学位論文要旨



No 216837
著者(漢字) 官,振傑
著者(英字)
著者(カナ) カン,シンケツ
標題(和) 中枢平衡伝導路の髄鞘化に関するMRI画像研究 : 正常発達の過程と内耳奇形群との比較検討
標題(洋) Developmental Myelination Study on the Balance System Using Brain MRI
報告番号 216837
報告番号 乙16837
学位授与日 2007.09.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16837号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 川合,謙介
 東京大学 講師 伊藤,健
 東京大学 教授 芳賀,信彦
内容要旨 要旨を表示する

<研究の背景>

新生児・乳幼児の中枢平衡伝導路の発達は平衡機能との関連で臨床的に重要な研究分野である。体性平衡感覚の維持には小脳の働きに加え前庭系からの入力、体性知覚系からの入力および視覚系からの入力が必要である。前庭系からの入力は第8脳神経に始まり前庭神経核から上向性に内側縦束(medial longitudinal fasciculus: MLF)、上小脳脚(superior cerebellar peduncle)、the ventral tegmental tract、動眼神経核(oculomotor nuclei), the supranuclear intergration centres in the rostral midbrain, the vestibular thalamic ventral posterolateral nucleusを経て大脳前庭皮質(vestibular coltex)に到達する経路である。体性知覚系からの入力は主に内側縦束を経る経路であり、視覚系は視放線により視覚情報が伝えられる経路である。

本研究はこの前庭伝導路(前庭小脳路)、体性知覚伝導路(脊髄小脳路),視覚伝導路について正常および内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)・先天性難聴児のMRI画像を対象として行った。

中枢神経系における機能の発達を評価する上で神経伝導路の髄鞘化は重要な指標の1つである。髄鞘化の研究はいまからおよそ80年前の1920年に胎児組織標本を用いたFleschigの研究により脳組織の髄鞘染色が行われたことに始まり、以来詳細な組織標本研究(Yakovlev, Rorke and Riggs, Moore)が行われてきた。これらの組織研究では前庭神経核から前庭皮質に至る中枢平衡系伝導路が髄鞘化により成熟していく過程が示され、後の前庭系の発達に関する研究に多大な貢献をした。近年になり核磁気共鳴画像(MRI)の技術が進み小児の脳発達、特に髄鞘化を検出することが可能となりPelizaeus- Mertzbacher病などこれまで脳生検を行わなければ診断が困難であった髄鞘化不全を来たす疾患についてもMRIを用いることで非侵襲的に診断が可能となってきた。このような画像診断技術の進歩した現在、中枢神経系の発達指標である髄鞘化が中枢前庭伝導路においてMRI画像でどのように映し出されるのか、また前述の中枢前庭伝導路の発達研究に引用されるFleschig, Yakovlev, Rorke and Riggs, Mooreらの組織研究と比較して髄鞘化の検出される時期に違いがあるのか明らかにすることにした。研究1ではスコアリングシステム(0点から+2点)を用いてMRI(T2強調像)上で視覚的評価によりその髄鞘化の発達度を評価した。このスコアリングによる評価は過去の組織研究や画像研究で行われてきた手法であり実際に臨床応用が容易な方法である。この手法によりMRI画像での髄鞘化変化と過去の組織研究報告との間に違いがあるのか明らかにすることとした。研究2では画像診断の定量的手法である関心領域法(ROIを用いた評価を行った。これは研究1の視覚的スコアリングよりより客観的な手法で詳細な変化も評価しようと考えたためである。出生後の信号強度変化を調べ、どの時期に成人と同程度の発達を遂げるのか検討し、また同時にこれまで報告されている前庭動眼反射や前庭脊髄反射などについての電気生理学的研究との比較検討を行った。研究3では内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)や先天性難聴により脳幹・大脳前庭伝導路への刺激が少なくなる結果、前庭伝導路の髄鞘化が健聴児に比べ遅れる可能性を考えこの仮説を検討した。内耳奇形・先天性難聴の新生児・乳幼児18例の脳幹・大脳前庭伝導路について研究1,2の結果と比較検討した。先天的に前庭刺激に乏しい内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)条件下で中枢前庭系伝導路の髄鞘化が遅延または障害を来たすのかこれまで検討した報告はなく、中枢前庭伝導路の発達評価を行うことは内耳奇形や先天性高度感音難聴児の治療や予後の判定に役立つものと考えられる。

<対象>

研究1,2では1996年から2005年の間、東京大学医学部附属病院で核磁気共鳴画像(MRI)を撮影された0歳から4歳児、修正生後週数-4週から256週(5歳)192症例2688画像(男児98症例、女児94症例、平均生後週数8.7週、1症例につきT2強調7画像を解析した。マイナス週数は早産児を示す)の脳MRI画像を対象とした。いずれも脳疾患が疑われ撮影された症例で髄鞘化異常を来たしている疾患、聴覚伝導路に器質的病変が認められる症例は除外している。また明らかな先天性難聴を指摘されている症例も除外した。また研究2については脳病変の無い15人の成人(18歳~39歳)の脳MRIをコントロール群として用いた。

研究3では内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)7例、および先天性高度感音難聴児10例を対象とし、年齢分布は58週から301週(1歳1ヶ月~5歳9ヶ月)、計18例の脳MRI画像を対象とした。

<評価方法>

研究1では各評価点における髄鞘化度を0点から3点まで下小脳脚を基準として点数化して行った。評価ポイントは下記の13箇所である。Thesubcortical white matter of parietal-insular vestibular cortex (PIVC), ventral posterolateral nucleus (VPC) of the thalamus, oculomotor nucleus (ON), the medial longitudinal fasciculus (MLF), vestibular nucleus complex (VN), superior cerebellar peduncle (SCP), middle cerebellar peduncle (MCP), inferior cerebellar peduncle(ICP), dentate nucleus, flocculus, nodulus, medial lemniscus (ML), and the optic radiation(OR).

研究2ではMRI画像上で部位を同定し生後週数別に髄鞘化を示す信号強度の変化を関心領域(ROI)法により解析した。ROI値の測定はCennicity Web-J(GE横河メディカルシステム)を用いた。髄鞘化によりT2強調画像では高信号から低信号への変化が観察され中枢平衡伝導路の各評価部位と眼球(vitreous body硝子体)のROI値とのコントラストを表す信号強度比として数値化し、修正生後週数別に統計処理しその変化の推移をみた.またコントロールグループとして成人例を用いた。

研究3では内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)と先天性高度感音難聴児群について研究2と同様の手法で平衡伝導路各部位の信号強度比を算出し研究2(正常髄鞘化群)の同年齢の信号強度比と比較検討した。

<結果>

研究1

スコアリングシステムによる評価では脳幹前庭伝導路(MLF, VN, OC, ML, SCP, and ICP)は出生前に既に髄鞘化しているものと考えられた。Vestibular thalamus(VPN)は生後16週から24週頃髄鞘化を示し、Vestibular cortex(PIVC)は生後80週から88週頃に髄鞘化を示した。また小脳遠心性線維(MCP)は32週から40週頃に髄鞘化を示し、視覚伝導路は生後0から8週頃に髄鞘化を完成させる傾向を認めた。視放線は生後72週から82週頃に髄鞘化を示した。これらの結果はいずれも過去の組織研究の結果と比較し髄鞘化の時期に違いを認めた。

研究2

信号強度測定法による評価では平衡感覚は生後もわずかながら髄鞘化変化を示し生後およそ1年から2年かけ成人と同程度まで発達することが示された。脳幹前庭伝導路(MLF, VN, ON),小脳求心線維(ICP, and SCP),体性知覚伝導路(ML)は1年から1年半かけて成人と同程度に発達することが示された。vestibular thalamusも1年から1年半かけて成人と同じ程度の発達を遂げ視覚系は1年半から2年かけて発達することが示された。Vestibular cortex(PIVC)については今回観察した期間(0歳から5歳)内では成人と同程度までの発達は認められなかった。

研究3

第1群(前庭半規管無形成・奇形)の平衡伝導路の髄鞘化は全症例において正常範囲であった。第2群(先天性難聴)においても10症例全例で正常範囲の髄鞘化を示した。これらの結果から中枢神経系の髄鞘化はgravity stimulusの影響を受けないことが示唆された。

<考察・まとめ>

本研究において平衡感覚を司る3つの経路即ち、前庭伝導路(前庭小脳路)、体性知覚伝導路(脊髄小脳路),視覚伝導路および小脳について髄鞘化の発達を検討した。前庭伝導路と体性知覚伝導路は出生時に十分な髄鞘化をしていたがその後もわずかながら髄鞘化の進行を示した。これは視覚伝導路においても同様であった。本研究結果はこれまで報告のある前庭眼反射や前庭脊髄反射についての行動科学的、電気生理学的研究と相関する傾向が認められた。

前庭半規管の先天奇形や先天性難聴児について髄鞘化異常が認められなかったことは中枢神経系の髄鞘化はgravity stimulusの影響を受けないことを示唆するものであった。

審査要旨 要旨を表示する

新生児・乳幼児の中枢平衡伝導路の発達は平衡機能との関運で臨床的に重要な研究分野である。体性平衡感覚の維持には小脳の働きに加え前庭系からの入力、体性知覚系からの入力および視覚系からの入力が必要である。前庭系からの入力は第8脳神経に始まり前庭神経核から上向性に内側縦束(medial longitudinal fasciculus: MLF)、上小脳脚(superior cerebellar peduncle)、the ventral tegmental tract、動眼神経核(oculomotor nuclei),the supranuclear intergration centres in the rostral midbrain, the vestibular thalamic ventral posterolateral nucleusを経て大脳前庭皮質(vestibular cortex)に到達する経路である。体性知覚系からの入力は主に内側縦束を経る経路であり、視覚系は視放線により視覚情報が伝えられる経路である。

本研究はこの前庭伝導路(前庭小脳路)、体性知覚伝導路(脊髄小脳路),視覚伝導路について正常および内耳奇形(前庭半規管無形成止奇形)・先天性難聴児のMRI画像を対象として行った。

研究1ではスゴアリングシステム(0点から+2点)を南いてMRI(T2強調像)に臨床応用が容易な方法である。この手法によりMRI画像での髄鞘化変化と過去の組織研究報告との闘に違いがあるのか明らかにすることとした。

結果: スコアリングシステムによる評価では脳幹前庭伝導路(MLF, VN, OC, ML, SCP, and ICP)は出生前に既に髄鞘化しているものと考えられた。Vestibular thalamus (VPN)、は生後16週から24週頃髄鞘化を示し、Vestibular cortex (PIVC)は生後80週から88週頃に髄鞘化を示した。また小脳遠心性線維(MCP)は32週から40週頃に髄鞘化を示し、視覚伝導路は生後0から8週頃に髄鞘化を完成させる傾向を認めた。視放線は生後72週から82週頃に髄鞘化を示した。これらの結果はいずれも過去の組織研究の結果と比較し髄鞘化の時期に違いを認めた。

研究2では画像診断の定量的手法である関心領域法(ROI)を用いた評価を行った。これは研究1の視覚的スコアリングよりより客観的な手法で詳細な変化も評価しようと考えたためである。出生後の信号強度変化を調べ、どの時期に成人と同程度の発達を遂げるのか検討し、また同時にこれまで報告されている前庭動眼反射や前庭脊髄反射などについての電気生理学的研究との比較検討を行った。

結果: 信号強度測定法による評価では平衡感覚は生後もわずかながら髄鞘化変化を示し生後およそ1年から2年かけ成人と同程度まで発達することが示された。脳幹前庭伝導路(MLF, VN, ON),小脳求心線維(ICP, and SCP),体性知覚伝導路(ML)は1年から1年半かけて成人と同程度に肇達することが示された。vestibular thalamusも1年から1年半かけて成人と同じ程度の発達を遂げ視掌系は1年半から2年かけて発達することが示された。Vestibular cortex (PIVC)については今回観察した期間(0歳から5歳)内では成人と同程度までの発達は認められなかった。

研究3では内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)や先天性難聴により脳幹・大脳前庭伝導路への刺激が少なくなる結果、前庭伝導路の髄鞘化が健聴児に比べ遅れる可能性を考えこの仮説を検討した。内耳奇形・先天性難聴め新生児・乳幼児綿例の脳幹・大脳前庭伝導路について研究1,2の結果と比較検討した。先天的に前庭刺激に乏しい内耳奇形(前庭半規管無形成・奇形)条件下で中枢前庭系伝導路の髄鞘化が遅延または障害を来たすのかこれまで検討した報告はなく、中枢前庭伝導路の発達評価を行うことは肉耳奇形や先天性高度感音難聴児の治療や予後の判定に役立つものと考えられる。

結果:第1群(前庭半規管無形成・奇形)の平衡伝導路の髄鞘化は全症例において主常範囲であった。第2群(先天性難聴)においても10症例全例で正常範囲の髄鞘化を示した。これらの結果から中枢神経系の髄鞘化はgravitystimulusの影響を受けなかことが示唆された。

まとめ

本研究において平衡感覚を司る3つの経路即ち、前庭伝導路(前庭小脳路)、体性知覚伝導路(脊髄小脳路),視覚伝導路および小脳仁ついて髄鞘化の発達を検討した。前庭伝導路と体性知覚伝導路は出生時に十分な髄鞘化をしていたがその後もわずかながら髄鞘化の進行を示した。これは視覚伝導路においても同様であった。本研究結果はこれまで報告のある前庭眼反射や前庭脊髄反射についての行動科学的、電気生理学的研究と相関する傾向が認められた。前庭半規管の先天奇形や朱天性難聴児について髄鞘化異常が認められなかったことは中枢神経系の髄鞘化はgravitystimulusの影響を受けないことを示唆するものであった。本研究は新生児・乳幼児の中枢平衡伝導路の発達と平衡機能との関連で臨床的解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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