学位論文要旨



No 216816
著者(漢字) 宇田川,将文
著者(英字)
著者(カナ) ウダガワ,マサフミ
標題(和) 異方的超伝導体の秩序変数の構造に関する現象論的解析について
標題(洋) Phenomenological Theory on the Structure of Order Parameter for Unconventional Superconductors
報告番号 216816
報告番号 乙16816
学位授与日 2007.07.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16816号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 准教授 甲元,眞人
 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 准教授 加藤,雄介
内容要旨 要旨を表示する

秩序変数はマクロな系の秩序状態を記述する最も基本的な量である。本論文では異方的超伝導体の秩序変数に関する現象論的解析について報告する。

本論文の前半では磁場回転実験について考察する。長年の間、運動量空間での秩序変数の形を実験的に決める事は困難であった。ある実験手法は超伝導ギャップの異方性をフェルミ面の異方性と分離することができず、また他の手法ではエネルギー分解能の不足のため、不満足な結果しか得ることができなかった。ところが最近になって、秩序変数の運動量依存性を決定する手段として、磁場回転実験という有望な新しい実験手法が提案された。この実験は比熱や熱伝導度のような物理量が超伝導ギャップノードと磁場の相対方向に依存するという理論的結果に基づいて考案されたものである。しかしながら、観測量の振る舞いと秩序変数の形をどのように結び付けるべきかという問題は決して自明なものではない。これまで、磁場の効果は超伝導電流によるドップラーシフトを考慮することにより取り入れることができると考えられてきた。しかしながらこの描像は実は低磁場のみで正しいものである。本論文では秩序変数の構造と状態密度の磁場方向依存性との関係を、下部臨界磁場から上部臨界磁場まで適用できる理論手法である準古典Eilenberger 方程式を解くことにより、解析する。

本論文の後半ではSr2RuO4 の超伝導相図を、各相の秩序変数を同定することにより決定する。上部臨界磁場近傍で種々の物理量が示す異常、及び中間磁場領域における磁化のキンクの存在はSr2RuO4 の超伝導状態が複数の相から成り立っていることを示唆している。本論文では上部臨界磁場近傍における異常は、上部臨界磁場において形成される非ユニタリ状態と低磁場のユニタリ状態との間のクロスオーバーから生じるという提案を行う。ここで、非ユニタリ状態はd ベクトルの固定エネルギーとゼーマンエネルギーの競合の結果、生じるものである。また、中間磁場領域における磁化のキンクについては秩序変数の軌道部分の変化から生じる相転移に起因するものとして説明することができる。

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は6章からなり、1章は非従来型超伝導体の秩序パラメータについての序論および本論文の概要、2章は非従来型超伝導体の秩序パラメータを現象論的に扱うための方法論、3章は回転磁場中の超伝導体についての理論、4章はSr2RuO4の多重超伝導相に関する実験結果と理論、5章は結論と将来の展望を述べている。

本学位論文のテーマは、物性物理学において重要な分野として確立しつつある異方的超伝導体に関して、その超伝導秩序変数の構造を現象論を用いて理論的に解析することである。超伝導体、超流動体においては、異方的ペアリングと呼ばれる特徴あるペアリングをもつ物質が存在する。超伝導状態は、フェルミオン(例えば電子)が2個クーパー・ペアと呼ばれるペアをつくり、これが凝縮したものである。このペアにおいて、2粒子の相対角運動量がゼロの場合が普通の超伝導であるのに対して、相対角運動量がノンゼロのものを異方的超伝導という。歴史的には、ヘリウムの同位体のうち3Heにおける超流動状態、また、電子系においては、重い電子系と呼ばれる系(例えばUPt3)で異方的超伝導・超流動が起きていることが知られている。

このような状況で、1980年代に銅酸化物において高温超伝導が発見され、これは物性物理学に強大なインパクトを与えた。遷移金属酸化物においては関与する電子軌道が、d軌道と呼ばれる空間的に局在したものであり、したがって電子間クーロン斥力相互作用が大きい。これは今では強相関電子系と呼ばれる。銅酸化物においても異方的ペアリングがおきていることは確立している。その後、銅酸化物以外でも、Sr2RuO4のような銅以外の遷移金属の酸化物、またある種の有機金属において異方的超伝導と思われる状態が発見され、この分野の深みは増している。ペァリングが異方的であることは幾つかの方法により実験的に検証されつつある。本論文のスタンスは、このような系における超伝導を記述するにあたり、ミクロな模型までさかのぼるのではなく、異方的超伝導に対する秩序変数を現象論を用いて解析し、実験との整合性を検討するものである。

本論文の前半では異方的超伝導体を回転磁場中においた実験について考察する。ベアリングが異方的であることを実験的に検証する際に、特に運動量空間での秩序変数の形を実験的に決める事は困難であった。最近、秩序変数の運動量依存性を決定する手段として行われ始めたのが、磁場回転実験である。この実験の原理は、比熱や熱伝導度のような物理量が、異方的超伝導体にかけられた外部磁場の方向に依存する、という性質を用いるものである。すなわち、等方的超伝導体においては超伝導ギャップ関数においては、ギャップはフェルミ面のいたるところで開いているのに対して、異方的超伝導体においてはフェルミ面上の特定の箇所(例えば線上)ではギャップは閉じている。このため磁場方向により異なる応答が生じ、磁場方向依存性が生じる。しかし、観測量の振る舞いと秩序変数の形をどのように結び付けるべきかという問題は自明なものではない。これまで、磁場の効果は超伝導電流のドップラーシフト(磁場中では運動量がずれる効果)を考慮することにより取り入れられると考えられてきた。しかし、この描像は実は低磁場のみで正しいものである。実際には、超伝導臨界磁場(これ以上磁場をかけると超伝導が崩れる磁場)付近での振舞いにも興味があることから、本論文では秩序変数の構造と磁場方向依存性との関係を、下部臨界磁場から上部臨界磁場まで適用できる理論手法である準古典Eilenberger方程式を解くことにより、解析した。磁場中では、第二種超伝導体といわれるカテゴリーの物質には磁束が侵入するので、空間的に不均一となる問題を解く必要があるが、準古典近似は、超伝導秩序が空間変化する長さスケールであるコヒーレンス長ξにフェルミ波数をかけた無次元量がPFξ》1であるときに良い近似であり、この不等式は(銅酸化物を例外として、普通は)成り立っている。また、この準古典近似は、上部臨界磁場近傍では、さらに簡単化できることはPeschにより示されていた。本論文の前半では、この方法を、一般の2次元系や、有機超伝導体(BEDT-TTF)化合物等に適用した結果が述べられている。

本論文の後半では、Sr2RuO4の超伝導相図を、各相の秩序変数を同定することにより決定した。この物質は、銅酸化物と同じ結晶構造でありながら、スピン・トリプレット超伝導であること、理論的には3バンドをもつこの系において超伝導ギャップ関数がどのようになっているか、等の観点から興味がもたれている物質である。特に最近、この物質において上部臨界磁場近傍で種々の物理量が異常を示し、また中間磁場領域においても磁化にキンクが存在することから、Sr2RuO4の超伝導状態は単一ではなく、複数の超伝導相から成り立っていることが示唆されていた。本論文では、準古典近似に基づく解析により、上部臨界磁場近傍における異常は、上部臨界磁場において形成される非ユニタリ状態(超伝導状態のスピン部分において、スピン回転SU(2)対称性が破れた状態)と低磁場のユニタリ状態との間のクロスオーバーから生じるという提案が行われた。ここで、非ユニタリ状態は、トリプレット超伝導を特徴付けるdベクトルを或る方向に支える安定化エネルギーと、ゼーマン・エネルギーの競合の結果生じるものであることが示唆された。また、中間磁場領域における磁化のキンクについては、秩序変数の軌道部分の変化から生じる相転移に起因するものとして説明できることも提案された。

以上のように、本学位論文で得られた知見として、異方的超伝導体に対して、現象論の範囲内,で、異方的超伝導ギャップ関数の効果が、回転磁場中でいかに物理量の変化に反映されるか、また、磁場が強い場合には磁場が秩序変数(異方的超伝導ギャップ関数)そのものを変えて、多重超伝導相が発生するる可能性がある、など多彩な現象を記述できるることが明らかにされた。これは、既存物質の理解の枠組みを与えるだけでなく、将来的にも、物質開発により発見されるであろう新奇超伝導体の物理の発展にも資することが期待される。

なお、本論文の一部は小形正男准教授および、柳瀬陽一助教との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

したがって、審査員全員により、博士(理学)を授与できると認める。

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