学位論文要旨



No 216830
著者(漢字) 佐藤,俊哉
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トシヤ
標題(和) 半導体レーザー利得媒質の非線形利得とその無温調DWDM光源への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216830
報告番号 乙16830
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16830号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山下,真司
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 准教授 何,祖源
内容要旨 要旨を表示する

近年、IT技術が社会生活に不可欠な存在としての位置を占める様になると共に、波長多重(WDM)技術をアクセス・メトロ系へ適用することにより信号フォーマット等に無依存で経済的な光伝送ネットワークの構築を可能とする技術への要求が高まっている。経済的なWDM用直接変調信号光源としては温度調整機構を省いたDFB-LDが現在用いられているが、温度調整を行わない弊害として出力信号光の波長安定性が極端に低下することに伴い波長チャンネル間隔が光伝送用波長帯域に比べ広く設定せざるを得ず、必然的に使用できる波長チャンネル数が数チャンネル程度に制限されてしまうこと等が報告されている。本論文では、このような無温調型WDM用直接変調信号光源の課題を解決する目的で行われた「無温調型のFBG外部共振器型半導体レーザー(FBG-ECDL)」(UC-ECDL)の研究についてまとめたものである。

第2章では、UC-ECDLのユニークな無温調化実現のアプローチとこれを支える新たな基盤的技術の研究結果について詳述した。従来の無温調化技術ではモード・ホップを無温調下で完全に抑制することにより信号光劣化を抑えるというアプローチがとられる訳であるが、UC-ECDLでは 孤立化されたモード・ホップ発生時のビットエラー が実用上無視出来ることを理論的検証により担保した上で 無温調直接変調動作下でモード・ホップを孤立化させる ことにより、実用に供することの可能な無温調直接変調動作を実現させるといったアプローチを採用する。先ず、UC-ECDLに於いて従来のFBG-ECDLの設計とは逆に 目標とする変調帯域を確保出来る範囲で縦モード間隔を極力狭く さらに 外部共振器鏡であるFBGの反射プロファイルを縦モード間隔に比べ緩やかに 設計し非線形利得効果を利用出来る状況を生みだすことにより 無温調直接変調動作下でのモード・ホップ孤立化を実現し得ることを解明した。また、孤立化モード・ホップが発生する際の信号光のビット・エラー特性劣化に関する理論検討により、モード・ホップの実効時間が 10 ns 程度以下と十分に短い場合には 孤立化モード・ホップ発生時の信号光波形の劣化が BER換算で 10-5 程度まで劣化していたとしても実効上ビット・エラーは無視出来る程度となることも理論的に証明した。

第3章では、UC-ECDLの無温調型WDM直接変調信号光源としての設計、即ち無温調直接変調駆動下に於いて「モード・ホップを孤立化させるための設計」に関して詳述した。モード・ホップ孤立化の実現には、発振縦モードと隣接縦モードの被る非線形対称利得効果の差 が 直接変調駆動下での隣接縦モード間のFBG由来損失の最大逆転量 よりも大きくなることが求められることから、その設計にはこれらの定量的評価が必要となる。FBG-ECDL於ける一次利得係数のキャリア密度依存性の高精度な近似を与えることのできる新たな解析近似式の提案、外部共振器型半導体レーザーの従うレート方程式に基づく解析による閾値利得、共振器内光子密度の導出、ならびに 発振条件下に於けるキャリア密度、擬フェルミレベルの計算法 の研究により非線形対称利得効果の定量的評価を、更にFBG反射波長特性の特性パラメータによる解析的近似の検討により 直接変調駆動下での隣接縦モード間のFBG由来損失の最大逆転量 の解析近似式による高精度な定量的評価を可能とし、結果としてFBG-ECDLの「モード・ホップ孤立化のための設計」が可能とした。

第4章に於いては、無温調直接変調駆動を実現させるべく製作されたFBG-ECDLの諸特性に関しての実験的検証に関する報告を行った。先ず、環境温度 -5゜から 45 ゜までの領域に於いて 2.5Gb/s 直接変調駆動下で SMSR 35 dB 以上が維持されていること、発振波長対温度変動率が~0.02nm/゜ まで抑えられていること、ならびに IL特性に於いてキンクが無いこと等を確認した。また、直接変調周波数帯域として凡そ 2.8 GHz が確保され 2.5Gb/s 直接変調時に於いて良好なアイ開口が得られていること、SMF 80km 伝搬後での BER のパワー・ペナルティが 1.0 dB 程度に抑えられ長距離伝送に伴う波形劣化によるBER特性上のフロア等も見受けられないこと も確認した。更に、ヘテロダイン検波を用いた隣接モード信号光の個別検波によりモード・ホップの孤立化が実現されていることを観測・確認した。加えて孤立化モード・ホップが発生している時間領域を含むBERの評価を行い、Back to Back および SMF 80km 伝送後双方ともに孤立化モード・ホップに起因していると確認できるBERの劣化およびビット・エラーそのものも検出されないことを確かめた。

第5章では、BER特性の信号光消光比依存性に関して定量的に扱うための理論について詳述し、目標BERを達成出来る最小受信光パワーの消光比に対しての改善効率に関して明らかにした。次に、可飽和吸収素子の特性を現象論的に扱い、特性パラメータを計測により評価する方法、これら特性パラメータを用いて消光比改善用デバイスとしての素子実効長等の設計を行う方法に関する理論と解析に関して詳述し、可飽和吸収素子を消光比改善用デバイスとして用いる場合、素子入力時の信号光パワーと消光比が重要な設計パラメータとなることを解明した。更に、UC-ECDLからの出力光パワー 7.5 dBm 消光比 6.8 dBの直接変調信号光 の消光比を、半導体型可飽和吸収素子を用いて 8.2 dB まで拡大させ得ることを実験的に確認し、加えて、可飽和吸収素子の使用による消光比拡大に伴い顕著な信号光スペクトルの拡大や周波数チャープが発生することが無いこと、SMF 80km 伝送後の符号誤り率特性にも劣化が生じないことなどを実験的に確かめた。

第6章では、無温調WDM信号光源を用いた WDM システムに於いて必要とされる波長チャンネル間隔の最小値について光部品間の温度相関を考慮する場合としない場合との両方に関して解析を行った。この解析の結果、光部品の温度調整を行わないWDMシステムを考えた場合信号光源として発振波長安定性の高いUC-ECDLを用いることは極めて有効であること、光部品間の温度相関を考慮することにより更に大幅に波長チャンネルの高密度化が実現可能となることを解明した。例えば、C-bandとL-bandを合わせた波長帯域を想定した場合、DFB-LDでは温度相関無しで僅か 6 チャンネル、温度相関有りとしても 16 チャンネル程しか波長チャンネルを設定できないのに対して、UC-ECDLでは温度相関無しでも 16 チャンネル、温度相関有りとすると 38 チャンネルもの波長チャンネルを設定可能となることを明らかにした。

さらにAppendixにおいて、UC-ECDLでのモード・ホップに起因する信号光劣化を抑制するために活用される非線形利得効果に関する理論解析について詳述した。先ず、非線形利得効果の中で発振波長位置に対して非対称に働く利得効果に関する従来の現象論的理論が定量的評価に用いるには不十分なものであること等を明らかにし、さらに、現象論を用いず且つ定量的評価にも耐え得る理論の構築をめざして伝導電子のエネルギー準位構造を考慮した 3準位モデルに基づく半古典的半導体レーザー理論に関する理論解析を行い、この3準位モデルに基づく新たな理論に依って 非対称利得効果に対応する3次の利得項が導出できること ならびに 従来の現象論的理論に於ける問題点が解消されること を明らかにした。従来の現象論的理論に従えば発振波長近傍に於いて非対称利得効果が増大・発散傾向を示すことから、UC-ECDLの隣接縦モードの被る非対称利得効果は非常に大きなものとなり、シングル・モード発振を維持することが出来ないといった 実験結果と相反する予測 がなされることとなるが、本研究により構築された新たな理論からは非対称利得効果が発振波長位置近傍で発散傾向を示すことは無いことが結論付けられるとともに、伝導帯の基底レベルと隣接する上位レベルの準位エネルギー差 epsilon_g2 が 250 meV 程度以上となる領域にあるものと考えると非線形非対称利得効果が非線形対称利得効果等と比べてもかなり小さなものとなり、UC-ECDLに於いてシングル・モード発振が実現されているという実験結果とも矛盾しない結論が得られることを明らかにした。

以上の研究結果から、非線形利得効果を活用することによりFBG-ECDLの単一モード発振と無温調直接変調動作下に於けるモード・ホップの孤立化が両立出来ること、モード・ホップの孤立化が実現された同信号光源の出力信号光にはこの孤立化モード・ホップ発生時に於いてもビット・エラー特性上の劣化は何ら検出されないことを実証した。更に同信号光源は、無温調の光部品を用いたWDMシステムを想定した場合、発振波長の安定性が高いために波長チャンネルの高密度化に極めて有効であることを定量的に示し、アクセス・メトロ系に於ける無温調型のWDM直接変調信号光源として極めて有望であることを実証した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「半導体レーザ利得媒質の非線形利得とその無温調DWDM 光源への応用に関する研究」と題し、8章より構成されている。近年、IT 技術が社会生活に不可欠な存在としての位置を占める様になると共に、波長多重(WDM) 技術をアクセス・メトロ系へ適用することにより信号フォーマット等に無依存で経済的な光伝送ネットワークの構築を可能とする技術への要求が高まっている。経済的なWDM 用直接変調信号光源としては温度調整機構を省いたDFB-LDが現在用いられているが、出力信号光の波長安定性が悪いことから波長チャンネル間隔を広く設定せざるを得ないという問題がある。本論文は、このような無温調型WDM 用直接変調信号光源の課題を解決する目的で行われた「無温調型のFBG外部共振器型半導体レーザー(FBG-ECDL)」(UC-ECDL)の研究についてまとめたものである。

第1章は序論であり、現在の光伝送ネットワークの現状と、経済的なWDM 用直接変調信号光源の必要性が記述され、本研究の目的と論文の構成を明らかにしている。

第2章では、UC-ECDLのユニークな無温調化実現のアプローチとこれを支える新たな基盤的技術の研究結果について詳述している。従来の無温調化技術ではモード・ホップを完全に抑制することにより信号光劣化を抑えるというアプローチがとられるが、UC-ECDL では、孤立化されたモード・ホップ発生時のビットエラーが実用上無視出来ることを理論的検証により担保した上で、モード・ホップを孤立化させることにより無温調直接変調動作を実現させるといったアプローチを採用している。UC-ECDLに於いては、従来のFBG-ECDL の設計とは逆に、目標とする変調帯域を確保出来る範囲で縦モード間隔を極力狭く、さらに外部共振器鏡であるFBG の反射プロファイルを縦モード間隔に比べ緩やかに設計し、非線形利得効果を利用出来る状況を生みだすことにより、無温調直接変調動作下でモード・ホップ孤立化を実現し得ることを解明している。また、孤立化モード・ホップが発生する際の信号光のビット・エラー特性劣化に関する理論検討を行い、モード・ホップの実効時間が10ns程度以下と十分に短い場合には実効上ビット・エラーは無視出来ることを示している。

第3章では、UC-ECDLの無温調型WDM直接変調信号光源としての設計に関して詳述している。FBG-ECDLに於ける非線形対称利得効果の定量的評価およびFBG反射波長特性の検討により、直接変調駆動下での隣接縦モード間のFBG由来損失の最大逆転量の解析近似式による高精度な定量的評価を可能とし、その結果FBG-ECDLのモード・ホップ孤立化のための設計指針を確立している。

第4章に於いては、無温調直接変調駆動を実現させるべく製作されたFBG-ECDLの諸特性に関しての実験的検証を行っている。2.5Gb/s直接変調駆動下で環境温度-5゜Cから45゜Cまで問題なく動作し、発振波長対温度変動率が~0.02nm/゜C まで抑えられていること等を確認している。さらに、隣接モード信号光の個別検波によりモード・ホップの孤立化が実現されていることを観測・確認し、孤立化モード・ホップに起因するBER の劣化がないことを確かめている。

第5章では、BER特性の信号光消光比依存性に関して定量的に扱うための理論について詳述し、目標BERを達成出来る最小受信光パワーの消光比に対しての改善効率に関して明らかにしている。さらに、半導体型可飽和吸収素子を用いることにより、UC-ECDLからの出力光パワー7.5dBm、消光比6.8 dBの直接変調信号光を消光比8.2dBまで改善できることを実験的に確認している。

第6章では、無温調WDM 信号光源を用いた WDM システムに於いて必要とされる波長チャンネル間隔の最小値について、光部品間の温度相関を考慮する場合としない場合との両方に関して解析を行っており、その結果、信号光源として発振波長安定性の高いUC-ECDL を用いることは極めて有効であることを示している。

第7章は総括であり、本研究の成果をまとめるとともに、今後の課題を展望している。

以上のように本論文は、非線形利得効果を活用することによりFBG-ECDLの単一モード発振と無温調直接変調動作下に於けるモード・ホップの孤立化が両立出来ること、モード・ホップの孤立化が実現された同信号光源にはビット・エラー特性上の劣化は何ら検出されないことを新たな理論と実験の両面から実証し、同信号光源がアクセス・メトロ系に於ける無温調型DWDM 直接変調信号光源として極めて有望であることを示したものであって、電子工学、特に光エレクトロニクスの発展に貢献するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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