学位論文要旨



No 216843
著者(漢字) 松本,篤史
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,アツシ
標題(和) ヒト・トロンボポエチンの活性発現および活性制御に関する構造的解析
標題(洋)
報告番号 216843
報告番号 乙16843
学位授与日 2007.10.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16843号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 日高,真誠
 東京大学 准教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

止血において重要な役割を担う血小板は、骨髄中の造血幹細胞が増殖・分化して生じた巨核球により産生されるが、この巨核球分化や血小板産生を誘導する重要な制御因子がトロンボポエチン(Thrombopoetin:TPO)である。ヒトTPOは332アミノ酸残基から成る分子量が約95Kの糖蛋白質であるが、その構造上、2つの機能ドメインに分けられる。すなわち、エリスロポエチン(EPO)と最も高い相同性を示し、TPOの活性発現に必要かつ十分な"レセプター結合ドメイン" (1~153アミノ酸残基)と154アミノ酸残基以降のN型、O型糖鎖に富む"カルボキシ末端ドメイン"である。後者の"カルボキシ末端ドメイン"は"糖鎖リッチドメイン"とも呼ばれるが、その生体内における機能は未だ明らかになっていない。TPOは1994年、独立に4つのグループによって血小板減少状態の各種動物から精製、同定されたが、そこで取得されたTPOはいずれもこのカルボキシ末端ドメインを不均一に欠いた部分長型であった。この部分長型がどのようなメカニズムにより生じるのか?また、このTPOの部分長化は血小板の恒常性維持において何らかの重要な役割を有するのか?依然不明なままである。

そこで本研究では、このTPOの部分長化と血小板産生制御の関係を探り、その生理学的意義を解明する糸口として、まず、TPOが部分長化するメカニズムについて検討を行った。その結果、ヒトTPOはヒト血小板共存下において切断を受け、部分長化することを明らかにした。そして、その部分長化に関わる直接因子がトロンビンであることを、トロンビン特異的阻害剤であるヒルジンや精製トロンビンを用いた検討によって確認した。トロンビンにより切断を受ける部位は主に2箇所あり、トロンビンはヒトTPO分子を最初にAR191-T192で切断し、その後GR117-T118で切断する。この順序が逆転することは無く、このことはTPOの立体構造上の特徴を反映していると考えられた。つまり、EPOと最も高い相同性を示すTPOのレセプター結合ドメインは、非常に堅い疎水性コアをもつ4本へリックスバンドル構造を持つと推測される。一方、カルボキシ末端ドメインはグリシン、ロイシンに富み、糖鎖も多く付加されることから親水性が高く、何らかのrigidな構造をとっているとは考えにくい。そのためトロンビンは最初にアクセスが容易なカルボキシ末端ドメイン中のAR191-T192を切断し、その後、レセプター結合ドメイン中のGR117-T118を切断すると考えられた。またさらに、GR117-T118部位が切断されるとTPOの活性が失われることも観察され、このことから、この部位を含む近辺領域はTPOの立体構造の維持もしくはレセプターとの結合に関わっていることが推測された。トロンビンによるTPOの部分長化においてさらに重要なことは、全長型のTPOがトロンビンによりAR191-T192部位で切断され、分子量約34Kの部分長型に変換するにつれてTPOの活性が変化し、全長型に対する1分子あたりの比活性が最大約1.5倍まで上昇することである。これはTPOの部分長化の生理学的意義を考察する上で大変重要な知見である。これまでTPO分子の発現量や濃度調整によって血小板産生を制御するシステムは報告されてきた。しかしながら、TPOの構造変化と血小板産生制御の関連を示唆する報告は未だ無い。本研究において得られた知見と、トロンビンは血小板の活性化に伴いプロトロンビンから生じることを考え合わせると、血小板の活性化、ひいては体内の血小板数の増減とTPOの部分長化の間には何らかの関係があることが推測された。そこで、血小板の増減を伴う様々な血液疾患とTPOの部分長化の関連について検討するため、ヒト生体内における内因性TPOの性状解析を行った。

まず、血液中に微量にしか存在しないヒト内因性TPOの分子量解析を可能とする分析系を構築した上で、最初に健常人の血液由来TPOを解析した。その結果、ほぼ全長(332アミノ酸残基)と考えられるTPO分子がドミナントであることをゲルろ過およびSDS-PAGEにより初めて確認した。また、この内因性TPOがin vitroで生物学的活性を有することも確認された。さらに、体内の血小板数の増減、つまりは体内の血小板需要とTPOの部分長化の関連を調べるために、種々の血小板数の増減を伴う血液疾患に由来する血液からTPOを粗精製し、その分子量分布を解析した。その結果、いずれも全長型のTPOがドミナントであって、TPOの部分長化と血液中の血小板数との関連は観察されなかった。TGF-βやIL-1がプロセシングを受けることで活性化し、その活性を発現するように、TPOも部分長化により高活性型となることで体内の血小板需要の増加に対応することが推測されたが、これは血中TPOの性状解析の結果から判断する限り、あてはまらないようである。一方興味深いことに、ヒト血小板の破砕液から得られたTPOは、血液同様に全長型がドミナントであった。このTPOが血小板表面のTPOレセプター:c-Mplに結合していたものなのか、それとも血小板中の顆粒内に蓄えられていたものなのか、その由来は不明である。また、血小板由来TPOについては、血液と同様に一部、部分長型が検出されたが、血小板とヒルジンをインキュベートすることにより、部分長型の量が減少することも観察された。このことから組換え型TPOで観察されたトロンビンによる部分長化が、内因性TPOにおいても同様に起こり得ることが示された。以上、ヒト血液由来TPOの一連の解析からは、TPOの部分長化と血小板産生制御の関連は見出せなかったが、組織内の微小環境下においては、トロンビン等によるTPOのスプライシングがTPOの活性制御の一部として機能している可能性は依然として残されており、今後の課題と考える。

このようにヒト血液中の内因性TPOの解析からは、カルボキシ末端ドメインがTPOの活性制御に関わっていることを示す知見は得られなかった。しかしながらカルボキシ末端ドメインの機能としては、ほかに産生細胞からのTPO分泌の効率化や体内半減期の延長への寄与が報告されている。また一方で、このカルボキシ末端ドメインはTPO活性の発現自体には関与しないことが各種変異体を用いた解析より明らかとなっている。この知見は、本研究において明らかとなったTPOの立体構造ならびにレセプターとの結合様式からも確認された。TPOの立体構造をX線結晶構造解析により解明するにあたっては、これまでヒトTPOの1~163アミノ酸残基から成る部分長型(rhTPO163)単独での結晶化が試みられてきたが、困難を極めた。そこでTPOの中和抗体であるTN1のFabフラグメントとrhTPO163の複合体の結晶化を試みたところ結晶化に成功した。このFabフラグメントとrhTPO163を共結晶化することは、構造解析上も有用で、重原子置換法によらず、Fabの構造情報を基に単独のデータセットから計算によりrhTPO163の立体構造解明に成功した。TPOのレセプター結合ドメインは、EPOとの高い相同性から予想されたとおり、4本へリックスバンドル構造を形成しており、ループ部を含め、構造上の特徴はEPOと非常に類似していた。得られた構造情報と、合わせて明らかとなったTPO中和抗体であるTN1の結合部位、そして、様々な変異体を用いた解析より得られているリガンド-レセプター結合解析の諸知見から、rhTPO163は2つの異なるレセプター結合部位を持つことが予想された。またこれを更に裏付ける知見として、カロリメトリーを用いた解析より、rhTPO163はレセプターであるc-Mplと結合比rhTPO163 : c-Mpl=1:2で結合することが判明し、さらに、2つの異なるレセプター結合部位の1つはレセプターに対して高親和性を、他のもう一方は低親和性を持つことが明らかとなった。このような特徴はEPOなどにおいても知られており、レセプターの2量体化を介した造血系サイトカインのレセプター活性化機構がTPOにおいても高度に保存されていることが明らかとなった。

以上、本研究においては、ヒトTPOの構造的側面から、その活性発現と活性制御の可能性について一連の検討を行った。しかしながら、TPO活性制御におけるカルボキシ末端ドメインの寄与については未だ明確になっていない。本研究により得られた知見を基に、さらに今後、血小板/TPO相互の制御機構の解明を進めることにより、TPOを中心とした血小板恒常性維持の機構が明らかにされ、それを基に、より安全で、かつ効果の高い血小板減少症治療薬の創薬につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

松本篤志氏は血小板産生制御因子であるトロンボポエチン(TPO)の翻訳後プロセシングによる活性制御の検討と、TPOとTPOレセプター(c-Mpl)の結合様式を明らかにする研究を行った。そのために、TPOの翻訳後プロセシングにおける血小板の役割や、健常人および血小板数の増減を伴う血液疾患由来のTPOの性状を明らかにした。そして、TPOの立体構造を明らかにし、レセプターとの相互作用を検討することにより、TPOの活性発現および活性制御について構造面から考察した。

まず、血小板減少症の各種動物から精製された内因性TPOがいずれも部分長型であった原因を解明するため、TPOの翻訳後プロセシングのメカニズムについて検討を行った。その結果、ヒトTPOは血小板共存下において切断を受け、部分長化することを明らかにした。そして、その部分長化に関わる直接因子がトロンビンであることを、トロンビン特異的阻害剤であるヒルジンや精製トロンビンを用いた検討によって確認した。トロンビンによるTPO分子の切断は2段階から成り、順にR191-T192とR117-T118を切断した。また、R191-T192の切断により生じる部分長型TPOの増加と生物学的活性の増加に関連性を認め、トロンビンを介した翻訳後プロセシングによるTPO活性の調節機構が示唆された。

トロンビンは血小板が活性化することにより生成する。そこで次に、血小板の活性化、ひいては体内の血小板数の増減とTPOの部分長化の間に何らかの生理学的な関連性を推測し、ヒト血液中の内因性TPOの性状解析を行い、血小板の増減を伴う様々な血液疾患とTPOの部分長化の関連について検討を行った。血液中の微量のTPOを解析する高感度分析系を構築した上で、健常人の血液中のTPOを評価したところ、ほぼ全長(332アミノ酸残基)と考えられるTPO分子がドミナントであることを確認した。また、これがin vitroで生物学的活性を有することも確認した。さらに、体内の血小板数とTPOの部分長化の程度の関連を調べるために、血小板数の変動を伴う様々な血液疾患に由来するTPOを解析したところ、健常人と同様に全長型のTPOがドミナントであることを明らかにし、TPOの翻訳後プロセシングによる部分長化が、全身性の血小板産生制御機構として機能している可能性は低いことを示した。

さらに、TPOの立体構造からTPOとレセプター(c-Mpl)との結合様式を解明するために、TPOレセプター結合ドメインと中和抗体Fabフラグメントの複合体についてX線結晶構造解析を行った。その結果、TPOレセプター結合ドメインは、4本αへリックスバンドル構造を形成しており、立体構造上エリスロポエチンと高い相同性を持つことを確認した。加えて、合わせて明らかとなった中和抗体の結合部位や、カロリメトリーを用いた解析から、TPOは2つの異なるレセプター結合部位を持ち、結合比がTPO:c-Mpl=1:2で結合することを明らかにした。2つの異なるレセプター結合部位の1つはレセプターに対して高親和性を、他のもう一方は低親和性を持つことを示した。以上の結果より、TPOの活性発現はレセプター結合ドメインのみで必要十分であることを構造的に示し、レセプターの2量体化を介した造血系サイトカインのレセプター活性化機構が、TPOにおいても高度に保存されていることを明らかにした。

このように松本篤志氏は、血小板に由来するトロンビンによりTPOがプロセシングされることと、その生理学的役割の可能性を示すとともに、ヒト血液中のTPO分子は、血小板数によらず332アミノ酸から成る全長型と考えられる分子がドミナントであることを初めて明らかにした。さらにTPOレセプター結合ドメインの立体構造を明らかにし、レセプターとの結合部位およびその結合様式を明らかにした。

以上のように本論文は、有効な血小板減少症治療薬の開発において基礎的および応用的にも大いに貢献すると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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