学位論文要旨



No 216801
著者(漢字) 岡本,直彦
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,ナオヒコ
標題(和) 活性型ビタミンD3投与ラットの慢性酸負荷による腎結石形成の検討と再発性尿路結石患者におけるクエン酸トランスポーターhNaDC-1の遺伝子多型について
標題(洋)
報告番号 216801
報告番号 乙16801
学位授与日 2007.05.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16801号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 野入,英世
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

緒言

活性型ビタミンDであるcalcitriolの副作用として高カルシウム尿がよく知られている。高カルシウム尿は腎結石形成のリスク因子であるが、calcitriolt単独では尿路結石症のリスク因子となるかは定かでない。一方、尿路結石症のリスク因子として酸の前駆物質となる食品を多く摂取することが上げられる。尿路結石症は多因子性疾患であり、様々な代謝性疾患により引き起こされる。このためcalcitriolの内服に加え、他の因子が加わることで尿路結石症のリスクが増大する可能性が考えられる。

代謝性アシドーシスは腎結石形成を促進する因子であり、尿中クエン酸排泄の低下と尿中カルシウム排泄の増加が代謝性アシドーシスにおける腎結石形成の2大要因である。尿中クエン酸は強力な尿路結石形成抑制因子であり、その作用はカルシウム含有結石の過飽和度を上昇させることによる。尿中クエン酸排泄量の減少は腎近位尿細管のapical membraneにおけるクエン酸再吸収の増加により起こると考えられている。腎糸球体でろ過されたクエン酸はその65~90%が近位尿細管でNa+/citrate cotransporter (NaDC-1)により再吸収される。代謝性アシドーシスでは、NaDC-1のm-RNAおよびprotein発現量の増加を認め、NaDC-1が活性化される。代謝性アシドーシスにおける尿中カルシウム排泄量の増加は、腎尿細管でのカルシウム再吸収の減少と骨吸収の増加によると考えられている。我が国では近年尿路結石症患者数が増加しているが、その原因の一つとして食生活の欧米化による動物タンパク摂取の増加が考えられる。食生活の変化による慢性的な酸負荷がcalcitriol投与患者における腎結石形成を促進している可能性が考えられる。

一方、尿路結石症は家族性発症も頻繁に見られることから遺伝的要素も示唆される。再発性尿路結石患者の多くに尿中クエン酸の排泄低下が認められる。これらの原因には様々な代謝異常を認める場合もあるが、明らかな代謝異常を有しないものも多く、遺伝的素因の関与も示唆される。しかしこれまでに尿中クエン酸排泄低下に関与する遺伝子異常の報告はない。

本研究では尿路結石に関し、2つの研究を行った。1つは慢性酸負荷がcalcitriol投与ラットの腎結石形成にどのような影響を与えるか調査することである。2つめは再発性尿路結石患者に多く認められる低クエン酸尿症への遺伝的要因の関与を調査するため、h NaDC-1遺伝子に認められるI550V遺伝子多型が尿中クエン酸排泄に与える影響を検討した。

対象と方法

1.ラットをそれぞれ、飲料水として蒸留水を投与されるC-C (Control)群、calcitriolを0.5μg週3回強制胃内投与され、飲料水として0.21M NH4Cl水を投与されるA-V (Acid-Vitamin D)群、A-V群同様にcalcitriolを投与され、飲料水として蒸留水を投与されるC-V (Control-Vitamin D)群に分けた。4週間経過後に24時間尿を2回連続で採取した。ラットは麻酔下でsacrificeし、両側の腎臓を摘出した。摘出した左腎を半分に切断し、一方よりtotal RNAを抽出した。もう一方は固定標本とし、腎組織内に沈着した結石の有無を確認した。右腎より凍結組織標本を作成し、カルシウム含有量を測定した。腹部大動脈を穿刺して動脈血ガス分析および血清クレアチニン、カルシウム、リン酸塩、骨吸収マーカーNTXを測定した。左大腿骨を摘出して骨密度をDXA (dual-energy X-ray absorptiometry)法により測定した。Northern blot法を用い、ラット腎のNaDC-1、osteopontin、18S rRNAの発現量を評価した。Urinary supersaturationを評価するため、リン酸カルシウムとシュウ酸カルシウムのion-activity productsをTiseliusにより提唱された、AP(CaP)、AP(CaOx) インデックスで計算した。

2.再発性カルシウム含有腎結石患者(RSF)105人と年齢を適合させた結石形成を認めない健常対照者(NSF)107人に対し、PCR restriction fragment length polymorphism法を用いてexon12を含むfragmentを作成し、I550V遺伝子多型を認識するendonuclease Bcl-Iにてgenotypeを解析した。また24時間尿を2回採取して尿中クエン酸排泄量を計測した。

結果

1.動脈血pHと血清HCO3-濃度は3群で差が認められなかった。尿pHはC-Vラット、A-Vラットではコントロール群に比べて有意に低下していた(p<0.05)。血清カルシウム濃度(p<0.05)、尿中カルシウム排泄量(p<0.05)はA-Vラットでは他群に比べ有意に上昇していた。血清リン酸濃度は3群で差が認められず、尿中リン酸排泄量はA-Vラットで他群に比べ有意に増加していた(p<0.05)。A-Vラットのクエン酸排泄量は、他群に比べ有意に低下していた(p<0.05)。

尿中NTX/Cr値 (nmol BCE/mmol Cr)はA-Vラットで他の2群に比べ有意に上昇 (p<0.05)し、骨密度は有意に減少(p<0.05)していた。

C-V、A-VラットのAP(CaP) 値はコントロール群より低い傾向であり、AP(CaOx) 値は高い傾向であったが、有意差は認められなかった。

腎組織カルシウム含有量はA-Vラットでは他群より有意に多かった(p<0.05)。

摘出した腎組織切片標本をvon Kossa染色することによりカルシウム含有結石の確認を行った。A-Vラットの4匹で腎髄質遠位尿細管内腔や腎盂内に結石の沈着を認めたが、他群ではほとんど認められなかった。結石成分分析の結果はリン酸カルシウムであった。A-VラットのNaDC-1および、osteopontinのm-RNA発現は他群に比べ増加していた(p<0.05)。

2.全体およびRSF群でBB (Bcl-I endonucleaseによりhomozygousに切断される) genotypeの者では、bb (Bcl-Iによりhomozygousに切断されない) genotypeの者に比べ有意に尿中クエン酸排泄量が低下していた(それぞれp<0.01, p<0.05)。さらに低クエン酸尿を呈する群とそうでない群ではgenotypeのdistributionが異なっており、全体およびRSF群、NSF群それぞれでみても、BB genotypeは低クエン酸尿を呈する群ではそれ以外の群に比べて有意に多かった(それぞれp=0.0007, p=0.017, p=0.028)。BB genotypeの頻度はNSF群よりRSF群で多かったが、RSF群とNSF群の間でBB,Bbおよびbb genotypeのdistributionに有意な差を認めなかった。

考察

1.本実験では慢性的なNH4Cl摂取によりcalcitriol投与ラットの血清カルシウム濃度の上昇と尿中カルシウム排泄量の増加を認めた。骨吸収マーカーである血清NTX/Cr値が上昇し、骨密度が減少していることからそのカルシウムの供給源の1つとして骨が考えられた。

A-Vラットのリン酸カルシウム尿中過飽和度は低下し、蓚酸カルシウム過飽和度は上昇していたが、有意差を認めなかった。しかしA-Vラットで形成された結石の成分はリン酸カルシウムであった。過飽和度の結果と結石成分の矛盾の原因は明らかではない。

一般的に慢性代謝性アシドーシスにおける尿中クエン酸排泄量低下は腎代謝によるとされている。本実験ではこれまでの報告と同様、ラットでは慢性的にNH4Cl摂取させることで、尿中クエン酸排泄量の減少とともに腎NaDC-1 m-RNA発現の増加を認めた。これまでの研究でも代謝性アシドーシスにおいてNaDC-1 protein発現および活性の増加が報告されている。

腎結石形成を認めたA-Vラットでosteopontin m-RNAの発現が増加していた。osteopontinは結石のマトリックスであり、結石形成に伴って認められる。最近の研究では、osteopontinはCaOxの結晶化を抑制することが示されており、本研究でリン酸カルシウム結石形成ラットでもosteopontin m-RNA発現の増加を認めたことから、腎におけるリン酸カルシウム結石形成を抑制する作用も担っている可能性が考えられる。

2.hNaDC-1遺伝子のI550V遺伝子多型ではB alleleが尿中クエン酸排泄量低下に影響し、このアミノ酸の変化がクエン酸輸送機能に影響を及ぼしている可能性が考えられた。また本研究ではRSFにおいて各genotypeの尿中クエン酸排泄量に有意差を認めたが、NSFではこの差は有意でなかった。この原因として両群の食事内容の差異が考えられ、これらが両群における尿中クエン酸、シュウ酸、カルシウム排泄量の差異に影響を与えていると推察された。

まとめ

carcitriol投与ラットにおいて慢性酸負荷により腎にリン酸カルシウム結石の形成を認め、血清カルシウム濃度、尿中カルシウムおよびリン酸排泄量、尿中NTX/Cr値の上昇とともに、尿中クエン酸排泄量、骨密度の低下を認めた。このことからcalcitriolを処方されている患者では酸前駆物質の豊富な食事を慢性的に摂取することが、リン酸カルシウム腎結石形成のリスク因子となると考えられる h NaDC-1遺伝子のI550V遺伝子多型ではB alleleが尿中クエン酸排泄量低下に寄与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、活性型ビタミンD3であるcalcitriolを投与されたラットにおいて慢性酸負荷が腎結石形成に及ぼす影響、及びヒト腎尿細管クエン酸トランスポーター hNaDC-1の遺伝子多型がクエン酸排泄量に及ぼす影響を検討したものであり、以下の結果を得ている。

1.carcitriol投与ラットにおいて慢性的に酸を負荷することにより、血清カルシウム濃度、尿中カルシウムおよびリン酸排泄量、骨吸収の亢進を認め、リン酸カルシウム腎結石が形成されることが示された。このことからcalcitriol内服患者では動物性蛋白質などの酸前駆物質の豊富な食事を慢性的に摂取することが、リン酸カルシウム腎結石形成のリスク因子となることが示唆された。

2.hNaDC-1遺伝子のI550V遺伝子多型ではB alleleを有することで尿中クエン酸排泄量が低下することが示された。 このアミノ酸残基の変化がクエン酸輸送機能に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

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