学位論文要旨



No 216828
著者(漢字) 小島,広久
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ヒロヒサ
標題(和) 宇宙機マヌーバのためのスライディングモード制御設計
標題(洋) Sliding-Mode Control Design for Spacecraft Maneuver
報告番号 216828
報告番号 乙16828
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16828号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

人工衛星、宇宙ロボットといった宇宙機は軌道上での修理が困難であるため、簡素で信頼性の高い制御手法が望まれる。本論文では、簡素で信頼性を要求される宇宙機のマヌーバ制御問題に従来のスライディングモード制御を適用した際に問題点が起きうることを指摘し、その闇題を解決すべく、いくつかの非線形要素を導入した新しいスライディングモード制御設計法を提案した。そして、デブリ除去プロセスを構成するフォーメーションフライト、姿勢同期、ロボットハンド制御による捕獲ならびにアクチュエータ故障衛星の回転運動停止問題に適用し、その有効性を検証した。各章での概要は以下の通りである。

第1章では、まず、スライディングモード制御の宇宙機に適用された過去の研究事例を総括し、次にデブリ除去プロセスに要求される運動が位置・姿勢がカップリングした非線形制御問題であることについて述べ、従来の単純なスライディングモード制御を本問題に適用したときに発生する問題点を指摘した。また、宇宙機にはフォールトトレランス性が要求されることを述べた。そして、その解決にむけてスライディングモード制御にどのような機能を新たに開発追加すればよいかについて述べた。

第2章では、対象衛星との通信や捕獲対象衛星の故障個所の特定を可能するためのフライアラウンド運動制御手法について提案した。本提案制御手法は、対象衛星のチェイサ衛星カメラ視野上での位置を縦横個別に制御できるように厳密線形化手法を援用するとともに、チェイサ衛星カメラ視野から対象衛星がロストすることを防ぐための非線形ポテンシャル関数をスライディングモード制御に新たに導入した制御系である。提案制御系の安定性の証明を与えると同時に有効性を数値シミュレーションにより確認した。

第3章では、フライアラウンド運動により対象衛星の特定面を観測・追尾したチェイサ衛星が、その後、対象衛星を捕獲しやすいように姿勢運動を同期させるための制御手法について述べた。宇宙機の姿勢追従マヌーバに通常のスライディングモード制御手法を適用した際、制御の初期段階で大きな制御量が要求されることになり、姿勢制御のための燃料が限られている宇宙機にとっては望ましくない。そこで本研究では、対象衛星の回転運動に滑らかに追従する「平滑規範モデル」と呼ぶ仮想の規範運動モデルを導入して2自由度制御問題にすることで初期制御量を低減した。さらに、対象衛星は非協力衛星であることを考慮し、対象衛星の慣性能率比を推定する適応則を導入し、対象衛星の回転運動に的確に追従できるスライディングモード制御系を設計した。そして宇宙機でよく用いられるクオタニオンフィードバックの一つであるアイゲンアクシスマヌーバ制御ならびに適応則を含まないスライディングモード制御と性能比較し、本提案法がより少ない制御量で姿勢誤差を効果的に減少でき、捕獲対象衛星の慣性能率比を正しく推定できることを確認した。

第4章では、姿勢同期が終了した後に行なうロボットハンドによる捕獲フェーズにおける制御手法について検討を行なった。宇宙ロボットハンドは地上ロボットハンドと異なり、ハンドの運動の反作用によりハンド先端の位置・姿勢が影響を受ける。この問題に対して幾つかの制御手法が過去に提案されているが、宇宙ロボットハンドの特異点を明示的に回避する制徊手法を提案した例は過去にない。本研究では、宇宙ロボットが本体も制御できる自由飛行型ロボットであることに着目し、ロボットハンド特異点を効率よく回避するためのロボット本体移動タイミングと移動方向を決定する簡便な方法を考案した。本手法ではロボット本体の移動によりハンド先端への外乱が入力されるため、本体移動加速度分巻相殺するようにハンド先端の制御加速度方向を仮想的に修正した。また、初期制御量の低減と定常偏差を少なくするために、切り替え面の傾きを変化させるゲインスケジューリングを実施した。ハンド特異点回避を含まない制御手法では特異点近傍でリミットサイクルに入り捕獲対象衛星の目標点までハンド先端を誘導できないのに対し、本提案手法ではハンド特異点が回避でき捕獲目標点ヘハンド先端を誘導可能であることを確認した。

第5章では、アクチュ工一タが1つ故障した非対称衛星の2トルクによる回転運動安定化問題を取り扱った。この問題は劣駆動制御問題に分類される問題であり、時変制御や切り替え制御などの手法が要求される制御問題である。これまでの研究では制御量の大きさがPWPFモジュレータを介して可変であることを前提にしたものが大半であった。しかしながら、PWPFモジュレータが故障し一定の大きさの制御量しか発生できない状綿も起こりえる。特に修理ができない宇宙機においてはこの闇題に対する制御手法を用意しておくことは衛星の延命すなわちデブリにさせないという意味で重要である。本研究ではこの問題に対処するために、制御量の大きさが一定であるという制約を設け、回転運動が安定化できる角速度の組み合わせの曲面(マニフォールド)を解析的に求めた。そして、任意の角速度状態から停止状態へ遷移するための制御トルク符号と制御の切り替えタイミングを、角速度軌道とマニフォールドとの交点として求める手法を示した。本手法は、フィードバック制御ではないためロバスト性はないものの、PWPFモジュールが故障した際のバックアップ制御手法として使用でき、また、回転運動停止までに必要な制御量・制御時間が見積もれる特徴を持ち、その妥当性を数値解析で確認した。

第6章では、本研究の成果をまとめると同時にさらなる研究課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

博士(工学)小島広久提出の論文は"Sliding-ModeControlDesignforSpacecraftManeuver"(宇宙機マヌーバのためのスライディングモード制御設計)と題し、6章と付録からなっている。

人工衛星、宇宙ロボットといった宇宙機は軌道上での修理が困難であるため、簡素で信頼性の高い制御手法が求められる。本論文では、宇宙機のマヌーバ制御問題に、スライディングモード制御を適用した際に起きうる問題点を解決すべく、いくつかの非線形要素を導入した新しいスライディングモード制御設計法を提案し、デブリ除去過程、すなわちフォーメーションフライト、姿勢同期、ロボットハンド制御による捕獲ならびにアクチュエータ故障衛星の延命問題に適用し、その有効性を検証しようとしている。

第1章は序論で、まず、宇宙機に適用されたスライディングモード制御の過去の研究事例を総括し、次にデブリ除去プロセスに要求される運動が、位置・姿勢がカップリングした非線形制御問題であることについて述べ、従来の単純なスライディングモード制御を本問題に適用したときに発生する問題点を指摘している。そして、その解決にむけてどのような機能をスライディングモード制御に付加すればよいかについて述べ、本論文の構成を整理している。

第2章では、対象衛星との通信や捕獲対象衛星の故障個所の特定を可能にするためのフライアラウンド運動制御手法について提案している。提案手法は、厳密線形化手法を援用することにより、対象衛星のチェイサーカメラ視野上での位置を縦横個別に制御できる手法になっており、さらに、捕獲衛星の視野から対象衛星がロストすることを防ぐためのポテンシャル関数を含む形で設計されたスライディングモード制御となっており、安定性の証明が与えられると同時に有効1生が数値シミュレーションで示されている。

第3章では、対象衛星の特定面を観測・追尾したチェイサー衛星が、対象衛星に接近し、捕獲しやすいように姿勢運動を同期するための姿勢制御手法について述べている。宇宙機の姿勢マヌーバに通常のスライディングモード制御手法を適用した際、制御の初期段階で大きな制御量が要求されることになり望ましくない。そこで、対象衛星の回転運動に滑らかに追従する「平滑規範モデル」と呼ぶ仮想の規範運動モデルを導入して2自由度制御問題化することで初期制御量を低減することに成功している。さらに、対象衛星の慣性能率比を推定する適応則を導入し、少ない制御量で姿勢誤差を効果的に減少できること、及び、捕獲対象衛星の慣性能率比が正しく推定できることを数値シミュレーションにより確認している。

第4章では、姿勢同期が終了した後に行なうロボットハンドによる捕獲フェ一ズにおける制御手法について検討を行なっている。宇宙ロボットハンドは地上ロボットハンドと異なり、ハンドの運動の反作用によりハンド先端の位置・姿勢が影響を受ける。著者は、宇宙ロボットに対して特異点を回避する制御手法を提案しようとしている。その方法は、宇宙ロボットが本体も制御できるフリーフライングロポットであることに着目し、ロボットハンド特異点を効率よく回避するためのロボット本体移動タイミングと移動方向を決定すると同時に、ハンド先端の制御加速度方向を仮想的に修正するものである。また、定常偏差を少なくするためスライディングモード制御における切り替え面の傾きを可変とするゲインスケジューリングも実施した。数値シミュレーションにより、本提案手法ではハンド特異点が回避でき、捕獲目標点ヘハンド先端を効果的に誘導可能であることを確認している。

第5章では、アクチュエータが故障した衛星の回転運動安定化問題を取り扱っている。この問題は劣駆動制御問題に分類され、時変制御や切り替え制御などの手法が要求される制御問題である。制御量の大きさが可変であることを前提にした研究が多いが、ここでは、スラスタモジュレータの故障により一定の大きさのトルクしか発生できない状況を考慮している。著者は、制御量一定の制約を設け、回転運動が安定化できる角速度の組み合わせの曲面(マニフォールド)を解析的に求め、任意の角速度状態から停止状態へ遷移するための制御トルク符号と切り替えタイミングを、角速度の軌道とマニフォールドとの交点として求める手法を示した。数値シミュレーションにより、姿勢制御系故障衛星の寿命延命および寿命見積もりに効果的な制御手法であることを示している。なお、求められたマニフォールドはスライディングモード制御の規範状態として参照できるものである。

第6章では、本研究の成果をまとめると同時に、さらなる研究課題について述べている。

以上、要するに、本研究は、視野制約、制御量の平滑化と大きさの制約、フォールトトレランスといった、宇宙機のマヌーバ制御を考える上で重要な制約を考慮したスライディングモード制御設計法について提案し、デブリ除去のための捕獲衛星の制御にたいして本手法を適用し、数値シミュレーションによってその有効性を示した。本手法は、広く将来の宇宙機制御に適用できるものであり、これらの成果は、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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