学位論文要旨



No 216848
著者(漢字) 清水,泰隆
著者(英字) Shimizu,Yasutaka
著者(カナ) シムズ,ヤスタカ
標題(和) 飛躍型確率微分方程式に対する離散的観測に基づく漸近推測理論,及びその実際的方法
標題(洋) Asymptotic Inference for Stochastic Differential Equations with Jumps from Discrete Observations and Some Practical Approaches
報告番号 216848
報告番号 乙16848
学位授与日 2007.10.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第16848号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 菊地,文雄
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,以下のような飛躍型確率微分方程式に従う連続時間型確率過程X:={Xt}t≧0に対する統計的漸近推測論を扱う.

〓(1)

ここに,ε=Rd\{0},ωは多次元ウイナー過程,pは[0,∞)×ε上のボアソンランダム測度,qはその補正測度であり,q(ds,dz);f(z)dzdsなる表現を持つとする.fは時間依存しないレヴィ密度である.係数α,b,cはそれぞれ適切な次元を以って定義された可測関数である.このような確率過程Xは,飛躍型拡散過程と言われる.

飛躍型拡散過程Xをある現象の確率モデルとして用いる場合,一般には,関数a,b,cやランダム測度pの特徴付けとなるレヴィ密度fなどは未知であり,Xの観測からそれらを統計的に推定することは,応用上重要な問題である.

ここで,Xの観測には大別して2種類考えられる.一つは連続的観測であり,これはXのパスを観測期間を通して完全に観測したものである.もう一つは離散的観測であり,これは観測期間におけるいくつかの離散時点のみのXの値を観測したものである.連続的観測の下での統計推測は,数理統計的には重要な問題の一つではあるが,実際のデータを扱う場合の方法論としてはあまり現実的とはいえない.そこで,我々は連続時間型の確率過程Xの離散的観測による統計推測に興味をもつことになる.本論文の主題は,このような離散的観測に基づくXの統計的推測である.

論文を通して,Xの離散的観測は初期値X0のほかにn個の標本として与えられるとし,観測の時間幅は標本数ηに依存して等間隔hn(>0)とする.すなわち,離散的観測は時刻rni=i×hn(i=0,1,2,...,n)においてなされると仮定する.このとき我々の目的は,標本Xn:={Xtni}i=0,1,...,nからa,b,c,及びfに含まれ得る未知量に対する推定量を構成し,nが増大するときの推定量の漸近挙動を調べることである.

このような離散的観測に基づく漸近理論を論ずるとき,観測幅hnのnに対する漸近挙動(観測スキーム)を定めておくことは,推定量の漸近分布に影響を与えるという点で本質的に重要である.本論文ではη→∞のとき,ηhn→∞,更に,ある定数δ>0に対してnhn(1+δ)→0となることを仮定して議論する.定数δは観測の頻度を制御し,δが大きいほど観測の頻度が低いことを許容する.この値が推定量の漸近効率に影響を与えるという点で,δの上限は離散観測に基づく漸近理論の興味の対象の一つであるが,本論文においては,推定量の漸近効率を優先してδ∈(0,1]の下で議論しており,実際にいくつかの場面で推定量の漸近有効性が達成される.

本論文は主に6つの章から成る.このうち,第1章では統計的漸近理論の歴史的経緯と本論文の概要を簡単に述べることで序章とし,第2章で飛躍型拡散過程の定義といくつかの性質について述べている.主題となる統計的推測論は,第3章から第6章に渡って議論される.

第3章では,関数a,b,c,及びレヴィ密度fが,それぞれ多次元の未知パラメータθ,σを含む既知の関数α(x,θ),6(x,σ),c(x,z,θ),及びfθ(z)として与えられている場合に,パラメータ(θ,σ)の同時推定(パラメトリック推定)を論じている.以下,α:=(θ,σ)とし,それらの真値をα0,θ0,及びσ0と表すことにする.

この章では,レヴィ密度fθに対して,

〓(2)

となることを仮定する.このようなモデルを仮に「ボアソン型」と呼ぶことにする。また,推定量の漸近挙動を調べる上で本質的な極限定理を得るために,Xのエルゴード性を仮定する.

パラメトリック推定における有力な推定量の構成法の一つに最尤推定法があるが,離散観測Xnの推移確率を陽に表現することは困難であるため,Xnの尤度関数を直接書き下すことは難しい.そこで本論文では,Xの飛躍を標本Xπから検出し,その飛躍の大きさを近似することによってXnの対数尤度関数の近似を求めており,この飛躍の検出法こそが本論文全体を通しての鍵となる.

仮定(2)の下では,nが大きい時,したがってhnが十分小さい時,各区間の上で起こる飛躍の回数は高々1回と近似することが出来る.もし,ある区間(tn(i-1),tni]の上で飛躍が起こらなければ,Xはその間を拡散過程dXt=a(Xt,θo)dt+6(xt,σo)dWtに従って推移するので,直感的には,時間hnにおける増分1△iXn1:=1Xtni一Xtn(i-1)1は小さく,hn→0のときその増分は0に近づく.しかし,1回の飛躍があった場合,その増分は確実に飛躍幅に近づくであろう.そこで,飛躍の基準となる閾値rnをηに応じて適切に定めることによって,1△iXn1>rnとなる区間では飛躍があったと推測し,その大きさを△iXπnによって近似するのである.

このようにして飛躍の無い区間とある区間を推測し分類しておく.飛躍が無いと推測される区間上では,拡散過程の推移近似である「局所ガウス近似」を用いて尤度を近似し,飛躍があると推測される区間上では,ボアソンランダム測度に対する尤度の自然な離散化を用いることによってXnの近似尤度を構成することができ,これらをα0の推定関数として採用するのである.実際,この推定関数による推定量an=(θπ∂n)のに対して,nhn(θπ一θ0)とn(∂η一σ0)はそれぞれ漸近正規し,ある意味で漸近有効な推定量となる.ここで,θηと∂nで最適な収束率が異なっていることに注意が必要で,これがαをθとσに分けて表現した所以である.

既述したように,漸近有効性を得るには観測スキームにおける定数δの定め方が重要であるが,第3章ではレヴィ密度fにある種の正則条件を与え,δ=1の下での漸近有効性を達成しており,このスキームは,この種の漸近論における標準的な設定である.fに対する条件を緩和させることは可能であるが、その場合には∂<1とする必要が生じ、どちらを選ぶかは応用の対象観測の状況によって異なるであろう。

第4章においては真のレヴィ密度に対して

〓(3)

となる場合も一部許容した上でパラメトリック推定を行っている.このモデルを「レヴィ型」と呼ぶことにする.Xのエルゴード性は引き続き仮定する.

条件(3)の状況では,観測幅hnの区間上で常に無限個の飛躍が存在することになり,上述のような判定は難しいように見える.しかし,確率微分方程式(1)の飛躍項(右辺第4項)を,ある数列εn>0に対して,以下の2項

〓(4)

〓(5)

の和に分解すれば,上記Jn(t)から生じる飛躍の個数は観測幅hnの区間上で常に有限個であり,また,εnが減少する時,Bn(t)は適当な正則条件の下で拡散項とある意味類似の挙動をすることが示される.これはある意味で,レヴィ型モデルのボアソン型モデルによる近似とみることも出来るであろう.このような観点に立つと,既述した飛躍判別法が一部適用できて,第3章と類似の議論が可能になる。.ただし,飛躍ごとの検出は困難で,飛躍に関わるパラメータの漸近有効性は放棄せざるを得ない.また,εn,hn,及びrnらの関係,あるいは,それらと観測スキームにおける定数δとの間の関係を注意深く定める必要がある.

第5章では,再びボアソン型(2)に戻り,レヴィ密度fのノンパラメトリック推定について考察している.ここではa,bやfを未知とし,パラメトリックな構造を仮定しないが,cは既知の関数と仮定して議論する.

今,連続的観測Xが得られていたと仮定すると,Xの全ての飛躍時刻とその大きさを観測できることになる.このとき,任意のxに対して,関数z-y=c(x,z)に逆関数y-z=C(-1)(x,y)が存在したとして,ある飛躍時刻をtとすると,△Zt:=C(-1)(Xt_,△Xt)は既知である.ただし,△Xt:=Xt-Xt_とする.このとき,△Ztは確率密度λ0(-1)f(z)を持つ確率変数と見なせるので,統計学において古典的な密度推定法を応用することによりfのカーネル型推定量を構成できる.離散的観測の場合には,第3章で用いた飛躍判別の議論によって,1△iXn1>rnとなる区間における飛躍△Zt自然な近似として△izn:=c(-1)(Xtn(i-1)、△ixn)を用いることにより,連続的観測の場合の推定量の自然な離散化としてカーネル型推定量を構成することができる.本章では,そのカーネル型推定量の平均2乗誤差の意味での一致性を示し,その最適な収束率と誤差限界を求めている.

第5章の方法は,第3章で本質的であったエルゴード性の仮定を排除したという点において応用上有力である.また,第3章で仮定したfの正則条件も若干緩和して議論されている.ただし,既述したように,fの条件の緩和によって観測スキームはδ∈(0,1/2)と制限的にならざるを得ない.

さて,これらの議論を実際に応用する場合,飛躍判別の閾値rnの決め方が最も重要であることは言うまでもない.しかし,漸近理論が与えてくれる閾値rnの決定条件は,標本数nが増大する時の漸近挙動だけであり,実際,閾値に関する一定の収束条件を満たす数列rnを取れば,その定数倍Lrn(L>0)もまた飛躍判別の閾値として漸近的には同等な役割を果たす.しかし,実際には標本数nは固定されているし,論文内で示したいくつかの数値実験が示すように,Lの値によって推定精度は劇的に変化する.そこで,nや真のモデルに応じたrnの選択が重要になる.これに対して,第5章でいくつか直感的に有効と思われるrnの選択法を示すが,第6章において,離散的観測によるrnの機械的な選択のアルゴリズムを提案し,その数理的正当性について論じている.

ここで提案される手法は,第5章の直感的手法よりも簡便であり,一組の観測が与えられればそれに対するrnは一意的に決定されるという意味で,実用性の高い手法と言えるであろう.ただし,ここでのモデル設定はc(x,z)≡zに限っており,いまのところ限定的と言わざるを得ない.更に一般的なモデルに対する選択法の開発は,将来に対する重要な課題であろう.

審査要旨 要旨を表示する

確率過程に対する統計推測理論は近年ますますその応用の範囲を広げつつあり、とくに確率微分方程式は確率過程の表現に頻繁に用いられ、その統計理論が必要となっている。

連続時間での観測に基づく統計推測は基本的であり、統計モデルに対する尤度比公式や、様々な極限定理が研究され、推定量の一致性、漸近(混合)正規性、漸近有効性が証明され、漸近理論が発展してきた。いっぽう、実際の統計データ解析のためには、離散時間での観測を仮定することが現実的であり、サンプリング下、つまり、離散的観測による欠測のある状況で、統計量の構成とその理論的な解析が重要となる。確率微分方程式においては、ドリフトの推定は連続時間観測でのそれに対応するが、拡散係数の推定は離散化によって新たに生じる問題である。

離散観測では、尤度比の陽表現は期待できず、その近似としての擬似尤度に基づく解析が行われる。ジャンプのないいわゆる拡散過程に対して理論が進展している。局所ガウス近似やより高次の近似による擬似最尤型推定量の一致性、漸近正規性が示され、また、陽表現のない真の尤度の局所漸近(混合)正規性の証明によって、推定量の漸近有効性も知られている。

株価の暴落など、不連続的な現象のモデリングに、ジャンプのある確率微分方程式が重要となってきている。拡散過程に対する研究を背景に、清水氏は、ジャンプ型の確率微分方程式に対する離散観測に基づく統計推測理論を研究しており、本論文はその基礎となる結果を与えている。拡散過程の場合と本質的に異なる点は、離散観測においてはデータの増分が拡散だけに因るのかジャンプに因るのか確定的でないことである。これは欠測による困難といえるが、その解決のために、漸近一致的なジャンプ/非ジャンプー判別フィルタを構成し、それによってデータ増分を拡散過程の推定関数とジャンプ過程のそれに判別代入することで、パラメータの推定量を構成し、さらにその漸近的性質を示した。判別誤差の評価と制御が本質的である。ジャンプの構造によって推定量の構成方法は異なるが、論文第3章では、複合ボアソン型のジャンプ構造の場合に最尤型推定量を構成し、漸近正規性を証明している。この結果はこの分野において先駆的なものである。

第4章においては、レビ測度が無限の状況を扱っている。この場合、隣り合った観測の間に無限個のジャンプが存在することになり、上述のような判定は難しいように見えるが、確率微分方程式のジャンプ項を小さなジャンプによるものと小さくないジャンプによるものの和に分解すれば、すでに述べたジャンプ判別法が一部適用できて、第3章と類似の議論が可能になる。モーメント法を部分的に援用することで、好ましい漸近性質をもつ統計量の構成に成功した。観測の間隔とレビ測度の発散のオーダーに応じて判別フィルタの閾値を決める必要があり、精密な評価が必要になる。

第5章では再び複合ボアソン型に戻り、レビ密度のノンパラメトリック推定を扱っている。カーネル型推定量を構成し、平均2乗誤差の意味での一致性を示し、その最適な収束率と誤差限界を求めている。

さて、これらの議論を実際のデータ解析に応用する場合、判別フィルタの閾値の決め方が重要であり、第6章において、離散的観測による閾値の選択アルゴリズムを提案し、その数理的正当性について論じている。

以上のように、提出論文は確率過程の統計推測理論およびその応用において重要な結果を与えており、よって、論文提出者清水泰隆は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38162