学位論文要旨



No 216795
著者(漢字) 植竹,富一
著者(英字)
著者(カナ) ウエタケ,トミイチ
標題(和) 堆積盆地構造が地震動に与える三次元効果 : 足柄平野の強震観測記録に基づく検討
標題(洋) Three-Dimensional Effects of a Sedimentary Basin on Seismic Ground Motion : Study for the Strong Motion Observation Data in Ashigara Valley, Japa
報告番号 216795
報告番号 乙16795
学位授与日 2007.05.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16795号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 纐纈,一起
 東京大学 准教授 古村,孝志
 東京大学 教授 岩崎,貴哉
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

地震動特性は,観測点周辺の地下構造により大きく変化するため,強震動予測や震源の評価にはサイト特性の適切な評価が必要である.地震観測記録を基にした経験的サイト特性は,岩盤上の観測点に対する振幅比として評価され,岩盤上に堆積した地盤の一次元応答として解釈されることが多い.しかしながら,前提となる基準点と評価点での入射波の同一性や一次元応答の適用性などは個別に検討が必要である.また,経験的サイト特性には,地下構造の不整形による二・三次元的な影響が含まれていると考えられるが,それを理解するためには,基準点と対象観測点をペアとして扱うだけでなく,多数の観測点を用いて不整形構造全体にわたる挙動を把握することが必要と考える.こういった条件は,関東平野のような大規模平野における観測で満たすことは難しく,中小規模の平野における解析が望ましい.また,盆地構造を対象とした平面波入射の数値実験のような事例との対比においても,中小規模の平野の解析が有利である.本研究では,神奈川県西部・足柄平野をテストフィールドとして,観測データから堆積平野のサイト特性を評価し,数値シミュレーションを通じて三次元的な地下構造の影響を検討する.足柄平野は,相模トラフの陸上延長上にあり,東を大磯丘陵,北を丹沢山地,西を箱根山地に囲まれ,南が相模湾に開いた東西5 km,南北12 km程度の小規模な平野である.足柄平野では,多数の強震観測点により記録の蓄積が行われている.また,各種の地下構造探査により,傾斜する基盤や東縁の逆断層(国府津-松田断層)など,特徴的な地下構造が明らかにされており,地震動特性と地下構造との関連の検討が可能である.

本論文では,まず,強震観測記録を用いた経験的サイト特性評価を行うとともに盆地構造の影響を抽出する.次に,盆地構造により発生した後続波群の挙動の把握し盆地構造との関係を把握する.そして,最後に,三次元モデルを用いたシミュレーションを通して,堆積盆地構造の三次元効果の評価を行う.

2.経験的サイト特性と盆地構造の影響

平野規模での地震動特性の空間的変動を把握し,地下構造との関係を検討する.検討に当たっては,以下の理由から足柄平野から震源距離700 km以上で発生した5つの大規模地震(Mw=7.3以上)の記録を用いた.遠距離の地震を用いることにより平野に対する入射波を平面波と見なすことが可能である.また,大規模地震の記録を用いることにより長周期側までSN比が良く,広周波数帯域での盆地の応答を把握することができる.サイト特性は,平野西側の岩盤上観測点(KNO)を基準点としたフーリエスペクトル比で評価し,波形の比較にはバンドパスフィルターをかけた速度波形を用いて,周波数帯域毎の特徴を把握した.なお,フーリエスペクトルの計算には,S波到達前から約80秒間を用い,盆地構造で生成される後続波群の影響が含まれるようにした.周波数0.1 Hz以下の周波数帯域では,周辺岩盤観測点,平野内観測点とも波形の形状・振幅が一致する.このような低周波数では地震波の波長が長く,中規模盆地構造の不規則構造の影響が少ないためである.0.1 Hzより高周波数側では平野内の観測点では平野周辺の岩盤点に比べ後続波群が成長し振幅も大きくなる.周波数領域でサイト特性を見ると,平野南部では周波数0.2 Hzで2~3倍,ほとんどの観測点で周波数1~2 Hzにピークを持ち,周波数1Hzで10倍程度の増幅を示す.5つの地震と足柄平野の位置関係はそれぞれ異なっているが,評価された相対的サイト特性のばらつきは小さい.増幅率の空間分布を見ると0.5 Hz以下では平野南東部に向かって大きくなるが,より高周波数側では増幅率の大きい部分が平野南部に局在化する.平野東側のKHZ観測点は,岩盤サイトであるにも拘わらず,周波数0.1~0.2 Hzでは平野内と同程度の増幅を示し,波形にも平野内と連続する波群が見られた.これは足柄平野の基盤が東側に連続しているためと考えられる.さらに,抽出されたサイト特性を,他の経験的評価手法(水平/上下スペクトル比法,中小地震のS波部分を用いたスペクトルインバージョン)の結果と比較するとともに,表層地盤におけるS波の一次元応答との比較を行った.平野部の2 Hz以上では,三つの経験的評価結果は,ほぼ一致し,基準観測点と同等のS波速度(Vs=1.2 km/s)となる地層以浅の一次元応答とも対応している.しかし,2 Hz以下の周波数におけるサイト特性は,一次元応答では説明が困難であり,より深部の地下構造,特に盆地構造の影響を受けていると考えられる.地下構造探査結果によれば,足柄平野の地下構造は,速度コントラストの大きなVs=2.4 km/s層とVs=1.5 km/sの境界までが閉じた盆地構造になっており,それが0.1 Hzから0.2 Hzにかけての増幅特性を支配している事が数値実験結果との対比から示唆される.

3.盆地構造による後続波群の励起伝播

盆地構造における二次的波動が顕著な周波数帯で,後続波の励起・伝播性状を評価し,構造境界との関係を検討した.検討には,サイト特性評価に用いた深発の大規模地震及び入射波形が単純な中小規模の地震を用いた.盆地構造と入射波の関係を検討するために,それぞれ異なる入射波動場が期待できる地震を選定している.周波数0.1~0.2 Hzを対象とした深発大地震の解析からは,水平動の後続波が平野内で励起・伝播している様子や,上下動の後続波群が国府津-松田断層を越えて東側の岩盤点に伝播する様子が確認された.平野南側の浅い横ずれ断層型の中規模地震の解析からは,周波数0.1~0.2HzのLove波の進行方向が平野南部において変化する現象が確認された.これは,平野南部でLove波の位相速度が遅いことによる波線の曲がりと解釈される.さらに,震源の位置から見て,実体波の入射が期待される平野北側の逆断層の地震では,平野の中央部から南部にかけて,入射波と異なった振動成分を含めた顕著な後続波群が生成し,平野南部に伝播することが確認された.盆地構造による後続動の励起伝播は,特定の方向に卓越した振動方向を持つ入射波と組み合わさることにより,経験的サイト特性を評価するときの変動要因として影響を与える.特定の方向にのみ振動成分を持つ入射波をもたらす地震の取り扱いには注意を要する.また,地下構造に起因してS波に先行して出現するSP変換波の抽出を試みた.平野部の観測点では,S波到達以前の上下動に基盤でのSP変換波と考えられる顕著なフェーズが見られ,鉛直アレイからも堆積層中をP波速度で伝播していることが確認された.また観測点毎のS波とSP変換波の到達時間差は,平野の構造変化の把握に有用である.

4.数値モデルによる盆地境界の影響の検証

最後に,三次元地下構造モデルを用いた数値シミュレーションにより,足柄平野の地下構造,特に構造境界が後続波の励起に与える影響を確認した.本研究では,既往の物理探査による構造情報をベースに,平野内で観測されるSP変換波とS波の走時差が説明できる様に地下構造モデルを作成した.なお,平野東縁の国府津-松田断層は,逆断層としてモデル化した.構造モデルは,S波速度が表層から0.6 km/s,1.5 km/s,2.4 km/s,3.0 km/s,3.6 km/sの5層とした.2.4 km/s層以浅の構造が盆地構造に対応し,3.0 km/s層以深がプレートの沈み込みに対応している.数値計算には,4次精度の食い違い格子差分法を用い,グリッド間隔は150 m,時間刻みは0.005秒とした.まず,平面波の鉛直入射(卓越周波数0.5Hzのリッカー波,振動方向:NS及びEW)を用いた検討を行い,平野の基本的な応答性状を把握した.平野部で地震波の到達が遅れ,平野東縁の断層構造や平野西部の傾斜構造により後続波が励起し平野内に伝播する.特に,速度の遅い厚さ1km未満の最表層が下層との速度コントラストも大きく,平野内の後続波の振幅や継続時間の増加に影響が大きい.また,いずれのケースでも平野部分で入射方向と直交する成分の後続波の励起が確認されるが,入射波の振動方向により後続波の励起性状も異なっている.次に,神奈川県西部の地震の波形シミュレーションを試みた.0.2~0.5 Hzの波形では,平野中央部から南部にかけて,入射波の振動方向と異なる振動方向の後続波が励起され,平野南部に伝播していく様子が再現された.この後続波群の生成には国府津-松田断層と平野西縁が影響していることが確認された.二次的な表面波の生成には盆地端部の形状の影響が強く,伝播には速度の遅い表層の影響が大きい.したがって,地震動シミュレーションのためには,盆地端部の形状とともに表層のモデル化が重要となる.また,後続波の性状は入射波動場の特性(振動方向・入射角)でも変化するため,地震動評価に於いては注意が必要である.さらに,地震動特性を数値実験と対比すると.足柄平野の地震動特性にはVs=2.4 km/sまでの盆地構造の影響が強く表れていることが示唆された.また,足柄平野の盆地形状を幅と深さの観点から他の大規模盆地と比較したところ,構造的には盆地の幅に対して基盤が深く,三次元構造の影響が強く表れることがわかった.

5.結論

足柄平野での記録の分析と数値シミュレーションを通じて,サイト特性に及ぼす盆地の三次元効果を把握した.盆地の三次元効果は,盆地の形状,地震波の周波数に依存する.足柄平野のように狭くて深い盆地では,基盤から上部の一次元的な固有周波数より低周波数帯域では,盆地が地震動に与える影響が小さい.また,地表付近での増幅効果が大きい高周波数帯域では,表層による一次元応答でサイト特性が説明可能である.盆地構造の三次元的な影響は,盆地端部で発生した二次的表面波が,盆地内を伝播することによる複雑な後続波形となって現れる.二次的な表面波の発生には,速度コントラストの大きな層境界の影響が大きく,盆地端部の形状とともに地震波速度の遅い表層の存在が重要な要因である.後続波の性状は,入射波動場の違いにより変化するため,サイト特性の大きな変動要因となりうると予想され,特に後続波の影響が大きな周波数帯域では,地下構造モデルを用いた評価が重要となる.一方,遠距離地震から求めたサイト特性は,地震毎のばらつきが小さく,平野の平均的な応答を抽出した結果になっていると考えられる.地震波速度の遅い薄い表層は,大規模な平野のモデル化に組み込むことが困難であるため,限界をふまえつつ経験的サイト特性を活用していくことも有効である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は、序論であり、背景・目的、既往研究と本論文の位置づけ、および本論文の構成について述べている。地震動特性は、観測点周辺の地下構造に大きく依存するため、観測点特性の適切な評価が必要である。これまでは、岩盤上に堆積した地盤の一次元応答として主に解釈されてきた。しかし、観測される地震動には、盆地構造など三次元地下構造によって励起された表面波などの二次的な地震波が含まれている。二次的な地震波は、関東平野をはじめとしてこれまで多くの事例が報告されている。盆地内を二・三次元的に伝播するため、その挙動を理解するためには、多数の観測点を用いて構造全体にわたる解析が必要である。このため著者は、現象の理解には中小規模の平野が有利であるとし、数値実験との対比も可能な、神奈川県西部・足柄平野を選定した。

第2章では足柄平野の地学的特徴と強震観測網について述べられている。足柄平野は、相模トラフの陸上延長上にあり、東を大磯丘陵、北を丹沢山地、西を箱根山地に囲まれ、南が相模湾に開いた東西5 km、南北12 km程度の平野である。地下構造が明らかにされており、地震動特性と地下構造との関連が検討可能である。

第3章では、観測データから堆積平野の観測点特性を評価し、そこに含まれる盆地構造で生成された後続波群の影響が把握されている。震源距離700 km以上で発生した5つの大地震の記録を用い、平野西側の岩盤観測点を基準としたフーリエスペクトル比で観測点特性が評価された。周波数0.1Hz以下の帯域では、全観測点で波形の形状・振幅がほぼ一致する。地震波の波長が平野の規模より長く、盆地構造の影響が少ないためと考えられる。より高周波数側では平野内の観測点では岩盤点に比べて後続波群が成長し振幅も大きくなる。周波数1Hzで10倍程度の増幅を示す。他の経験的評価手法(水平/上下スペクトル比法、中小地震のS波部分を用いたスペクトルインバージョン)の結果及び、表層地盤におけるS波の一次元応答との比較により、平野部の2 Hz以上では、三つの経験的評価結果は、ほぼ一致し、基準観測点と同等のS波速度(Vs=1.2 km/s)となる地層以浅の一次元応答とも対応していることが明らかとなった。しかし、低周波数側では、盆地の三次元構造により二次的に生成された表面波が影響を与えている。足柄平野では、速度コントラストの大きなVs=2.4km/s層とVs=1.5km/s層の境界までが閉じた盆地構造になっている。この形状が0.1 Hzから0.2 Hzにかけての増幅特性を支配していることが明らかとなった。

第4章では、観測記録を基に盆地構造で生成する二次的な地震波の励起・伝播性状について検討されている。複数の観測点を平面アレイとして用い後続波の伝播性状が把握された。例えば、周波数0.1~0.2 Hzでは、鉛直に近い角度で入射するS波に対し、水平動の後続波が平野内を往復し、平野西部で発生した上下動の後続波群が国府津-松田断層を越えて東側の岩盤点に伝播する様子が確認された。また、平野北部の地震により、平野部の観測点で、S波到達以前の上下動にSP変換波が観測され、上述の速度コントラストの大きい境界での変換波と推定された。

第5章では、三次元地下構造モデルを用いた数値シミュレーションにより、足柄平野の地下構造、特に構造境界が後続波の励起に与える影響が確認されている。神奈川県西部の地震のシミュレーションにより、平野西側の傾斜境界及び平野東縁の断層の不連続構造により二次的波動が励起され表面波として伝播し、直達波から遅れて後続波群として出現することが確認された。また、平野部分で入射振動方向と直交する成分の後続波の励起が確認された。

第6章は結論で、以上の成果がまとめられている。本論文は、足柄平野での記録の分析と数値シミュレーションによって、観測点特性に及ぼす盆地の三次元効果を把握したものである。盆地の三次元効果は、盆地の形状と地震波の波長に依存し、盆地の幅や深さよりも十分長い波長となる低周波数帯域では、影響は小さく、周波数が高くなると影響が大きい。筆者は、三次元効果が盆地端部で発生した二次的な地震波、主に表面波の盆地内伝播によることを示し、特に盆地端部の形状と地震波速度の遅い表層の把握が重要であると結論した。また、三次元効果は入射波動場に依存するため、地下構造モデルを用いた評価が必要としている。一方、遠距離地震から求めた観測点特性は、平均的な応答を示しているとの新知見を得た。

なお、本論文第3章は、工藤 一嘉との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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