学位論文要旨



No 216789
著者(漢字) 石井,博典
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ヒロノリ
標題(和) 移動体としての車両を利用した鉄道施設の常時モニタリングシステム
標題(洋)
報告番号 216789
報告番号 乙16789
学位授与日 2007.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16789号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野, 陽三
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 准教授 石原,孟
 埼玉大学 教授 山口,宏樹
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,鉄道,中でも人的,経済的資源に乏しい中小鉄道を対象に,簡易かつ高頻度なモニタリングを可能とする,移動体としての車両を利用した常時モニタリングシステムについて検討した結果をまとめたものである.

現在,我が国では高度経済成長期に建設された社会資本設備の老朽化が進む一方で,少子高齢化による若年労働者不足,福祉負担増などにより公共投資のさらなる縮減が必至の状況であり,保有する社会資本の効率的な維持管理手法の開発が求められている.中でも鉄道では早くから維持管理の重要性が認識され,JRや大手私鉄では高精度な維持管理システムの開発への取り組みが盛んであり,各種最新技術が開発,実用化されている.一方,地方鉄道に代表される中小鉄道では,技術者不足や財政不足から,老朽化が進む施設に対して十分な維持管理が行われていない状況にあり,安全性の問題が指摘されている.このような背景から,本研究では主に中小鉄道を対象として,事故・災害の防止を目的とし,簡易かつ高頻度な計測が可能である常時モニタリングシステムについて検討した.具体的には,中小鉄道の管理する軌道,代表的な構造物として鋼橋,外的要因として風を対象とし,移動体である車両を利用した各種モニタリングシステムを開発した.

既往のモニタリングに関する研究では,構造物にセンサを設置し,その構造物の健全度を同定するシステムが検討されることが多い.しかし,鉄道管理者や道路管理者が管理する施設は膨大な数にのぼるため,全ての施設にセンサを設置し,健全度を監視することは現実的ではない.そこで本研究では,移動する車両にセンサを設置し,車両振動などの情報から各施設の異常を検知するシステムの構築を基本とした.この方法によれば,センサの数は限定的となり,より現実的なモニタリングシステムが実現すると考えられる.

本研究で検討したモニタリング手法の最大の特徴は,移動体である車両側にセンサを設置することである.モニタリングに移動する車両を用いるにあたり,車両の位置と各計測データとの関連付けが大きな課題となった.そこで,第一に,GPSセンサ,進行方向の加速度,車両の振動,鉄道では既知である駅間距離を用いた車両位置同定手法の開発を行った.従来,車両の走行位置同定には車両の速度パルスを利用するなど軽微ではあっても車両の改造が必要である場合がほとんどであるが,本研究では導入コストやリスクを最小限とするため,車両改造を一切伴わない完全に独立した位置同定システムを構築した.精度に課題は残るものの,動的計画法を用いた位置同定誤差補正方法の確立も含め,簡易なモニタリングシステムとしては実用上問題のないレベルの位置同定手法の構築に成功した.

第二に,営業車両に簡易な計測システムを搭載し,車両の振動から軌道の異常を検知する軌道モニタリングシステムの検討を行った.軌道の狂い量と車両上下,左右加速度との相関を明らかとした上で,車両の上下,左右加速度をモニタリングして軌道の異常を検知する軌道モニタリングシステムを構築した.

第三に,中小鉄道でよく見られる小規模な鉄道鋼桁橋を対象として,一般的なFEMプログラムによる詳細な解析モデルと,簡易な梁モデルと車両のバネーマスモデルを組み合わせた,連成効果を考慮した動的解析を行い,落橋など重大事故の防止を目的とした橋梁モニタリング手法について検討した.主桁の比較的低周波の振動,もしくは車両走行時の鉛直たわみを数個のセンサで常時モニタリングすることにより,事故を発生させるような重大な損傷の発生を検知できることを明らかとした.

最後に,営業車両に風速計を設置して空間的な風速分布を計測する移動風速モニタリングシステムの開発を行った.本システムは,現在の定点観測を補完して空間的な風速分布を得るとともに,車両位置におけるリアルタイムな風況の把握,処置を行うことを目的としている.全径間風洞実験室において基礎的な実験を行い,本システムの計測手法の精度を確認した上で,車に風速計を取り付けてフィールドにおける試験を実施し,システムの妥当性を検証した.また,八丈島で計測された定点観測結果を用いて,風況の時間変動の影響についても考察を加えた.

本論文で検討,提案した各種モニタリングシステムを組み合わせることで,鉄道の日々の安全が向上して事故の防止に繋がると共に,各種構造物の維持管理の合理化が図られるものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,鉄道,中でも人的,経済的資源に乏しい中小鉄道を対象に,移動体としての営業車両を利用した簡易かつ高頻度なモニタリングシステムを提案し,その技術的課題を検討したものである.

社会資本設備の老朽化が進む一方で,少子高齢化,福祉負担増などにより公共投資のさらなる減少が進んでおり,社会資本ストックの効率的な維持管理手法の開発が求められている.鉄道では維持管理の重要性が認識され,高精度な維持管理システムの開発への取り組みが進められ,各種最新技術が開発,実用化されてきているが.地方鉄道に代表される中小鉄道では,技術者不足や財政不足から,老朽化が進む施設に対して十分な維持管理が行われていない状況にある.

このような背景から,本論文では主に中小鉄道を対象として,事故・災害の防止を目的とし,簡易かつ高頻度な計測が可能である常時モニタリングシステムを提案している.具体的には,軌道,代表的な構造物として鋼橋,外的要因として風を対象とし,移動体である車両を利用した各種モニタリングシステムを開発した.

第一章では,研究の背景,動機を述べている.既往のモニタリングに関する研究では,構造物にセンサを設置し,その構造物の健全度を同定するシステムが検討されることが多い.しかし,鉄道管理者や道路管理者が管理する施設は膨大な延長,数にのぼるため,全ての施設にセンサを設置し,健全度を監視することは現実的ではない.そこで,移動する車両にセンサを設置し,車両振動などの情報から各施設の異常を検知するシステムの構築を基本とした.この方法によれば,センサの数は限定的となり,より現実的なモニタリングシステムと考えられる.

検討したモニタリング手法の最大の特徴は,移動体である営業車両側にセンサを設置することである.モニタリングに移動する車両を利用するにあたり,車両の位置と各計測データとの関連付けが大きな課題であり,2章ではGPSセンサ,進行方向の加速度,車両の振動,鉄道では既知である駅間距離を用いた車両位置同定手法の開発を行った.従来,車両の走行位置同定には,車両の速度パルスを利用するなど軽微ではあっても車両の改造が必要である場合がほとんどであるが,導入コストやリスクを最小限とするため,車両改造を一切伴わない完全に独立した位置同定システムを構築した.動的計画法を用いた位置同定誤差補正方法を確立させ,また,計測記録の再現性の高さもいずみ鉄道でのデータから実証している.

3章では,車両の振動から軌道の異常を検知する軌道モニタリングシステムの開発を行った.軌道の狂い量と車両上下,左右加速度との相関を明らかとした上で,車両の上下,左右加速度をモニタリングして軌道の異常を検知する軌道モニタリングシステムを構築した.

4章では,中小鉄道でよく見られる小規模な鉄道鋼桁橋を対象として,一般的なFEMプログラムによる詳細な解析モデルと,簡易な梁モデルと車両のバネーマスモデルを組み合わせた,連成効果を考慮した動的解析を行い,落橋など重大事故の防止を目的とした橋梁モニタリング手法について検討した.主桁の比較的低周波の振動,もしくは車両走行時の鉛直たわみを数個のセンサで常時モニタリングすることにより,事故を発生させるような重大な損傷の発生を検知できることを明らかとした.

5章では,営業車両に風速計を設置して空間的な風速分布を計測する移動風速モニタリングシステムの開発を行った.本システムは,現在の定点観測を補完して空間的な風速分布を得るとともに,車両位置におけるリアルタイムな風況の把握,処置を行うことを目的としている.全径間風洞実験室において基礎的な実験を行い,本システムの計測手法の精度を確認した上で,車に風速計を取り付けてフィールドにおける試験を実施し,システムの妥当性を検証した.また,八丈島で計測された定点観測結果を用いて,風況の時間変動の影響についても考察を加えた.

本論文で検討,提案した各種モニタリングシステムを組み合わせることで,鉄道事業者の負担をほとんど増やすことなく,鉄道の日々の安全が向上して事故の防止に繋がると共に,各種構造物の維持管理の合理化が図られるものと考える.今後詰めるべき課題も多々残しているが,工学上多大な知見を呈示していると判断される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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