学位論文要旨



No 216771
著者(漢字) 御室,哲志
著者(英字)
著者(カナ) ミムロ,テツシ
標題(和) 4輪フラットベルトシャシダイナモメータの開発と応用
標題(洋)
報告番号 216771
報告番号 乙16771
学位授与日 2007.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16771号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 准教授 藤岡,健彦
 東京大学 准教授 鈴木,高宏
内容要旨 要旨を表示する

自動車の基本的な技術分野である車両運動性能については,基本部分は設計要件と性能の因果関係が解明済でCAEによってカバーされているものの,より感性に近い領域においては,未だ現象の解析や評価法の確立が不十分である.そのため,試行錯誤の開発が行われている部分もあるし,定性的には因果関係が分かっていても,定量的な予測精度が不足しているために,車両の仕様変更とその性能確認という大変手間のかかるルーチンを何度も繰り返している部分もある.

自動車は航空機等に比べ,実機試験が容易であるため,運動性能試験については,広大なテストコースを設け,そこで試験車を走らせて計測や性能確認を行うことが多い.運転技量と評価技量が高い運転者が,試験車を種々の走行条件を備えたテストコース上で走らせて,車両運動性能を官能評価する.また,各種の標準化された試験を行って定量評価値を得る.これらの走行試験においては,事故が発生する恐れがあるとか,手間がかかるとか,計測精度が悪いといった実用上の問題が多く存在する.

実路走行試験が抱える主な課題を5つ掲げる.

(1)外乱によるデータ品質と再現性の低下

(2)計測精度を確保するには高度な計測法が必要

(3)高速試験,限界試験,ニヤミス事故再現試験の安全確保が困難

(4)データ品質を確保するには高い技量の運転者が必要

(5)複合的あるいは限界的な車両挙動のメカニズム把握が困難

以上の実路走行試験が抱える課題を裏返すと,室内車両運動性能試験への期待となる.ここでいう室内車両運動性能試験とは,実物の車両をあたかも実路上を走らせるごとく,試験機上の限定された空間内で走らせ,車両運動性能評価を行うことを指す.車両運動性能の支配的な要素であるタイヤを実際に回転させて実路上と同様な力を発生させ,実路走行時の車両ダイナミクスを台上再現するとともに,実路走行試験が抱える課題を解消するなど室内ならではのメリットを確保することが室内運動性能試験機の目的となる.従来,用いられてきたローラータイプの試験機は高精度の運動性能再現には不向きであり,利用技術としての課題もあるという背景を踏まえ,本論では新たなブレークスルーを適用することで,4輪フラットベルトシャシダイナモメータという新たな室内車両運動性能試験機と新たな利用技術を開発する.試験設備,試験車両の開発内容と,種々の新しい試験によって得られた知見をまとめる.室内運動性能試験の実用性を高めることで,先の実路走行試験における5つの課題を解決し,多くの利点を生み出す.またこの室内車両運動性能試験機の適用を台上実車走行型ドライビングシミュレータに適用し,高い臨場感を得るとともに,究極のハードウェア・インザループシミュレーションを可能とする.

本論文の構成は以下の通りである.

序論では,室内車両運動性能試験の必要性とその歴史について述べる.実物の車両をあたかも実路上を走らせるごとくローラー試験機上の限定された空間内で走らせ(台上フリー走行),車両運動性能評価を行うという室内車両運動性能試験機の試みは,1960年台から見られる.これらの試験機の持つ本質的な課題を考察し,それを克服する上で注目されるフラットベルトユニットを用いた各種試験機を概観する.

2章(4輪フラットベルトシャシダイナモメータの開発)では,ローラー試験機の本質的な問題であるローラー曲率を回避し,台上フリー走行より価値が高い利用技術を開発することを目標に,3つのブレークスルー(4つのフラットベルトユニットと,フラットベルトユニットをヨー方向に旋回させる旋回架台と,ワイヤロープによる車両拘束)を適用した世界初の4輪フラットベルトシャシダイナモメータを開発する。4輪駆動車用のシャシダイナモメータとしての機能を持つとともに,種々のサイズの乗用車に適用可能である.フラットベルトユニットは,タイヤを置く面が非常に広く,面ベアリングの開発が重要である.フラットベルトユニットやダイナモメータを2輪分ずつ搭載した巨大な前軸用と後軸用の旋回架台は,ギヤードモーターによってレール上を旋回する.フラットベルト上の車両は,試験室内に長く張り渡した重心高さのワイヤロープによって平面内の自由度を拘束する.これら開発した試験設備の基本機能の性能確認結果を示す.

3章(室内定常円旋回試験の実現)では,4輪フラットベルトシャシダイナモメータを用いて,初めて可能となる室内定常円旋回の実現方法と実際の試験手順について述べる.

台上における遠心力に相当するのは重心高さのワイヤロープ拘束力である.かつ,ワイヤロープ拘束力が作るヨーモーメントがゼロであることが定常円旋回の力学的条件である.4つのフラットベルトユニットの旋回角度とベルト速度は,巨大な円盤上に車両が載っていると考えたときの4輪直下の円盤の値に一致する必要性から,幾何学的条件が定まる.

この室内定常円旋回条件を達成するための実行可能な手順を示す.設備側は2つの架台の旋回角と4輪のベルト速度を設定し,ワイヤロープ張力を計測し,リアルタイムにヨーモーメントと仮想横加速度を算出し,運転者にヨーモーメントと目標速度を表示する.運転者は操舵角とアクセルを調整してヨーモーメントをゼロに,かつ実速度を目標速度に一致させる.この試験手順を円滑に進めるために,ワイヤロープ張力のリアルタイム演算を行うCAT(Computer Aided Testing)システムを構築する.

このシステムを用いて室内定常円旋回試験を実施し,実路走行試験結果と比較する.両者の良好な一致を示すとともに,室内ならではのデータのばらつきが少なさを確認する.室内ならではの利点を生かし,駆動力やアクティブロール制御の旋回特性への影響,トーションビーム式3リンクサスペンションの旋回時の特性についての計測結果を示す.

4章(拘束下の不釣合い状態計測の検討)では,実路走行では過渡的な状態を,拘束下で準定常的に計測する方法について述べる.車両における本計測は,航空機の風洞試験で各種空力微係数を計測することに相当する.拘束下の直進状態に適用した例として,車両の転がり抵抗の詳細な計測について述べる.車両の駆動系要素を変更してこの高精度な計測を行うことで,駆動系各部の微小な転がり抵抗の分析が可能となることを示す.旋回時のアクセルオン,あるいは制動に対する車両応答評価への適用例では,実路走行の過渡的挙動のある一瞬の状態について,拘束下の不釣合い力計測に置き換えることで,過渡的挙動のある一瞬を切り取った形で,新たな定量評価が可能になることを示す.旋回限界の数値解析の表現として定評のあるモーメント法を実車計測に適用した例では,前輪スリップ角と後輪スリップ角の種々の組み合わせ状態を計測して得られる横力・モーメント線図により,タイヤの強い非線形性に支配される限界特性の把握が可能となる.また,シャシ制御システムの代表として4輪操舵システムとダイレクトヨーモーメント制御システムを取り上げ,異なるシステムの制御能力比較について,定量評価まで踏み込んだ新たな可能性を示す.

5章(操舵過渡応答の模擬)では,横方向の過渡応答として最も重要な操舵過渡応答を室内台上で模擬する.従来から実施されてきた台上フリー走行は直進近傍の操舵過渡応答の再現が可能であるものの,実用上の制約が厳しいため,前章までと同様,平面内の車両挙動を拘束する.タイヤに動的なスリップ角を与えるための新たなブレークスルーとして,試験車両の前後輪に操舵補正機構を付加する.前輪操舵補正機構としては, Adaptive Front Steering (AFS)を,後輪操舵補正機構としては4WSアクチュエータを用いる.この台上の試験車両の拘束力計測結果を,マス特性のみからなる車両モデルの入力としてリアルタイムに車両挙動演算を行い,操舵補正機構に戻すことで,車両横方向ダイナミクスを室内台上で再現する.車両モデルを必要とするシステム構成ではあるものの,マス特性のみを持つモデルであり,複雑な特性のタイヤやサスペンション等は全て実物の実機能を発揮していることから,台上での実車挙動の再現度は極めて高い.このようにして構築した室内台上システム上で,スラローム試験,1周期サイン操舵試験,パルス操舵角入力の操舵過渡応答試験を行い,実路走行の操舵過渡運動を精度良く再現することを確認する.

6章(台上実車走行型ドライビングシミュレータの開発)では, 4輪フラットベルトシャシダイナモメータ上の実物車両をモーションシステムとして,コンピュータグラフィックスのビジョンシステムとレーン座標で記述した交通流計算システムと組み合わせたドライビングシミュレータを開発する.このモーションシステムは,乗員に平面内の挙動を与えることが出来ないが,実車搭載型ならではの現実感の高さを特長とする.これを先進安全自動車ASVのヒューマンマシンインターフェース評価,自動回避及び自動走行機能開発に適用する.新たに外界センシングの模擬機能を開発することで,車両周囲認識システムとそれを含む運転支援システムの開発へ適用範囲を拡大する.本シミュレータを用いれば,究極のハードウェア・インザループシミュレーションとして,車両システム開発のほとんどを室内台上で行えるため,開発期間の短縮に大きく貢献する.

7章(結論)では,本論分の全体をまとめ,結論を述べるとともに,4輪フラットベルトシャシダイナモメータの課題と展望について触れる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「4輪フラットベルトシャシダイナモメータの開発と応用」と題し,7章より構成されている.

自動車の基本的な技術分野である車両運動性能については,基本部分は設計要件と性能の因果関係が解明済でCAEによってカバーされているものの,より感性に近い領域においては,未だ現象の解析や評価法の確立が不十分である.そのため,試行錯誤の開発が行われており,車両の仕様変更とその実車による性能確認という大変手間のかかるルーチンを何度も繰り返している.その実路走行試験は,外乱によるデータ品質と再現性の低下,計測精度を確保するには高度な計測法が必要,高速試験,限界試験,ニヤミス事故再現試験の安全確保が困難,データ品質を確保するには高い技量の運転者が必要,複合的あるいは限界的な車両挙動のメカニズム把握が困難などの課題を抱えており,室内での車両運動性能試験への期待がある.本論文は,4輪フラットベルトシャシダイナモメータという新たな室内車両運動性能試験機を開発し,実路走行試験のかかえる課題の解消を目的としている.

第1章序論では,室内車両運動性能試験の必要性とその歴史について述べ,ローラー試験機上の限定された空間内で走らせ車両運動性能評価を行うという室内車両運動性能試験機の持つ本質的な課題を考察し,それを克服する上で注目されるフラットベルトユニットを用いた各種試験機を概観している.

第2章4輪フラットベルトシャシダイナモメータの開発では,ローラー試験機の本質的な問題であるローラー曲率を回避し,台上フリー走行より価値が高い利用技術を開発することを目標に,3つのブレークスルー(4つのフラットベルトユニットと,フラットベルトユニットをヨー方向に旋回させる旋回架台と,ワイヤロープによる車両拘束)を適用した世界初の4輪フラットベルトシャシダイナモメータの開発について述べている.

第3章室内定常円旋回試験の実現では,前章で詳細を示した4輪フラットベルトシャシダイナモメータを用いて,初めて可能となる室内定常円旋回の実現方法と実際の試験手順について述べている.台上における遠心力に相当する重心高さのワイヤロープ拘束力と4つのフラットベルトユニットの旋回角度とベルト速度を制御して,室内定常円旋回条件を達成している.このシステムを用いて室内定常円旋回試験を実施し,実路走行試験結果と比較したところ,両者の良好な一致が得られたとともに,室内ならではのデータのばらつきが少なさを確認している.

第4章拘束下の不釣合い状態計測の検討では,実路走行では過渡的な状態を,拘束下で準定常的に計測する方法について述べている.車両における本計測は,航空機の風洞試験で各種空力微係数を計測することに相当するもので,拘束下の直進状態に適用し,車両の転がり抵抗の詳細な計測について述べている.旋回時のアクセルオン,あるいは制動に対する車両応答評価への適用例では,実路走行の過渡的挙動のある一瞬の状態について,拘束下の不釣合い力計測に置き換えることで,過渡的挙動のある一瞬を切り取った形で,新たな定量評価が可能になる.旋回限界の数値解析の表現として定評のあるモーメント法を実車計測に適用した例では,前輪スリップ角と後輪スリップ角の種々の組み合わせ状態を計測して得られる横力・モーメント線図により,タイヤの強い非線形性に支配される限界特性の把握が可能となり,シャシ制御システムへの適用として4輪操舵システムとダイレクトヨーモーメント制御システムを取り上げ,異なるシステムの制御能力比較について,定量評価まで踏み込んだ新たな可能性を示すことができている.

第5章操舵過渡応答の模擬では,横方向の過渡応答として最も重要な操舵過渡応答を室内台上で模擬することを示している.構築した室内台上システム上で,スラローム試験,1周期サイン操舵試験,パルス操舵角入力の操舵過渡応答試験を行い,実路走行の操舵過渡運動を精度良く再現することが確認できている.

第6章台上実車走行型ドライビングシミュレータの開発では,4輪フラットベルトシャシダイナモメータ上の実物車両をモーションシステムとして,コンピュータグラフィックスのビジョンシステムとレーン座標で記述した交通流計算システムと組み合わせた新たな種類のドライビングシミュレータを開発について述べている.このモーションシステムは,乗員に平面内の挙動を与えることが出来ないが,実車搭載型ならではの現実感の高さを特長とする.これを先進安全自動車ASVのヒューマンマシンインターフェース評価,自動回避及び自動走行機能開発に適用した例を示している.本シミュレータを用いれば,究極のハードウェア・インザループシミュレーションとして,車両システム開発のほとんどを室内台上で行えるため,開発期間の短縮に大きく貢献する.

第7章結論では,本論文の全体をまとめ,結論を述べるとともに,4輪フラットベルトシャシダイナモメータの課題と展望について述べている.

以上要するに,本論文は,自動車の実路試験を室内の台上で実現するための技術として,4輪フラットベルトのシャシダイナモメータを用いた新たな試験装置を,世界で初めて開発し,その様々な走行場面での車両挙動を台上で再現する技術を考案し,その効果・成果を示したものである.内容は極めて新規性に富み,また業界初の試みが多数含まれており,一方工学技術の発展にも寄与すること大である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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