学位論文要旨



No 216823
著者(漢字) 坂入,鉄也
著者(英字)
著者(カナ) サカイリ,テツヤ
標題(和) ジエチルニトロソアミンおよびフェノバルビタール投与によりB6C3F1マウスに誘発した肝芽腫の生物学的特性ならびにその発生に関する研究
標題(洋) Characterization of hepatoblastomas in B6C3F1 mice induced by a combination of diethylnitrosamine and sodium phenobarbital to focus on their pathogenesis
報告番号 216823
報告番号 乙16823
学位授与日 2007.09.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16823号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 准教授 久和,茂
 東京大学 准教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

肝芽腫は,肝臓にみられる小児癌で,ヒトでは胎児型,胎芽型、未分化型などの亜型に分類される.動物では幾つかの種で報告があり,特に実験動物では,老齢マウスに自然発生性に認められることが知られている.マウス肝芽腫は,ある系統に実験的に誘発することが可能であるため,誘発された肝芽腫を対象としてこれまでに様々な検討が試みられてきた.しかしながら,マウスの肝芽腫は,ヒトのそれと異なり亜型に欠け,組織学的,免疫組織学的に非常に未分化な性質を示すため,その由来については未だ特定されていない.

本研究では,diethylnitrosamine(DEN)およびsodium phenobarbital(PB)投与によりB6C3F1マウスに肝芽腫を誘発し,病理組織学的,免疫組織学的ならびに分子生物学的手法を用いて,その生物学的特性を検索することにより,マウス肝芽腫の由来について解明することを試みた.

第一章マウス肝芽腫の誘発ならびに免疫組織学的検索

6週齢のB6C3F1マウスにDENを80mg/kgの用量で単回投与した後,PBを0あるいは500ppmの濃度で50週間混餌投与した.通常の方法で肝臓の田染色標本を作製し,組織検査を実施するとともに,免疫組織学的手法を用いた解析を行った.

肝臓腫瘍は,PB投与群のみに認められ,肝細胞腺腫,肝細胞癌,肝芽腫の発生頻度は,それぞれ81,62,62%であった.また,肝芽腫の約半数は,組織標本上で肝細胞腺腫あるいは肝細胞癌に内包または接してみられた。肝芽腫は,成書に記述の通り,主として不整形の核と好塩基性の乏しい細胞質を有する紡錘形細胞で構成されており,血管周囲性に放射状あるいは同心円状に配列し,偽ロゼット様を呈していた.免疫組織学的検索の結果,肝芽腫のTGF一α陽性率およびPCNA陽性率はそれぞれ29.2%,22.2%であり,肝細胞癌(それぞれ12.7%,14.5%)と比較して有意に高かった.また,肝細胞癌のごく一部は,細胞質がTGF-α陽性を示したのに対し,肝芽腫はすべて核に陽性像がみられた.

一方,肝芽腫はcytokeratin(CK)に対して免疫組織学的に陰性であったが,in situ hybridtzationにより,CK18mRNAの発現が確認された.免疫組織学的検索の結果,肝芽腫は,肝細胞マーカーであるalbumin,α-fetoprotein,vimentinのいずれに対しても陰性であったが,一部の細胞はS-100タンパク陽性であった.また,肝芽腫はc-kit,thy-1が陽性であったのに対し,CD34は陰性であった.

病理組織学的に約半数の肝芽腫が他の肝細胞由来腫瘍に併発している点,肝細胞由来腫瘍と同じくPBのプロモーション作用を受けている点から,マウス肝芽腫が肝細胞系細胞に由来する可能性が考えられた.また,肝芽腫が肝細胞癌に比べ,高い増殖活性を有することは,肝芽腫の悪性度の高さを示すものであると考えられた.なお,肝芽腫ではTGF-αが核に局在しており,その現象が細胞増殖活性の高さに関与している可能性が示唆された.一方,肝芽腫が幹細胞マーカーであるc-kitおよびthy-1に陽1生を示したことは,本腫瘍細胞が非常に未分化な性質を有することを示すものと考えられた.さらに,一部の細胞が間葉系細胞マーカーであるS-100タンパクに陽性を示したことは,肝芽腫の多分化能を示していると考えられた.

第二章マウス肝芽腫由来細胞株の樹立ならびにその分子生物学的特性の検索

細胞株の樹立

腫瘍の生物学的特性について,より詳細な検索を進めるためには,株化細胞を用いたin vitro実験系が有用であるが,これまでに,マウス肝芽腫由来細胞株の樹立に関する報告例はない.そこで,第一章で述べた薬剤誘発性肝芽腫より細胞株を樹立し,その生物学的特性を検索した.

肝芽腫結節をDulbecco's moddified Eagle medium(D-MEM)中で細切し,37℃に加温したdispase溶液中で30分間インキュベートした後,低速遠心により細胞を回収した.得られた細胞は,collagen type Iコートディッシュ中で2ヶ月間培養後,コロニーを数回継代し,上皮様の単層培養細胞を得た.

樹立した細胞株(MHB-2)は,紡錘形あるいは多角形の単層細胞で,超微形態学的に小型のミトコンドリアと豊富な遊離リボゾームを有していた.MHB-2はHGF添加により増殖が有意に亢進し,その受容体であるc-met mRNAを発現していることがRT-PCR法により確認された.しかし,MHB-2を免疫不全マウスに移植したが,造腫瘍性は示さなかった.また,MHB-2に対してkeratin,albumin,α-fetoproteinに対する免疫組織学的検索を行ったが,いずれも陰性であった.

MHB-2細胞株の樹立に成功したことは,マウス肝芽腫に関する検討を進めていく上で非常に有意義であると考えられた.一方,MHB-2細胞が外的因子によってのみ増殖亢進を示したことから,本細胞は完全な自己増殖能を有しないと考えられた.

分子生物学的特性の検索

第一章に示した結果から,マウス肝芽腫が肝細胞系細胞に由来する可能性がある一方で,幹細胞より発生した可能性も示唆された.そこで,これらの仮説を検証し,その起源に関する考察を深めることを目的として,RT-PCR法により主として肝細胞の分化に関わる遺伝子のMHB-2細胞株における発現を確認した.

MHB-2細胞は,未分化細胞マーカーであるc-kit,CD34,thy-1,成熟肝細胞マーカーであるalbuminならびにCK18および19を発現していたが,幼若肝細胞マーカーであるα-fetoproteinならびに成熟肝細胞マーカーであるglucose-6-phosphataseおよびtyrosine aminotransferase の発現は認められなかった.なお,発現が認められた遺伝子のうち,CD34およびalbuminの発現量はわずかであった.

幼若肝細胞マーカーであるα-fetoprotein mRNAを発現せず,一方でわずかにalbumin mRNAを発現する本腫瘍は,脱分化した肝細胞というよりもむしろ肝前駆細胞様の特徴を示すものと考えられた.一方,MHB-2がCK18,19をともに発現していることは,胆管系の特徴を有するものであると考えられた.

本考察に対するさらなる傍証を得るために,MHB-2細胞について,肝細胞および胆管上皮細胞の分化形成に関わると報告されているliver enriched transcription factors(LETFs)のmRNA発現をリアルタイムRT-PCR法により測定した.その結果,C/EBPα,FoxA2,HNF1α,HNF4αおよびHNF6mRNAの発現量は,正常肝細胞および肝細胞腫瘍由来細胞株であるHepa1-6に比べて著しく少なかったのに対し,HNF-1βmRNAの発現量は正常肝細胞の約8倍を示した.また,MITO+Serum Extender添加培地を用いた通常の培養条件をコントロールとした場合,MITO+Serum Extender非添加培地を用いてMatrigeTM中でMHB-2細胞を1日間培養すると,HNF1βおよびHNF6mRNAの発現量がそれぞれコントロール値の約2倍,約17倍に増加した.

胆管の分化・形成には,HNF6→HNF1βカスケードが関与しているとの報告があることから,通常条件下におけるHNF-1βmRNAの顕著な発現,および分化促進条件下でのHNF-1β,HNF6mRNAの発現量増加は,MHB-2細胞が胆管系への分化能を有することを示唆するものであると考えられた.なお,本結果は,先に示したMHB-2細胞が有する肝前駆細胞様あるいは胆管系の特徴を裏付けるものであった.

マウス肝芽腫が肝細胞由来腫瘍に併発して認められ,PBのプロモーション作用に対して感受性を有することは,本腫瘍が肝細胞に由来することを示唆するものである.しかしながら,本腫瘍のタンパク質ならびに遺伝子発現に関する本研究結果から,本腫瘍が肝細胞というよりもむしろ肝前駆細胞あるいは胆管系の特徴を有することが明らかになった.他方,本腫瘍は組織学的に胆管上皮様の特徴に欠けており,胆管系腫瘍とは明確に区別される.以上のことから,マウス肝芽腫は肝細胞と胆管上皮細胞のどちらへも分化可能な肝前駆細胞に由来する可能性が高いと結論づけられた.

審査要旨 要旨を表示する

マウス肝芽腫は,ある系統に実験的に誘発することが可能であるが,ヒトのそれと異なり亜型に欠け,組織学的,免疫組織学的に非常に未分化な性質を示すため,その由来については未だ特定されていない.本研究では,diethylnitrosamine(DEN)およびsodium phenobarbital(PB)の投与によりマウスに肝芽腫を誘発し,その生物学的特性を検索することで,マウス肝芽腫の由来について解明することを試みた.

6週齢のB6C3F1マウスにDENを単回投与した後,PBを50週間混餌投与した.肝臓腫瘍は,PB投与群のみに認められ,肝芽腫の発生頻度は62%であった.また,肝芽腫の約半数は,組織標本上で肝細胞腺腫あるいは肝細胞癌に隣接していた.肝芽腫は,成書の記述通りの組織学的特徴を示し,肝芽腫のTGF-?陽性率およびPCNA陽性率は,肝細胞癌と比較して有意に高かった.また,肝芽腫ではすべて核にTGF-?陽性像がみられた.

一方,肝芽腫はcytokeratin(CK)に対して免疫組織学的に陰性であったが,in situ hybridization法では,CK18陽性,CK19陰性という結果を得た.また,albumin(ALB),?-fetoprotein(AFP),vimentinは陰性であったが,一部の細胞がS-100タンパクに陽性を示した.一方,肝芽腫は,免疫組織学的にc-kit,thy-1陽性であったのに対し,CD34は陰性であった.

病理組織学的に約半数の肝芽腫が肝細胞由来腫瘍に併発している点,肝細胞由来腫瘍と同じくPBのプロモーション作用を受けている点から,マウス肝芽腫が肝細胞系細胞に由来する可能性が考えられた.一方,肝芽腫が幹細胞マーカーであるc-kitおよびthy-1に陽性を示した点,一部で間葉系細胞マーカーであるS-100タンパクに陽性を示した点より,マウス肝芽腫が多分化能を有する幹細胞から発生した可能性が示唆された.

腫瘍の生物学的特性についてより詳細な検索を進めるためには,株化細胞を用いたin vitro実験系が有用である.第二章では,上記肝芽腫より細胞株を樹立し,分化に関わる遺伝子発現を主体とした生物学的特性を検索した.

株化細胞(MHB-2)は紡錘形あるいは多角形の単層細胞で,dispase処理により結節より単離後,形成されたコロニーを数回継代することにより樹立した.MHB-2はHGF添加により増殖が有意に亢進し,その受容体であるc-met mRNAを発現していた.しかし,MHB-2は免疫不全マウスに対して,造腫瘍性を示さなかった.また,MHB-2はkeratin, ALB,AFPに対して免疫組織学的に陰性であった.

RT-PCR法によりMHB-2細胞におけるmRNAの発現を検索したところ,本細胞は,c-kit,CD34,thy-1,ALB,CK18および19を発現していたが,AFPならびに成熟肝細胞マーカーであるglucose-6-phosphataseおよびtyrosine aminotransferaseの発現は認められなかった.幼若肝細胞マーカーであるAFP mRNAを発現せず,一方でわずかにALB mRNAを発現する本腫瘍は,脱分化した肝細胞というよりもむしろ肝前駆細胞様の未分化細胞の特徴を示すものと考えられた.一方,MHB-2がCK18,19をともに発現していることは,胆管系の特徴を有するものであると考えられた.

本考察に対するさらなる傍証を得るために,MHB-2細胞について,肝臓の分化形成に関わると報告されているliver enriched transcription factors(LETFs)のmRNA発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した.その結果,C/EBP?,FoxA2,HNF1?,HNF4?およびHNF6 mRNAの発現量は,正常肝細胞に比べて著しく少なかったのに対し,HNF-1?? mRNAの発現量は正常肝細胞の約8倍を示した.また,分化促進条件下でMHB-2細胞を1日間培養すると,HNF1?およびHNF6 mRNAの発現量がそれぞれ約2倍,約17倍に増加した.胆管の分化・形成には,HNF6→HNF1?カスケードが関与しているとの報告があることから,通常条件下でのHNF-1?の顕著な発現ならびに分化促進条件下でのHNF-1?,HNF6の発現量増加は,MHB-2細胞が胆管系への分化能を有することを示唆するものであると考えられた.

マウス肝芽腫は,肝細胞由来腫瘍に併発して認められ,PBのプロモーション作用に対して感受性を有することは,本腫瘍が肝細胞に由来することを示唆するものであるが,本研究の結果は,マウス肝芽腫が肝前駆細胞あるいは胆管系の特徴を有することを示した.したがって、マウス肝芽腫は肝細胞と胆管上皮細胞のどちらへも分化可能な肝前駆細胞に由来する可能性が高いと結論づけられた.本研究の成果は,肝芽腫の病態発現機序を考える上での基礎的知見として極めて重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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