学位論文要旨



No 216784
著者(漢字) 大堀,誠
著者(英字)
著者(カナ) オオホリ,マコト
標題(和) MAPキナーゼ系を標的とした抗炎症物質の探索
標題(洋)
報告番号 216784
報告番号 乙16784
学位授与日 2007.05.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16784号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

グルココルチコイド/GR複合体はAP-1活性化を抑制し、炎症関連遺伝子の発現を阻害することで強力な免疫抑制・抗炎症作用をもたらす一方、グルココルチコイド応答配列(GRE)に結合することでエネルギー代謝などに関わる遺伝子発現を亢進させ重篤な副作用を惹起すると考えられている。AP-1選択的阻害物質は、この副作用を回避しつつ強力な抗炎症作用を発揮する画期的な抗炎症薬になり得ると考え、研究を開始した。

AP-1及びGR応答配列制御レポータージーンアッセイを用いたハイスループットスクリーニングの結果、AP-1選択的阻害物質FR148083を見出し(表1)、それが慢性関節リウマチ(RA)モデルであるマウスコラーゲン関節炎(CIA)及びCII誘導性遅延型過敏反応において抗炎症作用を発揮することを示した(図1)。

次に標的分子探索を実施し、FR148083がERK2、MEK1、MKK7といった複数のMAPK系キナーゼ分子を標的とすることでAP-1を阻害することを示し(図2a)、更にFR148083/ERK2複合体X線構造解析を実施して、FR148083 8'位炭素とERK2 Cys166 Sγとの共有結合など、その相互作用パターンを明らかにした(図3)。また、ERK2結晶構造及び誘導体の構造活性相関からFRl48083はATP結合サイトを認識して錯体構造を形成した後に、ERK2 Cys166と共有結合するという標的認識機構を明らかにした。更に種々キナーゼのCys166近傍配列のアラインメントの結果から、FRI48083の標的分子は共通してKXCDFG配列を有し、そのシステインとの共有結合がFR148083の標的選択性に重要であることが示唆された(図3)。

FR148083/ERK2複合体X線結晶解析(accession number:2E14)。a)FR148083/ERK2相互作用部位。FR148083分子を水色で、蛋白質炭素原子をグレーで、酸案原子を赤で、窒素原子を青で、硫黄原子を黄色で示した。水素結合を緑線で示した。オレンジ色格子はFR148083とCy3166の電子密度マップである。b)相互作用パターン。

FR148083の標的分子であるERKはFR148083が抗炎症作用を発揮する上で重要な標的分子であると考えられた。ELISAを用いたERK阻害活性評価系を構築し、そのハイスループットスクリーニングの結果見出されたFRI80204は、ERK経路シグナル伝達及びAP-1活性化を選択的に阻害する新規ERK阻害物質であった(図4)。FR180204がマウスCIAの発症ならびにCII反応性T細胞の活性化を抑制することから(図5)、ERKがマウスCIAの病態成立に重要な役割を果たしていること、更には抗炎症薬やRA薬物治療の標的としてERKが有望であることを示唆された。

次にFR180204/ERK2複合体X線構造解析を実施して、FR180204がERK2 ATP結合サイトに図6の相互作用様式で結合することを明らかにした。またp38αとの配列アラインメント、複合体構造解析、及び3位誘導体のERK阻害活性測定(表2)を実施し、ERKGIn105、Asp106と3位アミン基との水素結合が活性並びに選択性発現に重要であることを示した。更に、FR296110/ERK2複合体結晶構造解析を実施して、ERK2グリシンリッチループおよびMet108主鎖カルボニル基が柔軟性に富む構造であること、それらの移動に伴って疎水性サブサイトが形成され、1位誘導体の活性に影響を及ぼすことを示した(図7)。

ERK2/FR180204結晶→ERK2/FR296110結晶

以上のように、MAPK系を標的としたAP-1阻害物質FR148083及びFR180204が抗炎症作用を有し、RA治療薬としても有望であることが示された。X線結晶解析で明らかになった標的蛋白質との複合体構造は、その後の創薬方針を決定する上で有用な情報をもたらした。今回得られた知見がRAをはじめとする炎症性疾患の治療に役立つことを期待する。

図1 FR148083の動物モデル評価

a)CIA臨床関節炎スコア、及びb)CIA血漿中抗CII抗体価、はDay12に測定した。vehicle・control(O.1%MC)またはFR148083をDayOからDay12まで、一日二回投与した。データは平均値±SEMで示した(n=10)。関節炎スコアについて各群の平均値をグラフ上に示した。c)CI1誘導性DTH足蹠厚。CII/PBS接種24時間後の足蹠厚を測定した。薬剤またはvehicleはCII接種の10分前、8時間後に投与した。データは平均値±SEMで示した(n=7-8)。*及び**:control群と比較してP<O.05及び<0.01。

図2 FR148083のキナーゼ阻害活性と共通配列KXCDFG

a)FRI48083キナーゼ阻害作用。b)アミノ酸配列アラインメント。共通配列KXCDFG及びその相当配列を緑色綱掛けで強調した

図3 FR148083/ERK2複合体X線結晶解析

図4 FRI80204のERK選択的阻害活性

a)FR180204の化学構造。b)ERKに対する用量阻害曲線およびIC(50)値。vehicle(O.1% DMSO)添加時及びキナーゼ非添加時のMBPリン酸化をそれぞれO%、100%阻害として計算した。c)FR180204の特異性検討。d)各阻害物質で処理したMvlLu細胞にTGFβを添加し、10分間後ERK経路蛋自質のリン酸化レベルを測定した。

図5 FRI80204のマウスCIA及びCII反応性T細胞増殖に対する有効性

a)マウスCIA臨床関節炎スコア。Vehicle(0.1%MC)、FR180204(FR)、またはメチルプレドニゾロン(MP)はDayOからDay12まで、一日二回投与した。データは平均値±SEMで示した(n=9-12)。臨床スコア及び抗CI1抗体価について各群の平均値をグラフ上に示したb)C皿反応性T細胞増殖。CII免疫マウスのリンパ節細胞にCIIを添加し[3H]チミジン取り込みを誘導した。白およびグレー棒はそれぞれC11刺激無し、有りを示す。データは平均値±SEMで示した(n=3)。b)ConA刺激IL-2産生。データは平均値±SEMで示した(n=3)。#:naiveもしくはCII非添加群と比較してP<O.OO1;*及び**:control群と比較してP<O.05及びく0.01。

図6 ERK2/FR180204相互作用解析

a)FR180204/ERK2複合体X線解析結果に基づく相互作用パターン。水素結合:MetlO8NH,Ly854Nξ,Gln105Os1,AsplO6C=O、CH及びSH一π結合:Leu156,Cys166疎水性サブサイトとの相互作用:Val39,IIe103。b)ERK及びp38αアミノ酸配列アラインメント。FR180204/ERK2相互作用部位を図示した。

図7 FR296110によって誘導されるコンフォメーション変化と疎水性サブサイト

FR180204/ERK2(1TVO)およびFR296110/ERK2(1WZY)のATP結合サイト近傍を示した。化合物を黄色、蛋白質酸素原子を赤、窒素原子を青、炭素原子をグレーで示す。FR296110/ERK2ではグリシンリッチループの移動(ピンク矢印)、MetlO8カルポニル基のフリップ(緑矢印)、疎水性サブサイトの形成(オレンジ矢印)が起こっていることがわかる。

表1 AP-1選択的阻害物質FR148083

表2 FR1802043位誘導体のERK2阻害活性

審査要旨 要旨を表示する

強力な抗炎症薬として臨床適用されるグルココルチコイドは、核内のグルココルチコイド受容体と複合体を形成し、サイトカイン産生に関わる転写因子AP-1を抑制することで抗炎症作用をもたらす。しかしながら、その複合体は転写制御領域に存在するグルココルチコイド応答配列に結合してエネルギー代謝などに関わる遺伝子発現を充進させ、様々な副作用を惹起すると考えられている。グルココルチコイド応答配列を活性化せずにAP-1を選択的に阻害する物質は、この副作用を回避し、強力な抗炎症作,用を発揮する画期的な抗炎乖薬になると期待される。「MAPキナーゼ系を標的とした抗炎症物質の探索」と題する本論文に劇いては、抗炎症作用を有するAP-1選択的阻害物質FR148083を見出し、本物質がシステインとの共有結合によりERK2、MEK1、MKK7といったMAPキナーゼ系分子を標的とすることを明らかにしている。さらに、ERKを選択的に阻害する新規物質FR180204が抗炎症作用を有することを見出し、その標的認識機構について明らかにしている。

1.AP-1阻害物質の探索及び抗炎症作用の評価

本論文では、先ずAP-1及びグルココルチコイド応答配列制御レポータージーンアッセイを用いたハイスループットスクリーニングを実施し、AP-1を選択的に阻害するカビ産生物質FR148083を見出した。本物質が慢性関節リウマチ(RA)モデルであるマウスコラーゲン関節炎(CfA)を緩和すること、さらに抗II型コラーゲゾ(CII)抗体産生やCII誘導性遅延型過敏反応を抑制することを示した。これらの結果から、AP-1選択的阻害物質FR148083が免疫抑制及び抗炎症作用をもつことを明らかにした。

2.AP-1阻害物質FRI48083標的分子の探索及び阻害機構の解析

次に、FR148083の標的分子を探索し、FRl48083がERK2、MEK1、及びMKK7といったMAPキナーゼ系を標的とするキナーゼ阻害物質であることを明らかにした。また、分子進化系統樹解析から、FR148083の標的選択性には蛋白質高次構造の類似性以外のファクターが大きく寄与していることを示した。FR148083とその標的分子ERK2との複合体X線構造解析を実施し、FR148083 8'位炭素とERK2 Cys166Sγとの共有結合を特徴とする相互作用パターンを明らかにした。また、誘導体構造活性相関を検討し、FR148083はATP結合サイトを認識して錯体構造を形成した後にERK2Cys166と共有結合するという標的認識機構を示した。さらにアミノ酸配列アラインメント解析により、FR148083の標的分子は共通して上記Cys166を含む共通配列KXCDFGを有することを示した。以上の結果から、FR148083はATP結合サイトの構造を認識し、その後KXCDFG配列中のシステインと共有結合するζとでERK2、MEK1、及びMKK7といったキナーゼを阻害することを明らかにした。

3.ERK阻害物質の探索及び抗炎症作用評価

次に、FR148083標的分子の一つであるERKに対するハイスループットスクリーニングを実施し、ERK選択的阻害作用を有する新規化倉物FR180204を見出した。細胞内シグナル伝達経路を解析し、FR180204がERK経路シグナル伝達を選択的に阻害し、AP-1活性化を抑制することを明らかにした。マウスCIAの発症ならびにCII反応性T細胞の活性化をFR180204が抑制することを見出した。これらの結果から、ERKがマウスCIAの病態成立に重要な役割を果たナこと、さらに抗炎症率や蹴薬物治療の標的としてERKが有望であることを示した。

4.ERK選択的阻害物質の阻害機構の解析

FR180204とERK2との複合体X線構造解析を実施し、FR180204がERK2のATP結合サイトに結合することを明らかにした。またp38αとの配列アライ1ンメント、複合体構造解析、及び3位誘導体のERK阻害活性測定を実施し、ERKのGln105、Asp106と3位アミン基との水素結合が活性並びに選択性発現に重要であることを示した。さらに、FR180204誘導体であるFR296110とERK2との複合体結晶構造を解析し、ERK2グリシンリッチループおよびMetl08主鎖カルボニル基が柔軟性に富む構造であること、それらの移動に伴って疎水性サブサイトが形成され、誘導体活性に影響を及ぼすことを示した。以上の結果より、FR180204及びその誘導体が選択的にERKを阻害する分子認識機構を明らかにした。

以上を要するに、本研究はMAPキナーゼ系を標的としたAP-1阻害物質をスクリーニングにより見出し、マウスの関節リウマチモデルを用いてそれらが抗炎症作用を布すること、さらにX線結晶構造解析によりそれら阻害物質が標的選択性をもつ機構を明らかにしている。特に、ERKを選択的に阻害する物質として、FR180204が初めて見出している。以上の知見は、MAPキナーゼ系を標的とした抗炎症物質の探索に有益な情報を提供するだけではなく、関節リウマチを始めとする炎症性疾患治療の標的を考える上でも重要な手掛かりを与えており、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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