No | 216813 | |
著者(漢字) | 石窪,章 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシクボ,アキラ | |
標題(和) | 核酸切断触媒の開発とその細胞導入に向けての検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216813 | |
報告番号 | 乙16813 | |
学位授与日 | 2007.07.12 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16813号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章:本研究の目的と背景 核酸の一つであるRNAは、塩基(アデニン、グアニン、シトシン、ウラシルのいずれか)が付加された糖(リボース)とリン酸がホスホジエステル結合によって繰り返し結合された生体の遺伝を司る高分子電解質である。発現されるDNAの一部がRNAとして写し取られ、塩基配列に沿ったアミノ酸配列のタンパク質が組み上げられるという一連の流れの中で、DNAは遺伝情報のマスターという重要な役割を担っている一方で、RNAは遺伝子の伝達、アミノ酸の運搬、リボソームの構成要素、RNA自身の切断・結合などを触媒する酵素(リボザイム)、更には近年注目を集めている遺伝子発現抑制役(RNA干渉、RNAi)といった多様な役割を担っている。このRNAを、位置選択的に加水分解できる人工リボヌクレアーゼによってRNAを目的通り操作した後に細胞内に導入すること、あるいはその人工リボヌクレアーゼを細胞導入してmRNAの選択的な破壊を行なうことによって遺伝子発現を自在に制御することができれば、遺伝子治療、遺伝子工学の発展に大いに役立つものと考える。本研究ではこれを実現するための大きなポイントとなる人工ヌクレアーゼの構築、およびその人工リボヌクレアーゼそのもの、あるいは遺伝子操作後のRNAの細胞導入に着目して研究を行なった。 生体内にはRNAを加水分解することができるリボヌクレアーゼと呼ばれる天然酵素が存在するものの、位置選択的に加水分解する酵素はこれまでに見出されていない。そのため、位置特異的にRNAを加水分解できる人工酵素の開発に向け、これまでに多くの研究がなされてきている。選択性の高さ、汎用性の高さが最も期待できる手法の一つに、RNAを加水分解できる活性中心部分に標的RNAの相補鎖を繋げる方法がある。このようなデザインの人工酵素を達成するには、高いRNA加水分解能を有した活性中心部分の構築が強く求められる。天然のリボヌクレアーゼには、その活性中心にMg2+やCa2+のような2価金属イオンを有するものが多く、これらの金属イオンが生体条件という温和な条件での触媒作用を可能にしている。そこで本研究では、生体に学び単核・多核金属錯体をデザイン・合成・機能評価し、効果的にRNAを加水分解できる活性中心を見出すことを目的の一つとした。 遺伝子発現の抑制などの遺伝情報を操作する場合、作成した人工酵素や核酸などを細胞内に戻さなくてはならない。この技術は核酸を細胞内に取り込ませるトランスフェクションという技術であり、これまでに幾つかの手法が開発されてきた。その中で、導入率の高さと安全性から正電荷を持ったリポソームと核酸を混合して得た複合体をベクターとするリポフェクション法や、ポリエチレンイミンなどのようなポリカチオンと核酸の複合体をベクターとするポリフェクション法などの、核酸と反対電荷を持った両親媒性物質を複合化させて細胞に導入する非ウイルス的な方法が有望である。核酸と正電荷を持ったリポソームあるいは高分子の複合体形成、細胞膜への吸着、エンドサイトーシスによる取り込みという流れの中で、複合体の状態は非常に重要な要素であり、核酸とカチオンの相互作用の解明、そして新たな状態の複合体の開発が求められている。本研究では、効果的な細胞導入に向けて、核酸を固体表面にブラシ状に固定してベクターと相互作用させるという新たな複合体調製法を検討することで課題に取り組んだ。 第2章.RNA加水分解活性を有するランタニド金属錯体の構築 これまでにランタニド金属イオンは非常に高い核酸加水分解反応活性を有していることが報告されている。このランタニド金属イオンを人工制限酵素の活性部位として活用するためには、金属イオンを認識部位に上手く接続できるように制御する必要がある。溶液中で金属錯体を形成させることは、その制御方法の有力な手段の一つである。 本研究では、ランタニド金属イオンを核酸加水分解の活性種として活用することを目的に、種々の配位子を用いて中性水溶液中での錯形成挙動およびその核酸加水分解活性を検討した。配位子は、ランタニド金属イオンの正電荷を損なわない中性であるものが好ましいと考えられ、これまでにランタニド金属イオンと錯形成が確認されているシクロデキストリンや窒素原子で配位する配位子を検討した。その結果、ピリジン環の窒素が、強くランタニド金属イオンに配位することがわかり、ピリジン窒素を配位部位として活用した配位子(L1)を用いることによって、水溶液中で安定で、かつRNA加水分解活性を保持した錯体を見出すことができた(1)。さらに、2個のランタニド金属イオンを保持できる配位子(L2)を利用して、ランタニド金属イオンの複核錯体を形成させ、加水分解活性を調べた結果、La3+イオンの場合、RNAの加水分解活性が約70倍も向上することを見出した(2,3)。本章では、ランタニド金属イオンの中性水溶液中での錯形成挙動を調べるとともに、RNAの加水分解について反応速度論的な考察を加えながら検討を行った結果を示す。 第3章.亜鉛多核錯体の合成とRNA加水分解反応の触媒効果 天然酵素には、温和な条件で反応を効率的に触媒するために複数の金属イオンを活性中心に必要としているものが数多く知られている。Zn2+イオン、Cu2+イオン、Mg2+イオン等、そのもの自身では反応を促進できないものでも、活性中心に効果的に配置されることによって触媒効果を発揮する。Zn2+イオンは、そのもの自身では種々の反応にイナートであるものの、アルカリフォスファターゼ、フォスフォリパーゼやP1ヌクレアーゼなどの天然酵素の活性中心として触媒反応の中心的役割を果たしていることが知られている。 Zn(2+)イオンは生体必須微量金属元素であり、金属イオンを上手く配置することによってRNA加水分解能を有する多核錯体を構築できれば、金属イオン単独では反応を触媒せず、錯体化したときにのみ活性を示すようなシステムが可能となり、より反応選択性が高いin vivoでも慣用可能な人工酵素が期待できる。 本章では、Zn2+イオンを用いた種々の2核、3核錯体を作成し、その核酸加水分解反応の活性について調べた。その結果、3種類の亜鉛2核錯体(L1、L3、L4)および1種類の亜鉛3核錯体(L5)を中性水溶液中で安定に形成させることに成功し、また、これらが亜鉛イオン単独に比べて非常に優れたRNA加水分解活性を有していることを見出した(4-7)。溶液中での錯体の構造、RNAの反応と塩基選択性、反応速度論的考察を行うことによって、それぞれの錯体の核酸加水分解機構について詳細に検討を行った。 第4章 両親媒性物質と高分子電解質の相互作用を利用した遺伝子の細胞導入法の開発 負電荷を持つ高分子電解質である核酸と正電荷を持つ両親媒性物質の複合体は、DNAのフォールディングや、細胞内に核酸を送達するトランスフェクションのベクターとしての応用が期待されている。複合体形成は、濃度・温度・イオン強度などの調製条件によって大きく影響を受けるため、効果的な複合体を得るために種々の混合条件において検討がなされている。 本研究では、核酸の効率的なトランスフェクション用ベクターとして高密度に核酸をフォールディングした複合体の開発、およ複合対形成の制御を目的に、高分子電解質ブラシと反対電荷を持つカチオン活性剤を相互作用させるという新たな切り口で課題に取り組んだ。高分子電解質ブラシとは、高分子の片末端を固体表面に高濃度にグラフトして水中で膨潤させたもので、水中での高分子の慣性半径に比べてグラフト密度が高いため、高分子が引き伸ばされた状態で整列したものである。これを用いることによって、より高密度でコンパクトな核酸の濃縮、また濃縮の制御が可能になると考えられ、新たなベクター用複合体調整法として期待できる。核酸モデルとしてポリスチレンスルフォネートを用いて高分子電解質ブラシを作成し、反対電荷の両親媒性物質(セチルトリメチルアンモニウムブロミド、CTAB)との相互作用を、表面力測定器やエリプソメトリーを用いて直接的・定量的に測定した結果を用いて詳細に調べた(8-11)。その結果、表面上に高密度に高分子を固定させた薄膜状態の高分子ブラシは、両親媒性物質との相互作用によって効率的に凝縮させることが出来ること、さらに高分子電解質の濃縮率はバルクCTAB濃度、塩濃度によって制御可能であることがわかり、このシステムは、トランスフェクション用ベクター調製法として有望であることを明らかにした。 | |
審査要旨 | RNAは遺伝子の伝達、アミノ酸の運搬、リボソームの構成要素、RNA自身の切断・結合などを触媒する酵素(リボザイム)、更には近年注目を集めている遺伝子発現抑制役(RNA干渉)といった多様な役割を担っている。このRNAを、位置選択的に加水分解できる人工リボヌクレアーゼによってRNAを目的通り操作した後に細胞内に導入すること、あるいはその人工リボヌクレアーゼを細胞導入してmRNAの選択的な破壊を行なうことによって遺伝子発現を自在に制御することができれば、遺伝子治療、遺伝子工学の発展に大いに役立つものである。本論文ではこれを実現するための大きな技術的ポイントとなる人工ヌクレアーゼの構築、および核酸の細胞導入法について述べている。本論文は以下の5章からなる。 第1章は序論であり、天然酵素や人工触媒によるRNAの加水分解や核酸の細胞導入方法などの背景について紹介している。これらを元に、人工リボヌクレアーゼの設計としてアンチセンス鎖に活性中心を結合するという戦略のもと、効果的な活性中心となる金属錯体を構築すること、効果的な細胞導入に向けて、核酸を固体表面にブラシ状に固定してベクターと相互作用させるという新たな複合体調製法を検討することといった研究ターゲットの明確化を行ない、研究の目的と意義について述べている。 第2章では、RNA加水分解活性の高いランタニド金属イオンを核酸加水分解の活性種として活用することを目的に、種々の配位子を用いて中性水溶液中での錯形成挙動およびその核酸加水分解活性を検討した結果と考察について述べている。配位子は、ランタニド金属イオンの正電荷を損なわない中性であるものが好ましいという仮説の下、これまでにランタニド金属イオンと錯形成が確認されているシクロデキストリンや窒素原子で配位する配位子を検討している。その結果、ピリジン環の窒素が、強くランタニド金属イオンに配位することを明らかにし、4つのピリジン窒素を配位部位として活用した配位子を用いることにより、水溶液中で安定で、かつRNA加水分解活性を有した錯体を創出することに成功している。さらに、2個の金属イオンを保持できる配位子を利用したランタニド金属イオンの複核錯体では、中性水溶液中での安定性は低いもののRNA加水分解活性がLa3+イオンの約70倍も向上することを見出している。 第3章では、生体必須微量金属元素であり、そのもの自身では種々の反応にイナートであるZn2+イオンの2核、3核錯体を作成し、そのRNA加水分解反応の活性について調べた結果およびその反応機構の動力学的考察について述べられている。ピリジン環を配位座として用いた配位子を設計・合成し、Zn2+イオンを用いた種々の2核、3核錯体を検討した結果、3種類の亜鉛2核錯体および1種類の亜鉛3核錯体を中性水溶液中で安定に形成させることに成功し、これらが亜鉛イオン単独に比べて非常に優れたRNA加水分解活性を有していることを見出している。溶液中での錯体の構造、RNAの加水分解反応と塩基選択性、反応速度論的考察を行うことによって、それぞれの錯体のRNA加水分解機構について詳細に検討を行い、錯体の多核化、および錯体中の金属イオンの構造・配位水の状態がRNA加水分解活性に影響を及ぼすことを示している。 第4章では、効率的なトランスフェクションのために、核酸と非ウイルス性のカチオン性ベクターの複合体の新たな形成方法の開発について述べられている。その新たな手法とは、高分子電解質(核酸)ブラシと反対電荷を持つカチオン性ベクターを相互作用させるという方法である。その結果、表面上に高密度に高分子を固定させた薄膜状態の高分子ブラシは、カチオン性両親媒性物質との相互作用によって効率的に凝縮させることが出来ること、さらに高分子電解質の濃縮率はバルクカチオン性両親媒性物質濃度、イオン強度によって制御可能であることを示しており、このシステムが、トランスフェクション用複合体調製法として有望であると結論付けている。 第5章は、本論文の結論であり、本研究を通して得られて知見および新たな遺伝子治療や遺伝子工学のための遺伝子発現抑制方法の開発指針について述べられている。 以上のように、本論文は、RNA切断触媒の開発とその細胞導入に向けての検討に関する研究について述べられたものであり、今後の遺伝子発現抑制方法などを通した遺伝子治療・工学に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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