学位論文要旨



No 216791
著者(漢字) 長嶋,賢
著者(英字)
著者(カナ) ナガシマ,ケン
標題(和) バルク超電導体の磁気浮上特性に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 216791
報告番号 乙16791
学位授与日 2007.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16791号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日,邦彦
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、バルク超電導体に磁場を印加した際に作用する電磁力特性を明らかにする事を目標として、バルク超電導体の磁化特性(3章)と浮上特性(4章)、及び、複数のバルク体と磁気回路を含むより複雑な系での電磁力特性(5章)に関する研究を行った。その中で得られた知見を下記にまとめる。

第3章では、バルク体に磁場を捕捉させて疑似永久磁石として使用する際の諸特性に関して調べた。捕捉磁場を増大させるためには、(1)臨界電流密度を向上させて磁場勾配を大きくする方法、(2)バルク体を大型化していく方法の二つがある。前者は永久磁石の磁化電流を増大する事に相当する。具体的な手段としては材料の微細構造を制御したり、中性子照射等で有効なピン止め点を導入する、あるいは容易な方法としてバルク体の温度を下げることも考えられる。材料の大型化による磁場の向上は永久磁石には通用できないバルク体ならではの特徴的な方法である。なぜなら永久磁石の磁化電流は表面電流なので、バルク体をいくら大きくしても電流値そのものは増加しない。超電導電流が体積電流であるために大型化に伴って捕捉磁場が増大出来るのである。ただし、どちらの方法によって捕捉磁場を増大しても、不可逆磁場が捕捉磁場の最大値を規制してしまう。不可逆磁場はスケーリング則に従うので、温度の低下ととともに増大するが、例えば窒素温度での応用を考えた場合には、Y系材料よりもSm系材料の方が不可逆磁場は大きく有利である。あるいは冷凍機などで低温に保持して利用するのも有効である。

一方、バルク体の捕捉磁場が増大するに従って捕捉磁場の限界は電磁的な問題よりも、機械的強度によって決まる。なぜなら、バルク体の捕捉する磁場が増大するとその捕捉磁場の2乗に比例して材料に応力が働くからである。本項でも上述したようにバルク体自体は脆性材料であるので、バルク体を着磁した時に材料に作用する引っ張り応力に対してはそれほど強くない。高磁場応用を考える場合には、金属リングによってあらかじめ圧縮応力をかけたり、銀添加等を施して、補強する必要がある。

第4章では、高温超電導Bi-2223マグネットの上でYBCO超電導バルク体を最大10 cm浮上させ、コイル電流を変えることで、浮上高さを制御する実験に成功した。この浮上実験で得られた知見をもとにして、新しい手法であるエネルギー解析手法を開発した。これを用いて、バルク体浮上時の水平方向安定性、ピッチング方向安定性、さらにバネ定数等を統一的に説明することができた。

また、バルク体の浮上力を強化する為に、その形状、臨界電流密度特性が浮上力に及ぼす影響を考察した。バルク重量あたりの浮上力を増大する観点からは扁平な形状のバルク体が有利であることがわかったが、浮上時の安定性を考えるとある程度の厚み、あるいは捕捉磁場が必要となる。臨界電流密度も高い方が大きな浮上力は得られるが、ある程度を越えると浮上力は飽和傾向を示すことがわかった。印加磁場が同じ条件であれば、大型のバルク体ほど低い臨界電流密度で飽和に達する。印加磁場を高くすることで浮上力を増大する場合、磁場の増大にともなう臨界電流密度の低下と超電導電流侵入深さの増大が浮上力の低下を招くことが解析よりわかった。バルク体の高磁場下での臨界電流密度がこのような応用形態でも重要であるということになる。さらにバルク体を複数配列することで浮上力を増大させることが可能であることもわかった。

第5章では、永久磁石回路と超電導バルク体の複合体の間に働く電磁相互作用を調べた。超電導体が十分大きな臨界電流密度(Jc)を有する場合、言い換えれば外部磁場の変化をバルク体内部に持ち込ませない場合には、電磁力密度は超電導体の形状にはほとんど依存しない。一方、電磁力は永久磁石回路の構成に依存し、永久磁石が発生する磁場分布が電磁力を決定する最も重要な因子である。超電導体と永久磁石の間で大きな空隙を実現するためには、永久磁石回路は少ない磁極数と十分な実効的磁石厚さが必要となる。実効的磁石厚さは鉄のバックヨークの付加によっても増大できる。

しかし、径方向の剛性を向上させるためには、極数を増やすのが効果的である。フライホイールやその他の浮上システムを考慮する際には、大きな載荷力密度を実現するため、磁石厚さ、磁石幅、極数等を最適化することが重要である。また、システムが運用される際にどれだけの有効空隙(磁石と超電導体の間の距離)が必要かということが、システムの諸元を決定する際のキーポイントとなる。ここではまた、4章で用いた解析手法を用いて解析を行い、得られた結果と実験結果の比較により、解析手法の妥当性を検証した。その結果、簡易な計算であるにも関わらず、計算結果は実験結果と良く一致した。

バルク超電導体に働く電磁力はバルク体の磁化と外部磁場の磁場勾配の積の形で求められる。そしてバルク体の磁化はサイズ・形状の他に材料特性、温度、捕捉磁場及び外部磁場等の複数の要因で決定される。本研究では3章においてこの磁化の検討を行い、4章及び5章において、磁場勾配の影響も考慮し、電磁力特性について検討した。そのなかで、このような多数の要因を含む系を比較的容易に解析する手段として磁気エネルギーを用いた解析手法を提案し、実験と並行して解析を行いながら、現象の本質を理解することに努めた。これによりバルク超電導体に働く電磁力の仕組みが明確になった。

その結果、超電導バルク体と永久磁石では達成できない強磁場を発生する超電導コイル等を組み合わせることにより、現状性能、形状の超電導バルク体でもこれまでにない大きな電磁力、あるいは電磁力密度を発生することが可能であることがわかってきた。これまでの液体窒素温度冷却のバルク体と永久磁石という組み合わせでは、バルク体の磁化性能を充分に引き出せていなかったが、強磁場を外部から加えることで、バルク体の磁化性能をもっと引き出すことが可能である。液体窒素温度の性能で足りなければ、温度を下げることでさらに電磁力の増大が可能である。最近ではバルク体形状の大型化、臨界電流密度の向上が進み、液体窒素温度でも数Tの磁場を印加して大きな力を出すことが可能になってきている。今後、高温超電導線材の開発が進み、高温超電導コイルも液体窒素温度程度での運転ができるようになって、高温超電導バルクと高温超電導コイルの組み合わせが実現すれば、大きな電磁力を発生することが一層容易になる。本論文の検討結果はこのような用途の応用機器開発を行う上で有用な知見を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「バルク超電導体の磁気浮上特性に関する基礎的研究」と題し,バルク超電導体の基本的な磁化特性と磁気浮上特性,および複数のバルク体と磁気回路を含むより複雑な系での電磁力特性と,それらの解析に適用可能な磁気エネルギーに基づく新たな手法に関するものであり,6章から構成される。

第1章は「序論」であり,超電導現象とその理論,高温超電導体,およびバルク超電導体とその応用について概要を整理し,さらに本研究の目的と論文構成について述べている。

第2章は「バルク超電導体」であり,本研究の対象であるバルク超電導体について,その基礎特性と作製方法,および応用可能性について整理している。

第3章は「バルク超電導体の磁化特性」であり,バルク超電導体に磁束を捕捉させて擬似永久磁石として使用する際の諸特性を,実験結果をもとに明らかにしている。捕捉磁場を増大させるには,臨界電流密度を向上させて磁場勾配を大きくする方法と,バルク体を大型化していく方法の2つがある。前者のためには,材料の微細構造の制御や,中性子照射等による有効な磁束ピン止め点の導入などがあり,バルク超電導体の温度を下げることでも可能である。後者の材料の大型化による磁場の向上は,体積電流が流れるバルク超電導体に特徴的な方法である。ただし,どちらの方法も,不可逆磁場が捕捉磁場の最大値を制約してしまう。不可逆磁場は温度の低下ととともに増大し,冷凍機などで低温に保持して利用するのも有効であるが,例えば窒素温度での応用を考えた場合には,Y系材料よりもSm系材料の方が不可逆磁場は大きく有利である。一方,バルク超電導体の捕捉磁場の限界は電磁的特性よりも機械的強度によって決まる。バルク超電導体は脆性材料であるので,着磁した時に材料に作用する引っ張り応力に対してはそれほど強くない。高磁場応用のためには,金属リングによってあらかじめ圧縮応力をかけることや,銀添加等を施して補強する必要がある。

第4章は「バルク超電導体の浮上特性と安定性」であり,Bi-2223線材を使用した高温超電導コイルの上でYBCOバルク超電導体を最大10 cm浮上させ,コイル電流を変えることで浮上高さを制御する実験を実施し,その特性を明らかにした。さらに,磁気エネルギーに着目した新しい電磁力解析手法を提案し,それを用いてバルク超電導体浮上時の水平方向安定性,ピッチング方向安定性,さらにバネ定数等を統一的に説明し,また,磁気浮上力にバルク体の形状と臨界電流密度特性が及ぼす影響を明らかにしている。バルク体重量当たりの浮上力を増大するには,扁平な形状のバルク体が有利であるが,浮上時の安定性を考えると,ある程度の厚み,あるいは捕捉磁場が必要となる。臨界電流密度も高い方が大きな浮上力は得られるが,ある程度を越えると飽和傾向を示し,印加磁場が同じ条件であれば,大型のバルク体ほど低い臨界電流密度で飽和に達する。印加磁場を高くすることで浮上力を増大する場合,磁場の増大にともなう臨界電流密度の低下と超電導電流侵入深さの増大が浮上力の低下を招くことを解析より明らかにし,バルク超電導体の高磁場下での臨界電流密度が,このような応用で重要であることを示している。さらにバルク超電導体を複数配列することで,浮上力を増大させることが可能であることも明らかにした。

第5章は「バルク超電導体と磁石回路間に働く力」であり,永久磁石回路と超電導バルク体の複合体の間に働く電磁相互作用について記述している。超電導体が十分大きな臨界電流密度を有し,バルク超電導体が外部磁場変化の影響をほとんど受けない場合,電磁力密度は超電導体の形状にほとんど依存しない。一方,電磁力は永久磁石回路の構成に依存し,永久磁石が発生する磁場分布が電磁力を決定する最も重要な因子である。超電導体と永久磁石の間で大きな空隙を実現するためには,永久磁石回路は少ない磁極数と十分な実効的磁石厚さが必要となる。実効的磁石厚さは鉄のバックヨークの付加によっても増大できる。しかし,磁石面に対して接線方向の剛性を向上させるためには,極数を増やすのが効果的である。磁気浮上・磁気軸受システムで大きな載荷力密度を実現するためには,磁石厚さ,磁石幅,極数等を最適化することが重要であり,特に有効空隙がシステムの諸元を決定する際に最も重要である。本章の検討においても第4章で述べた解析手法を適用して電磁力の解析を行い,解析結果と実験結果のよい一致が得られ,解析手法の妥当性を検証することができた。

第6章は「結論」であり,本研究の成果を総括している。

以上これを要するに,本論文は,外部磁界中のバルク超電導体に作用する電磁力の解析手法として磁気エネルギーに基づく新しい方法を提案し,実験との比較を通じてその手法の有効性を検証するとともに,バルク超電導体に働く電磁力の発生メカニズムと安定性などの特性を解明し,超電導コイルや永久磁石などと組み合わせたバルク超電導体による磁気浮上システムへの適用可能性を示したものであり,電気工学,特に超電導工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク