学位論文要旨



No 216785
著者(漢字) 坂倉,正義
著者(英字)
著者(カナ) サカクラ,マサヨシ
標題(和) NMRを用いた触媒抗体6D9のリガンド認識機構の解析
標題(洋)
報告番号 216785
報告番号 乙16785
学位授与日 2007.05.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16785号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

"NMRを用いた触媒抗体6D9のリガンド認識機構の解析"と題する本論文は、触媒抗体6D9の触媒活性発現の駆動力である、基質と遷移状態に対する親和性の差が生じる要因を、NMRを用いて明らかにした研究成果について記述した論文である。本論文は、全5章から成る。第1章で研究背景、第2章で実験材料と実験方法、第3章で、実験結果、第4章で実験結果に対する考察、第5章で付加的な考察について記述した。

第1章では、まず、触媒抗体が単純化された酵素であり、酵素による反応促進機構を詳細に理解するための解析対象として有用であることを述べた。次に、6D9の触媒活性は、遷移状態アナログ(TSA)が模倣する四面体型遷移状態を、基質と比較してより強くする安定化することにより生じること、これまでに明らかにされている6D9とTSAの複合体の結晶構造では、6D9による反応促進機構の全てを説明することができないことを述べた。

第3章では、第1に、大腸菌を用いた6D9のFvフラグメント(6D9-Fv)の発現系の構築について述べた。大腸菌を用いて、1L培養あたり4~8mgの、触媒活性を有する6D9-Fvを得た。第2に、部位特異変異実験を行い、Y58(H)およびWIOOi(H)が、TSA認識において重要であるが、基質認識には寄与しないことを示した。第3に、ストップトフローを用いた6D9-FvとTSAの結合反応の速度論解析を行った。この結果、6D9-FvとTSAの結合反応が、induced-fit型の反応であることを示した。さらに、Y58(H)AおよびW100i(H)A変異体において、6D9-Fv-TSA複合体の異性化過程が観測されないことから、Y58(H)とW100i(H)が、induced-fit過程において重要であることを示した。第4にNMRを用いた6D9-Fvとリガンドの相互作用解析について述べた。まず、安定同位体標識を行った6D9-Fvを調製し、一連の三重共鳴スペクトルを解析することにより、シグナルの帰属を行った。次に、TSAおよび基質結合に伴うNMRスペクトルの変化を、それぞれ解析したざTSA結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、TSA結合界面およびその周辺領域に広く分布した。一方、基質結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、基質結合界面に局在した。さらに、Wl00i(H)A変異体についても同様の解析を行い、リガンド結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、リガンド結合界面に局在することを見出した。

第4章では、まず、6D9-FvのTSA認識機構と基質認識機構についてそれぞれ考察し、次にTSA認識機構と基質認識機構の比較を行った。この結果、TSA結合状態と基質結合状態との間に、(i)リガンド結合界面残基に由来するNMRシグナルの線幅の違いと、(ii)NMRシグナルが変化した残基の分布の違いが存在することを見出した。(i)から6D9とTSAの間において形成される強固な相互作用は、6D9と基質の間においては形成されず、6D9と基質の複合体は、不安定な複数の構造の集合体として存在すると考察した。TSAとの間において選択的に相互作用を形成する残基として、これまでに見出されているH27d(L)に加えて、Y58(H)およびWl00i(H)を見出した。(ii)からは、TSA結合は6D9-Fvに対して構造変化を誘起するが、基質結合は構造変化を誘起しないと考察した。TSA結合に伴うinduced-fitにより、6D9-FvとTSAの間において選択的な相互作用が形成され、TSAと基質の親和性の差が生じると考えた。TSA結合に伴うinduced-fitに重要な残基として、Y32(L)およびW100i(H)を見出した。以上から、6D9の触媒活性の駆動力である、TSAと基質に対する安定化エネルギーの差が、Y32(L),Y58(H),WlOOi(H)が関与するaromatic-aromatic相互作用、およびにH27d(L)が関与する水素結合に由来すると結論した。最後に、触媒抗体6D9と天然の酵素の反応機構を比較し、6D9-Fvにおいて見出した構造変化による遷移状態の安定化機構が、天然の酵素においても反応促進に寄与している可能性を指摘した。

第5章では、TSA結合状態と基質結合状態との違いを生み出す、リガンド側の構造的要因、および、触媒抗体の活性を上昇させるための戦略について記述した。

本研究成果は、触媒抗体の主要な反応促進機構である、遷移状態の安定化機構を高次構造的に明らかにし、これにより、より有用な触媒抗体を得るための構造基盤を提示した。また、本研究成果は、天然の酵素における遷移状態安定化機構を理解する上においても、有用な知見を与えた。

審査要旨 要旨を表示する

"NMRを用いた触媒抗体6D9のリガンド認識機構の解析"と題する本論文は、触媒抗体6D9の触媒活性発現の駆動力である、基質と遷移状態に対する親和性の差が生じる要因を、NMRを用いて明らかにした研究成果について記述した論文である。本論文は、全5章から成る。第1章で研究背景、第2章で実験材料と実験方法、第3章で実験結果、第4章で実験結果に対する考察、第5章で付加的な考察について述べている。

第1章では、まず、触媒抗体が単純化された酵素であり、酵素による反応促進機構を詳細に理解するための解析対象として有用であることを述べている。次に、6D9の触媒活性は、遷移状態アナログ(TSA)が模倣する四面体型遷移状態を、基質と比較してより強くする安定化することにより生じること、これまでに明らかにされている6D9とTSAの複合体の結晶構造では、6D9による反応促進機構の全てを説明することができないことを述べている。

第3章では、第1に、大腸菌を用いた6D9のFvフラグメント(6D9-Fv)の発現系の構築について述べている。大腸菌を用いて、1L培養あたり4~8mgの、触媒活性を有する6D9-Fvを得たとしている。第2に、部位特異変異実験を行い、Y58(H)およびwlooi(H)が、TSA認識において重要であるが、基質認識には寄与しないことを示している。第3に、ストップトフローを用いた6D9-FvとTSAの結合反応の速度論解析を行っている。この結果、6D9-FvとTSAの結合反応が、induced-fit型の反応であることを示している。さらに、Y58(H)AおよびWlOOi(H)A変異体において、6D9-Fv-TsA複合体の異性化過程が観測されないことから、Y58(H)とW100i(H)が、induced-fit過程において重要であることを示している。第4にNMRを用いた6D9-Fvとリガンドの相互作用解析について述べている。まず、安定同位体標識を行った6D9-Fvを調製し、一連の三重共鳴スペクトルを解析することにより、シグナルの帰属を行っている。次に、TSAおよび基質結合に伴うNMRスペクトルの変化を、それぞれ解析している。TSA結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、TSA結合界面およびその周辺領域に広く分布したと述べている。一方、基質結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、基質結合界面に局在したと述べている。さらに、WlOOi(H)A変異体についても同様の解析を行い、リガンド結合に伴うNMRシグナルの変化が観測された残基は、リガンド結合界面に局在することを見出している。

第4章では、まず、6D9-FvのTSA認識機構と基質認識機構についてそれぞれ考察し、次にTSA認識機構と基質認識機構の比較を行っている。この結果、TSA結合状態と基質結合状態との間に、(i)リガンド結合界面残基に由来するNMRシグナルの線幅の違いと、(ii)NMRシグナルが変化した残基の分布の違いが存在することを見出している。(i)から、6D9とTSAの問において形成される強固な相互作用は、6D9と基質の間においては形成されず、6D9と基質の複合体は、不安定な複数の構造の集合体として存在すると考察している。TSAとの間において選択的に相互作用を形成する残基として、これまでに見出されているH27d(L)に加えて、Y58(H)およびWlOOi(H)を見出している。(ii)からはTSA結合は6D9-Fvに対して構造変化を誘起するが、基質結合は構造変化を講起しないと考察している。TSA結合に伴うinduced-fitにより、6D9-FvとTSAの間において選択的な相互作用が形成され、TSAと基質の親和性の差が生じるとしている。TSA結合に伴うinduced-fitに重要な残基として、Y32(L)およびW100i(H)を見出している。以上から、6D9の触媒活性の駆動力である、TSAと基質に対する安定化エネルギーの差が、Y32(L),Y58(H),WlOOi(H)が関与するaromatic-aromatic相互イ乍用、およびにH27d(L)が関与する水素結合に由来すると結論している。最後に、触媒抗体6D9と天然の酵素の反応機構を比較し、6D9-Fvにおいて見出した構造変化による遷移状態の安定化機構が、天然の酵素においても反応促進に寄与している可能性を指摘している。

第5章では、TSA結合状態と基質結合状態との違いを生み出す、リガンド側の構造的要因、および、触媒抗体の活性を上昇させるための戦略について記述している。

本研究成果は、触媒抗体の主要な反応促進機構である、遷移状態の安定化機構を高次構造的に明らかにし、これにより、より有用な触媒抗体を得るための構造基盤を提示している。また、本研究成果は、天然の酵素における遷移状態安定化機構を理解する上においても、有用な知見を与えている。以上より、本研究を行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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