学位論文要旨



No 216810
著者(漢字) 山口,敦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,アツシ
標題(和) 力学統計的局所化手法に基づく局所風況と風力発電出力の予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 216810
報告番号 乙16810
学位授与日 2007.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16810号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 石原,孟
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 教授 荒川,忠一
 九州大学 教授 鵜野,伊津志
内容要旨 要旨を表示する

風況予測およびそれに基づく風況精査,賦存量推定,発電出力予測は風力発電にとって必要不可欠な技術である.しかし,日本においては地形が複雑であるため,従来ヨーロッパで開発され世界で広く用いられている線形モデルを用いた場合に予測精度が低下する問題があり,複雑地形中に適用可能な非線形風況予測モデルが求められている.また,従来広く行われている風況予測は現地観測データに基づくものであり,観測地点の代表性に起因する問題や風況の統計値を得るためには最低1年間の観測を行う必要があるという問題がある.この問題を解決するために,現地観測を用いない風況予測手法が必要とされている.さらに,電力系統運用のためにリアルタイム発電出力予測に対しては,地形の複雑性の問題に加え,従来の発電出力予測モデルではパラメータの学習時間スケールとして季節変動等の長期の時間スケールのみが考慮されていたため,風車の停止等の短時間変動を考慮できないという問題があった.このため,パラメータの学習に際し,複数の時間スケールを考慮できる手法が必要とされている.

本論文はこれらの問題点を解決することを目的とし,まず第1章の序論では,日本における風力発電を取り巻く環境を概説するとともに,従来ヨーロッパやアメリカで開発された風況予測手法,賦存量推定手法および発電量予測手法の詳細なレビューを行い,これらの手法を日本に適用する際の問題点について述べている.また,本論文の目的と構成について記述している.

第2章では複雑地形中において局地的な地形を考慮した風況を推定する手法の提案および風洞実験と現地観測に基づく検証について述べている.まず,数値流体力学に基づく非線形風況予測モデルを開発し,実地形上の流れ場を解析する際に必要な境界処理手法を提案した.そして大規模線形連立方程式の数値解法について詳細な比較検討を行い,複雑地形上の流れの解析に適した数値解法を提案した.最後に実地形模型を用いた大型風洞実験結果と現地観測に基づき,本研究で開発した境界処理手法と数値解法の有効性を検証した.

第3章ではメソスケール気象モデルにより,現地観測を行わずに風況予測を行う手法について述べている.まず,複雑地形の問題がない洋上においてメソスケール気象モデルを用いて風況予測を行い,実測データを用い検証を行った.次に,陸上の複雑地形上の風況予測にメソスケール気象モデルを適用した際に生じる問題点を明らかにした.

第4章では第3章で述べた問題点を解決し,複雑地形上において現地観測によらずに風況予測を行う手法を提案した.第2章で提案した局所的な地形を考慮する風況予測手法と,第3章で提案したメソスケール気象モデルによる風況予測とを組み合わせることにより,新しい風況予測手法を提案し,現地観測によらない局所風況の数値予測を実現した.また,青森県竜飛岬における現地観測データにより提案した手法の検証を行うとともに,従来の風況予測手法との比較を行い,従来の手法の問題点を明らかにした.

第5章ではリアルタイム発電出力予測手法の提案と現地観測に基づく検証について述べている.まず,第4章までに提案した力学統計的局所化に基づくダウンスケール手法を実施し,物理モデルにより発電出力の予測誤差のバイアス成分を低減させることができることを示した.また、異なる原因による統計モデルパラメータの変動を考慮するためにマルチタイムスケールモデルを提案し,風力発電設備の停止を考慮する予測を実現した.さらに,オンライン観測データと物理モデルによる予測を組み合わせることにより短期予測誤差の分散成分を低減させることに成功した.

第6章は本論文の結論であり,第5章までに得られた結論をまとめるとともに,今後の課題に言及している.

本論文の成果は以下のように集約される.まず,日本における複雑地形に適用可能な非線形風況予測モデルを開発し,複雑地形中の予測精度を大幅に向上させた.また,力学統計的局所化手法を提案し,従来最低1年間の現地観測が必要であった風況予測を現地観測を行わずに数週間で完了させることが可能となった.さらに,風力発電出力のリアルタイム予測に,風況予測手法を適用し,複雑地形中での高精度な発電出力予測を実現するとともに,マルチタイムスケールモデルを提案し,風車の運転状況を考慮した発電出力予測手法を実現した.この結果,従来の発電出力予測手法と比較し,予測誤差を大幅に低減させることを可能にした.

審査要旨 要旨を表示する

風況予測およびそれに基づく賦存量評価,発電出力予測は風力開発にとって欠かせない技術である.しかし,日本においては地形が複雑であるため,従来ヨーロッパで開発されている線形モデルを用いた場合に予測精度が低下する問題があり,複雑地形中に適用可能な非線形風況予測モデルの開発が求められている.また,従来広く行われている風況予測は現地観測データに基づくものであり,観測地点の代表性に起因する問題や風況の統計値を得るためには最低1年間の風観測が必要であるという問題がある.この問題を解決するために,現地観測を用いない風況予測手法が必要とされてきたが,複雑地形に適用した場合に予測時間と精度の面で多くの問題が残されている.さらに,電力系統運用のためのリアルタイム発電出力予測に対しては,地形の複雑性の問題に加え,従来の発電出力予測モデルではパラメータの学習時間スケールとして季節変動等の長期の時間スケールのみが考慮されていたため,風車の停止等の短時間変動を考慮できないという問題もある.

本論文はこれらの問題点を解決することを目的とし,第1章の序論では,日本における風力開発を取り巻く環境を概説するとともに,従来ヨーロッパやアメリカで開発された風況および発電量予測手法に関する詳細なレビューを行い,これらの手法を日本に適用する際の問題点について述べると共に,本論文の目的と構成について記述した.

第2章では複雑地形中における局地的な地形を考慮した風況予測手法の提案および風洞実験と現地観測に基づく検証について述べている.数値流体力学に基づく非線形風況予測モデルを開発し,実地形上の流れ場を解析する際に必要な境界処理手法を提案した.そして大規模線形連立方程式の数値解法について詳細な比較検討を行い,複雑地形上の流れの解析に適した数値解法を提案した.最後に実地形模型を用いた大型風洞実験結果と現地観測に基づき,本研究で開発した境界処理手法と数値解法の有効性を検証した.

第3章ではメソスケール気象モデルにより,地域風況予測を行う手法について述べている.地形の影響がない洋上においてメソスケール気象モデルを用いて風況予測を行い,実測データと比較することによりメソスケール気象モデルを利用した地域風況予測の可能性及びその予測精度を実証すると共に,複雑地形上の風況予測にメソスケール気象モデルを適用した際の問題点を明らかにした.

第4章では第3章で述べた問題点を解決し,複雑地形上における現地観測によらない風況予測手法を提案した.第2章で提案した局所的な地形を考慮する風況予測手法と,第3章で提案したメソスケール気象モデルによる地域風況予測とを組み合わせることにより,「力学統計的局所化手法」と呼ばれる新しい風況予測手法を提案した.青森県竜飛岬における現地観測データにより提案した手法の検証を行うとともに,従来の風況予測手法と比較することにより,その問題点を明らかにした.

第5章ではリアルタイム発電出力予測手法の提案と現地観測に基づく検証について述べている.第4章までに提案した力学統計的局所化に基づくダウンスケールを実施し,物理モデルにより発電出力の予測誤差のバイアス成分を低減させることができることを示した.またオンライン観測データと物理モデルによる予測を組み合わせることにより短期予測誤差の分散成分を低減させた.さらに学習時間に関してマルチタイムスケールモデルを提案することにより,風力発電設備の停止を考慮した出力予測を可能にした.

第6章は本論文の結論であり,第5章までに得られた結論をまとめるとともに,今後の課題に言及している.

以上のように本論文では日本における複雑地形に適用可能な非線形風況予測モデルを開発し,従来の線形モデルと比較し,複雑地形中の風況予測の精度を向上させた.また力学統計的局所化手法を提案することにより,従来最低1年間の現地観測が必要であった風況予測を現地観測を行わずに1週間程度で完了させることを可能にした.さらに,風力発電出力のリアルタイム予測には,本研究で提案された風況予測手法を適用し,複雑地形中での高精度な発電出力予測を実現するとともに,マルチタイムスケールモデルを提案することにより,風車の運転状況を考慮した発電出力予測手法を可能にした.

本論文で開発された風況予測手法は,従来の気象学的手法と風工学的手法の問題点を解決し,新しい発想で融合させることにより,欧米と比較して地形が急峻なわが国の局所的風況の予測精度を向上させた.本論文の成果は風力発電だけでなく,強風災害や風環境に関わる幅広い活用が期待される.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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