学位論文要旨



No 216786
著者(漢字) 浦川,到
著者(英字)
著者(カナ) ウラカワ,イタル
標題(和) 繊維芽細胞増殖因子FGF23の生理利用と受容体に関する研究
標題(洋)
報告番号 216786
報告番号 乙16786
学位授与日 2007.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16786号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 橋,伸一郎
 東京大学 准教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

生体においてリンは全ての組織、細胞に不可欠の構成要素であり、生理機構で非常に重要な役割を果たしている元素の一つである。生体内に保持されるリンの量は摂食による小腸からの吸収と腎臓での尿中への排泄によって調節されており、血中のリン濃度はほぼ一定になるような恒常性が存在している。一方、何らかの理由でリン代謝機構に破綻が生じ、血中のリン濃度を一定に保てなくなる病態が存在する。低リン血症性くる病・骨軟化症は、腎臓でのリンの再吸収の低下と血中の活性化ビタミンDである1,25-dihydroxy vitamin D(1,25(OH)2D)の上昇不全により、小児ではくる病、成人では骨軟化症の症状を示す疾患である。先天性の疾患としては、伴性優性低リン血症性くる病・骨軟化症(X-linked hypophosphatemic rickets / osteomalacia : XLH)、常染色体性優性低リン血症性くる病・骨軟化症(Autosomal dominant hypophosphatemic rickets / osteomalacia : ADHR)などが知られており、後天性の疾患としては、腫瘍性くる病・骨軟化症(Tumor induced rickets / osteomalacia : TIO)が知られている。

繊維芽細胞増殖因子(FGF)23はこれらの疾患の原因分子として同定されたアミノ酸251個より構成されるポリペプチドであり、N末端部分に24アミノ酸からなるシグナル配列を有する分泌タンパク質である。FGF23の生理活性は、腎臓での尿中リン再吸収抑制による血清リン低下作用と、1,25(OH)2D活性化酵素CYP27b1の発現抑制および不活性化酵素CYP24の発現亢進による1,25(OH)2Dの低下が報告されているが、低リン血症性くる病におけるFGF23の作用機序を解明することは、これらの疾患の治療に役立つと考えられる。そこで、筆者らは低リン血症性くる病・骨軟化症におけるFGF23作用の解析と、病態惹起機構の解明、さらにはFGF23受容体機構の解明を目的として本研究を行なった。

まずは、FGF23が生後から高値である状態が生体にどのような影響を与えるのかについて評価を行なう為、FGF23のトランスジェニックマウスを作製し、表現型の解析を行なった。その結果、FGF23トランスジェニックマウスは成長障害、生殖異常、リンパ球産生異常、血中リン低下、血中1,25(OH)2D、骨形態異常、など様々な表現型を示し、低リン血症性くる病様の症状と類似する結果となった。これらのことから、持続的なFGF23の高値がくる病様の表現型を引き起こすことが示された。

次に、常染色体性優性低リン血症性くる病・骨軟化症(ADHR)におけるFGF23の変異が病態の惹起にどのように関連するのかについて解析を行なった。ADHR患者のFGF23は、176番目のアルギニン残基がグルタミン残基、もしくは179番目のアルギニン残基がグルタミン残基又はトリプトファン残基へのミスセンス変異が明らかになっている。これらの変異が確認される領域のアミノ酸配列は、RXXRというfurin様プロテアーゼの認識配列と一致する。野生型のFGF23をCHO細胞で産生させると、全長のFGF23分子の培養上清中への分泌と共に、この領域で切断された部分断片が確認された。一方、R176Q、R179Q、およびR179W変異の入ったFGF23をCHO細胞で発現させたところ、全長FGF23の産生が増加し、部分断片の産生が抑制された。また、FGF23の部分断片を正常マウスに投与しても血清リンの低下作用および血清1,25(OH)2Dの低下作用は確認されなかった。これらのことから、ADHRで確認されるFGF23の変異はFGF23の細胞内プロテアーゼに対する切断耐性をもたらし、このことによる全長FGF23の産生の安定化が病態の惹起に繋がっていることが示唆された。

FGF23は骨から分泌され、血中を循環し、腎臓に作用するという内分泌様の性質を示す分子であり腎臓にはFGF23に対する受容体が存在すると考えられた。そこで筆者らは、FGF23特異的受容体機構を解明する目的で、腎臓でのFGF23応答遺伝子の探索をcDNAアレイを用いて行った。FGF23投与1時間後のマウスの腎臓の解析から、初期応答遺伝子であるEgr-1遺伝子の発現上昇が認められた。Egr-1遺伝子はMAP Kinaseの活性化に伴ない発現上昇することが報告されていたことから、FGF23投与10分後のマウス腎臓でのMAP KinaseであるERK1/2のリン酸化を確認したところ、FGF23投与によってERK1/2のリン酸化亢進が認められた。そこで、このEgr-1遺伝子発現上昇を指標にFGF23応答臓器を検索したところ、腎臓の他に副甲状腺と下垂体がFGF23応答臓器として見出された。これらのことから、FGF23特異的受容体機構は、腎臓、副甲状腺、および下垂体、に存在することが予想された。

FGF23特異的な受容体機構が腎臓に存在すると考えられたことから、マウス腎臓のホモジネートよりFGF23に結合する分子の探索を行なった。FGF23結合ビーズとマウス腎臓ホモジネートを混合し、FGF23に結合する分子を探索した結果、約130kDaの分子がFGF23結合ビーズに特異的に結合することが認められた。この結合分子をTOF-Massにて解析したところ、このFGF23結合分子はKlothoであることが明らかとなった。

Klothoは分子量約130kDaの1型膜タンパク質であり、細胞外に2つのβグリコシダーゼ様ドメインとそれに続く膜貫通ドメイン、および11アミノ酸からなる非常に短い細胞内ドメインから構成される。Klotho遺伝子は腎臓で強く発現が認められ、副甲状腺、下垂体、脳脈絡叢なども発現臓器として報告されておりFGF23応答臓器とよく重なる。外来遺伝子挿入によりKlotho遺伝子の発現に障害を受けているマウスでは、短命、成長障害、生殖機能障害、リンパ系組織萎縮、異所性石灰化、高リン血症、高カルシウム血症、高1,25(OH)2Dなどの表現型を示すが、これらの表現型はFGF23欠損マウスと酷似している。このKlotho発現低下マウスの血中のFGF23濃度を測定したところ、このマウスのFGF23濃度は正常マウスの約2000倍以上に上昇していた。Klotho発現低下マウスのFGF23の異常高値にもかかわらず、このマウスの表現型はFGF23欠損マウスと非常に良く似ていること、またKlotho発現低下マウスにFGF23組換え体を投与しても血清リンの低下や1,25(OH)2D の低下は確認されないことから、Klotho発現低下マウスではFGF23作用が破綻していることが考えられた。このことを細胞レベルで証明する為に、FGF23に応答しない腎臓由来培養細胞(HEK293細胞)にKlothoを発現させたところ、FGF23を投与した腎臓と同様に、FGF23刺激によってERK1/2のリン酸化亢進とEgr-1遺伝子発現上昇が確認された。これらのことから、Klotho分子はFGF23の作用に必須の因子であると考えられた。

Klotho分子は細胞膜貫通領域を有する膜タンパク質であるが、細胞内領域は非常に短く、この部位のみでは細胞内へのシグナル伝達を行なうことは困難と予想された。このことからFGF23のシグナル伝達にはKlotho以外の別の分子が介在している可能性が考えられた。そこで、FGF受容体を発現していない細胞に各種FGF受容体とKlothoを共発現させたところ、FGFR1c受容体とKlothoを共発現させたとき、顕著なFGF23応答性が認められた。また、実際にFGF23刺激をしたKlotho発現細胞のFGFR1cのリン酸化を調べた結果、FGF23刺激によってFGFR1cのリン酸化亢進が認められた。FGFR1cとKlothoの結合を調べたところ、FGFR1cとKlothoの結合が認められ、さらにFGF23とFGFR1cおよびKlothoはヘパリン存在下において複合体を形成することが確認された。以上のことから、KlothoとFGFR1c複合体がFGF23受容体として機能しており、Klothoの臓器特異性がFGF23作用の臓器特異性を決定していることが示唆された

以上の様に、本研究によりFGF23が低リン血症性くる病の病態惹起と深く関連することが明らかとなった。また、Klothoが既知のFGF受容体と結合することによってリガンド特異性が転換するという特徴的な受容体機構が発見された。今後、FGF23-Klotho作用の更なる理解の進展により、FGF23作用を制御する物質の創薬研究が進み、リン代謝・ビタミンD代謝の調節による疾患治療応用への展開が期待される。

図1 変異FGF23タンパク質のウェスタンブロッティングによる解析

(A、B)各種変異FGF23を一過性に発現させたPeak rapid細胞の培養上清を用いてウェスタンブロッティングを行なった。野生型FGF23(レーン1)、FGF23(R176Q)(レーン2)、FGF23(R179Q)(レーン3)、FGF23(R179W)(レーン4)、FGF23(R176Q、R179Q)(レーン5)。(A)抗FGF23(P148)抗体、(B)抗Hisタグ抗体。(C)野生型FGF23および変異FGF23(R176Q、R179Q)を安定的に発現するCHO細胞の培養上清を用いたウェスタンブロッティング。用いた抗体は抗Hisタグ抗体。

図2 FGF23特異的受容体のモデル図

表1 FGF23トランスジェニックマウスの血清および尿中パラメータ

審査要旨 要旨を表示する

生体必須元素であるリンは、摂食による小腸からの吸収と腎臓での排泄・再吸収によって保持量が調節されている。血中リン濃度の低下は、くる病や骨軟化症の原因となるが、繊維芽細胞増殖因子(FGF)23は、これらの疾患の原因分子として同定された251アミノ酸の分泌タンパク質である。本論文は、FGF23による病態惹起機構と受容体分子の解明を目的とした研究の成果をまとめたもので、5章から成っている。

第1章では、生体におけるリンの役割と調節、低リン血症性疾患、FGF23の研究開始時までの知見をまとめ、研究の目的と意義を述べている。FGF23の作用は、腎臓における尿中リン再吸収抑制と活性化ビタミンD量低下が知られていた。

第2章では、生後からFGF23が高値だと生体にどう影響するか評価するため、ヒトFGF23高発現トランスジェニックマウスを作製し表現型を解析した。このマウスは、成長障害、生殖異常、リンパ球産生異常、血中リン低下、活性化ビタミンD量低下、骨形態異常など、低リン血症性くる病類似の表現型を示し、FGF23高値が病態の原因になることが示された。

第3章では、常染色体性優性低リン血症性くる病(ADHR)にみられる変異型FGF23と病態の関連性を解析した。ADHR患者のFGF23には、R176Q, R179Q, R179Wなどのミスセンス変異がある。この領域は、furin様プロテアーゼの認識配列RXXRと一致することから、FGF23の切断耐性化と病態の関係を予想した。CHO細胞で野生型FGF23を産生させると、全長タンパク質と上記領域で切断を受けた部分断片が培養上清に検出された。一方、変異型FGF23では、全長の産生量が増加し、部分断片の産生は抑制された。部分断片を正常マウスに投与しても、全長が起す血清リン濃度の低下は認められなかったことから、変異FGF23はプロテアーゼに対して安定化し病態を惹起していることが示唆された。

第4章では、FGF23の受容体機構を解析した。FGF23は、骨から分泌され、血中を循環し、腎臓に作用することから、腎臓にFGF23の特異的受容体が存在するはずである。FGF23投与1時間後に腎臓で発現上昇する遺伝子をcDNAアレイにより調べたところ、MAP kinase活性化に応答するEgr-1遺伝子が捕まえられた。マウス腎臓のMAP kinase ERK1/2のリン酸化は、FGF23投与10分後に確認された。Egr-1遺伝子発現上昇を指標にFGF23応答臓器を探索すると、腎臓の他に副甲状腺と下垂体が見出され、これらにFGF23受容体が存在することが分かった。

FGF23固定化ビーズに結合する分子を、マウス腎臓ホモジネートから探索し、分子量約130Kの1型膜タンパク質Klothoを同定した。Klotho遺伝子発現臓器は、腎臓、甲状腺、下垂体、脳脈絡叢で、FGF23応答臓器と一致する。Klotho遺伝子障害マウスは、成長障害、生殖障害、リンパ組織萎縮、異所性石灰化、高リン血症、高カルシウム血症、高活性化ビタミンD量など、FGF23欠損マウス酷似の表現型を示す。血中FGF23濃度は正常マウスの2000倍以上に上昇しており、FGF23を投与しても血清リン濃度などの応答は認められなかった。FGF23の異常高値にもかかわらず、それに応答しないことから、KlothoはFGF23の受容に必須である。元来FGF23に応答しない腎臓由来培養細胞(HEK293)にKlothoを発現させると、FGF23投与でERK1/2のリン酸化亢進とEgr-1遺伝子発現上昇が認められるようになった。

Klothoは、2つのβグリコシダーゼ様配列をもつ細胞外ドメインと膜貫通ドメイン及び11アミノ酸の細胞内ドメインから成る。この構造から、細胞内にFGF23のシグナルを伝達するには別の分子の介在が予想された。各種FGF受容体とKlothoを共発現させると、FGFR1cが顕著なFGF23応答性を示し、実際にFGF23によるFGFR1cのリン酸化亢進が認められた。更に、FGFR1cとKlothoが結合すること、この複合体とFGF23が、ヘパリン存在下において3者複合体を形成することを発見した。即ち、FGFR1c-Klotho複合体がFGF23受容体として機能し、Klotho発現の臓器特異性がFGF23作用の臓器特異性を決定することが示唆された。

第5章では、総括と今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、FGF23と低リン血症性くる病の関連を示し、FGF23の臓器特異的受容体機構を発見したもので、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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