学位論文要旨



No 216844
著者(漢字) 塩谷,元宏
著者(英字)
著者(カナ) シオタニ,モトヒロ
標題(和) 新薬開発におけるテレメトリーシステムを利用したモルモット心電図QT評価モデルの確立
標題(洋)
報告番号 216844
報告番号 乙16844
学位授与日 2007.10.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16844号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 准教授 桑原,正貴
 東京大学 准教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

近年,抗不整脈薬以外による心電図QT間隔延長作用が数多く報告され,QT間隔延長作用が新薬開発におけるkilling factor(開発中止要因)と位置付けられている。過去に各製薬メーカーは新薬のQT評価を,開発のより初期に実施することに躍起したが,優れたQT評価系はすぐには確立されることはなく,その間にも2003年には,アメリカ市場での薬物販売停止の原因において,QT間隔延長作用が肝毒性を抜いて1位になったほどである。

理想的なin vivo QT評価動物モデルの条件としては,麻酔による影響(薬物感受性・心拍数・血流量等の変化)を受けない,体重が少ない(必要な薬物量が少なくて済む),ハンドリング・飼育が容易である,心臓のイオンチャネル分布がヒトと類似していることが挙げられる。実際にin vivo QT評価に用いられる実験動物としては,GLP(Good Laboratory Practice:医薬品の安全性試験の実施に関する基準)下での一般毒性試験でビーグル犬を用いることから,イヌを使用する施設が最も多い。しかし,新薬の開発初期において被験物質は数mgから多くても数百mgしか合成されないため,体重の大きいイヌを用いたin vivo QT評価を開発初期に実施することは困難となっている。それに対し,モルモットは体重が少なく,かつ,その他の理想的なin vivo QT評価動物モデルの条件も満たしているため,新薬開発の初期でもin vivo QT評価を実施することができるとして非常に注目されている。実際,麻酔下モルモットによるin vivo QT評価は数多く報告されている。しかし,覚醒下モルモットを用いたin vivo QT評価モデルは,心電図波形が不明瞭等の理由により,確立が難しいとされてきた。

そこで,覚醒下モルモットを用いたQT評価を可能にすべく,テレメトリーシステムを利用したモルモットQT評価モデルの確立及びその実用性の検証を目的として,以下の研究を実施した。

まず覚醒下モルモットにおいて,QT評価に耐え得る明瞭な心電図波形を記録することの検討,次にテレメトリー装着モルモット(以下,テレメトリー・モルモット)でのQT間隔補正式の検討を実施した。また,覚醒下モルモットにおいてQT間隔に影響を及ぼす要因に関する情報はこれまで十分に得られていないため,QT間隔と加齢との関係についても検討した。最後に,QT間隔延長化合物を用いてテレメトリー・モルモットのQT評価モデルとしての検証試験を実施した。

QT評価のためのテレメトリー・モルモットモデルの作製に関して,方法論的検討を実施した結果,電極位置はマイナス極を背部の肩甲骨間に,プラス極を左第10肋間付近に設置すると,覚醒下でも明瞭なT波が得られることが分かった。本誘導法においては,ハンドリング等でテレメトリー・モルモットの心拍数が増加してもT波は正しく自動解析され,実際のQT評価に耐え得ることも分かった。また,送信機埋設手術後における,QT・RR間隔の明暗リズムの回復,体重・摂餌量・摂水量の回復の様子から,手術後の回復期間は約1週間であると考えられた。

テレメトリー・モルモットから得られた心電図をもとに,5種類のQT間隔補正式(QT間隔値をRR値,RR1/2値,RR1/3値,RR1/4値,もしくはlogRR値で除したもの)について,最適な補正式を求める検討を行った結果,QT間隔補正には,変形Bazzett式(QTc = 0.50 ? QT/ RR1/2)が最も適していることが明らかとなった。また,2種類の既知のQT間隔延長薬を用いてQTc(corrected QT interval)の変化を調べたところ,いずれの投与によっても有意なQTcの増大を示したことから,本補正式の有用性が明らかになった。

モルモットにおけるQT間隔と加齢との関係について検討した結果,QT間隔は年齢とともに増加することが判明し,また,IKr(遅延整流K電流の速い活性化成分)ブロッカーに対するQTc延長は加齢により増強され得ることが明らかとなった。このことから,薬物によるQT間隔延長等を評価するにあたっては,モルモットの加齢性変化を考慮することが重要であると思われた。

テレメトリー・モルモットモデルの信頼性をより高めるため,ヒトでQT間隔延長が知られている計8種類の薬物(Bepridil,Terfenadine,Cisapride,Haloperidol,Pimozide,Quinidine,E-4031,Thioridazine)を投与した結果,いずれの薬物においても明らかなQTc延長が確認された。一方,2種類のQT間隔非延長薬物(Propranolol,Nifedipine)ではQTc延長は認められなかった。従って新薬候補化合物のin vivo QT評価系として,テレメトリー・モルモットモデルの高い実用性が確認された。また,変形Bazzett式(QTc = 0.50 ? QT/ RR1/2)の妥当性も実証された。

以上をまとめると,本研究においてテレメトリーシステムを利用したモルモットQT評価モデルの確立を検討した結果,新薬候補化合物のin vivo QT評価系として,テレメトリー・モルモットモデルの高い実用性が確認できた。さらに,テレメトリー・モルモットモデルの薬物に対するQT間隔の感受性・特異性をテレメトリー・イヌモデルと比較しても,両者に明白な差は認められず,このことは,安全性薬理試験を含むin vivo QT評価系としてのテレメトリー・モルモットが,イヌQT評価モデルに劣るものではないことを意味すると考えられた。テレメトリー・モルモットモデルは,イヌQT評価モデルに比べ遥かに少量の被験物質でQT評価が実施できるため,新薬開発において,安全性薬理試験を含めたin vivo QT評価の実施時期をより初期に実施することが可能となる。そして,QT間隔延長作用を有する新薬候補化合物を早期に発見することで,質の高い新薬候補化合物のみを集中的に開発することができ,このことは結果的に新薬を患者に対してより早期に適用できる等,医療の向上に資する面が大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

【背景】近年、人の医療では循環器作用を目的としない各種の薬物によって致死性の不整脈が頻発する事態が生じており、医療上の大きな問題になっている。そのような患者の多くは心臓における興奮の再分極過程の異常を抱えており、心電図検査では心電図波形のQT間隔に延長が認められることが多い。そのため、薬物の開発を行う初期の段階で、心電図QT間隔の変化を評価することが重要であることが世界的に認識されるようになり、日、米、欧の3極で構成される国際会議(ICHガイドライン)においても、薬物の安全性試験は動物実験を基礎にしたQT間隔の評価を重要視すべきであることが明確に謳われるようになった。

心電図QT間隔の評価は無麻酔下の動物で行うことが推奨されている。無麻酔下での心電図記録はテレメトリー送信機を体内に埋め込んだ動物を用いて行われることが一般的になってきている。現在、テレメトリー送信機による心電図記録はラットやマウスを用いて行われることが通例であるが、ラットやマウスの心臓は再分極に関与する心筋細胞カリウムチャネルの構成がヒトとは大きく異なっており、そのためQT間隔に対する薬物の作用を正当に評価できないといった問題がある。イヌやサルはヒトに近い心筋イオンチャネルを有しているが、管理面、経済面、倫理面での制約が大きい。一方、モルモットは心筋のカリウムチャネルのうち、IkrチャネルとIksチャネルを同時に有しており、心筋活動電位の形状や心電図波形もヒトに近似している。

【目的】本研究では、近年繁用されるようになったテレメトリー法を用いて、覚醒下のモルモットから慢性的に心電図記録を行い、不整脈との関連性が高い心電図QT間隔を正確に評価するための方法論を確立するとともに、新しい知見を得ることを目的として行われた。

【結果】本研究では、覚醒下モルモットにおいて,1)QT評価に耐え得る明瞭な心電図波形を記録する方法の開発,2)テレメトリー・モルモットでのQT間隔補正式の検討、3)QT間隔に影響を及ぼす要因のうち、とくに加齢の影響、4)QT間隔延長化合物を用いたQT評価モデルの検証に関する実験を行った。上記1)~4)の研究で得られた結果は以下のようにまとめられる。

1)テレメトリー送信機を皮下に埋設し、電極位置はマイナス極を背部の肩甲骨間に,プラス極を左第10肋間付近に設置すると,覚醒下でも明瞭なT波が得られることが分かった。本誘導法においては,モルモットの心拍数が増加してもT波は正しく認識、自動解析され,実際のQT評価に耐え得ることが分かった。また,送信機埋設手術後における,QT間隔、RR間隔の明暗リズム,体重/摂餌量/摂水量の経過から,手術後の回復期間は約1週間であると考えられた。術式および術後管理の工夫によって、成功率を従来の50 ~60%から100%までに高めることが可能になった。2)QT間隔は心拍間隔(心電図RR間隔)の変化によって影響を受けることが知られているため、QT間隔の延長を正当に評価するためには、QT間隔をRR間隔で補正する(QTcを求める)必要がある。テレメトリー・モルモットから得られた心電図をもとに,5種類のQT間隔補正モデル式(QT間隔値をRR値,RR1/2値,RR1/3値,RR1/4値,logRR値で除したもの)について,最適な補正式を求める検討を行った結果,QT間隔補正には,変形Bazzett式(QTc = 0.50 X QT/ RR1/2)が最も適していることが明らかとなった。また,2種類の既知のQT間隔延長薬を用いてQTcの変化を調べたところ,いずれの投与によっても有意なQTcの増大を示したことから,本補正式の有用性が明らかになった。3)QT間隔は年齢とともに増加することが判明し,また,IKr遮断薬に対するQTc延長は加齢により増強され得ることが明らかとなった。4)テレメトリー・モルモットモデルの信頼性をより高めるため,ヒトでQT間隔延長が知られている計8種類の薬物(Bepridil,Terfenadine,Cisapride,Haloperidol,Pimozide,Quinidine,E-4031,Thioridazine)を投与した結果,いずれの薬物においても明らかなQTc延長が確認された。一方,2種類のQT間隔非延長薬物(Propranolol,Nifedipine)ではQTc延長は認められなかった。従って新薬候補化合物のin vivo QT評価系として,テレメトリー・モルモットモデルの高い実用性が確認された。また,変形Bazzett式(QTc = 0.50X QT/ RR1/2)の妥当性も実証された。

以上を要するに、本研究は新薬の開発初期段階で安全性試験を有効に成し遂げるための価値の高い方法論を提供するものであり、医療の向上に資するものである。その成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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