学位論文要旨



No 216804
著者(漢字) 新正,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) シンジョウ,ユキコ
標題(和) 中等度の難聴を有する幼小児の言語発達に関する研究 : 早期発見の意義および人工内耳との比較
標題(洋)
報告番号 216804
報告番号 乙16804
学位授与日 2007.05.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16804号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 水口,雅
 東京大学 准教授 高山,吉弘
 東京大学 講師 伊藤,健
内容要旨 要旨を表示する

(研究背景と目的)乳幼児期における音声言語獲得過程には,発達期の脳の可塑性による臨界期(critical period) があり,良好な言語発達ばかりではなく,対人関係や社会性の発達においても,聴覚機能の果たす役割は大きい.

日本では従来,小児における難聴は周囲の家族・保育者の観察あるいは乳幼児検診・学校検診などによって検出されていた.軽度から中等度の難聴児は見かけ上よく聞こえているように観察されるため,発見が遅れやすい状況にあり,果たして補聴器が必要かどうか判断に困るという特有の問題があった.

近年の新生児聴覚スクリーニングの登場によって,軽度から中等度難聴の子どもたちも非常に早期に発見されるようになり,中等度難聴児の問題点の一つである発見の遅れや補聴器装用開始の遅れは改善されるかと思われた.しかし,中等度難聴児は高度難聴の子どもたち以上に,難聴の受容が難しく,補聴器装用に対し抵抗感が強く,スクリーニングで乳児期早期に発見される中等度難聴児をどう取り扱うかという新しい問題が浮上している.一方,中等度難聴児の言語発達に関する研究は少なく,かつその結果は様々であり,聴力レベルや補聴開始時期,補聴期間などとの関連性は不明な点が多い.

本研究では,こうした中等度難聴児の言語発達への補聴器装用効果の有無を検討する目的のため,研究1で,最近実施されるようになった新生児聴覚スクリーニングと,東京大学附属病院耳鼻咽喉科外来を訪れる難聴児(中等度難聴児も含まれる)の実際の聴力レベル・補聴器装用開始時期との関連性について調査を行った.次に研究2で,中等度難聴児の言語発達に影響する種々の要因について検討をおこなった.最後に研究3で,中等度難聴児と補聴閾値や聴覚の特徴が類似している人工内耳装用児の言語発達について検討を行い,中等度難聴児と比較した.

(研究方法と結果)

研究1: 新生児聴覚スクリーニングの中等度難聴発見年齢に及ぼす影響に関する調査研究.

新生児聴覚スクリーニングを経て東京大学附属病院耳鼻咽喉科外来を受診した過去6年間の小児症例69例について調査した.

1) スクリーニング経由例数は年々増加傾向にあった一方で,スクリーニングを経ない例の数は横ばいであった(図1-1).

2) スクリーニング経由症例の四割が中等度難聴であった.

3) スクリーニング経由例は平均生後7カ月前後で補聴及び療育を開始するという順調な経過をたどっていたが,スクリーニングを経ないで紹介される例は補聴開始が平均1歳11ヵ月と遅かった(図1-2).

新生児聴覚スクリーニングの浸透によって中等度難聴児でも生後早期に発見される症例が今後増加すると予想され,その最善の対応方法を検討する必要性を述べた.

研究2:中等度難聴児の言語発達の評価に関する研究.

軽度および中等度難聴児症例64例に対して,Wechsler法知能検査を用いて言語発達を評価し,以下の知見を得た.

1) 言語性IQ(VIQ)に影響を与える因子として,動作性IQ(PIQ),聴覚閾値レベルおよび語音弁別能に関しては,感音性難聴群,伝音性難聴群いずれにおいても,有意な相関を認めなかった.本研究では,PIQおよび聴力とVIQとの関連性は薄いと考えられた.

2) VIQと難聴発見年齢に関しては,伝音性難聴群で有意な相関を認めたものの,感音性難聴群では相関を見出せなかった.補聴器装用開始年齢に関しては,感音性難聴群,伝音性難聴群いずれも有意な相関を認めなかった.

3) VIQと補聴期間に関しては,感音性難聴群,伝音性難聴群のいずれも,有意な正の相関を認めた.また,2群とも,補聴なしあるいは補聴期間が4年未満の群ではPIQに比べVIQが有意に低値であったが,補聴4年以上の長期群ではVIQとPIQとに有意差を見出し得なかった(図2-1).中等度難聴児でも,補聴がされていないか短期間の場合は言語発達が遅滞するが,補聴が長期間継続されると, 難聴によって障害された言語発達は本来の知能にまで近づく可能性が非常に高いことが示唆された.

4) 感音性難聴群と伝音性難聴群では,伝音性難聴群でVIQと難聴発見年齢に相関がみられることのほかには,特徴となるような大きな違いは認められなかった.

本研究では,軽度および中等度難聴児に対する長期間の補聴の有効性が客観的にあきらかになった.

研究3:中等度難聴児としての人工内耳装用児の言語発達の評価に関する研究.

人工内耳(CI)装用小児症例17例に対してWPPSI検査を用いて言語発達を調査し,以下の知見を得た.

1) VIQとPIQとに有意差が認められ,VIQは低値を示した(図3-1).CI装用例でも言語発達が遅延することが示唆された.

2) VIQに影響を与える因子の検討を行い,CI装用下の語音弁別能との有意な正の相関は見られたものの,PIQ・手術年齢・CI装用期間との相関は見いだせなかった(図3-2).

中等度難聴児とCI装用児は補聴閾値が同程度であるが,長期補聴で言語発達が本来の知能に近づく可能性の高い中等度難聴児と比べ,CI装用児では,長期間のCI装用でも言語発達の遅滞は残存するおそれがあり,術後はもちろんのこと,就学後もCI装用児への濃厚な援助および療育が必要であることを述べた.

(まとめ)小児における難聴という障害は決して稀なものではないにもかかわらず,その言語発達に及ぼしうる影響については,一般社会はもちろんのこと,医療関係者・耳鼻咽喉科医にいたるまで,未だ理解されているとはいいがたい状況にある.本研究では,そのなかでも今まで特に関心が寄せられることの少なかった中等度難聴児に焦点を当て,中等度難聴児は一見普通にみえても言語発達遅滞を来し,その対策には補聴器の長期間の装用が有効であることを客観的に明らかにした.

図1-1. 東大附属病院耳鼻咽喉科外来受診難聴児の年次推移

図1-2. 新生児聴覚スクリーニング経由症例の補聴器装用開始月齢と療育開始月齢

図2-1. 感音性難聴群と伝音性難聴群の補聴期間別のVIQとPIQの比較

図3-1. CI症例におけるVIQとPIQの比較

図3-2. VIQのCI装用期間との相関関係(n=17)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、中等度の難聴を有する小児の言語発達への補聴効果を明らかにするため、中等度難聴児の言語発達に影響する種々の要因について検討をおこなったものであり、下記の結果を得ている。

1.新生児聴覚スクリーニングを経て東京大学附属病院耳鼻咽喉科外来を受診した過去6年間の小児症例69例の調査を行った。スクリーニング経由例数は年々増加傾向にあった一方で、スクリーニングを経ない例の数は横ばいであった。スクリーニング経由症例の四割が中等度難聴であった。スクリーニング経由例は平均生後7カ月前後で補聴及び療育を開始するという順調な経過をたどっていたが、スクリーニングを経ないで紹介される例は補聴開始が平均1歳11ヵ月と遅かった。新生児聴覚スクリーニングの浸透によって中等度難聴児でも生後早期に発見される症例が今後増加すると予想された。

2.軽度および中等度難聴児症例64例に対して、Wechsler法知能検査を用いて言語発達を評価した。言語性IQ(VIQ)に影響を与える因子として、動作性IQ(PIQ)、聴覚閾値レベルおよび語音弁別能に関しては、感音性難聴群、伝音性難聴群いずれにおいても、有意な相関を認めなかった。VIQと補聴期間に関しては、感音性難聴群、伝音性難聴群のいずれも、有意な正の相関を認め、2群とも、補聴なしあるいは補聴期間が4年未満の群ではPIQに比べVIQが有意に低値であったが、補聴4年以上の長期群ではVIQとPIQとに有意差を見出し得なかった。中等度難聴児でも、補聴がされていないか短期間の場合は言語発達が遅滞するが、補聴が長期間継続されると、 難聴によって障害された言語発達は本来の知能にまで近づく可能性が非常に高いことが示唆された。

3.人工内耳(CI)装用小児症例17例に対してWPPSI検査を用いて言語発達を調査した。VIQとPIQとに有意差が認められ、VIQは低値を示し、CI装用例でも言語発達が遅延することが示唆された。VIQに影響を与える因子の検討を行い、CI装用下の語音弁別能との有意な正の相関は見られたものの、PIQ・手術年齢・CI装用期間との相関は見いだせなかった。中等度難聴児とCI装用児は補聴閾値が同程度であるが、長期補聴で言語発達が本来の知能に近づく可能性の高い中等度難聴児と比べ、CI装用児では、長期間のCI装用でも言語発達の遅滞は残存するおそれがあり、術後はもちろんのこと、就学後もCI装用児への濃厚な援助および療育が必要であると考えられた。

以上、本論文は、今まで特に関心が寄せられることの少なかった中等度難聴児に焦点を当て、中等度難聴児は一見普通にみえても言語発達遅滞を来し、その対策には補聴器の長期間の装用が有効であることを客観的に明らかにした。本研究は、今後増加が見込まれる、早期発見された中等度難聴児の補聴に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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