学位論文要旨



No 216851
著者(漢字) 西嶋,隆
著者(英字)
著者(カナ) ニシジマ,タカシ
標題(和) 軽量・柔軟な機械要素を実現する静電モータシステムの開発
標題(洋)
報告番号 216851
報告番号 乙16851
学位授与日 2007.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16851号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 新野,俊樹
 東京大学 准教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

近年ではメカトロニクス・ロボット分野の発展により,従来の高重量,高剛性な機械のみならず,人と物理的なインタラクションを行う機械や生物の動作を模倣する機械のように,物理的・機能的に柔軟性を必要とする機械が開発されるようになってきた.このような機械には,その機械に適した,屈曲や伸縮運動に対応可能な柔軟なアクチュエータが要求されている.

従来研究によって,本研究の対象である交流駆動両電極形静電モータは優れた出力性能や制御性を有することが確認されているが,本モータの移動子・固定子が柔軟な素材で構成可能である点に着目した,柔軟なアクチュエータとしての議論はなされていなかった.本静電モータが柔軟に屈曲した状態においても機能すれば,出力性能や制御性に優れた柔軟なリニアモータとなる可能性がある.

そこで本研究では,本静電モータを用いた軽量・柔軟な機械要素の開発として,次の点を主な目的とする.

1.交流駆動両電極形静電モータの柔軟性に関して,モータを屈曲させた場合に駆動可能であるか考察し,モータ屈曲時の推力特性を解明する.

2.柔軟な静電モータのための,移動子の位置検出及びモータ全体の屈曲検出を行うセンサ技術を開発する.

3.本静電モータの更なる高出力化を図るために,両面駆動積層形静電モータを開発する.

また,上記3点の研究から得られた要素技術を活用した応用研究を行い,その有効性について議論する.

第1章は序論であり,近年の柔軟なアクチュエータ・センサへの要求,現状のソフトアクチュエータについて俯瞰する.また,本研究の対象である交流駆動両電極形静電モータが柔軟な移動子・固定子フィルムで構成可能であることから,柔軟なアクチュエータになり得る可能性があることを述べる.

第2章では,交流駆動両電極形静電モータの屈曲した状態における推力特性について解明する.まず,従来研究による静電モータの容量係数モデルを用いた平坦なモータ形状の推力解析方法を参照し,この解析方法をもとに,一定曲率で屈曲させた静電モータの推力特性を解析する.解析結果では,実際のポリイミドフィルム間による摩擦係数であれば,モータの屈曲の指標としたベンディングファクタ(モータの屈曲による電極のシフト量を電極3ピッチ分の長さで除した値)が0.5となるまで,モータ推力は大きく減少することなく駆動可能であることが示された.次に,実験により屈曲した状態における推力特性を計測した結果,解析結果の傾向とほぼ一致することが明らかとなった.本結果は,本モータの通常のサイズ(電極間距離h=100?m,電極ピッチp=200?m)であれば,モータ全体を約180°屈曲させた状態(Uの字に屈曲した状態)でも駆動可能であることを意味している.

最後に,高出力化を図るための積層形静電モータにおける,モータ屈曲時の推力特性を解析した.解析では,移動子・固定子の積層方法によって推力特性が大きく変化することを示し,適切な積層方法で構成することにより,屈曲しても推力を得ることができることを述べた.以上により,本静電モータは屈曲運動する機構や曲面形状をした箇所への配置が可能なモータであることを示した.

第3章では,柔軟な静電モータのセンサ技術として,移動子位置検出やモータの屈曲検出を行うセンサシステムについて述べる.本章で述べるセンサは,構成方法から分類すると2種類あり,一つは,従来から開発されているセンサ専用電極を用いる電極位置センサであり,もう一つは,センサ用信号を駆動電源に重畳することで,駆動用電極を移動子位置検出用として併用する,電源重畳方式による電極位置検出センサである.

本章では始めに,従来のセンサ専用電極を用いたセンサについて述べる.このセンサについては,次に挙げる3つの内容ついて述べる.

1.まず,平行電極による電極位置検出センサを用いて,屈曲したモータの移動子位置が検出可能であるか解析する.解析においてセンサ出力は移動子位置及び屈曲に依存し,位置センサ出力はベンディングファクタが0.5の時に直線性が最良となることを示し,この傾向を実験によって検証した.モータ形状が動的に変化する場合には,マイクロメートルオーダの移動子位置検出は困難であるが,電極3ピッチ分程度の分解能であれば,移動子位置を検出可能であることを解析により示した.

2.次に,一対の重ね合わせた平行電極によるセンサフィルムを用い,これらの一端を固定したものは,屈曲センサとなることを示した.解析により本センサ出力は若干の非線形性があることが示され,試作した屈曲センサによる実験では,屈曲の中心角が約±0.66[rad](=±37.8°)の範囲において,最大約0.069[rad](=3.9°)の誤差で検出可能であることを確認した.この屈曲センサは一対のセンサフィルムの一端を固定するため,モータ電極に組み込むことは困難であるが,薄型・軽量な屈曲センサとして,屈曲運動する物体や人体の関節部分に貼り付けて計測する等の応用が期待できる.

3.次に,上述の2点の結果を踏まえ,同様の一対のセンサ電極フィルムを用いて,モータの移動子位置と屈曲を同時に検出可能なセンサ電極の構成方法を考案する.実験では,センサの曲げ角度を検出しながら,移動子位置は960μm(=電極6ピッチ)の離散的な分解能で検出可能であることを確認した.このセンサにより,移動子位置及び屈曲を検出するモータ内蔵型のセンサが実現可能となる.

最後に,電源重畳方式による電極位置センサについて述べる.この技術は従来研究によって実験的に可能であることが確認されているが,本章ではセンサ原理の詳細な解析を行い,センサ回路の構成方法の指針を明らかにした.実験では,本方式の位置センサが機能することを示し,駆動電圧1kV0-p時,2kV0-p時にそれぞれ最大誤差±43.2μm,±48.0μmで検出可能であった.本センサにより,センサ用電極が不要となり,モータ電極構造の簡略化や有効駆動電極面積の増大を図ることが可能となった.

第4章では,積層形静電モータの更なる高出力化を目指した高出力両面駆動積層形静電モータを開発する.従来の静電モータは駆動に寄与する面が片面であったため,積層時に駆動に寄与しない移動子・固定子の接触面が存在した.本章では表裏面の両接触面において推力生成を可能とする新たな両面駆動形の電極フィルムを開発し,同一形状の従来の電極フィルムに比べて約2倍の駆動面積を得ることが可能となった.

また,電極ピッチの微細化により,試作した電極ピッチ160μmのモータは単位駆動面積あたり0.17N/cm2(1600V0-p時)の推力を発生した.これは従来の電極ピッチ200?mのものと比べて約1.4倍の推力密度となった.

開発した移動子・固定子を10組積層した両面駆動積層形モータは,駆動電圧1400V0-p印加時に出力約3.5Wを得た.このときの出力/アクチュエータ質量比は23W/kgとなり,アクチュエータ質量を電極フィルムのみとして換算すると250W/kgを得た.効率は最大約46%を得た.次に,効率に関して,各種要因による損失割合について考察した.その結果,全損失の約70%が機械的摩擦であり,効率の向上にはフィルム間摩擦やモータのガイド等の摩擦低減が重要となることを示した.

第5章では,軽量な2自由度ロボットアームの開発を行い,軽量・薄型で柔軟な静電モータの特徴を発揮する,モータ構成方法について議論する.

上腕部の試作では,本モータは柔軟で薄型であるため,その配置方法の自由度が高い点に着目し,従来のモータでは配置できないような屈曲した狭隘部に配置可能となる一例を示した.軽量化が求められる前腕部の試作では,軽量なダイレクトリニアモータである本モータの特徴を踏まえ,生物の拮抗筋を模倣した軽量な構造とした.

試作した上腕部と前腕部の静電モータは,それぞれの関節に対し約34.5N・cm,9N・cmのトルクを発生可能であった.また,アーム関節角度を制御するシステムを試作し,ステップ応答を測定した結果,前腕部と上腕部は無負荷時に10°の旋回指令をそれぞれ約0.5s,1.0s以内で追従することが可能であった.

最後に,本静電モータの高いバックドライブ性をいかした,ダイレクトティーチングによるPick-and-Placeタスク実行例を示し,良好に制御可能であることを示した.

第6章では,軽量・柔軟な静電モータを応用したハプティックグローブを開発する.柔軟に屈曲可能な静電モータを指に沿わせて配置する設計によって,従来,ワイヤ牽引やリンク機構などの複雑な構造で構成されるデバイスが,軽量かつ簡便な構造で製作可能であることを示した.

構造設計では,人差し指に配置するモータや指関節に関する駆動系を考察し,モータ推力と仮想反力の関係,必要となるモータストロークを示した.使用するモータは第4章で開発した両面駆動積層形静電モータを用い,モータが屈曲しても安定した推力を得る積層構造について述べた.

制御実験では,本モータは脱調しない限りオープンループで良好な位置制御が可能な同期モータである特徴を踏まえて,アドミッタンス型の力覚提示を行った.ここでは異なる3種類のバネ定数からなる仮想反力を提示することが可能であることを示した.

第7章では,本論文の総括を述べ,残された課題と今後の展望について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「軽量・柔軟な機械要素を実現する静電モータシステムの開発」と題し,交流駆動両電極形静電モータの物理的柔軟性に着目した,柔軟なアクチュエータとしての推力特性評価,柔軟なアクチュエータのためのセンサ技術,及びこれを用いた応用研究に取り組んだ研究成果を纏めたものである.

本論文は,全7章から構成されている.

第1章「序論」では,本研究の背景と目的,本研究の対象である交流駆動両電極形静電モータの概要,及び本論文の構成について述べている.近年の柔軟なアクチュエータ・センサへの要求,現状のソフトアクチュエータについて俯瞰し,本論文の研究対象である交流駆動両電極形静電モータが柔軟で耐屈曲性に優れたフレキシブルプリント基板で構成されていることから,柔軟なアクチュエータとなり得ることを述べている.本論文の主な目的として,1.交流駆動両電極形静電モータの屈曲時の推力特性の把握,2.柔軟な静電モータのためのセンサ技術開発,3.高出力両面駆動積層形静電モータの開発の3点とし,これらの成果を踏まえた応用研究として,ロボットアームの開発,ハプティックグローブの開発を行い,その有用性について議論することを述べている.

第2章「柔軟な構造を有する静電モータ」では,交流駆動両電極形静電モータの屈曲した状態における推力特性について解明している.理論解析では一対の移動子と固定子で構成される交流駆動両電極形静電モータについて,モータの容量係数行列による等価回路モデルを用い,モータ屈曲時の推力特性を求めている.解析の検証実験では,理論解析と同様な傾向の推力特性が得られており,交流駆動両電極形静電モータは屈曲しても駆動可能な柔軟なモータとして機能することを明らかにしている.さらに,複数の移動子・固定子を積層して高推力化を図った積層形静電モータについても,屈曲時の推力特性について解析し,適切な積層構造についての知見を得ている.

第3章「交流駆動両電極形静電モータのセンサ技術」では,移動子位置及びモータの屈曲を検出するための,モータ組込み型のセンサ技術について述べている.交流駆動両電極形静電モータ用の電極位置センサ技術を応用して,屈曲したモータの移動子位置検出,及びモータの屈曲検出を試みている.センサの等価回路モデルより,位置センサと屈曲センサの直線性について解析し,検証実験を行っている.これらの結果を踏まえて,移動子位置と屈曲の両方を同時に検出可能なセンサ電極構造を考案し,交流駆動両電極形静電モータに組み込むことが可能なセンサ技術を開発している.さらに,駆動電極を電極位置センサ用の電極として併用する,電源重畳方式のセンサについて,そのセンサ等価回路の解析によりセンサ原理を解明し,センサ出力の直線性向上のためのセンサ回路設計の指針を得ている.

第4章「高出力両面駆動積層形静電モータ」では,積層形静電モータの更なる高出力化を実現する両面駆動積層形静電モータを開発している.従来の移動子・固定子フィルムは駆動に寄与する面が片面であったが,本章で開発した新型の両面駆動型の電極フィルムにより,表裏面の両接触面において推力を生成可能となり,積層時に従来の約2倍の駆動面積を得ることを可能としている.さらに,電極ピッチの微細化により従来の約1.4倍の単位面積あたりの推力が得られることを確認している.新型の電極フィルムを10組積層した積層形静電モータを試作し,モータの出力/重量比,効率を測定し,効率を低減させている各種の損失について考察し,約70%がフィルム摩擦等の機械的損失であることを実験により求めている.本章で開発した高出力両面駆動積層形静電モータは第7章のハプティックグローブにて応用されている.

第5章「ロボットアーム」では,開発した静電モータの応用研究として2自由度ロボットアームの開発を行い,軽量・柔軟な静電モータの特徴を発揮する,モータの設置方法や構成方法について論じている.従来の高剛性なモータでは配置することができないような,ロボットアーム内の狭隘部に,薄型・柔軟な静電モータを屈曲した形状で配置することが可能である一例と,軽量でダイレクトドライブである特徴を踏まえた,生物の拮抗筋を模倣したモータ構成方法について述べている.これらを採用した軽量なロボットアーム用いて,関節角度を制御するシステムを試作し,ダイレクトティーチング-プレイバックによるPick-and-Placeタスクを実行し,良好に制御可能であることを確認しており,軽量・柔軟な静電モータの有用性が示されている.

第6章「ハプティックグローブ」では,軽量・柔軟な静電モータを応用した,指に装着するタイプの力覚提示デバイスを開発している.従来の多くのハプティックグローブは,ワイヤ牽引,リンク機構などの複雑な構造で構成されているが,本静電モータを屈曲する指に沿わせて配置する設計により,軽量かつ簡便な構造とすることが可能となることを示している.本章では第4章で開発した両面駆動積層形静電モータ,第3章で開発した屈曲センサが用いられている.制御実験では,アドミッタンス型の力覚提示手法を用いて,異なる3種類のバネ定数からなる仮想反力を提示することが可能であることを確認しており,軽量・柔軟な本静電モータが柔軟に屈曲しても優れた制御性を有することが示されている.

第7章[結論]では、本研究で得られた成果についての総括を行い、さらに今度の展望について述べている.

このように,本論文でなされた研究は,交流駆動両電極形静電モータが軽量・柔軟なアクチュエータとして機能することを示すとともに,柔軟な静電モータのためのセンサの技術を開発し,さらには,本論文で提案,開発した技術を用いた応用研究によりその有効性を示すことで,交流駆動両電極形静電モータの柔軟なアクチュエータとしての新たな可能性を示したものである.その成果は,次世代のメカトロニクス・ロボティックス分野における要素技術の発展に大きく貢献するものといえる.

よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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