学位論文要旨



No 216827
著者(漢字) 岡辺,重雄
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,シゲオ
標題(和) 1970年建築基準法改正で不採用とされた集団規定(地域制)案の今日的評価 : 集団規定(地域制)と都市計画・土地利用計画的発想との連携に関わる論点の沃野
標題(洋)
報告番号 216827
報告番号 乙16827
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16827号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的(第1章要旨)

わが国では建築法(注:市街地建築物法と建築基準法の総称)の集団規定により市街地の建築物を規制している。ところがこの集団規定は、明確に市街地像を措定しそれを実現しうる規制内容を具備するという地域制の規範に拠ってはいないという問題がある。

わが国の建築法・集団規定は、1919年市街地建築物法により導入されたが、都市計画の未熟等により多くの構造的課題を持ち続けてきた。1950年に建築基準法が市街地建築物法を全面改訂して制定されたが、集団規定はその多くを市街地建築物法から引き継いだ。さらに、建築基準法の今日の骨格が形成されるのが1970年の改正である。その際、わが国で初めて、1970年建築基準法改正案(1967-68)(以降、1970改正案(1967-68)と略す)が、地域制規範に基づき集団規定を検討した。そして法律要綱案(1968.7.19、建設省住宅局)が作成されるに至ったものの、建設省内の体制の変更により十分に検討されることなく破棄され、1970年改正は部分的な改正に留まった。

本研究は、革新的だったが未採用の1970改正案(1967-68)を検討してその意義を明らかにするとともに、地域制規範に基づく集団規定のあり方を展望するものである。この1970改正案(1967-68)は、この度、当時検討を担当した蓑原敬氏により所蔵されていたものをご提供頂いたものであり、既往研究の対象になってこなかったものである。

このような背景を持つ1970改正案(1967-68)を評価するため、本研究の目的は、次の3点により構成する。

(1)建築法制史における1970改正案(1967-68)の位置付け

法制史をレビューし、1970改正案(1967-68)の意義を明らかにし、実際には不採用であった改正案を、改めて評価する必要性を結論づける。

(2)集団規定(地域制)の抜本改正を目指した規制方式の分析評価

1970改正案(1967-68)が案出した規制方式を個別具体的に分析し評価する。評価対象は、用途規制、形態規制と、関連して建築手続制度並びに、地域制と同様に土地利用計画の実現という点からも重要な道路規定と、法目的と集団規定の関係である。

(3)地域制規範を集団規定に持ち込む今日的可能性の考察

1970改正案(1967-68)が採用されなかった理由を探りかつ、改正案が提案した地域制規範に基づく集団規定への改善という考え方を今日の法制度議論に生かす可能性を考察する。

なお、本研究は1970改正案(1967-68)が提案した規制方式等の意義を探るものであり、外部要因により不採用となった改正検討時のプロセスに関する問題を扱うこをと目的とするものではない。

2.建築法制史における1970改正案の位置付け(第2章要旨)

(1)市街地建築物法(1919)に構造的課題の原点がある

集団規定は建築法のみに関わる問題との狭い認識のため、(1)用途地域制は市街地建築物法に規定され、旧都市計画法は用途地域を選ぶのみとなった、(2)地域類型は4種(住、商、工、未指定)に過ぎず、用途制限は現状追認の傾向が強く、望ましい街の姿を誘導する力は乏しかった、(3)形態規制の基準は海外の事例をわが国に流用したもので、市街地の目標像を元に定められたものではなかった、(4)建築線は市街地建築物法のみに規定され、都市計画と連動しなかった、さらに(5)規制方式は全国一律で、地方での工夫の余地が少なかった等の構造的課題が生まれた。

(2)1950年建築基準法制定時は集団規定改正を見送った

建築基準法は、市街地建築物法を全面改訂した。しかし集団規定は、後に予定していた都市計画法の改正と連動すべきとして最少限の改正に留まった。

(3)1970年改正建築基準法は、1970改正案(1967-68)を検討体制変更により破棄した

1968年新都市計画法が改正された。建築法も、郊外部のバラ建ちの防止や建築物の高層化への対応が課題であった。建築審第1次答申を受け、建設省内で1970改正案(1967-68)が、地域制規範に基づく集団規定を目指して検討された。内容は、(1)行政実態を演繹した16用途地域細分化、(2)実現する市街地像による用途規制、形態規制の再編、(3)三段階用途制限による確認と許可の併用、(4)細街路の計画的実現手段の導入等である。

しかし、建設省内の体制が変更され、それまでの検討は突然破棄された。もっとも1970改正案(1967-68)は検討途上で破棄されたことから、詳細用途地域の適用方法、許可の際の判断基準等のような運用の可能性は明らかではない。

(4)1970改正以降の問題点

1970改正建築基準法は結局、8用途地域細分化、高さ制限の廃止と容積率制等を採用した。その後も今日に至るまで、状況追認の用途地域細分化、容積率メニューの追加等を行ってきているが、建築法独自の考え方が支配し、地域制規範によらない改正が続いている。今日でも1919市街地建築物法の構造的課題は残存していると言えよう。

3.地域制の抜本改正を目指した1970改正案の規制方式の分析評価(第3~7章要旨)

1970改正案(1967-68)の規制方式について用途規制、形態規制、建築の手続き制度、道路問題及び、法目的への集団規定の明示を各章で検討して、(1)1970改正までの経緯、(2)1970改正案の要点、(3)1970改正結果の問題点を浮き彫りにし、さらに(4)1970改正案の可能性と課題を考察した。本要旨では、用途規制、形態規制の上記(2)(4)を概説し他は割愛した。

(1)用途規制における明快性と柔軟性の導入

●1970改正案(1967-68)の要点

(1)用途地域は建設行政実態から帰納した地域環境の類型を16種(住居系6、商業系4、準工業系2、工業系4)に細分化した。

(2)用途制限については、各用途地域の定義、規制方針を明示して、許容用途を限定列挙する専用化を志向したが、併せて生活妨害排除のための禁止用途も列挙した。

(3)用途制限の手段として三段階用途制限(イ.無条件に許容される用途、ロ.地域の状況等により許可できる用途、ハ.絶対禁止の用途)を案出した。イで用途専用化を行いつつ、ロにより現実の多様な用途混在の状況を適切な条件づけで許容し、改善していこうとする考え方である。

●可能性と課題

・改正案は、用途地域の種類・内容を建設行政実態から帰納して実利的・体系的に定め、さらに用途制限を地域毎の規制目的に基づき論理的に導き出すという地域制規範に基づく法制度構築技術を生み出した。

・また、目標とする市街地像への用途誘導方策とするためのアイデアである三段階用途制限は効果的であったと考えられる。

・一方、検討途中で破棄されたため、用途地域の指定や運用に関する可能性の評価はしづらい。実際の適用には既存不適格の発生とその取り扱いについて軋轢が発生したであろう。

(2)形態規制の地域制に基づく再構

●1970改正案(1967-68)の要点

(1)形態規制を、各用途地域の環境水準を規定し、形態規制の目的を明示し、規制手段を再編成する演繹的な方法により、基準値を改めて定めた。

(2)各用途地域で実現すべき環境を明示するため、用途地域毎に一種類の規制基準を組み合わせて設定した。規制手段は、容積率、空地率、道路斜線、壁面後退距離、斜線制限(隣地、北面のみ斜線制限と称した)及び高さの限度等である。

(3)内容の特徴としては、生活環境確保の規制を強化し、また高さ制限緩和の影響を鑑み、容積率制度と高さの限度を併用する地域を設定したり、建築形式による規制(建物高さ低層、中層、高層の区分でそれぞれに壁面後退、斜線制限を規定)等がある。

●可能性と課題

・改正案は、形態規制を地域毎の規制目的から出発して、体系的、合理的に再構築可能であることを示している。秩序ある市街地形成に寄与したであろう。

・しかし、この形態規制案は用途地域毎にワンセットで規制基準値が固定され柔軟性が乏しいことから、実際の用途地域指定の際には形態規制の既存不適格が大量に発生し、運用の際に軋轢が発生したであろう。

4.まとめ(1970改正案の総括的評価と今日的可能性)(第8章要旨)

(1)1970改正案(1967-68)の総括的評価

1970改正案(1967-68)は地域制を規範とする集団規定へと再構築しようとする際に参考になる先駆的な案として、集団規定のあり方についての多くの論点を提供していると結論する。

しかし、1960年代以上に市街地の建築物が高層高密化・多様化した今日、改正案の内容を再導入しようとしても、より多くの既存不適格をもらたすため、ハードルはより高くなっている。従って、本研究は、1970改正案(1967-68)がそのままの形で実現されるべきであると主張するものではない。

(2)地域制規範を集団規定に持ち込む今日的可能性の考察

1970改正案(1967-68)の考え方の原理等を今日的に考察し、集団規定の改善検討への示唆を探った。

1970改正案(1967-68)の地域制規範に基づく考えは適当だったが、案出された規制方式が既往の制度と大きく異なることに対する不安から採用されなかったとも考えられる。具体的な規制方式に至る前に、原理的な考え方を、丁寧に議論するべきであったろう。具体的には

(1)街の将来像に基づく地域類型の再編

・国と地方の役割分担による地域類型の決定論

(2)地域類型目的から演繹した用途・形態規制基準の合理化

・集団規定の性能規定化の方法論

(3)条件付き許可制度の導入

・目標市街地性能に基づく建築配慮条件と許可制度の運用システムのあり方

である。議論不足だったこれらの原理的な考え方を深めることの方が、今日の集団規定改善に有益であろう。

審査要旨 要旨を表示する

わが国では都市計画法・建築基準法の集団規定を通じて市街地の建築物の用途・配置・形態等を規制する方式を採用しているが、現行の方式では、具体的な市街地の空間像を措定した上で、それに対応した用途・形態規制の組合せを各々の地域に対して課すことを通じて、想定する市街地空間像を積極的に実現(または保全)するという機能(この研究では、これを「地域制規範」と呼んでいる)を十分に果たしているとはいえない状況にある。本研究は、1968年-1970年のわが国の都市計画法・建築基準法の大改正に向けて構想され、外的な要因によって採用されずに終わった革新的な建築基準法大改正案の可能性と限界を検討することを通じて、わが国の市街地空間形成方式の基本的な問題点を明らかにするとともに、その改善の方向性を展望したものである。この1970改正案(1967-68)に関する資料は、当時、法改正の検討を担当した建設省の担当官(蓑原敬氏)により保存されていたものであり、これまで研究の対象にされてこなかったものである。

第1章で研究の背景・目的を述べた後、第2章では「建築法制史における1970改正案の位置付け」として、(1)市街地建築物法(1919)に構造的課題の原点があること、(2)1950年建築基準法制定時は集団規定改正を見送ったこと、(3)実際の1970年改正建築基準法は、1970改正案(1967-68)が行政組織上の内部事情により放擲された結果として成立したこと、等を指摘した上で、現行の建築基準法は、今日なお1919市街地建築物法の構造的問題を継承していることを指摘している。

第3章-第7章では、1970改正案(1967-68)の規制方式について、用途規制、形態規制、建築の手続き制度、道路問題、集団規定の目的とする空間像の明示、の各側面に区分し、各章で検討している。

結論部(第8章)では、1970改正案(1967-68)の総括的評価として、1970改正案(1967-68)は、集団規定を地域制規範に即した方式に再構築しようとした先駆的な案であるとして、これを評価している。ただし、市街地の建築物が高層高密化し、同一地域内に多様な形態の建築物が混在化してしまった、今日、当時の改正案と同様の地域制カテゴリーを導入することは、市街地の現状と想定市街地像が大きく乖離してしまうことから、不適切であるとしている。

その上で、1970改正案(1967-68)の基底にある理念を検討し、今日、集団規定を改善する上での示唆を得ようとしている。

具体的には以下の3点を指摘している。

(1)地域制により措定される市街地像は、都市の風土・歴史・文化に応じて、本来、多様なものである。こうした多様な市街地像に応じた地域制カテゴリーを設定しうる集団規制の体系とするため、国と地方の役割分担により多様な地域制カテゴリーを定めうる制度構造を提示していること。

(2)地域制カテゴリーごとの用途・形態規制基準の設定にあたり、対象市街地の空間の質をまず措定し、その空間の質を実現しうる用途・形態規制基準を定めようとしていること。すなわち現存する市街地空間から帰納的に定めた規制基準のセットではなく、求める市街地の性能に応じた空間モデルを措定した上で、規制基準のセットを組み上げようとしていること。

(3)地域制の弱点は、均質・一様・単調な市街地を産み出し、多様な用途や形式の建物・土地利用がきめ細かに混在・複合した市街地を排除しがちなところにあるが、この弱点を改善するため、条件付き許可制度の導入を提案していること。

このように、本論文は、急速な都市成長の実現が求められた時代が終わり、持続可能な質を備えた都市空間への再生、多様な要素が混合した個性的な都市空間の創出が求められている今日、新たな都市づくり・まちづくりの体制を構築することが喫緊な社会的要請となっているが、こうした新たな制度の制度設計の学術的検討のために、まことに時宜を得た有用な知見を示した論文といえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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