取前に比べラジカル捕捉活性が上昇していることが確認された。そのときの尿中の成分A,Dの濃度とin vitroでのA,Dの活性とを比較すると、尿でのラジカル捕捉活性の上昇には吸収された2成分以外の関与が考えられた。その他に、四塩化炭素肝障害モデルラットを用いて試験を行ったところ、アヤムラサキアントシアニン投与群でGOTの有意な抑制が観察された。四塩化炭素が代謝されたときに生じるラジカルによって肝障害が惹起されることから、in vitroおよびin vivoで認められたラジカル捕捉活性が関与していると推測された。またこれまでアントシアニンは腸内細菌による変換は受けないとされてきたが、最近になって、アントシアニンを開裂させる菌の存在に関する報告例がある。フラボノイドのなかには腸内細菌により加水分解や代謝を受け、吸収性や生理機能が変化するといったことも知られている。今後機能性を見ていくうえで、アントシアニンの腸内代謝について調べていく必要があるだろう。

第3章では、大豆イソフラボンの体内動態ならびに摂取形態の違いが体内動態に及ぼす影響について調べた。大豆イソフラボンについては、機能性や体内動態に関する研究が進んでいるものの、イソフラボン配糖体とアグリコンのバイオアベイラビリティーに関してはこれまで意見が分かれていた。イソフラボンはアグリコンの状態で吸収されることから、アグリコンで摂取したほうが配糖体に比べ吸収性が高いと考えられるが、双方の吸収性には差が見られないとする報告例や、配糖体のほうが吸収性が高いとする報告例もある。我々はこのような見解の違いが生じる原因として、摂取物のイソフラボン組成(アグリコンの比率等)、摂取形態(抽出物、タブレット、飲料等)などに原因があると考えた。そこで試験材料として、イソフラボン配糖体については、存在するイソフラボンの99%以上が配糖体で存在する豆乳、イソフラボンアグリコンとしては、豆乳を酵素処理もしくは菌により発酵処理を行い、ともにアグリコンの割合を90%以上にした酵素処理豆乳および発酵豆乳を用いた。その結果、アグリコン摂取時のほうが配糖体摂取時よりも吸収速度が速く、最高血中濃度も高いことが示された。また、尿中へのイソフラボンの排出量もアグリコン摂取時のほうが多い傾向にあった。同じアグリコン化豆乳である酵素処理豆乳と発酵豆乳は、摂取時の血中および尿中のイソフラボン濃度に違いは見られなかったが、酵素処理豆乳摂取時の尿中へのエクオル排出量は発酵豆乳摂取時に比べ多い傾向が見られた。これらのことから、配糖体よりもアグリコンのほうがバイオアベイラビリティーが高いことが明確となった。そしてプロバイオティクスがエクオル産生菌に影響を及ぼす可能性が考えられた。

第4章では、アルコールの吸収、代謝に及ぼす豆乳飲料の影響について調べた。様々な効果が調べられている大豆ではあるが、これまで大豆食品とエタノール摂取に関する報告例はほとんどない。イソフラボンに関してはクズ科植物であるPueraria lotabaのイソフラボンに酩酊抑制効果があることが報告されているものの、詳細については不明な点が多い。そこで、エタノールの吸収や代謝に及ぼす大豆製品の影響を見ることを目的とし、エタノールの吸収性に及ぼす影響について、単回エタノール投与系を、またエタノールにより引き起こされる障害に対する影響を見るために、継続エタノール投与系を、さらに関与成分を調べる目的として、初代単離肝細胞培養系を用いて試験を行った。その結果、単回エタノール投与試験では、発酵豆乳が胃でのエタノール吸収を抑制する作用を有し、血中のエタノールおよびアセトアルデヒド濃度の上昇を抑える効果があることが明らかとなった。初代単離肝細胞培養系での試験では、ゲニステインにエタノール代謝促進ならびにアセトアルデヒド代謝促進効果があることが確認された。継続エタノール投与系においては、発酵豆乳摂取によりミクロソームエタノール酸化系の活性の上昇が抑えられ、またアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の低下抑制、ならびにグルタチオンS-トランスフェラーゼ活性の上昇が確認された。また肝臓中のチオバルビツール酸反応物質についても対照群にくらべ低下傾向を示した。これらのことより醗酵豆乳にはエタノール吸収の抑制効果ならびにエタノール代謝促進効果があることが示唆された。このことは、ホルモン依存性疾患予防などこれまで知られている大豆イソフラボン効果とは異なる新たな効果であることから、興味が持たれるところである。

今回我々が試験材料として選んだ、サツマイモや大豆は日本で古くから食されている食材である。世界最高といわれる日本人の長寿の原因は、日本の食生活にあるといわれている。現在日本食のよさは海外でも認められ、動物性脂肪中心の食生活であるアメリカにおいても、ヘルシーフードとして日本食が注目されている。しかしその一方で、当の日本においては近年食生活の欧米化が進み、生活習慣病が増加している。今後迎えるであろう少子超高齢化社会では、このような病気にならず健康で自立性を保つことが課題となってくる。そのためには病気になってからの治療ではなく、なる前の予防がますます重要になる。すなわち治療における薬に代わって「食」が予防の主役になると考えられる。

本研究ではアントシアニンとイソフラボンに関して機能性、体内動態について調べたが、今後さらに掘り下げていくとともに、食品中の他の有効成分についても研究を進めていくことにより、食を通じた健康維持、疾病予防に貢献することができると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

近年多くの疫学調査により野菜や果物などの摂取と生活習慣病予防の関連性が明らかになってきたことから、植物成分の健康維持への有効性に関する研究が盛んになってきている。植物成分の中では特にポリフェノールが注目されており、生体利用性や生理活性に関する研究が盛んに行われている。これまでの研究からポリフェノールには抗酸化活性、LDL酸化抑制作用、抗変異原活性、血圧上昇抑制作用、抗アレルギー作用などのあることが明らかとなっている。本論文はポリフェノール類の中でもアントシアニンとイソフラボンに着目し、それらの生体利用性、生理機能、および生体内動態などの解明を試みたものである。アントシアニンは食用色素として古くから利用されているものの、複雑な化学構造を有することから他のフラボノイドに比べてその生理機能に関する研究が遅れている。紫サツマイモ(アヤムラサキ)に含まれるアントシアニンは安定性に優れ、栄養補填剤としての利用が期待できるものの、複雑な構造による生体内動態解明の困難性などの理由からその生理機能に関する研究はほとんど進んでいない。一方、大豆イソフラボンに関してはさまざまな研究がなされているが、その配糖体とアグリコンの生体利用性の違いについては明確な結論はでていない。

本論文の第1章ではアヤムラサキアントシアニンの生体内動態について、ラットおよびヒトを用いて調べている。その結果、アヤムラサキに含まれる8種のアントシアニン分子種のうち、2種が特異的に吸収されることがわかった。また血液および尿に検出されるアントシアニンは摂取形態と同じ配糖体であり、これまでアントシアニンの特徴とされていた、配糖体のまま吸収され、体内で代謝されずに排出されるということが確認された。吸収に関しては、ラット、ヒトともに非常に速やかに行われ、主な吸収部位は上部消化管であることが予測された。また排出についても、尿中のアントシアニンがラットでは投与4時間後、ヒトでは12時間後でほとんど検出されなくなることから、速やかに排出されていることがわかった。第2章ではアヤムラサキアントシアニンの生理機能について調べ、このアントシアニンがin vitro系において他種のアントシアニンより高い抗酸化活性を有することを示し、さらにその高い抗酸化活性がin vivo系(生体内)でも維持されることを明らかにした。また四塩化炭素肝障害ラットを用いた試験において、アヤムラサキアントシアニンに肝障害抑制効果があることを明らかにした。

第3章では、大豆イソフラボンの生体利用性や生理活性に関して、その摂取形態の影響について調べている。摂取形態の違いとして化学構造(配糖体かアグリコンか)、および供給源(抽出物、タブレット、飲料等)などが着目されるが、これら摂取形態の及ぼす効果に関しては意見の分かれるところであった。豆乳に含まれるイソフラボンは99%以上が配糖体として存在するが、豆乳を酵素もしくは菌により発酵処理を行った酵素処理豆乳および発酵豆乳ではアグリコンの割合が90%以上となる。これら供給源を材料として生体利用性を調べた結果、イソフラボンはアグリコンとして摂取された方が配糖体としてよりも吸収速度が速く、また最高血中濃度も高くなることが示された。同じアグリコン化豆乳である酵素処理豆乳と発酵豆乳の比較では、摂取後の血中および尿中のイソフラボン濃度に違いは見られなかったが、一方、イソフラボンの腸内菌の代謝物であるエクオルの尿中への排出量は酵素処理豆乳摂取時の方が発酵豆乳摂取時に比べ多い傾向が見られた。以上の結果からアグリコンの方が生体利用性の高いことが示され、またプロバイオティクスがエクオル産生菌に影響を及ぼす可能性が示唆された。

第4章ではイソフラボンの生理活性に関連し、アルコールの吸収・代謝に及ぼす影響をみた。その結果、発酵豆乳が胃でのエタノール吸収を抑制し、血中のエタノールおよびアセトアルデヒド濃度の上昇を抑える効果のあることが明らかになった。またイソフラボンのゲニステインがエタノール代謝促進ならびにアセトアルデヒド代謝促進に関与していることが示された。さらに発酵豆乳摂取は、エタノールの継続摂取により生じるミクロソームエタノール酸化系の活性の上昇、アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の低下、および肝臓中の過酸化脂質の上昇などを抑制し、グルタチオンS-トランスフェラーゼ活性を上昇させる効果のあることが示された。これらの結果は、発酵豆乳およびそこに含まれるイソフラボンアグリコンの、継続的アルコール摂取による肝障害に対する効果という新側面を示唆したものである。

以上本論文では、アントシアニンおよび大豆イソフラボンの生体利用性および生理活性に関する研究を行い、これまで不明であった生体利用性および新たな生理活性を明らかにしたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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