学位論文要旨



No 216826
著者(漢字) 鈴木,弘樹
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロキ
標題(和) 断面想起法による建築内部と外部の空間認知に関する研究
標題(洋)
報告番号 216826
報告番号 乙16826
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16826号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 准教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、人々が空聞をどのように認知、把握しているかを建築内部(アーキテクチャ)と外部(ランドスケープ)との関係を一体的に計画・デザインしたものを以下「ランドスケープーアーキテクチャ(L-Aと略)」と呼び、これを研究対象として、建築の内部から外部に至る一連の断面構成に着目し、断面の構成要素である距離や高低差、天井高などについてどのように認知・把握しているかを論じたものである。

本研究では、断面図の特性を生かし、断面の認知の傾向を分析する新たな実験手法「断面想起法」を開発、提案している。この断面想起法を丑一Aの空間に適用し、被験者を用いた実験を行い、また、同時に行った心理実験と指摘法実験の実験結果とあわせて分析することによって、断面の「空間認知」とその傾向に影響する「空問構成」「空間意識」の関係を数量的に明らかにしている。本研究の構成は、序、五章、結語および付録からなっている。

「序」では、本研究を既往研究の中で位置づけている。本研究に関わる主な既往研究としては、「空間認知」「心理量分析」「指摘法実験」及び「ランドスケープ」などがあげられる。それぞれにおいて本研究の位置づけを行い、また、この研究の領域と特徴を述べ、研究の目的・背景・特徴及び意義について論じた。

「第1章日本現代建築の調査対象地の選定」では、現地調査を行うため、客観的にL-Aの典型的な調査対象の選定を行っている。59の工一Aからクラスター分析により11調査対象地を抽出した。また、抽出された調査対象地区の特徴を示した。

「第2章断面想起法実験による空間認知の分析」では、L-Aの断面構成の認知を分析するために新たに開発した「断面想起法」の実験を提案している。今までの空間認知の調査方法として、イメージマップ法、サインマップ法、エレメント想起法、パズルマップ法などがある。しかしながら、断面の空間認知について分析する方法は見あたらない。そこで次の条件を満足することを前提に、「断面想起法」を開発した。

1.表現のばらつきを極力排除でき、空間の想起を容易に、かつ、簡便に記述できる方法であること。

2,実際の断面図と比較が可能であること。

3.数量的な分析が可能であること。

断面想起法の現地調査の実験内容は、調査対象地の視点場の空間を体験した後、その場を離れ、被験者(建築学科学生10名)に視点場ごとに断面想起シートのグリッドを参考にしながらL一Aの断面を想起によって記入してもらう方法である。この実験結果を分析するために断面想起法によって描かれた断面(想起断面)と実際の断面(実断面)を比較するシートを作成した。その比較シートにより以下の考察を行っている。

(1)各視点場の空間認知の考察

(2)天井高、境界距離、軒長、敷地高低差、敷地傾斜の空間認知傾向比率の考察

(3)断面認知の要素間の相関分析と空間認知の考察

本章では、典型的な11地区30視点場において断面想起法実験を行い、断面構成の空間認知の傾向を捉え、また、天井高、敷地高、境界までの距離などの関係を単相関分析などにより分析し、天井高と境界まで距離等の関係を明らかにした。

「第3章空問認知と空間意識の相関分析」では、前章で得られた空間認知傾向比率について、以下の分析を行っている。

(1)空問認知傾向比率と空間の天井高、境界距離の長さ、軒長の長さ、敷地高低差の高さ、敷地傾斜の勾配を測定した物理量との相関関係を分析

(2)空間認知傾向比率と内部から外部を望める視点場において心理実験を行い、得られた心理評価の平均値で表される空問の心理量との相関関係を分析

(3)前章でみられた空間認知の傾向を、空間認知傾向比率と物理量・心理量の相関分析によって得られた結果をもとに、空間認知の傾向に影響していると考えられる物理量、心理量の要因の特定と関係性を詳細に分析

本章では、玉一Aの心理評価の構造を明らかにするために、因子分析法により、8軸の心理因子軸を決定し、記憶性因子、変化性因子、境界性因子、緑因子、開放性因子、視線因子、周辺環境因子、垂直水平性因子の因子名をつけた。また、L-Aの物理量、心理量と空間認知傾向比率を相関分析することによって、各空間要素や空間意識の内容がどのように空間認知の傾向に影響しているかを、前章で示した空間認知の傾向とその要因として考えられる事項を合わせて分析することによりその関係を明らかにした。

「第4章空間認知と空間構成の相関分析」では、L-Aの空間認知傾向に関係する空間構成要素を「断面指摘法」によって捉え、実験で得られた空間構成上重要な要素が空間認知傾向や人の意識にどのように影響しているかを明らかにするため、以下の分析を行っている。

(1)断面指摘法によって指摘された個々の空間要素と空間認知傾向の関係を考察し、また、空間要素と空間認知傾向比率の相関の関係と、空間構成要素の中で最も指摘が高い要素の第一指摘要素と空間認知傾向比率の相関関係を分析

(2)個々の空間要素を水平・垂直などの属性にまとめた空間属性と空問認知傾向比率の相関分析を分析

(3)前章で用いた認知の傾向に影響したと考えられる人の意識を数値化した心理量と、空間構成を類型化し、空間認知傾向をマトリックス分析によって総合的に分析を行い、空間認知傾向に影響していると考えられる様々な要素間の関係を詳細に分析

本章では、各視点場で行った断面指摘法実験で得られた空間要素の指摘数を整理し、その指摘数を被験者数で割り、空間要素の指摘率を求め、指摘率を視点揚ごとに作成した空間構成図にドットとして示し、空間認知傾向と空間認知傾向を模式図として表した空間認知傾向図を合わせて示した.全体の傾向として、天井高を高く、境界距離を短く認知している視点場は、近くの空間要素を第一に指摘している。距離を長く認知している視点場は、山など背景要素を、第一に指摘している視点場と、背景に視線を誘導するような壁や天井、テラスなどの空間要素によって背景を演出している視点場の特徴を示した。また、空間構成指摘率を類似度に、クラスター分析を行い「内垂・外垂型Jr外水・外垂型」「内垂・背景型」「内水・背景型」の4つの空間構成の型に類型化し、8心理因子軸の心理量を類似度』に、クラスター分析を行い「自然囲視線集中型」f自然囲視線拡散型」r人工囲視線集中型」の3つの空間意識の型に類型化した。空間構成と空問意識のマトリックス図を作成し、各視点揚における天井高と境界距離の4つの空間認知型を布置した。マトリックス分析の結果、境界距離を短く認知する視点場は、「内垂・外垂型」「人工囲視線集中型」を中心に分布し、境界距離を長く認知する視点場は、「内水・背景型」「自然囲視線集中型」を中心に分布した。第一指摘要素に着目すると、「天井高・距離長」の視点場は、概ね第一指摘要素に背景を指摘した視点場であることを示した。

「第5章空間認知と視線方向の分析」では、景に誘導される主な視線の方向や視線を誘導する空間の構成や空間を構成する要素の印象の強弱によって変化すると考えられため、本章では、L-Aの断面構成に着目し、断面指摘法によって得られた断面構成要素と視線方向を整理し、空間認知の天井高、境界距離の傾向とあわせて以下の分析と考察を行っている。

(1)各視点場の視線方向の分析

(2)視線方向と空間構成要素と空間認知傾向の考察

(3)視線方向と空間構成要素と空間認知傾向のマトリックス分析

本章では、視線の方向は概ね外部の土地の傾斜に沿って視線方向が向くことを示した。また、外部に水面や象徴的な建物等、特徴的な要素があると視線は象徴的な要素に向くことを示した。下方向の視線方向を持つ視点揚は、水面やマウンドなど外部水平要素に視線が向き、共通して境界距離までの長さを短く認知する傾向にあった。一方、上方向の視線方向を持つ視点揚は、空や林など背景的要素に視線が向き、共通して天井高を高く認知する傾向を示した。空間構成要素と視線方向によるマトリックス図を作成し各視点場の天井高と境界距離の空間認知傾向を示した。以上の分析により景を見る主な視線方向と空間要素の構成、空問要素の強弱が天井高や境界距離の空間認知の傾向に影響することを示した。

「第6章結語」では、これまで行った分析をもとに、L-Aにおける空間認知の傾向と空間意識、空間構成との関係を図示し、その内容を示した。

「付録」では、L-Aの日本歴史的建築、日本近代建築、海外歴史的建築、海外近代建築、海外現代建i築のリストアップと類型化分析の結果を記録している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、建築内部と外部との関係を一体的に計画・デザインしたものを以下「ランドスケープーアーキテクチャ(L-Aと略)」と呼び、これを研究対象として、建築内部から外部に至る一連の断面構成に着目し、構成要素である距離や高低差、天井高などを人々がどのように認知・把握しているかを論じたものである。本論文では、断面図の特性を生かし、断面の認知の傾向を分析する新たな実験手法「断面想起法」を開発、提案し、適用した実験を行い、心理実験と指摘法実験をあわせて分析することによって、断面の「空間認知」とその傾向に影響する「空間構成」「空間意識」の関係を数量的に明らかにした。

本論文は、序、1~5章、結語および付録からなっている。

「序」では、本論文を既往研究の中で位置づけている。

「第1章日本現代建築のL-Aの調査対象地の選定」では、59のL-Aからクラスター分析により現地調査を行う11調査対象地を抽出し特徴を示した。

「第2章断面想起法実験による空間認知の分析」では、L-Aの断面構成の認知を分析するために、表現のばらつきを排除でき、空間の想起を容易かつ簡便に記述できる方法で、実際の断面図と比較が可能で、数量的な分析が可能であることを満足する「断面想起法」新たに開発し、提案した。

実験は、調査対象地の視点場の空間を体験した後、その場を離れ、被験者(建築学科学生10名)に視点場ごとに断面想起シートのグリッドを参考にしながらL-Aの断面を想起によって記入してもらう方法である。分析は描かれた断面(想起断面)と実際の断面(実断面)を比較するシートにより、各視点場の空間認知、天井高、境界距離、軒長、敷地高低差、敷地傾斜の空間認知傾向比率、断面認知の要素間の相関分析と空間認知の考察を行っている。

「第3章空間認知と空間意識の相関分析」では、空間認知傾向比率と空間の天井高、境界距離、軒長、敷地高低差、敷地傾斜との相関関係、空間認知傾向比率と内部から外部を望める視点場における心理量との相関関係、空間認知の傾向に影響していると考えられる物理量、心理量の要因の特定と関係性を詳細に分析した。

L-Aの心理評価の構造を明らかにするために、因子分析法により、記憶性、変化性、境界性、緑、開放性、視線、周辺環境、垂直水平性の8軸の心理因子軸を決定した。また、L-Aの物理量、心理量と空間認知傾向比率の相関分析によって、各空間要素や空間意識の影響を明らかにした。

「第4章空間認知と空間構成の相関分析」では、空間構成上重要な要素が空間認知傾向や人の意識にどのように影響しているかを明らかにするため、断面指摘法によって指摘された個々の空間要素と空間認知傾向め関係、また、空間認知傾向比率の相関の関係と、空間構成要素の中で最も指摘が高い第一指摘要素と空間認知傾向比率の相関関係、個々の空間要素を水平・垂直などの属性にまとめた空間属性と空間認知傾向比率の相関分析、人の意識を数値化した心理量と、空間構成を類型化し、空間認知傾向をマトリックス分析によって総合的に分析を行い、空間認知傾向に影響していると考えられる様々な要素間の関係を詳細に分析した。

断面指摘法実験で得られた空間要素の指摘率を求め、空間認知傾向を合わせて示した。全体の傾向として、天井高を高く、境界距離を短く認知している視点場は、近くの空間要素を第一に指摘している。距離を長く認知している視点場は、山など背景要素を、第一に指摘している視点場と、背景に視線を誘導するような壁や天井、テラスなどの空間要素によって背景を演出している視点場の特徴を示した。また、空間構成指摘率を類似度にクラスター分析を行い「内垂・外垂型」「外水・外垂型」「内垂・背景型」「内水・背景型」の4つの空間構成の型に類型化し、8心理因子軸の心理量を類似度に、クラスター分析を行い「自然囲視線集中型」「自然囲視線拡散型」「人工囲視線集中型」の3つの空間意識の型に類型化した。空間構成と空間意識のマトリックス図を作成し、各視点場における天井高と境界距離の4つの空間認知型を布置した。その結果、境界距離を短く認知する視点場は、「内垂・外垂型」「人工囲視線集中型」を中心に分布し、境界距離を長く認知する視点場は、「内水・背景型」「自然囲視線集中型」を中心に分布した。第一指摘要素に着目すると、「天井高・距離長」の視点場は、概ね第一指摘要素に背景を指摘した視点場であることを示した。

「第5章空間認知と視線方向の分析」では、L-Aの断面構成に着目し、各視点場の視線方向の分析、視線方向と空間構成要素と空間認知傾向の考察、視線方向と空間構成要素と空間認知傾向のマトリックス分析を行っている。

視線の方向は概ね外部の土地の傾斜に沿って向き、外部に水面や象徴的な建物等、特徴的な要素があると視線はそれに向くことを示した。下方向の視線方向を持つ視点場は、水面やマウンドなど外部水平要素に視線が向き、共通して境界距離までの長さを短く認知する傾向があり、上方向の視線方向を持つ視点場は、空や林など背景的要素に視線が向き、共通して天井高を高く認知する傾向を示した。空間構成要素と視線方向によるマトリックス図を作成し各視点場の天井高と境界距離の空間認知傾向を示した。

「第6章結語」では、まとめてL-Aにおける空間認知の傾向と空間意識、空間構成との関係を図示し、その内容を示した。

本論文は、新たに開発された「断面指摘法」を用いた実験により、建築の内部から外部に至る一連の断面構成について、断面の構成要素である距離や高低差、天井高などについてどのように認知・把握しているかを数量的に明らかにした。

以上のように本論文は、建築の内部から外部に至る一連の断面構成の人間にとっての価値を数量的なかたちで提示した。ここで提案された「断面想起法」は、断面図の特性を生かし、断面の認知の傾向を分析する新たな実験手法として有効であることが認められた。人々が空間をどのように認知・把握しているかについて、またそれに基づく建築空間の人間にとってめあり方と、それを見出す新たな一つの方法を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42890