学位論文要旨



No 216794
著者(漢字) 白岩,俊一
著者(英字) Shiraiwa, Syun'ichi
著者(カナ) シライワ,シュンイチ
標題(和) 電子バーンシュタイン波による球状トカマクプラズマの計測と加熱の研究
標題(洋) A study of electron Bernstein wave for diagnosis and heating of spherical tokamak plasmas
報告番号 216794
報告番号 乙16794
学位授与日 2007.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16794号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 准教授 酒井,広文
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 准教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 初田,哲男
内容要旨 要旨を表示する

球状トカマク(ST)は従来型のトカマクのアスペクト比(R/a、R:大半径、a:小半径)を小さくしたものである。STは高β(プラズマ圧力/磁場の圧力)を効率よく閉じ込めることができ、小型で経済的な核融合炉になりうると期待されている。STのこのような特徴は1990年代に英国START装置での実験を通じて実証され、近年はさらに大型のMAST(英), NSTX(米)を用いてより核融合炉プラズマに近い条件での研究が進められている。

プラズマを伝播する高周波(RF)波動(プラズマ波動)は古くからプラズマの計測、加熱、および、電流駆動といった目的で様々な周波数が利用されてきた。しかし、STは従来型のトカマク、ヘリカルと異なりプラズマのほとんどがoverdense(ωpe >ωce、ωpe:電子プラズマ周波数、ωce:電子サイクロトロン周波数)であるという特徴があり、これまで用いられてきたプラズマ波動は利用することができない。例えば、電子サイクロトロン(EC)波、低域混成波はプラズマ中心まで電波することができず、イオンサイクロトロン周波数帯の速波も比較的低いイオンβで短波長モードにモード変換すると考えられている。このような背景からSTに適したプラズマ波動の利用方法の確立というのが近年重要なテーマとなってきている。事実、STARTではプラズマ加熱はオーミック加熱と中性粒子入射によって行われておりRFを用いた加熱は未着手の領域であった。

STにおいて有用なプラズマ波動の一つが本研究のテーマである電子バーンシュタイン波(EBW)である。EBWは電子サイクロトロン周波数帯の波動で、密度カットオフがないのでoverdenseのプラズマを伝播することができ、かつ、電子サイクロトロンダンピングで効率よくプラズマに吸収される。これらの特徴からEBWは、underdenseなプラズマでEC波が担ってきた役割(EC輻射計測、EC加熱、EC電流駆動)を果たすことができると期待されている。

EBWを利用する上で課題となるのは、EBWは電場の方向がkベクトルほぼ平行な静電波であり、真空中を伝わる電磁波(k⊥E)によって直接励起することはできないということである。このため、モード変換を用いる必要がある。モード変換とは、空間的に分布のある媒質中のある点で二つの波動の分散関係が一致すると、その点で二つの波動の間でエネルギーのやり取りが生じることである。電磁波はプラズマに入るとX-modeとO-modeと呼ばれる波動として伝わるので、これらとEBWとのモード変換が必要になる。これまでいくつかのモード変換方法が提案されてきてるが、ここで注目したのは弱磁場側からのX-modeの垂直入射という方法(X-Bシナリオ)である。この方法は1980年代に比較的低温のプラズマでの報告がなされたが、ST研究の進展にともないoverdesneなプラズマの波動加熱が注目されるなかモード変換効率の計算などが見直され、モード変換領域の密度勾配が適切であれば変換効率が100 %にちかい良好なモード変換が可能になると予測されていた。本研究はこのX-Bシナリオをもちいた電子温度計測および電子加熱に関する実験研究である。

本研究は3つのステップを経て進められた。まずEBWの実験に先立ち、実験をおこなうSTプラズマ装置、TST-2を設計建設した。TST-2は、ちょうど世界的に研究がたちあがろうとしていたSTにおけるプラズマ波動の実験を、従来のTST-M装置とほぼ同じ寸法の小型の実験装置で行うべく設計された。設計に際しては、EBWと並んでSTにおいて有望視されていた高次高調波速波(HHFW)によるプラズマ加熱も期待できるよう目標とするプラズマパラメータを決めた。実現されたパラメータはプラズマ電流 Ip ~100 kA、電子温度 Te = 200-400 eV、イオン温度 Ti~100 eV、線積分密度 ne ~1019 m-3でありアスペクト比がやや犠牲になったもののプラズマ性能は大きく向上することができた。また、プラズマ加熱実験で加熱効果を検証する上で必須となるプラズマ平衡計測を整備した、それによるとエネルギー閉じ込め時間は1.5-3 ms であり設計時に期待していた範囲であった。

次にTST-2においてEBWによる電子温度計測をおこなった。前述のようにEBWは電子による吸収が非常に強いため、その輻射は黒体輻射になっている。プラズマ中には磁場分布があるため、輻射強度の周波数スペクトルから温度分布が測定できる。ここではX-B過程によって生じたX-modeの輻射強度を測定した。モード変換効率がわからないと輻射強度から温度を求めることができないので、モード変換効率を支配する密度勾配の計測と輻射強度計測を同時に行う測定器(Radio-reflectometer)を開発した。Radio-reflectometerにより5-16GHz (基本波から3次高調波に対応する)の電子温度分布を求めたところ、中心温度が200-300 eVで中心がピークした温度分布を得た。基本波、2次高調波、3次高調波から得られた3つの温度分布はつじつまがあっており、または中心温度はX線波高分析器によるエネルギースペクトラムから求めた温度と一致していた。TST-2での実験と平行して米国CDX-UでのEBWの研究にも参加し、そこでは密度勾配を制御することでモード変換効率を能動的に変えることができることを確認した。

最後にEBWによる加熱実験を行った。加熱には高電力のマイクロ波源が必要であるので、TST-2を一時的に九州大学に移設し(TST-2@Kとよぶ)、そこに設置されている8.2 GHz, 200 kWの発振器を用いた。弱磁場側からX-Bシナリオによる加熱を試みた結果、顕著な加熱効果を確認できた。プラズマ蓄積エネルギーから求めた加熱効率は50%以上であり、又、1 keV以上のsoft X線のマイクロ波入射にともなう増加から高エネルギーの電子が生成されていることが示された。一方、soft X線の分布計測からsoft X線の増加はプラズマ中心部で起きていることが確認できた。光線追跡計算によるとそこはEBWが吸収されると予測される領域にあたる。さらに、モード変換領域の密度勾配が適切でない場合には、加熱効率が下がることも観測された。1次元のfullwave 計算より、測定された加熱効率は、モード変換領域の密度分布の変化を考慮すると矛盾なく説明できることが判った。これらの結果から、プラズマ加熱は確かにX-Bシナリオで生じたEBWによってなされており、これがプラズマ中心部まで伝播してサイクロトロン吸収されることで加熱が行われたと結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章から構成されている。第一章は序論として球状トカマク(ST)プラズマ研究の背景と目的にが述べられている。STは従来型のトカマク、ヘリカルと異なりプラズマのほとんどがoverdense(w(pe)>w(ce)、w(pe),:電子プラズマ周波数、w(ce):電子サイクロトロン周波数)であるという特徴があり、これまで用いられてきたプラズマ波動は利用することができない。例えば、電子サイクロトロン(EC)波や低域混成波はプラズマ中心まで伝播することができず、イオンサイクロトロン周波数帯の速波も比較的低いイオンβで短波長モードにモード変換すると考えられている。STにおいて有用と期待されているプラズマ波動の一つが本研究のテーマである電子バーンシュタイン波(EBW)である。

第2章では、研究の前提であるSTについて解説を行うとともに世界のST研究の現状が述べられている。特にSTは将来の低コストな核融合炉として期待されているが、プラズマ波動をもちいた計測と加熱には未開拓の分野がのこっている。

第3章ではEBWの理論的説明が施されている。EBWの理論的説明では、1)プラズマ波動の理論からEBWの分散関係の導出、2)プラズマ中にEBWを励起するために必要なモード変換の方法、3)励起されたEBWがプラズマ中をどのように伝わるか、4)どのような条件の元プラズマ中で吸収されるかが網羅されており、最後に関連するEBWの研究が紹介されている。

第4章は、実験をおこなったTST-2球状トカマクの設計に割かれている。TST-2は、ちょうど世界的に研究がたちあがろうとしていたSTにおけるプラズマ波動の実験を、従来のTST-M装置とほぼ同じ寸法の小型の実験装置で行うべく設計された。実現されたバラメータはプラズマ電流Iy-IOOkA、電子温度Te=200-400eV、イオン温度署T1~100eV、線積分電子密度ne~10(19)m(-3)であり、アスペクト比がやや犠牲になったもののプラズマ性能は大きく向上することができた。実験に必要なプラズマパラメーターを推定した上でそれを実現するための装置性能を求めたこと、実際に期待通りのパラメータが得られている。

第5章は、実験にもちいた測定器と加熱装置について述べられている。EBWは電子による吸収が非常に強いため、その輻射は黒体幅射になっている。プラズマ中には磁場分布があるため、輻射強度の周波数スペクトルから温度分布が測定できる。モード変換効率がわからないと輻射強度から温度を求めることができないので、輻射強度と同時にトリプレットでの密度勾配も計測する測定器(Radio-reflectometer)を開発した。Radio-reflectometerによりもとめた電子温度分布は中心温度が200-300eVで中心がピークした温度分布をしており、中心温度はX線波高分析器によるエネルギースペクトラムから求めた温度と一致していた。また、基本波、2次高調波、3次高調波から得られた3っの温度分布はコンシステントであった。

第6章は、実験結果と解析に当てられている。計測実験では3つの周波数領域で電子温度分布を求めそれらがお互いによく一致していること、他の計測器の結果と矛盾ないことが説明されている。加熱実験では局所リミターを挿入することで、アンテナ前面の密度勾配を急峻にし、最適な密度勾配が得られるようにし、RF入射直後からプラズマ蓄積エネルギーが増加していることが報告されている。加熱実験では、50%以上の効率での加熱に成功したこと、この放電ではプラズマ蓄積エネルギーの変化から求めた加熱効率は50%以上であった。蓄積エネルギーの増加以外にも、加熱による高エネルギーの電子の生成を示唆する1keV以上のsoftX線輻射の増加が観測され、また、softX線の分布計測から増加はプラズマ中心部で起きていることも確認された。加熱効率の変化はモード変換効率の変化で説明できること示されている。

第7章は、実験によって得られた結果が簡潔にまとめられ、さらに、今後の展望が描かれている。本研究では観測されたプラズマ加熱はトリプレットによるモード変換で生じたEBWがプラズマ中心部まで伝播してサイクロトロン吸収された結果であると結論づけられる。この結果は、STにおける初めてのEBWの加熱実験となった。

なお、本研究の一部は佐藤浩之助、佐々木啓介、図子秀樹、花田和明、出射浩、御手洗修、高瀬雄一、西野信博、山田琢磨、坂本瑞樹、中村一男、野里英明、笠原寛史、長谷川真との共同研究であるが、論文提出者が主体的に実験装置の開発、実験、解析を行っており、その寄与は十分であると判断される。

よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38163