学位論文要旨



No 216822
著者(漢字) 山根,崇嘉
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,タカヨシ
標題(和) 瀬戸内沿岸部におけるブドウ'安芸クイーン'の高品質果実生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 216822
報告番号 乙16822
学位授与日 2007.09.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16822号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 准教授 高野,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

広島県においてブドウは県北部から瀬戸内沿岸部までほぼ県内全域で栽培されている。中でも瀬戸内沿岸部は'マスカット・ベーリーA','デラウェア'を中心とした古くからのブドウの産地であるが,近年,大粒,良食味,赤色の品種である4倍体品種'安芸クイーン'の導入が進んでいる。しかし,瀬戸内沿岸部では成熟期が高温となり,果皮の着色が不十分な着色不良果が発生する。着色不良果は糖度も低く,価格が大きく低下することから,着色向上,糖度の上昇は'安芸クイーン'栽培上最も重要な課題である。着色と温度との関係については,これまで昼温や夜温を一定の温度条件に設定した人工気象室を用いた実験により検討されているが,実際の栽培期間中の温度との関係については明らかにされていない。また,環状剥皮は着色と糖度を向上させる技術として古くから知られているが,効果の安定性や樹の衰弱などの解決すべき問題が残されている。そこで,本研究では,温度が着色に及ぼす影響について調べるとともに,高温下における環状剥皮と着果負担の軽減の組み合わせ処理が着色向上,糖度向上に及ぼす影響や最も効果的な剥皮方法について検討した。

ブドウの着色に及ぼす温度の影響

ブドウ果皮の着色に及ぼす温度の影響を明らかにするため,着色開始3週間前から収穫期までを2週間ごとに4時期に分けて温度処理(20℃と30℃)を行った。その結果,30℃区ではいずれの処理時期でも着色が抑制された。20℃区では,処理時期によって着色程度が大きく異なり,着色開始後7~21日目の処理でアントシアニン含量が大きく増加した。次に,着色開始後7~21日を含む期間の温度の影響をより詳細に検討するため,着色開始後4~32日目までを1週間ごとに4つの時期に分けて温度処理(昼23℃/夜18℃,昼33℃/夜28℃)を行った。その結果,着色開始後8~21日目に,昼温23℃,夜温18℃にした場合に着色が促進された。

さらに,実際栽培における着色と温度との関係を明らかにするため,広島県内の栽培条件の異なる7園について,2001年に気温,'安芸クイーン'の着色実態および果実品質を調査した。その結果,樹齢や栽培方法が異なったにもかかわらず,着色と糖度および着色開始後8~21日目における20~25℃に遭遇する時間との間に有意な正の相関が認められた。

これらの結果から,施設栽培によって作期を前進させ,着色開始後8~21日目が7月中旬以前となるようにすれば着色や糖度を向上できる可能性があると考えられた。

ブドウの着色,果粒糖含量に及ぼす環状剥皮の影響

着果量の異なるブドウ'安芸クイーン'樹において主幹への環状剥皮処理が果実品質,根の伸長および翌年の新梢生育に及ぼす影響について調査したところ,着果量の軽減と環状剥皮を組み合わせて処理することにより,アントシアニン含量および糖度が大きく上昇した。また,着色の良好な処理区ほど着色開始が早く,成熟初期に着色が大きく進んだ。果粒重および酸含量は処理の影響を受けなかった。着果の多少にかかわらず,環状剥皮は新根の発生を約2週間停止させた。根の伸長は着果量の影響を強く受け,着果量を減らすと剥皮部がゆ合した後の新根の伸長が旺盛となった。翌年の新梢生育や果実形質に対する環状剥皮や着果量の影響は認められなかった。以上のことから,着果負担の軽減と主幹への環状剥皮の組み合わせ処理は翌年の樹勢を低下させることなく,アントシアニン含量および糖度を大きく向上させることができるので,高温条件下での高品質ブドウの生産技術として有望な方法と考えられた。

環状剥皮の幅と時期が着色,果粒糖含量に及ぼす影響

環状剥皮による樹の衰弱を避け,かつ効果を発揮するためには,最適な処理時期に,効果が得られる範囲で最小の幅で環状剥皮する必要がある。そこで,環状剥皮処理の時期と果粒数が果皮の着色に及ぼす影響を検討するため,結果枝を用いて,満開後13日目および30日目に1果房あたりの果粒数を13,32および50粒とし,環状剥皮処理をした。環状剥皮の影響は果粒数が少ない場合に強く現れ,いずれの処理時期でも糖およびアントシアニンの蓄積が促進された。満開後13日目処理では果粒肥大も促進された。果粒数を13にした場合,アントシアニンの蓄積量,糖含量に対する剥皮の効果は満開後30日目処理の方が13日目処理よりも大きかった。次に,満開後35,42,49,56および63日目に処理幅3,5,10および20 mmで環状剥皮処理を行ったところ,剥皮幅にかかわらず,アントシアニン含量は満開後35および42日目処理で有意に上昇した。一方,糖含量は,剥皮幅,処理時期にかかわらず,環状剥皮処理によって有意に上昇した。環状剥皮処理時期の比較では,35日目処理が42~63日目処理よりも効果が大きかった。剥皮幅の違いによる差は小さかった。以上の結果から,着色向上,糖含量増加に対する環状剥皮の効果は,処理幅よりも処理時期によって大きな影響を受け,満開後30~35日目処理が着色改善効果が大きいこと,3 mmや5 mm程度の狭い幅の剥皮でも着色改善に効果的であることが明らかとなった。

環状剥皮の処理部位と処理方法が着色,果粒糖含量に及ぼす影響

環状剥皮処理を効果的に行うことを目的に,環状剥皮処理部位,被覆および師部組織の除去程度が剥皮部のゆ合および果実形質に及ぼす影響について調査した。剥皮部をビニルテープで被覆した場合は,カルスの隆起によらない木部露出面からの直接的で素早いゆ合(ブリッジ)が発生した。結果枝において師部組織の一部を残して剥皮した結果,着色向上効果はなく,糖度上昇程度も小さかった。一方,師部組織を完全に除去すると被覆の有無にかかわらず,着色および糖度が上昇した。しかし,師部組織を完全に除去し,剥皮部を露出した場合には,髄の一部が壊死した。地上0.4~1.3 mの位置で剥皮幅5 mmで環状剥皮を行い,師部組織を完全に除去した後に,剥皮部を被覆すると,広範囲にブリッジが発生したが,剥皮位置にかかわらず着色および糖度が上昇した。以上のことから,師部組織を完全に除去し,剥皮部をテープで被覆することにより,環状剥皮の効果を安定的に発揮させることが可能になることが分かった。

現地における環状剥皮効果の実証試験

2005年に栽培条件の異なる着色不良園3園において環状剥皮処理および着果量の軽減による着色改善を試みたところ,いずれの園においても着色および糖度が向上した。しかし,着色および糖度向上効果の程度は園によって異なり,新梢生育の旺盛な園では,着色改善効果が不十分で,気温や糖度以外にも着色阻害要因があることが示唆された。

環状剥皮が着色を向上させるメカニズムについて

環状剥皮による着色向上のメカニズムを解明するため,異なる温度条件下における環状剥皮処理が果皮の着色,果皮のABA含量および果皮と果肉の糖組成に及ぼす影響について調査した。その結果,環状剥皮処理を行うと,温度に関係なく,果肉の糖と果皮のABA含量が上昇した。糖度とABA含量は果粒数を軽減し,剥皮した場合に最も高くなった。以上のことから環状剥皮による着色向上には,果肉糖含量と果皮のABA含量の増加が関係していることが示唆された。また,着果量を軽減するとこれらの含量がさらに増加し,環状剥皮の効果が高まるものと思われた。

温度とアントシアニン生合成との関係

低温下でアントシアニン蓄積が促進されるメカニズムを明らかにするため,着色開始後7~21日目に低温(20℃)および高温(30℃)に遭遇させ,果皮のABA含量,アントシアニン合成系酵素遺伝子およびVvmybA1の発現に及ぼす温度の影響を調査した。その結果,果皮のABA含量およびすべてのアントシアニン合成系酵素遺伝子およびVvmybA1のmRNA含量は20℃区で30℃区よりも高くなった。これらのことから,低温下で果皮中のアントシアニン含量が高まるのは,低温下でABA含量が高まるとVvmybA1の発現が促進され,転写因子VvMYBA1がアントシアニン合成系酵素遺伝子の発現を促進するためと考えられた。

以上要するに,'安芸クイーン'では着色開始後8~21日目に高温に遭遇すると着色不良が起こり,同時に糖含量も低下することが明らかとなった。着色を向上させ,糖度を高めるには,作期の前進,あるいは,環状剥皮と着果量の軽減を組み合わせた処理が有効であり,地域に応じて,これらの技術のいずれか,あるいは両方を採用することによって,夏期に高温となる瀬戸内沿岸部においても'安芸クイーン'の高品質果実の生産が可能であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

広島県瀬戸内沿岸部のブドウの産地では,近年,大粒,良食味,赤色の品種,'安芸クイーン'の導入が進んでいるが,成熟期が高温の時期と重なるため,しばしば着色不良が発生する。着色不良果は糖度も低く,価格も低いことから,着色向上と糖度の上昇は'安芸クイーン'栽培上,重要な課題である。着色と温度との関係については,これまでにも検討されているが,温度が着色に大きな影響を及ぼす時期については調べられていない。また,環状剥皮は着色と糖度を向上させる技術として古くから知られているが,効果の安定性や樹の衰弱などの点で問題があり,現在ではほとんど利用されていない。本研究は,作期の移動や環状剥皮の時期・方法が着色や糖度に及ぼす影響を調べ,高温下における'安芸クイーン'の着色と糖度を安定的に向上させる技術を開発しようとしたものである。

1.ブドウの着色に及ぼす温度の影響

着色開始3週間前から収穫期までを4つの時期に分けて温度処理(20℃と30℃)を行い,着色開始後7~21日目に20℃の処理を行なった場合にアントシアニン含量が大きく増加することを確認した。次に,着色開始後4~32日目を4つの時期に分けて温度処理(23℃/18℃,33℃/28℃)を行い,着色開始後8~21日目に昼23℃,夜18℃にした場合に着色が促進されることを明らかにした。また,栽培条件の異なる7つの園で調査を行い,糖度および着色開始後8~21日目の気温と着色程度との間には有意な正の相関が認められることを明らかにし,施設栽培によって作期を前進させることにより,着色と糖度を共に向上させることが可能であることを示した。

2.環状剥皮処理が果実品質,根の伸長に及ぼす影響

着果量の軽減と環状剥皮を組合せた処理により,果粒のアントシアニン含量と糖度は共に大きく上昇した。着果の多少にかかわらず,環状剥皮は新根の発生を約2週間停止させた。また,着果量を減らすと剥皮部ゆ合後の新根の伸長が旺盛となった。翌年の新梢生育や果実形質に対する環状剥皮や着果量の影響は認められなかったので,着果負担の軽減と環状剥皮を組合せた処理を行うことによって,樹勢を低下させることなくアントシアニン含量と糖度を大きく向上させることができると考えられた。

3.環状剥皮の幅と時期が着色,果粒糖含量に及ぼす影響

環状剥皮の最適処理時期を明らかにするため,満開後13日および30日目に1果房あたりの果粒数を13,32,50粒とし,結果枝を環状剥皮した。糖およびアントシアニンの蓄積に対する環状剥皮の影響は果粒数が少ない場合に強く現れた。果粒数を13にした場合,アントシアニンの蓄積量,糖含量に対する剥皮の効果は満開後30日目処理の方が13日目処理よりも大きかった。次に,満開後35,42,49,56,63日目に処理幅3,5,10,20 mmで環状剥皮処理を行ったところ,剥皮幅にかかわらず,アントシアニン含量は満開後35および42日目処理で有意に上昇した。一方,糖含量は,35日目処理の方が42~63日目処理よりも大きく上昇した。剥皮幅の違いによる差は小さかった。以上の結果から,満開後30~35日目の処理で着色改善や糖度向上効果が大きいこと,3 mmや5 mm程度の狭い幅の剥皮でも効果があることが明らかとなった。

4.環状剥皮の処理方法が着色,糖含量に及ぼす影響

剥皮部をビニルテープで被覆した場合,カルスの隆起によらない木部露出面からの素早いゆ合が起こった。師部組織の一部を残して剥皮すると,着色向上効果はなく,糖度の上昇程度も小さかった。一方,師部組織を完全に除去すると被覆の有無にかかわらず,着色および糖度が上昇したが,剥皮部を露出した場合には,髄の一部が壊死した。以上のことから,師部組織を完全に除去し,剥皮部をテープで被覆することにより,環状剥皮の効果を安定的に発揮させることが可能と考えられた。

栽培条件の異なる着色不良園3園において環状剥皮処理および着果量の軽減による着色改善を試みたところ,いずれの園においても着色が改善され,糖度が向上した。しかし,着色および糖度向上効果の程度は園によって異なり,新梢生育の旺盛な園では,効果が不十分で,気温以外にも着色阻害要因があることが示唆された。

以上,本研究は作期の前進,あるいは環状剥皮と着果量の軽減を組合せた処理が'安芸クイーン'の着色や糖度の向上に有効であり,地域の気象条件に応じて,これら技術のいずれかを採用することにより,夏期に高温となる瀬戸内沿岸部においても高品質果実の生産が可能であることを明らかにしたもので,学術上,応用上価値があると認められた。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

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