学位論文要旨



No 216820
著者(漢字) 原,祐二
著者(英字) Hara,Yuji
著者(カナ) ハラ,ユウジ
標題(和) アジア大都市縁辺部の人工地形改変 : バンコクとマニラにおける比較事例研究
標題(洋) Landform transformation on the urban fringe of Asian large cities : Comparative case studies in Bangkok and in Metro Manila
報告番号 216820
報告番号 乙16820
学位授与日 2007.09.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16820号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 准教授 春山,成子
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

アジア大都市の多くは低地帯に立地しており,農地および都市的土地利用双方の造成時に,人工地形改変行為が必須となる。人工地形改変の様式は,大陸デルタから島弧の沖積平野まで,アジア各都市が立地する大地形環境に規定される。多様なアジア各都市の縁辺部において,都市農村土地利用の混在化を地形改変と結びつけて事例検証していくことは,各都市の土地利用計画を改善する上で,さらにはアジア都市農村計画論の展開にとって前提要件である。こうした観点から,本研究では,大陸デルタ立地型のバンコクと,島弧低地立地型のマニラを事例研究都市としてとりあげ,地形-土地利用-地形改変の相互関係を精査した。研究は,以下3つの空間スケールにわたって進められた。(1) 両都市縁辺部にメソスケールの調査対象地域を設定し,空中写真,衛星画像,地形図の判読およびデジタル化・空間解析を通じて,都市化による土地利用変化と地形改変量の関係を定量的に算出した。(2) 両都市の上記メソスケール対象地域内部の新規宅地造成地において,測線測量,埋立材質記録,開発者へのインタビュー調査を行い,ミクロスケールな開発形態-地形改変様式の相互関係を把握した。(3) 前出の新規宅地造成地を起点として,インタビュー調査により埋立使用材のフローを遡上,最終的にはマクロスケールに分布する掘削地の位置情報を取得し,埋立材フローの全容をモデル化した。

バンコクにおける事例研究より,当地では過去の農地開拓パターンが,土地利用変化および付随する地形改変様式に影響をおよぼしていることが示された。バンコク縁辺部に位置するメソスケールの研究対象地域における投入土量は,5.7 * 10^3 m3 km-2 year-1と試算された。ミクロスケールな宅地造成地の現地調査を通じて,上物開発形態と埋立宅盤の関係性が明らかとなった。すなわち,軽量タウンハウスは主に粘土宅盤を用いて造成されるのに対し,荷重のかかる高層マンションや主要道路は砂材基盤によって造成されていた。フロー追跡調査により,各埋立材はそれぞれ固有のフロー構造を持ち,それらは地質条件とコストパフォーマンスにより決定されることが分かった。粘土のフローは郊外の土地利用混在域内に限定されているのに対し,砂材は都市縁辺部からさらに100km隔たった上流部にて掘削され,都市縁辺部の新規開発地まで陸送・水送されていた。砂材掘削量は5.5 * 10^7 m3 year-1と推定された。バンコク地域では全ての空間スケールで地形改変行為が観察され,大陸デルタ表層は全体的に不均一化してきていることが明らかとなった。これらの結果より,バンコクにおいては,旧来の農地パターンを考慮したゾーニングと埋立土量の総量規制,そして埋立材フローの各結節点における課税・監督行為の強化が,土地利用計画の実行力を高める上で重要であると提案した。

一方,マニラにおける事例研究により,当地では,メソスケールでの自然地形条件と地形改変量が連関していることが示された。都市縁辺部の研究対象地域における投入土量は,5.0 * 10^3 m3 km-2 year-1と算出された。低湿地の埋立材の多くには,近接する台地上の都市内再開発および新規開発のレベリングを通じて産出・運搬される,建築廃材・低品質砕石が使用されていた。埋立表層に使用される砂材は,都市縁辺部から60km離れたピナツボ火山麓の,ラハール堆積地域から陸送されていることが分かった。砂材掘削量は6.6 * 10^6 m3 year-1と推定された。これら埋立材のフローは,いずれも生産地から埋立地まで直送され,生産者と開発者の間には相互依存の関係がある。これらの結果より,マニラにおいては,自然地形を考慮したゾーニングおよび地形単位毎の埋立総量規制,そして地理情報システム整備による埋立材生産者と開発者間の直送フローの適正化が,土地利用計画の実行力を高める上で重要であると提案した。

バンコクとメトロマニラにおける事例研究の比較を通じ,地形,土地利用,地形改変の定量指標化が,都市縁辺部における都市農村土地利用計画に寄与することを明示した。これらの計画指標は埋立材のフローにより相互に関係づけられており,その都市が立地する大地形環境により,各空間スケール内における指標の現出優先順位は異なってくる。大陸デルタ上に立地するバンコクでは,土地利用面積・分布パターンと地形改変量が,メソスケールな拡がりを持つ郊外地域における優先計画指標となるが,島弧立地のマニラでは,地形分布と地形改変量が,同様な都市郊外地域において優位な計画指標となる。しかしながら,ミクロスケールな新規宅地開発空間では,両都市とも埋立材質と上物開発形態が有意な指標となる。各種埋立材フローの空間構造も,各都市の大地形環境,すなわち地質条件とソースへのアクセス性により規定される。例えば,バンコクの砂材フローは延長100kmにおよぶが,マニラのそれは60km弱である。また,バンコクに特有の粘土フローは隣接地所間などミクロな空間に限定されるが,マニラの建築廃材フローは台地から低地へメソスケールな空間内にて観察される。今後,アジア各都市で本研究同様の事例調査を進めることで,計画指標の階層性および出現要因を抽出し,体系化していく必要がある。本研究は,アジアの風土に根ざした都市農村計画論の構築に向けて,その端緒を拓いた。

審査要旨 要旨を表示する

アジア大都市の多くは低地帯に立地しており,農地および都市的土地利用双方の造成時に,人工地形改変行為が必須となる。人工地形改変の様式は,大陸デルタから島弧の沖積平野まで,アジア各都市が立地する大地形環境に規定される。多様なアジア各都市の縁辺部において,都市農村土地利用の混在化を地形改変と結びつけて事例検証していくことは,各都市の土地利用計画を改善する上で,さらにはアジア都市農村計画論の展開にとって前提要件である。こうした観点から,本研究では,大陸デルタ立地型のバンコクと,島弧低地立地型のマニラを事例研究都市としてとりあげ,地形-土地利用-地形改変の相互関係を精査した。研究は,以下3つの空間スケールにわたって進められた。(1) 両都市縁辺部にメソスケールの調査対象地域を設定し,空中写真,衛星画像,地形図の判読およびデジタル化・空間解析を通じて,都市化による土地利用変化と地形改変量の関係を定量的に算出した。(2) 両都市の上記メソスケール対象地域内部の新規宅地造成地において,測線測量,埋立材質記録,開発者へのインタビュー調査を行い,ミクロスケールな開発形態-地形改変様式の相互関係を把握した。(3) 前出の新規宅地造成地を起点として,インタビュー調査により埋立使用材のフローを遡上,最終的にはマクロスケールに分布する掘削地の位置情報を取得し,埋立材フローの全容をモデル化した。

バンコクにおける事例研究より,当地では過去の農地開拓パターンが,土地利用変化および付随する地形改変様式に影響をおよぼしていることが示された。バンコク縁辺部に位置するメソスケールの研究対象地域における投入土量は,5.7 * 10^3 m3 km-2 year-1と試算された。ミクロスケールな宅地造成地の現地調査を通じて,上物開発形態と埋立宅盤の関係性が明らかとなった。すなわち,軽量タウンハウスは主に粘土宅盤を用いて造成されるのに対し,荷重のかかる高層マンションや主要道路は砂材基盤によって造成されていた。フロー追跡調査により,各埋立材はそれぞれ固有のフロー構造を持ち,それらは地質条件とコストパフォーマンスにより決定されることが分かった。粘土のフローは郊外の土地利用混在域内に限定されているのに対し,砂材は都市縁辺部からさらに100km隔たった上流部にて掘削され,都市縁辺部の新規開発地まで陸送・水送されていた。砂材掘削量は5.5 * 10^7 m3 year-1と推定された。バンコク地域では全ての空間スケールで地形改変行為が観察され,大陸デルタ表層は全体的に不均一化してきていることが明らかとなった。これらの結果より,バンコクにおいては,旧来の農地パターンを考慮したゾーニングと埋立土量の総量規制,そして埋立材フローの各結節点における課税・監督行為の強化が,土地利用計画の実行力を高める上で重要であると提案した。

一方,マニラにおける事例研究により,当地では,メソスケールでの自然地形条件と地形改変量が連関していることが示された。都市縁辺部の研究対象地域における投入土量は,5.0 * 10^3 m3 km-2 year-1と算出された。低湿地の埋立材の多くには,近接する台地上の都市内再開発および新規開発のレベリングを通じて産出・運搬される,建築廃材・低品質砕石が使用されていた。埋立表層に使用される砂材は,都市縁辺部から60km離れたピナツボ火山麓の,ラハール堆積地域から陸送されていることが分かった。砂材掘削量は6.6 * 10^6 m3 year-1と推定された。これら埋立材のフローは,いずれも生産地から埋立地まで直送され,生産者と開発者の間には相互依存の関係がある。これらの結果より,マニラにおいては,自然地形を考慮したゾーニングおよび地形単位毎の埋立総量規制,そして地理情報システム整備による埋立材生産者と開発者間の直送フローの適正化が,土地利用計画の実行力を高める上で重要であると提案した。

バンコクとメトロマニラにおける事例研究の比較を通じ,地形,土地利用,地形改変の定量指標化が,都市縁辺部における都市農村土地利用計画に寄与することを明示した。これらの計画指標は埋立材のフローにより相互に関係づけられており,その都市が立地する大地形環境により,各空間スケール内における指標の現出優先順位は異なってくる。大陸デルタ上に立地するバンコクでは,土地利用面積・分布パターンと地形改変量が,メソスケールな拡がりを持つ郊外地域における優先計画指標となるが,島弧立地のマニラでは,地形分布と地形改変量が,同様な都市郊外地域において優位な計画指標となる。しかしながら,ミクロスケールな新規宅地開発空間では,両都市とも埋立材質と上物開発形態が有意な指標となる。各種埋立材フローの空間構造も,各都市の大地形環境,すなわち地質条件とソースへのアクセス性により規定される。例えば,バンコクの砂材フローは延長100kmにおよぶが,マニラのそれは60km弱である。また,バンコクに特有の粘土フローは隣接地所間などミクロな空間に限定されるが,マニラの建築廃材フローは台地から低地へメソスケールな空間内にて観察される。今後,アジア各都市で本研究同様の事例調査を進めることで,計画指標の階層性および出現要因を抽出し,体系化していく必要がある。

以上要するに,本論は,バンコクおよびメトロマニラにおける地形改変様式を精査し,さらには解明が困難とされてきた土石フロー構造を明らかにするなど,空間計画論として高い学術性を持っている。さらには,現在の土地利用計画に対する改善点も指摘しており,本研究の今後の展開により,その成果は実際の空間計画システムに応用可能である。本研究は,アジアの土地環境にふさわしい都市農村計画論の構築に向けてその端緒を拓いたといえ,審査委員一同は,博士(農学)の学位を与えるに十分値する論文であると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38157