学位論文要旨



No 216832
著者(漢字) 黒澤,進
著者(英字) Kurosawa,Susumu
著者(カナ) クロサワ,ススム
標題(和) 高レベル放射性廃棄物地層処分環境でのコロイド挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 216832
報告番号 乙16832
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16832号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 准教授 陳,
 東京大学 准教授 工藤,久明
内容要旨 要旨を表示する

高レベル放射性廃棄物の地層処分環境下では、ガラス固化体から溶出した核種は加水分解により真性コロイドを生成するとともに、環境下に存在する非放射性コロイドにも収着して擬似コロイドを形成する。しかしながら、安全評価では、人工バリア中の核種の移行は溶質(イオン形態)のみの移行が評価されている。これは、緩衝材の間隙構造が微細なことからコロイドは濾過されるものと考えられていることによるが、緩衝材がコロイド濾過効果を有するかに関しては直接確認された例はない。また、緩衝材の外側に到達したイオン形態の核種は、掘削影響領域を通過する地下水と瞬時に混合し、天然バリア中に流入することが評価されている。この際、緩衝材原料であるベントナイトの主要粘土鉱物であるモンモリロナイトは、地下水流の大きさによっては流動して、コロイド範疇の微粒子が核種の移行媒体となることが懸念されるが、地下深部の地下水流速はきわめて遅いことから流動は起こりにくいと考えられている。しかし、粒子の流動性に関しては、上記流体力学的な相互作用とともに、コロイド化学的な相互作用についても評価する必要があることが指摘されており、モンモリロナイトの流動の発現を明らかにすることが必要と考えられる。さらに、天然バリア中での核種の移行評価に関しても、地下水中にはコロイドが存在するにもかかわらず、安全評価のレファレンスケースの解析ではイオン形態の核種の移行のみが評価されている。しかし、核種がコロイドに収着して擬似コロイドを形成したとき、その移行はイオン形態のときと比較して促進されることが観測されている。イオン形態の核種と核種を収着したコロイドの移行を併せて評価するモデルに関しては、1990年代に多くの研究者により提案されている。これらのモデルでは、核種のコロイドへの収着現象に関して分配係数を設定して評価しており、現在、この考え方はコロイドの影響を考慮した核種移行評価モデルの代表的な概念となっている。しかしながら、核種のコロイドへの収着現象を分配係数によって普遍的に評価が行い得るかについては、直接実験により確認された例はほとんどない。

このように、高レベル放射性廃棄物の地層処分環境でのコロイド挙動を理解するにあたっては、実験的および理論的研究が十分に行われていないと考えられる。そこで、本研究では、緩衝材のコロイド濾過効果に関するメカニズムの解明や、ベントナイト材の主要粘土鉱物であるモンモリロナイト粒子の流体力学的相互作用とコロイド化学的相互作用による流動の発現を明らかにするとともに、地層中の物質移行評価の観点から、核種のコロイドへの収着現象を分配係数により評価することの妥当性、およびコロイドの影響を考慮した核種移行評価における分配係数設定モデルの適応性を確認することを目的とした。この目的達成のため、種々の実験による評価や、コロイド科学の基礎理論であるDLVO理論を適用した理論的評価を実施するとともに、核種のコロイドへの収着現象を分配係数により評価することの考え方の前提として、収着現象がHenry則に従い説明し得るかなどを評価した。そして、本研究では、得られた知見を高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全評価に反映させ、核種移行に係わるコロイド影響を総合的に考察して安全評価上の指針を論じた。

本論文は6章からなる。

第1章では、本論文の研究目的を明確にするため、研究の背景を述べるとともに、コロイドの生成と移行に関する既往研究の調査を通し、高レベル放射性廃棄物の地層処分環境下でコロイドの挙動を理解するにあたって実験的および理論的研究が十分に行われていない点をまとめ、本研究の目的について述べた。

第2章では、透水試験法を利用して緩衝材に対するコロイドの透過実験を行い、コロイド濾過効果を実験により評価した。また、緩衝材中の微細構造に関して構造均質化モデルを適用して、間隙の大きさを推定した。さらに、DLVO理論を適用して、緩衝材の間隙水中でのコロイドの凝集性、ベントナイト材へのコロイドの収着性を評価し、コロイド濾過効果のメカニズムを体系的に考察した。その結果、コロイド濾過効果は緩衝材中のモンモリロナイトの部分密度に依存する間隙の大きさとコロイド粒子の大小関係に従う物理的効果によって起こる可能性が大きいことの知見を得た。また、緩衝材の間隙水組成のもとではコロイドは凝集しやすいこと、ベントナイト材に収着しやすいことが予測され、コロイドは緩衝材中を物理的要因のみならず化学的にも移行しにくいことの知見を得た。

第3章では、処分環境下でのモンモリロナイトの流動、熱運動に関して評価した。この際の評価では、塑性状態およびゲル状態にあるモンモリロナイトの流体力学的相互作用とコロイド化学的相互作用による粒子間の抵抗力(剪断応力)を評価し、その剪断応力とつり合うように作用する地下水流速を評価した。そして、地下深部で推測される地下水流速と対比して、モンモリロナイトの流動の発現を検討した。また、Maxwell-Boltzmannの分布式を適用してゲル状態にあるモンモリロナイト粒子の熱運動のしやすさについても評価し、処分環境下での流動性、分散性を体系的に考察した。その結果、塑性状態およびゲル状態にあるモンモリロナイト粒子間の剪断応力とつり合う流体の流速は、最も小さく評価された場合でも、地下深部で推測される地下水流速と比較して数桁以上大きな値であり、処分環境下では流動の発現は起こりにくいと考えられることの知見を得た。ゲル状態にあるモンモリロナイト粒子の熱運動に関しても、地下深部の地下水水質のもとではゲルとして安定であることが推測されることから、熱運動によってゲル構造が破壊し、粒子が地下水中に分散する可能性は低いと考えられることの知見を得た。

第4章では、地層中の物質移行評価の観点から、コロイドの影響を考慮した核種移行評価に関して、核種のコロイドへの収着を分配係数により評価することの妥当性、ならびに分配係数設定モデルの適応性を、実験室やフィールドにおける核種およびコロイドの移行実験の解析を通して評価した。また、核種のコロイドへの分配係数を設定するモデル解析において、分配現象を瞬時平衡または速度論を扱うことによる解析結果への応答を考察した。この際、速度論に関する評価は、Henry則に従い収着分配現象における反応速度定数を導出し、その値をモデル解析において取り扱うことによって分配係数設定モデルの妥当性、ならびにモデルの適応性について議論した。その結果、核種とコロイドの移行実験の結果は、収着実験により得られた分配係数およびHenry型吸着等温線式を適用して求めた反応速度定数を設定した解析の結果と一致することが示された。このことは、核種のコロイドへの収着すなわち擬似コロイド形成を分配現象(分配係数)により評価することの妥当性を示すとともに、物質移行評価の観点から、コロイドの影響を考慮した核種移行評価モデルとして分配係数設定モデルの適応性を明らかにしたと考えられる。

第5章では、第2章から第4章までの研究から得られた知見に基づき、コロイド濾過効果を十分に確保できる緩衝材の仕様の検討、および掘削影響領域や天然バリア中の核種移行評価におけるコロイドの影響を総合的に考察した。緩衝材の仕様に関しては、コロイドとして定義される最小粒子(1 nm)に至って十分な濾過効果を確保するのに必要な緩衝材中のモンモリロナイトの部分密度を検討した。また、掘削影響領域において擾乱などの影響によってモンモリロナイト粒子が分散した場合の安全評価上の考察として、DLVO理論を適用して地下水中での凝集性を評価し、核種の移行媒体となる可能性を検討した。さらに、天然バリア中の核種移行評価に関して、安全評価上の指針として、核種のコロイドへの"収着比(=コロイド濃度×核種のコロイドへの分配係数)"を定義し、核種移行に係わるコロイドの影響を考察した。その結果、緩衝材が1 nmのコロイド粒子に至って濾過効果を十分に得るには、モンモリロナイトの部分密度は1200 kg/m3ほど必要であることの知見を示した。また、モンモリロナイト粒子は地層処分環境では凝集しやすいことを予測し、地下水流が擾乱などして緩衝材が万が一流動した場合でも、モンモリロナイト粒子が核種の移行媒体になる可能性は低いと考えられることの知見を示した。さらに、天然バリア中の核種移行評価に関して、核種のコロイドへの収着比が1~10程度のとき、地下水流速が5 m/y以上ではコロイドの影響による核種の移行促進は顕著であり、核種が減衰する以前に評価距離に到達することから核種の移行率は低減されにくくなることを示した。ただし、核種のコロイド収着比が1~10であっても、地下水流速が0.5 m/y以下であれば、核種は半減期と比較して移行時間に長時間を要することから減衰し、コロイドの影響は顕在化しないことを示した。これに関して、多くの事例調査に基づけば、わが国の地下深部の平均的な場の地下水流速は10(-5)~10(-2)m/yであると推測されることから、核種のコロイド収着比が1~10程度であれば、安全評価上、コロイドは有意な影響を与えないと考えられることの知見を示した。

第6章では、2章から5章の研究で得られた成果を総括し、本論文の結論としてまとめるとともに、本研究が示し得た成果の高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全評価における意義を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

高レベル放射性廃棄物の地層処分環境下では,ガラス固化体から溶出した核種は加水分解により真性コロイドを生成するとともに,環境下に存在する地下水コロイドにも収着して擬似コロイドを形成する.しかしながら,現行の安全評価では,人工バリア中の核種の移行は溶質(イオン形態)のみの移行が評価されている.また天然バリア中における核種移行挙動解析においても,コロイド形成の影響は変動シナリオとされるとともに,人工バリア材であるベントナイト起源コロイドの影響などについては,その重要性が観念的には指摘され続けてきているが必ずしも十分な理解がされることなく,地下水中に最初から存在する地下水コロイドと区別されていない.本論文は,コロイド移行挙動に関して,これまでの安全評価において暗黙の了解事項とされていた問題点に着目し,とくにDLVO理論の活用を通して,その了解事項がどこまで正しいのか,また現象を説明するにあたってDLVO理論の限界はどこにあるのかを明らかにしつつ,地下環境中におけるコロイド形成,移行挙動の定量的評価につながる基盤的知見を得ることを目的としたもので,6章から構成される.

第1章では,コロイドの生成と移行に関する既往研究のレビューが行われ,コロイド生成・移行挙動解明での課題が整理されるとともに,本論文の目的が述べられている.

第2章では,透水試験法を利用した緩衝材に対するコロイドの透過実験が行われ,コロイド濾過効果が実験的に確認された.また,緩衝材中の微細構造に関して構造均質化モデルを適用して,間隙の大きさが推定されるとともに,DLVO理論に基づき,緩衝材の間隙水中でのコロイドの凝集性,ベントナイト材へのコロイドの収着性が評価され,コロイド濾過効果のメカニズムが理論的に考察されている.その結果,コロイド濾過効果は緩衝材中のモンモリロナイトの部分密度に依存する間隙の大きさとコロイド粒子の大小関係に従う物理的効果によって起こる可能性が大きいことが示された.また,緩衝材の間隙水組成のもとではコロイドは凝集しやすいこと,ベントナイト材に収着しやすいことが予測され,コロイドは緩衝材中を物理的要因のみならず化学的にも移行しにくいことの知見が得られている.

第3章では,処分環境下でのモンモリロナイトの流動,熱運動が理論的に評価され,モンモリロナイト起源コロイド生成の可能性について議論されている.ここでは,塑性状態およびゲル状態にあるモンモリロナイトの流体力学的相互作用とコロイド化学的相互作用による粒子間の抵抗力(剪断応力),Maxwell-Boltzmannの分布式やDLVO理論を適用してのゲル状態にあるモンモリロナイト粒子の熱運動のしやすさが評価されている.その結果,塑性状態およびゲル状態にあるモンモリロナイト粒子間の剪断応力とつり合う流体の流速は,最も小さく評価された場合でも,地下深部で推測される地下水流速と比較して数桁以上大きな値であり,処分環境下では流動の発現は起こりにくいことが明らかにされている.

第4章では,コロイドの影響を考慮した核種移行挙動の定量的予測を実現するために,核種のコロイドへの収着を分配係数により評価することの妥当性,ならびにモデルの適用可能性が,実験室実験とフィールド実験を通して検討されている.また,核種のコロイドへの分配係数を設定するモデルを構築し,分配現象を瞬時平衡および速度論を扱い,実験結果との比較が行われている.その結果,移行実験の結果は,収着実験により得られた分配係数とHenry型吸着等温線式を適用して求めた反応速度定数を用いたモデル解析の結果と一致することが示されている.このことは,核種のコロイドへの収着現象を分配係数により評価すること,ならびにその分配係数を用いる核種移行モデルを適用することが妥当であること示している.

第5章では,第2章から第4章までの知見に基づき,コロイド濾過効果を十分に確保できる緩衝材の仕様の検討,および掘削影響領域や天然バリア中の核種移行評価におけるコロイドの影響が体系的に考察されている.緩衝材の仕様に関しては,コロイドとして定義される最小粒子に対しても十分な濾過効果を確保するのに必要な工学的対策が検討されている.掘削影響領域においては,モンモリロナイト粒子が分散した場合の安全評価への影響が,DLVO理論に基づき検討されている.さらに,天然バリア中の核種移行評価に関して,安全評価上の指標として,核種のコロイドへの"収着比(=コロイド濃度×核種のコロイドへの分配係数)"が定義され,その指標に従って核種移行に及ぼすコロイドの影響が総合的に検討されている.

第6章では,以上の成果が総括され,本論文の結論が述べられるとともに,本論文の成果が高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全評価に与える意義がまとめられている.

以上要するに,本論文は,放射性廃棄物地層処分の安全評価において重要となるコロイドの影響について,DLVO理論に基づき,コロイドの生成・移行挙動機構を解明し,さらにコロイドが安全評価結果に与える影響を定量化して,同時にその影響を無視できるようにするための処分場設計指針の基盤情報を与えるものである.これらはシステム量子工学,特に放射性廃棄物処分の安全性確保に及ぼすコロイドの影響の解明に寄与するところが少なくない.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38192