学位論文要旨



No 216815
著者(漢字) 岡,幸蔵
著者(英字)
著者(カナ) オカ,コウゾウ
標題(和) 酸化LDL受容体LOX-1およびそのリガンドの動脈硬化における役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 216815
報告番号 乙16815
学位授与日 2007.07.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16815号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【背景および目的】

虚血性心疾患や脳血管障害の原因となる動脈硬化の発症および進展には様々な危険因子が関与しているという知見が蓄積しつつあるが,中でも酸化変性を受けた低密度リポ蛋白(酸化LDL)がマクロファージの泡沫化を引き起こすことが明らかとなって以来,その病態形成への寄与を示唆する知見が相次いでいる,すなわち,酸化LDLはマクロファージや血管内皮細胞に作用して,(1)炎症性サイトカインの産生を促進するなど,炎症性の応答を惹起する,(2)走化性因子の産生および細胞接着因子の発現を促進し,単球やリンパ球の血管内膜への浸潤を促進する,(3)NO合成酵素を阻害するなどにより,内皮依存的な血管弛緩反応を減弱させる,(4)血液凝固因子の発現増強などによって易血栓性状態を形成する,といった動脈硬化の発症初期から進展段階,さらには虚血性心疾患発症に至る全ての段階で重要な役割を果たしていると考えられている.

このような酸化LDLの作用を仲介する受容体として一連のスカベンジャー受容体が同定されているが,中でも1997年にSawamuraらによって報告されたLOX-1(lectin-like oxidized LDL receptor-1)は血管内皮細胞における主要な酸化LDL受容体として初めて同定された分子である.他のスカベンジャー受容体と同様に,Lox-1はフコイダンやPoly[I]といった酸性高分子を結合することが明らかとなったが,生体内における実際の生理的な,あるいは病態におけるリガンドについての詳細は明らかになっていなかった.これら生体内におけるリガンドを探索し,その性質を明らかにすることは,病態におけるLOX-1/LOX-1リガンドシステムの役割を明らかにすると共に動脈硬化の病態についての理解を深めることになり,ひいては治療薬や処置法の開発につながると考えられる.

このような観点から,

1.正常な状態でのリガンドを探索することで,LOX-1の生理的な役割を明らかにする

2.高脂血症モデル動物におけるLOX-1のリガンド(酸化LDL)のレベルと動脈硬化との関連を探るという2点について検討を進めた.

1)LOX-1を介するアポトーシス細胞の貪食機構

まず正常な状態での生体内リガンドの探索を進めた.その中で,ウシLOX-1を強制発現させたCHO-K1細胞(BLOX-1-CHO)が老化した赤血球(aged RBC)やアポトーシスをおこした細胞(アポトーシス細胞)を結合し,貪食する機能を有することを見出した.そこで,LOX-1を発現しているウシ大動脈血管内皮細胞(BAEC)について検討したところ,BLOX-1-CHOと同様にaged RBCやアポトーシス細胞の結合と貪食が観察された.この結果から,LOX-1が生理的にこのような機能を担っている可能性が示唆された.

アポトーシスの生理的意義の一つは,死細胞が細胞傷害性の内容物を漏出する前に,速やかに隣接細胞等の食細胞に貪食除去されることにある.しかし,本研究を開始した時点では,これを担う分子など詳細な機構はあまり明らかになっていなかった.そこで本研究では,血管内皮細胞によるaged RBCやアポトーシス細胞の貪食におけるLOX-1の寄与について,またその認識機構について詳細に検討した結果,以下の知見が得られた.

・BLOX-1-CHOあるいはBAECによるaged RBCやアポトーシス細胞の結合および貪食は,酸化LDLによって競合阻害された.さらにLOX-1の既知の各種リガンドによっても阻害された.

・抗LOX-1抗体および可溶性LOX-1(LOX-1の細胞外ドメインにヒトIgG Fc領域を結合させた蛋白,LOX-Fc)がBAECに対するaged RBCおよびアポトーシス細胞の結合を阻害した.

・LOX-Fcを用いた細胞染色により,LOX-1のリガンドはagingあるいはアポトーシスに伴って細胞膜表面に発現することが示された.

・赤血球の老化やアポトーシスの際には,通常細胞膜リン脂質2重層の細胞内側に局在しているフォスファチジルセリン(PS)が細胞外側へ表出することが知られている.そこでaged RBCを用いてPS表出とBLOX-1-CHOへの結合の経時的変化を調べたところ,両者はよく一致した、またPS含有リボソームがLOX。1によるaged RBC,アポトーシス細胞の認識を阻害した.

以上のことから,BAECはLOX-1を介して老化細胞およびアポトーシス細胞上に表出したPSを認識することにより,これら細胞を貪食することが明らかとなった.

2)高脂血症における血中LOX-1-1igand(酸化LDL)レベルと動脈硬化の進展~抗酸化薬の作用

酸化LDLが動脈硬化の発症及び進展に中心的な役割を果たしていることを示唆する報告が相次いでいるが,病態における酸化LDLのレベルを実際に測定して動脈硬化との関連を調べた報告はあまりなく,両者の関係が不明であった.酸化LDLは様々な酸化的ストレスにより血管内皮下で生成すると考えられているが,循環血中にも存在していることが示唆されている.そこで本研究では,LOX-1をツールとして開発された新規アッセイ系を改変して,家族性高コレステロール血症モデルであるWHHLウサギにおける血漿中酸化LDLレベルを定量し,動脈硬化の進展との関連について検討した.また抗酸化薬であるプロブコール(PC)およびビタミンE(VtE),ならびに抗酸化作用を有するHMG-CoA還元酵素阻害薬フルバスタチン(FV)の作用を検討した.

【方法】血漿中酸化LDLレベルは,LOX-Fcと抗ウサギApo B抗体を用いたサンドウィッチELISAに類似の方法によって,LOX-1-1igandとして測定した.2ヶ月齢のWHHLウサギにPC(1%),VtE(0.5%)およびFV(0.03%)を連日混餌投与し,6ヶ月後に動脈硬化の評価を行った.試験期間中,経時的に採血して各種血中パラメータを測定した.

【結果】WHHLウサギではLOX-1-Hgandレベルは2ヶ月齢において正常対照(目本白色種)の5倍以上の高値を示し,この高値は試験終了時まで持続した.PCおよびVtEは投与1ヶ月目よりこのLOX-1-ligandレベルを低下させたが,総コレステロール値への影響はほとんどなかった.FVはLox-1-ligandレベルおよび総コレステロール値をどちらも低下させたが,その程度はLOX-l-ligandレベルにおいて顕著であった,全ての薬物投与群において6ヶ月後の大動脈弓部における動脈硬化の進展は有意に抑制された.

以上の成績より,血漿中酸化LDLレベルは動脈硬化形成の初期から上昇しており,病態進展に重要な役割を果たす事が示唆された.また酸化LDLの生成抑制作用を有する薬剤により,動脈硬化の発症及び進展を抑制するできる可能性が示唆された.特にFVはコレステロール低下作用に加え,酸化LDL生成抑制作用を併せ持っことから,より有効な治療手段となる可能性が示唆された,さらに血漿中Lox-1-1igandは,虚血性心疾患の診断マーカーとしても有用である可能性が示唆された.

【総括】動脈硬化におけるLOX-1とそのリガンドの役割

LOX-1は血管内皮細胞における主要な酸化LDL受容体として機能している.上記1)の成績から,LOX-1の生理的なリガンドの一つが老化細胞およびアポトーシス細胞であることが明らかとなった.このような細胞上に表出したPSは血液凝固反応を促進することが報告されているが,PSの表出は血小板の活性化に伴って生じること,およびこのPSが血液凝固反応の場となっていることは良く知られている.したがってこれらPSを表出した細胞を取り除くことは血栓を予防する上で重要であると考えられる.血管内皮細胞はトロンボモジュリンの発現やプロスタサイクリンの分泌,NOの産生等,正常な状態では抗血栓性を維持する働きをしていることから,LOX-1は血栓形成に促進的に働く老化細胞/アポトーシス細胞や,更には(後の研究で明らかとなった)活性化血小板の貪食を仲介することによって,生理的には血管内皮細胞の抗血栓的機能の一部を担っている可能性が示唆された.

一方,酸化LDLがこの貪食機能を阻害することは,高脂血症あるいは動脈硬化症における易血栓性の成因を精査する上で興味深い対象であると考えられた.実際に2)の成績から,高脂血症においては血中にLOX-1のリガンドとなる酸化LDLが病態形成過程のごく初期から上昇していることが明らかとなった.このことから,LOX-1が本来有している抗血栓的機能を破綻させることが,酸化LDLが血栓性イベントの発症頻度を高める機序の一つとして考えられた.

以上の研究から,LOX-1/LOX-1リガンドシステムが動脈硬化の前病変段階から進展病変に至る各過程において,血管内皮細胞がうける種々の機能障害に重要な役割を果たしていることが示唆される.LOX-1あるいはそのリガンドの機能的もしくは量的な修飾(特にLDLの酸化変性の抑制)をもたらすことにより,動脈硬化や虚血性心疾患の発症予防あるいは治療法のあらたな手掛かりが得られる可能性が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

虚血性心疾患や脳血管障害の原因となる動脈硬化の発症および進展には様々な危険因子が関与する知見が蓄積されつつあり、中でも酸化変性を受けた低密度リボ蛋白(酸化LDL)がマクロファージの泡沫化を引き起こすことが明らかとなって以来、その病態形成への寄与を示唆する知見が相次いでいる。すなわち、酸化LDLはマクロファージや血管内皮細胞に作用して、(1)炎症性サイトカインの産生を促進するなど炎症性の応答を惹起する、(2)走化性因子の産生および細胞接着因子の発現を促進し、単球やリンパ球の血管内膜への浸潤を促進する、(3)NO合成酵素を阻害するなどにより内皮依存的な血管弛緩反応を減弱させる、(4)血液凝固因子の発現増強などによって易血栓性状態を形成する、といった動脈硬化の発症初期から進展段階、さらには虚血性心疾患発症に至る全ての段階で重要な役割を果たしていると考えられている。

このような酸化LDLの作用を仲介する受容体として一連のスカベンジャー受容体が同定されている。中でも1997年にSawamuraらによって報告されたLOX-1(1ectin-1ike oxidized LDL,receptor-1)は血管内皮細胞における主要な酸化LDL受容体として初めて同定された分子である。他のスカベンジャー受容体と同様に、LOX-1はフコイダンやPoly[I]といった酸性高分子を結合することが明らかとなったが、生体内における実際の生理的な、あるいは病態におけるリガンドにっいての詳細は明らかになっていなかった。これら生体内におけるリガンドを探索し、その性質を明らかにすることは、病態におけるLOX-1/LOX-1 リガンドシステムの役割を明らかにすると共に動脈硬化の病態についての理解を深めることになり、ひいては治療薬や処置法の開発につながると考えられる。

このような観点から、1.正常な状態でのリガンドを探索することで、LOX-1の生理的な役割を明らかにする、2.高脂血症モデル動物におけるLOX-1のリガンド(酸化LDL)のレベルと動脈硬化との関連を探る、という2点について検討を進めた。

1,LOX-1を介するアポトーシス細胞の貪食機構

まず正常な状態での生体内リガンドの探索を進めた。その中で、ウシLOX-1を強制発現させたCHO-K1細胞(BLOX-1-CHO)が老化した赤血球(aged RBC)やアポトーシスをおこした細胞(アポトーシス細胞)を結合し、貪食する機能を有することを見出した。そこで、LOX-1を発現しているウシ大動脈血管内皮細胞(8AEC)について検討したところ、BLOX-1-CHOと同様にaged RBCやアポトーシス細胞の結合と貪食が観察された。この結果から、LOX-1が生理的にこのような機能を担っている可能性が示唆された。

アポトーシスの生理的意義の一つは、死細胞が細胞傷害性の内容物を漏出する前に、速やかに隣接細胞等の食細胞に貪食除去されることにある。しかし、本研究を開始した時点では、これを担う分子など詳細な機構はあまり明らかになっていなかった。そこで本研究では、血管内皮細胞によるagedRBCやアポトーシス細胞の貪食におけるLOX-1の寄与について、またその認識機構について詳細に検討した結果、以下の知見が得られた。

1)BLOX-1-CHOあるいはBAECによるagedRBCやアポトーシス細胞の結合および貪食は、酸化LDLによって競合阻害された。さらにLOX-1の既知の各種リガンドによっても阻害された。

2)抗LOX-1抗体および可溶性LOX-1(LOX-1の細胞外ドメインにヒトIgGFc領域を結合させた蛋白、LOX-Fc)がBAECに対するagedRBCおよびアポトーシス細胞の結合を阻害した。

3)LOX-Fcを用いた細胞染色により、LOX-1のリガンドはagingあるいはアポトーシスに伴って細胞膜表面に発現することが示された。

4)赤血球の老化やアポトーシスの際には、通常細胞膜リン脂質2重層の細胞内側に局在しているフォスファチジルセリン(PS)が細胞外側へ表出することが知られている。そこでagedRBCを用いてPS表出とBLOX-1-CHOへの結合の経時的変化を調べたところ、両者はよく一致した。またPS含有リボソームがLOX-1によるagedRBC、アポトーシス細胞の認識を阻害した。

以上のことから、BAECはLOX-1を介して老化細胞およびアポトーシス細胞上に表出したPSを認識することにより、これら細胞を貧食することが明らかとなった。

2.高脂血症における血中LOX-1-ligand(酸化LDL)レベルと動脈硬化の進行~抗酸化薬の作用

酸化LDLが動脈硬化の発症及び進行に中心的な役割を果たしていることを示唆する報告が相次いでいるが、病態における酸化LDLのレベルを実際に測定して動脈硬化との関連を調べた報告はあまりなく、両者の関係が不明であった。酸化LDLは様々な酸化的ストレスにより血管内皮下で生成すると考えられているが、循環血中にも存在していることが示唆されている。そこで本研究では、LOX-1をツールとして開発された新規アッセイ系を改変して、家族性高コレステロール血症モデルであるWHHLウサギにおける血漿中酸化LDLレベルを定量し、動脈硬化の進展との関連について検討した。また抗酸化薬であるプロブコール(PC)およびビタミンE(Vt)、ならびに抗酸化作用を有するHMG-CoA還元酵素阻害薬フルバスタチン(FV)の作用を検討した。

血漿中酸化LDLレベルは、LOX-Fcと抗ウサギApoB抗体を用いたサンドウィッチELISAに類似の方法によって、LOX-1-1igandとして測定した。2ヶ月齢のWHHLウサギにPC(1%)、VtE(0.5%)およびFV(0.03%)を連日混餌投与し、6ヶ月後に動脈硬化の評価を行った。その結果、WHHLウサギではLOX-1-1igandレベルは2ヶ月齢において正常対照(日本白色種)の5倍以上の高値を示し、この高値は試験終了時まで持続した。PCおよびVtEは投与1ヶ月目よりこのLOX-1-1igandレベルを低下させたが、総コレステロール値への影響はほとんどなかった。FVはLOX-1-ligandレベルおよび総コレステロール値をどちらも低下させたが、その程度はLOX-1-ligandレベルにおいて顕著であった。全ての薬物投与群において6ヶ月後の大動脈弓部における動脈硬化の進展は有意に抑制された。

以上の成績より、血漿中酸化LDLレベルは動脈硬化形成の初期から上昇しており、病態進行に重要な役割を果たす事が示唆された。また酸化LDLの生成抑制作用を有する薬剤により、動脈硬化の発症及び進展を抑制することができる可能性が示唆された。特にFVはコレステロール低下作用に加え、酸化LDL,生成抑制作用を併せ持つことから、より有効な治療手段となる可能性が示唆された。さらに血漿中LOX-1-ligandは、虚血性心疾患の診断マーカーとしても有用である可能性が示唆された。

LOX-1は血管内皮細胞における主要な酸化LDL受容体として機能している。上記1の成績から、LOX-1の生理的なリガンドの一つが老化細胞およびアポトーシス細胞であることが明らかとなった。このような細胞上に表出したPSは血液凝固反応を促進することが報告されているが、PSの表出は血小板の活性化に伴って生じること、およびこのPSが血液凝固反応の場となっていることは良く知られている。したがってこれらPSを表出した細胞を取り除くことは血栓を予防する上で重要であると考えられる。血管内皮細胞はトロンボモジュリンの発現やプロスタサイクリンの分泌、NOの産生等、正常な状態では抗血栓性を維持する働きをしていることから、LOX-1は血栓形成に促進的に働く老化細胞/アポトーシス細胞や、更には(後の研究で明らかとなった)活性化血小板の貧食を仲介することによって、生理的には血管内皮細胞の抗血栓的機能の一部を担っている可能性が示唆された。

一方、酸化LDLがこの貪食機能を阻害することは、高脂血症あるいは動脈硬化症における易血栓性の成因を精査する上で興味深い対象であると考えられた。実際に上記2の成績から、高脂血症においては血中にLOX-1のリガンドとなる酸化LDLが病態形成過程のごく初期から上昇していることが明らかとなった。このことから、LOX-1が本来有している抗血栓的機能を破綻させることが、酸化LDLが血栓性イベントの発症頻度を高める機序の一つとして考えられた。

以上の研究から、LOX-1/1LOX-1リガンドシステムが動脈硬化の前病変段階から進行病変に至る各過程において、血管内皮細胞がうける種々の機能障害に重要な役割を果たしていることが示唆される。LOX-1あるいはそのリガンドの機能的もしくは量的な修飾(特にLDLの酸化変性の抑制)をもたらすことにより、動脈硬化や虚血性心疾患の発症予防あるいは治療法のあらたな手掛かりが得られる可能性が期待される。このように、本研究は動脈硬化における酸化LDL受容体とそのリガンドの役割を明らかにしただけでなく、治療薬や予防薬の開発に新たな知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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