学位論文要旨



No 216825
著者(漢字) 筒井,浩行
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ヒロユキ
標題(和) 高周波数マイクロ波衛星データを用いた雪粒子径評価手法に基づく積雪量推定衛星アルゴリズムの開発
標題(洋)
報告番号 216825
報告番号 乙16825
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16825号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

積雪の水循環・気候変動に対する影響を理解するためには,全球規模で時空間的,且つ連続的な積雪量を定量的に把握する必要があるが,人工衛星を用いたマイクロ波リモートセンシング技術は,それを実現する上で極めて有用である.故に,多くの研究者により積雪を対象としたマイクロ波リモートセンシングの中核をなす積雪量推定衛星アルゴリズム(以下,アルゴリズム)が開発され続けている.しかし,アルゴリズムの発展過程において問題が発生し,現在でもなお,その解決策が模索されている.本論文では,その問題に対して対策を講じ,完全な乾雪を対象とした新たなアルゴリズムの開発を行った.現在のアルゴリズムにおける問題は大きく次の3点に分けられる.

1) 雪粒子の成長に伴う影響に伴う問題.

2) 不完全な体積散乱評価手法に伴う問題.

3) 森林・湿雪による影響に伴う問題.

第1の問題は,マイクロ波に基づく積雪量の推定に大きな影響を与える雪粒子径の評価に関する課題である.自然界の雪粒子は,焼結作用,日射と夜間の冷え込みによる溶解と再凍結,積雪層における温度勾配,昇華作用などにより時間の経過に伴い成長する.しかし,これまでのアルゴリズムは,雪粒子による体積散乱の影響を小さく抑えるために雪粒子径を小さな一定の粒径に調節し仮定せざるを得ない状況にあった.

これは,多くの密に詰まった雪粒子が互いに干渉し合う実際の積雪に対して,これまでのアルゴリズムが,雪粒子が個々に独立して存在することを前提とした理論の下で,積雪層における散乱による減衰効果を過度に評価してしまうことが原因である.これが第2の問題に相当する.

第3の問題は,森林と湿雪による影響に伴う問題である.アルゴリズムでは積雪量を2周波数の輝度温度差より求める.しかし森林域に積雪が形成される場合,積雪による輝度温度差を得たとしても,輝度温度差の極めて小さな森林からの射出により打ち消され,アルゴリズムによる積雪量推定が阻害される.また水からの輝度温度は周波数が高い程大きくなるため,湿雪では高周波数の輝度温度が高まり低周波数との輝度温度の差が減少する.故に輝度温度差より積雪量を求めるアルゴリズムの効力を無にする.

本論文では,まず第2の問題を解決するために新たなマイクロ波放射伝達モデルを考案した.従来のマイクロ波放射伝達モデルにおいて制限されていた雪粒子径・周波数の適用が可能であり,将来的に大気の放射伝達も考えることのできる4 Stream fast放射伝達モデルを導入した上で多くの密に詰まった雪粒子が互いに干渉し合う実際の積雪の体積散乱を再現することのできるDense media放射伝達モデル(DMRT)を導入し,両モデルを組み合わせた新たなマイクロ波放射伝達モデルを考案した.これにより従来のアルゴリズムのように積雪における体積散乱の影響を小さく抑えるために雪粒子径を小さい粒径に調節すること無く,実際の積雪における体積散乱を評価できるようになった.また同時に,これまでは適切な雪粒子による体積散乱を評価することができず,適用可能な雪粒子径に制限を受けていたが故に適用することができなかった高周波数を適用できる環境を整えたことになる.

そこで,本論文では,第1の問題の解決のために,雪粒子による体積散乱を評価する上で敏感な高周波数89GHzを適用し,89GHz輝度温度の衛星観測値とマイクロ波放射伝達モデルによる輝度温度推定値の差の絶対値を0.4mmから0.9mmまで仮定した6種類の雪粒子径毎に求め,その値が最小となる雪粒子径を最適な粒径として選定する手法を考案した.当手法の利点は,人工衛星によりリアルタイムに観測されるある瞬間,ある地域(ピクセル)の輝度温度データのみから地域や時間の異なりによる時空間的な変化に影響されること無く雪粒子径を評価できることにあり,本論文におけるアルゴリズムの大きな特色と言える.

また選定された雪粒子径を設定した条件でマイクロ波放射伝達モデルに1から200cmまで積雪深を変化させ,223から273Kまで変化させた雪温を入力して19・37GHzの輝度温度を計算し,積雪深・雪温と19・37GHzの輝度温度から成る変換テーブル(lookup tableと称する)を作成した.このlookup tableに19・37GHzの輝度温度衛星データを入力することにより積雪深と雪温を推定するアルゴリズムを構築した.

しかし,2002年10月から2003年3月までの期間を対象とし,宇宙航空研究開発機構提供のAMSR-E輝度温度衛星データと北半球GTS積雪深データとのマッチアップデータを用い,北半球を対象とした積雪深の推定を試行したが,この段階で新たな問題に直面した.本論文のアルゴリズムは,前述のlookup tableの範囲内の19・37GHz衛星輝度温度データをlookup tableに入力することにより積雪深と雪温を推定するため,両衛星輝度温度データがtable内に収まっていることが大前提となる.しかし,北半球の多種多様な地表面状態からの放射は,19・37GHz衛星輝度温度データの広範囲な分布を生み,1つのテーブルで北半球全域の衛星輝度温度分布をカバーできないことが分かった.そこで,積雪層を透過し土壌まで検知可能な長い波長の6GHzにより土壌まで評価された仮想射出を評価し4段階にレベル分けした.それらに相当する4種のlookup tableを用い北半球全域の広範囲な衛星輝度温度分布をカバーすることにより北半球のあらゆる地域の積雪深を推定できる手法を考案しアルゴリズムに導入した.この手法の利点は,人工衛星によりリアルタイムに観測される1周波数(6GHz)の衛星輝度温度データのみで積雪下の地表面特性を評価し,北半球のあらゆる19・37GHz衛星輝度温度を積雪量へ変換できるlookup tableを自動的に選定できることにあり,本論文における積雪量推定衛星アルゴリズムの大きな特色と言える.

更に,本論文では,完全な乾雪に対する積雪量の推定限界を見極めることを目標とし,第3課題である森林・湿雪の影響を受ける積雪は時空間的に除外する方針とした.

このように本論文における基本方針とアルゴリズムの開発を行った上で,開発したアルゴリズムの有効性を確認するために,2004年12月から2005年3月にかけて札幌に位置する裸地の露場にて,地上マイクロ波放射計を用いた地上積雪観測を実施した.湿雪,濡れ雪データを除外した純粋な乾雪を対象にアルゴリズムによる積雪深の推定を行った結果,良好な推定結果を得,アルゴリズムの有効性を確認した.

アルゴリズムの完全な乾雪に対する有効性の確認に引き続き,北半球を対象とした積雪深の再推定,並びに地上観測積雪深データとの比較を通じた検証を行なった.まず,検証に先立ち,ISLSCPの土地被服情報を利用し81の北半球GTS地上観測ステーションの内,マイクロ波領域において多大な影響を与える広葉樹を含む森林帯の23サイトを除外した58サイトを対象に本論文による改良を施す前の従来のアルゴリズムと本論文におけるアルゴリズムにより積雪深を推定し比較を行なった.

対象期間の全日データを対象とした推定積雪深と地上観測積雪深との比較の結果,従来のアルゴリズムでは30cm程度の整合性しか確認できなかったが,本論文のアルゴリズムを適用することによりその倍以上の整合性を確認することができた.

また各サイトにおける対象期間の平均を用いた比較では,推定積雪深と地上観測積雪深との差の絶対値を判断基準に設け,20cmを基準に整合性の良否を判断した結果,従来のアルゴリズムでは整合性の悪いサイト数が全体の33%であったのに対し,本論文のアルゴリズムを用いることにより,その半数以下の14%にまで減少させることができた.

更に,対象期間の全日データと対象期間を各サイトで平均したデータで,推定積雪深と地上観測積雪深との差の絶対値の平均値とRMSEにより評価した結果,従来アルゴリズムのRMSE19.4cmであるのに対し,本論文におけるアルゴリズムでは13.8cmとなり,本論文のアルゴリズムによる積雪深推定精度の向上を確認することができた.

このように本論文のアルゴリズムにより積雪深の推定精度は向上した.しかし,それでもなお,基準の20cmを越える推定精度の悪い地点が存在していたため,それらの地点を対象に湿雪データの除外を考え,Sun et al(1996)の湿雪判定手法により湿雪・濡れ雪の影響を受けているデータを除外した結果,全データを対象とした場合に13.8cmであったRMSEが11.8cmまで向上することが分かった.この結果より,本論文における積雪量推定衛星アルゴリズムが,乾雪に対して有効なアルゴリズムであることを確認した.

このように本論文では,人工衛星によりリアルタイムに観測される衛星輝度温度データのみから自動的に乾雪における最適な雪粒子径を選定し積雪量を推定することのできる積雪量推定衛星アルゴリズムを構築し,その有効性と限界を確認した.この確認は,今後,森林や湿雪に対策を講じる上で役立ち,同時にマイクロ波リモートセンシングにおける陸域水分量の推定精度の向上に寄与するものと考えている.

審査要旨 要旨を表示する

積雪は太陽放射に対する高い反射率(アルベド)および融雪による土壌水分の増加を通して、大気-陸面相互作用に大きな影響力を有しており、気象の季節変動の観点からも、温暖化に伴う長期の気候変動の観点からも、その適切な観測手法の確立が必要と考えられてきた。衛星搭載マイクロ波リモートセンシングは、積雪層内でのマイクロ波散乱特性を利用して、天候に左右されずかつ昼夜を問わず積雪の観測が可能であり、1970年代より積雪の広域観測に利用されてきたが、対象とする積雪層や積雪下層の土壌の特性や、それらに対するマイクロ波応答特性に関して未解明な点があり、その解決策の必要性が指摘されてきた。本研究は、積雪粒子、融解・氷版形成、積雪下層の土壌特性などの影響因子に対して、放射伝達モデルを再構築するとともに、高周波数から低周波数の観測データを有効に利用することにより、精度の高い積雪量算定アルゴリズムを開発し、検証したものである。

本研究ではまず、積雪層内での雪粒子径の影響を適切に表現するため、新たなマイクロ波放射伝達モデルを開発している。積雪層内での多重散乱を簡便に解き、粒子同士が相互に接している稠密媒体を取り扱うために、大気中の放射伝達モデルとして開発された4Stream fast放射伝達モデルにDense media放射伝達モデル(DMRT)を導入し、両モデルを組み合わせた新たなマイクロ波放射伝達モデルを考案している。これにより従来のアルゴリズムのように積雪における体積散乱の影響を小さく抑えるために雪粒子径を小さい粒径に調節すること無く、実際の積雪における体積散乱を広い周波数範囲で評価できるようになった。

積雪量算定の基本は、土壌面からのマイクロ波放射が積雪層内で散乱による消散の影響によって減衰する効果を用いている。したがって土壌面の放射率、地温の影響が大きいにも関わらず、利用できる周波数の範囲の制限からこの影響は考慮されていなかった。2002年に打ち上げられた衛星Aquaに搭載されているマイクロ波放射計(AMSR-E)の6.9GHzは、乾いた積雪にはほとんど感度を有しないので積雪そのものの観測には使えないが、土壌の放射特性には強い感度を有している特性を利用して、本研究はAMSR-Eの6.9GHzを用いた土壌面状態の区分をアルゴリズムに取り入れている。

積雪層内に不均一に存在する氷板や、積雪表面で融解が始まっている濡れ雪や積雪層全体に融解の影響が広がっている融雪状態等の影響ついては、既存の算定手法を衛星と同仕様の地上マイクロ波放射計を用いた地上観測実験においてその有効性を確認し、これらの状態の積雪については適用範囲外としている。また、森林の影響については森林区分の地球規模データセットを用いて森林域を除外している。

以上を踏まえて、本研究では積雪粒子径算定を含む、積雪量算定のアルゴリズムを開発した。本アルゴリズムでは、雪粒子による体積散乱を評価する上で敏感な高周波数89GHzを用いて雪粒子径を推定し、その値を用いて、1cmから200cmの積雪深変化と、223Kから273Kまでの雪温変化に対応する19GHz、37GHzの輝度温度を計算し、積雪深・雪温と19GHz、37GHzの輝度温度から成る変換テーブル(lookup tableと称する)を作成した。このlookup tableに19GHz、37GHzの輝度温度衛星データを入力することにより積雪深と雪温が推定される。

本アルゴリズムは2004年12月から2005年3月にかけて札幌に位置する裸地での地上マイクロ波放射計を用いた地上積雪観測実験、北半球積雪域全域での積雪深によりその有用性が確かめられている。

以上のように本研究は、人工衛星によりリアルタイムに観測される衛星輝度温度データのみから自動的に乾雪における最適な雪粒子径を選定し積雪量を推定することのできる積雪量推定衛星アルゴリズムを構築し、その有効性を確認している。これらの成果は、気象予測、気候変動予測はもとより水資源管理においても、有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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