学位論文要旨



No 216850
著者(漢字) 坂井,吾郎
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ゴロウ
標題(和) 初期欠陥を未然に防ぐためのコンクリートの施工性能評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 216850
報告番号 乙16850
学位授与日 2007.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16850号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 准教授 岸,利治
 東京大学 准教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,近年のコンクリート構造物の施工において頻発しているジャンカやコールドジョイントなどの初期欠陥を未然に防ぐための具体的な方法として,設計・施工計画段階で事前にコンクリートの施工性能を評価し,施工の可否を照査するための手法について検討を行った.

「第1章 序論」では,コンクリート施工の現状と問題点の整理を行い,近年のコンクリート構造物構築における施工条件が,耐震基準類の見直しによる高密度配筋化や景観設計による断面形状の複雑化,ポンプ圧送の長距離化など,コンクリートの打込みが困難になる方向に変化していることと,土木工事におけるコンクリートのワーカビリティーが対象構造物の構造条件・施工条件あるいは使用材料の条件に因らず固定的に捉えられていることを挙げ,この施工条件とコンクリートの施工性能の乖離が初期欠陥の多発の一因と考えられることを述べた.また,これまでに行われてきた初期欠陥を防ぐための取組みについて整理し,現状の問題点を解決して耐久性の高いコンクリート構造物を実現するためには,フレッシュコンクリートの施工性能を定量的に評価する手法が必要であることを示し,これを本研究の目的として設定した.

「第2章 施工性能の評価指標に関する考察」では,施工性能の指標としてのスランプについて考察するとともに,材料分離抵抗性の指標として単位粉体量を導入することについて検討を行った結果,以下のような結論を得た.

(1)施工性能の指標としてスランプを捉えた場合,経時的変化や運搬過程による変化があること,およびばらつきを有するものであることを考慮することが重要である.

(2)スランプが同一であってもコンクリートの施工性能が同じであるとはいえず,スランプのみを指標として施工性能を評価することには限界があり,材料分離抵抗性の指標となるものの導入が必要である.

(3)通常のスランプレベルのコンクリートであっても,自己充てんコンクリートの場合と同様に単位粉体量(単位セメント量)を材料分離抵抗性の指標とすることが可能であり,流動性・変形性の指標であるスランプとの組合せによってコンクリートの施工性能を表現できる.

「第3章 施工性能評価手法」では,本研究で提案する施工性能評価手法の概要について述べ,その具体的な構築方法に関する考察を行った,その結果,以下の結論を得るとともに,提案する施工性能評価手法の根幹となる不具合発生の有無を分ける境界線(図1)の設定を行った.

(1)実施工データの分析により,変形性・流動性の指標であるスランプと材料分離抵抗性の指標である単位セメント量に関係において施工の可否を判別することができる境界線を見出すことができる.

(2)未充てん部の発生に関する実施工データを分析した結果,施工の可否を表す境界線は鉄筋の最小あき間隔ごとに存在することが判明した.

(3)未充てん部の発生に関する境界線は部材の種類ごとに存在し,特に鋼材の配置方向とコンクリートの打込み方向の関係および部材の高さに起因する締固め作業高さの影響を受ける.

(4)未充てん部の発生に関する境界線には,材料分離抵抗性の不足を意味する下限側の線とともに,単位粉体量の増加に伴うコンクリートの粘性の増大に起因した振動締固め性の不足を意味する上限側の線を設定する必要がある.

「第4章 不具合発生確率の算出方法と評価結果の検証」では,第3章で示した施工条件とコンクリートの施工性能の関係を表す境界線をもとに不具合が発生する確率を求める方法(図2)について述べるとともに,実際に作成したPC用評価ソフトウェア(図3)の詳細について説明を加えた.また,PC用評価ソフトウェアを用いて実例に基づく評価結果の検証を行った結果,以下の結論を得た.

(1)施工の可否を表す境界線をもとに,スランプのばらつきを確率密度関数と考えることで不具合の発生する確率を算出することができる.

(2)単位セメント量に対して細骨材微粒分や水セメント比などの材料分離抵抗性に関わると考えられる配合因子の影響を考慮した「補正セメント量」の導入により,不具合発生確率の算定精度を向上させることができるものと考えられる.

(3)評価結果の検証を行った結果,実現象に対する評価結果(確率)は妥当と考えられるものが得られ,本研究で提案する評価手法の有効性が確認された.特に,評価結果が単なる配合の良否ではなく,不具合の可能性までを論じることのできる結果として表されており,本手法のコンセプトである「不具合の可能性を発生確率として算出することにより定量的に評価する」ことの具現化が確認できた.

「第5章 リスク評価」では,初期欠陥の発生をリスクとして捉えることの意義について述べるとともに,不具合の発生確率から初期欠陥の発生が構造物の寿命や耐久性に及ぼすリスクを算出する方法を示し,以下の結論を得た.

(1)コンクリート施工におけるリスクは,施工条件と配合(施工性能)の組合せによって算出できる不具合の発生確率と短期・長期的損失(コスト)の積によって表すことができるものと考えられる.

(2)リスク評価を行うことによって,コンクリート材料費や施工費と構造物の維持管理費それぞれの増減を比較することができ,合理的な選択を行うことが可能となる.

「第6章 結論」では,第1章から第5章で述べた考察の結果を取りまとめるとともに,今後の課題として,より正しい評価を行うためには,今回設定した施工性能判定のための境界線が今後の施工データの蓄積により更新されていかなければならないことや,現状の評価システムで考慮している以外の使用材料・配合や施工条件に関する要素をどのように取り扱うべきかさらに検討していく必要があることなどを述べた.

図1 打込み性能に関する境界線

図2 不具合の発生確率算出方法

図3 PC用評価ソフトウェアの評価結果の出力画面例

審査要旨 要旨を表示する

コンクリート構造物は適切な材料選定と設計・施工管理がなされた場合、極めて長寿命となることが実証されている反面、施工段階でフレッシュコンクリートの充填不良や締固め不足に起因すく初期欠陥が導入されると、構造寿命が著しく低下し、10~30年で不具合が発生することも事実である。高度経済成長期に集中して整備された社会基盤の中には、初期欠陥が主因となって構造寿命が劣化しているものが少なからず報告されており、近い将来、維持管理コストが大きく膨れ上がることが懸念されている。従来からスランプ試験によって間接的にフレッシュコンクリートの施工性能を量ってきたが、施工の多様化、天然骨材の枯渇と品質低下、耐震設計の高度化に伴う高密度配筋などで新たな枠組みが求められている。このような社会的背景のもとで本研究は、フレッシュコンクリートの新たな施工性能評価法を通じて初期欠陥を未然に防ぎ、高品質の社会基盤を継続的に提供するための欠陥リスク評価の方法を提示したものである。

第1章で本論文の学術的ならびに社会的背景と研究目的に述べており、フレッシュコンクリートの施工性能と流動性、材料分離抵抗性に関する既往の研究をとりまとめている。指針類におけるフレッシュコンクリートの施工性能の評価方法と材料設計法、現状のレディーミクストコンクリートの選定方法の問題点を明確にしつつ、施工性能評価に基づく品質保証と定量化された初期欠陥リスクに基づく構造物の品質保証システムの重要性を述べている。

第2章では,フレッシュコンクリート施工性能を事前評価する際に、その基本となる材料科学的観点に基づく指標について論じている。施工性能の指標の一つとされるスランプについて、現状の現場施工での活用方法を全国的に調査、整理するとともに,スランプのみを指標として施工性能を表現することの技術的限界を、日本の天然骨材の品質動向と耐震構造設計の近年の変革とも関連づけて指摘している。ここでスランプのみで表現できない材料分離抵抗性と振動締固め性に対して、単位粉体量(セメントおよびポゾランなどの混和材)を用いることが、製造工学、材料設計の観点から可能であることを明らかにしている。単位粉体量で材料分離抵抗性を間接的に評価する点は、本研究の最も重要な独創性を形成している。振動締固めが不要の自己充填性コンクリートの開発研究によって明らかにされた既往の知見が、一般の振動締固め作業を有するフレッシュコンクリートにまで適用できることを意味しており、フレッシュコンクリートの力学特性の統一的な表記につながるものとしても、高く評価される。

第3章で本研究で開発した施工性能評価手法と、初期欠陥などの不具合発生の有無の判定図の構築方法について論じている。施工時の不具合として、ポンプ圧送における圧送配管の閉塞とジャンカなどの未充てん部の発生を取り上げ、これらの不具合発生の有無に関する実施工のデータを全国的に調査した結果からも、2章で提起されたように、スランプと単位セメント量の関係から、不具合発生リスクが急激に増加する限界状態線を見出せることを示した。また、構造部材ごとのフレッシュコンクリート打込みパターンの違いや、単位セメント量が振動締固め性に与える影響に着目して実施工データの分析や考察を行い、コンクリート構造部材ごとに設定された不具合発生の有無の判定図の提案を行っている。これらの判定図は、コンクリート構造の施工欠陥の実情と事前評価結果とを比較して、詳細な検証を経たものである。

第4章では第3章にて示した不具合発生の有無の判定図をもとに,不具合が発生する確率の算出方法を提案している。また、これを実施工現場で展開するために必要なソフトウエアの開発を行った。実施工で生じた不具合事例のデータを入力して不具合発生の危険度を評価して、実際の結果と詳細に照合するとともに、不具合が発生する確率をもとに施工の適否を判断する際の判定値を与えている。

第5章では発注者、設計者、施工者など、技術上の責任主体である技術者が共有できる情報プラットフォームを与えることの重要性を指摘し、前章までに求めた不具合発生確率をもとに、初期欠陥の発生に伴うリスクを算出する方法を与えている。不具合の発生による影響を不具合が発生したことによって生じる短期的・長期的補修コストとして捉え、これと不具合の発生率との積をリスクとすることの提案を行った。

第6章で本研究の結論をまとめ、今後の課題について概括している。

本研究は、フレッシュコンクリートの施工性能と初期欠陥リスクの評価方法を与えることにより、社会基盤施設の品質保証システムの向上を与えるものと言える。高度経済成長期に多く整備された社会基盤施設の劣化や今後の維持管理が喫緊の課題となっている。耐久性に関わる不具合の多くが建設時の構造初期欠陥に由来するものであり、本研究成果は今後の新設ならびに既設社会基盤の再構築に極めて重要な材料設計・施工管理技術を与えるものであり、その工学上の貢献は大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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