学位論文要旨



No 216809
著者(漢字) 加藤,幹雄
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ミキオ
標題(和) アンジオテンシンII受容体拮抗薬(オルメサルタン)のアテローム性動脈硬化抑制作用の研究
標題(洋)
報告番号 216809
報告番号 乙16809
学位授与日 2007.06.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16809号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

動脈硬化は、高血圧、高脂血症、糖尿病などの様々な原因により、動脈壁の弾力が失われて硬化するのみならず、内腔壁面に血液成分が沈着し、動脈の狭窄や閉塞が生じる状態を言い、最終的に脳梗塞・心筋梗塞・脳出血・狭心症などを引き起こすとされる。動脈硬化はアテローム硬化と細動脈硬化の2つに大きく分類され、アテローム硬化は、冠動脈、脳動脈などの比較的太い動脈に起こり、高脂血症により血管内皮細胞から構成される内膜の下に脂質を多く含んだマクロファージや遊走した血管平滑筋細胞(VSMC)が蓄積し病巣が形成される。一方、細動脈硬化は、脳や腎臓の細動脈に生じやすく、高血圧などにより中膜を構成するVSMCが増殖やコラーゲンを過剰産生することにより中膜肥厚が形成される。

降圧薬であるアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素阻害薬のレニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬では、大規模臨床試験において高血圧患者における脳梗塞、心筋梗塞などの心血管イベント抑制が示されている。これらのメカニズムのひとつとして降圧作用による細動脈硬化抑制が考えられる。一方で脳梗塞・心筋梗塞は、血管がアテローム硬化と細動脈硬化の複合的な病巣を呈するとされ、またRA系抑制薬が高脂血症モデル動物において抗アテローム硬化作用を示す報告がなされていることから、これらRA系抑制薬の心血管イベント抑制のメカニズムに、アテローム硬化抑制も関与している可能性が考えられる。しかし、ヒトにおいてはRA系抑制薬の抗アテローム硬化作用は実証されておらず高血圧を皇さない高脂血症患者にはRA系抑制薬は投与できないのが現状である。RA系抑制薬をアテローム硬化抑制を目的として臨床応用するためには、基礎研究としてアテローム硬化発症・進展におけるRA系の役割を更に検討する必要がある。本研究では、ARBであるオルメサルタン(OLM)の抗アテローム硬化作用が、アテローム硬化危険因子の血中コレステロールに影響を受けるかを検討し、更に抗アテローム硬化作用のメカニズムについて病理組織学的手法や培養細胞を用いて検討した。

1.OLMのApoEノックアウトマウスにおける抗アテローム硬化作用:血中コレステロール濃度が極度に高い場合

血中コレステロール濃度が高い場合のOLMの抗アテローム硬化作用を検討するため、ApoEノックアウト(ApoEKO)マウスに高脂肪食を摂取させ、血中コレステロール濃度を著しく高め、OLMを投与した。ApoEKOマウスは正常食下でも高脂血症を呈するが、高脂肪食により血中コレステロール濃度は約2倍に上昇したが、OLMによる影響は見られなかった。大動脈表面病変面積は高脂肪食群では正常食群に比して約2倍増加し、OLMにより正常食群、高脂肪食群ともにほぼ同じレベルまで減少した。また、大動脈弁部病変肥厚では、正常食群、高脂肪食群ともにOLMにより減少し、その抑制率はほぼ同じ割合であった。

以上から、極度の高コレステロール血症下でも、OLMは抗アテローム硬化作用を示した。

II.OLMの自然発症高脂血症ウサギにおける抗アテローム硬化作用:血中コレステロール濃度が低い場合

コレステロール低下薬により血中コレステロール濃度を低下させた際の〇五Mの抗アテローム硬化作用を検討するために、自然発症高脂血症モデルWHHL(Watanabe heritable hyperlipidemic)ウサギにHMG-CoA reductase阻害薬プラバスタチン(PRV)、OLMをそれぞれ単独、併用投与した。PRV(単独・併用)により血中コレステロール濃度の低下が見られたのに対し、OLM(単独)では血中コレステロール濃度に影響は見られなかった。大動脈表面病変面積は、PRV(単独)では減少作用はごく軽度であったが、OLM(単独・併用)では顕著な減少作用が見られた。一方、大動脈病変肥厚は0LM(単独)では減少は軽度であったのに対し、PRV(単独・併用)では顕著な減少が見られた。また、病変表面積と肥厚の両方に対する作用が加味される大動脈組織コレステロール含量は、PRV(単独)、OLM(単独)ともに同程度の低下作用が見られ、併用では相加的な顕著な低下作用が見られた。

以上のように、病変表面積はOLMにより顕著に抑制され、病変肥厚はコレステロール低下薬により顕著に抑制され、コレステロール含量では併用効果が見られたことから、OLMはコレステロール低下薬と併用しても十分に抗アテローム硬化作用を発揮することが示され、またそれぞれが異なった作用機序によることが示唆された。

III.OLMのアテローム硬化発症・進展抑制メカニズム:病理組織学的検討

アンジオテンシンII(AngII)はRA系の活性本体であり、その血管収縮作用やNa貯留作用により血圧を上昇させる。また、局所AngIIは血圧上昇とは独立したメカニズムで病態発症に関与するとされる。AngIIはアテローム硬化発症・進展に関与するとされ、そのメカニズムとして、(1)酸化ストレス亢進による内皮細胞障害や酸化LDL産生亢迄(2)増殖因子産生亢進による血管平滑筋細胞の遊走・増殖促進(3)サイトカイン、ケモカイン産生亢進によるマクロファージ浸潤や泡沫化促進(4)PAI-1産生による線溶系亢進が報告されている。

IIの研究で用いたWHRLウサギを用い免疫組織学的検討を行なった。アテローム硬化病変部位では、ケモカインのmonocyte chemoattractant protein・1(MCP-1)発現亢進や酸化ストレスマーカーcarboxymethyl lysine(CML)蓄積が確認された。また、OLMによる病変縮小およびマクロファージ浸潤抑制とともに、MCP・1、CML発現抑制が観察された。アテローム硬化形成において、AnglIを介してケモカイン産生および酸化ストレスが亢進し、これをOLMが抑制することにより病変発症・進展を抑制すると考えられた。また、ラット内膜傷害による内膜肥厚(VSMC増殖)をOLMが抑制することも確認した。

IV.OLMのアテローム硬化発症・進展抑制のメカニズム:細胞実験

アテローム硬化形成において主役となるVSMCや単球・マクロファージの細胞間相互作用について、培養細胞を用いて検討した。VSMCにAngII刺激するとInterleukin 6(IL6)とMCP・1産生が充進し、OLM前処置により抑制された。また、抗酸化剤N-Acetyl cysteine やNAD(P)H oxidase阻害剤Diphenyleneiodoniumにおいても同様の抑制作用が見られた。以上から、AngIIによるIL6、MCP・1産生に酸化ストレスやNAD(P)H oxidaseの関与が示唆され、IIIの研究での病変解析の結果と一致した。

次に、VSMCにより産生されたサイトカインやケモカインが、単球・マクロファージを活性化するかについて、VSMCをAngII刺激した際の培養上清を用いて、単球遊走やマクロファージの酸化LDL取り込み能に対する作用を検討した。単球細胞に、MCP・1あるいは培養上清を添加すると単球遊走が亢進し、OLM前処置した培養上清では遊走亢進は見られなかった。また、ラット腹腔マクロファーτジに、1L6あるいは培養上清を添加すると、酸化LDL取り込み能亢進が見られ、OLM前処置した培養上清では取り込み能亢進は見られなかった。AngII単独では遊走や取り込み能亢進は見られないことから、AngII刺激により産生されたMCP・1やIL-6などの促進因子を介して、これらの活性化が見られたと考えられた。

以上から、AnglI刺激により培養上清中に産生される促進因子の濃度レベルで、単球やマクロファージの活性化が起こすことを初めて明らかにし、ケモカインやサイトカインを介したAngIIの単球遊走やマクロファー一ジ活性化が実際に生体内でも起こりうる現象であることが示された。また、局所で産生されたAngIIにより、VSMCやマクロファージから活性酸素が産生され、それに引き続きサイトカインやケモカインなどが産生され、それに伴い酸化LDL産生、単球遊走、酸化LDLの取り込みなどが亢進し、マクロファージ泡沫化が促進され、アテローム硬化が発症・進展すると考えられた。OLMは、これらのアテローム硬化発症・進展におけるAngIIの作用を遮断したと考えられた。

【結論】

1)高脂血症モデル動物において、オルメサルタンは血中コレステロール濃度によらず、抗アテローム硬化作用を発揮する。これにより、RA系は直接的にアテローム硬化発症・進展に深く関与している可能性が示された。

2)アテローム硬化に対し、オルメサルタンは病変肥厚よりも表面積を顕著に抑制し、コレステロール低下薬はその逆に表面積よりも肥厚を顕著に抑制した。これより、RA系は血管炎症を中心とした病変形成を促進し、血中コレステロールは病変部ヘコレステロールを供給するという、それぞれ独立したメカニズムでアテローム硬化発症・進展に関与していることが示唆された。

3)アテローム硬化発症・進展へのRA系関与のメカニズムとして酸化ストレス亢進によるサイトカインやケモカインの産生亢進、それに伴う血管平滑筋細胞増殖、酸化LDL産生、単球遊走、マクロファージの酸化LDLの取り込み亢進(泡沫化)が示された。

審査要旨 要旨を表示する

動脈硬化はアテローム硬化と細動脈硬化に大きく分類され、前者は、高脂血症により血管内皮細胞で構成される内膜の下に脂質を多く含んだマクロファージや遊走した血管平滑筋細胞(VSMC)が蓄積し病巣が形成された状態を言い、後者は、高血圧などにより中膜を構成するVSMCが増殖やコラーゲン過剰産生することにより中膜肥厚が形成された状態を言う。降圧薬であるアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素阻害薬のレニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬では、高血圧患者における脳梗塞、心筋梗塞などの心血管イベント抑制効果が示されており、これらのメカニズムのひとつとして降圧作用による細動脈硬化抑制が考えられている。一方で脳梗塞・心筋梗塞では、血管がアテローム硬化と細動脈硬化の複合的な病巣を呈するとされており、これらRA系抑制薬の心血管イベント抑制作用のメカニズムに、抗アテローム硬化作用も関与している可能性が考えられる。しかし、ヒトにおいてはRA系抑制薬の抗アテローム硬化作用は実証されておらず高血圧を呈さない高脂血症患者にはRA系抑制薬は投与できないのが現状である。RA系抑制薬をアテローム硬化抑制を目的として臨床応用するためには、基礎研究としてアテローム硬化発症・進展におけるRA系の役割を更に検討する必要がある。本研究では、ARBであるオルメサルタン(OLM)の抗アテローム硬化作用が、アテローム硬化危険因子の血中コレステロールに影響を受けるかを検討し、更に抗アテローム硬化作用のメカニズムについて病理組織学的手法や培養細胞を用いて検討した。

1.OLMのAoEノックアウトマウスにおける抗アテローム硬化作用:血中コレステロール濃度が極度に高い場合

ApoEノックアウト(ApoEKO)マウスに高脂肪食を摂取させ、血中コレステロール濃度を著しく高め、OLMを投与した。ApoEKOマウスは正常食下でも高脂血症を呈するが、高脂肪食により血中コレステロール濃度は約2倍に上昇したが、OLMによる影響は見られなかった。大動脈表面病変面積は高脂肪食群では正常食群に比して約2倍増加し、OLMにより正常食群、高脂肪食群ともにほぼ同じレベルまで減少した。また、大動脈弁部病変肥厚では、正常食群、高脂肪食群ともにOLMにより減少し、その抑制率はほぼ同じ割合であった。

以上から、極度の高コレステロール血症下でもOLMは抗アテローム硬化作用を示した。

II.OLMの自然発症高脂血症ウサギにおける抗アテローム硬化作用:血中コレステロール濃度が低い場合

自然発症高脂血症モデルWHHL(Watanabe heritable hyperlipidemic)ウサギにHMG-CoA reductase 阻害薬プラバスタチン(PRV)、OLMをそれぞれ単独、併用投与した。PRV(単独・併用)により血中コレステロール濃度の低下が見られたのに対し、OLM(単独)では血中コレステロール濃度に影響は見られなかった。大動脈表面病変面積はOLMにより顕著に抑制され、大動脈病変肥厚はコレステロール低下薬により顕著に抑制された。また、病変表面積と肥厚の両方に対する作用が加味される大動脈組織コレステロール含量は、PRV、OLMともに低下作用が見られ、更に併用効果が見られた。以上から、OLMはコレステロール低下薬と併用しても十分に抗アテローム硬化作用を発揮することが示され、またそれぞれが異なった作用機序によることが示唆された。

III.OLMのアテローム硬化発症・進展抑制メカニズム:病理組織学的検討

アンジオテンシンII(AngII)はRA系の活性本体であり、その血管収縮作用やNa貯留作用により血圧を上昇させる。また、局所AnglIは血圧上昇とは独立したメカニズムで病態発症に関与するとされる。IIの研究で用いたWHHLウサギを用い免疫組織学的検討を行なった。アテローム硬化病変部位では、ケモカインのmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)発現元進や酸化ストレスマーカーcarb6xymethyl lysine(CML)蓄積が確認された。また、OLMによる病変縮小、マクロファージ浸潤抑制とともに、MCP-1、CML発現抑制が観察された。アテローム硬化形成において、AngIIを介してケモカイン産生および酸化ストレスが亢進し、これをOLMが抑制することにより病変発症・進展を抑制すると考えられた。

IV.OLMのアテローム硬化発症・進展抑制のメカニズム:細胞実験

アテローム硬化形成において主役となるVSMCや単球・マクロファージの細胞間相互作用について培養細胞を用いて検討した。VSMCにAnglI刺激するとinterleukin 6(IL6)とMCP-1産生が亢進し、OLM前処置により抑制された。また、抗酸化剤やNAD(P)H oxidase 阻害剤においても抑制作用が見られたことから、AngIIによるIL-6、MCP1産生に酸化ストレスやNAD(P) H oxidaseの関与が示唆され、IIIの研究での病変解析の結果と一致した。

次に、VSMCにより産生されたサイトカインやケモカインの役割について、VSMCをAngII刺激した際の培養上清を用いて、単球遊走やマクロファージの酸化LDL取り込み能に対する作用を検討した。MCP-1あるいは培養上清により単球遊走が元進し、IL6あるいは培養上清によりラット腹腔マクロファージにおける酸化LDL取り込み能亢進が見られた。これらの細胞の活性化はOLM前処置した培養上清では見られず、また、AnglI単独でも見られなかったことから、Angll刺激により産生されたMCP1やIL-6などの促進因子を介していると考えられた。

以上から、Angll刺激により産生される促進因子の濃度レベルで、単球やマクロファージの活性化が引き起こされることを初めて明らかにし、実際に生体内でも起こりうる現象であることが示された。また、局所で産生されたAngllにより、VSMCやマクロファージから活性酸素が産生され、それに引き続きサイトカインやケモカインなどが産生され、それに伴い酸化LDL産生、単球遊走、酸化LDLの取り込みなどが亢進し、マクロファージ泡沫化が促進され、アテローム硬化が発症・進展すると考えられた。OLMは、これらのアテローム硬化発症・進展におけるAngllの作用を遮断したと考えられた。

本研究では、高脂血症モデル動物において、オルメサルタンは血中コレステロール濃度によらず、抗アテローム硬化作用を発揮し、RA系は直接的にアテローム硬化発症・進展に深く関与している可能性が示された。また、アテローム硬化に対し、オルメサルタンは病変肥厚よりも表面積を顕著に抑制し、コレステロール低下薬はその逆に表面積よりも肥厚を顕著に抑制したことから、RA系は血管炎症を中心とした病変形成を促進し、血中コレステロールは病変部ヘコレステロールを供給するという、それぞれ独立したメカニズムでアテローム硬化発症・進展に関与していることが示唆された。また、アテローム硬化発症・進展へのRA系関与のメカニズムとして酸化ストレス亢進によるサイトカインやケモカインの産生亢進、それに伴う血管平滑筋細胞増殖、酸化LDL産生、単球遊走、マクロファージの酸化LDLの取り込み亢進(泡沫化)が示された。

以上の結果は、RA系抑制薬が血中コレステロール濃度に拠らずに抗アテローム硬化作用を発揮することを示したはじめての知見であると同時に、動脈硬化発症・進展過程においてRA系の重要性を示した結果である。今後、Angllによる動脈硬化発症・進展メカニズムの更なる解析が進むとともに、RA系抑制薬が抗アテローム硬化薬として臨床応用を行うための基礎研究が蓄積されることが期待された。以上のことから本研究は博士(薬学)の学位に十分値するものと判定した。

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