学位論文要旨



No 216852
著者(漢字) 藤村,哲也
著者(英字)
著者(カナ) フジムラ,テツヤ
標題(和) 前立腺癌におけるエストロゲン受容体およびエストロゲン関連受容体の役割
標題(洋)
報告番号 216852
報告番号 乙16852
学位授与日 2007.10.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16852号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 講師 今村,宏
 東京大学 講師 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

前立腺癌に対する内分泌療法には外科的去勢、LH-RHアナログ、抗アンドロゲン剤を中心としたアンドロゲン除去療法とエストロゲン療法がある。アンドロゲン除去療法が第一選択になっているものの、数年後にアンドロゲン除去療法に抵抗性を獲得した症例や、骨転移を有する進行前立腺癌の症例に対してエストロゲン療法が行われている。Diethylstilbestrol (DES), Estramustine phosphate (EMP)などのエストロゲン製剤は17β-estradiol(E2)に代謝され、標的臓器において作用を及ぼす。これまで前立腺腺細胞におけるER (Estrogen receptor)の存在がタンパクレベルで証明されていなかったため、間質細胞と基底細胞に存在するERを介したパラクライン作用により間接的に前立腺腺細胞に作用すると考えられてきた。前立腺におけるエストロゲン製剤のERを介した作用に関しては充分解明されていなかった。

これまでの知見において前立腺癌におけるERαの発現は、いまだ一定の見解が得られていない。また1996年にrat prostate cDNAライブラリーより新しく同定されたwild-type ERβ(wtERβ)の前立腺癌における発現に関しても充分な解析がなされていない。さらに最近になりエストロゲン関連受容体 (Estrogen Related Receptor: ERR)がエストロゲン作用に重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが、ヒト前立腺癌において充分解析されていない。以上よりエストロゲンの前立腺腺細胞の分化におけるERの役割を解析するため実験1としてヒト前立腺におけるERα, wtERβの発現の解析を行い、さらに前立腺において初めてwtERβのC末端のsplice variantsであるβcx (ERβ2)の解析を行った。さらに実験2として前立腺癌におけるERRαの発現に関して検討した。

実験1では根治的前立腺全摘除術を実施した前立腺癌50例におけるERα, wtERβ, ERβcxの発現に関する解析を免疫組織染色法にて検討し、臨床病理的パラメーターとの相関を解析した。なお免疫組織染色陽性の面積 (0-5)、強さ(0-3)を評価し、両者の合計(0, 2-8)をIR score(Immunoreactive score)とした。

ERαは間質細胞の核に強い局在を示した。上皮細胞では非癌部の19例(43%)において陰性であり、陽性例では基底細胞に発現していた。前立腺癌組織では34例 (68%)において陰性であり、5例(10%)にのみ強く発現していた。

wtERβは非癌部の基底細胞、腺細胞、および癌細胞の核に存在していた。特に非癌部の腺細胞においてwtERβは強く発現していた。IR score の平均は非癌部の腺細胞で7.7であり、癌組織の5.9と比較して有意に高かった (p<0.0001)。非癌部の腺細胞において ERβcxはほとんど発現を認めず、 反対に癌組織に多く(70%)発現していた。IR score の平均は癌組織で2.8であり、非癌部前立腺組織の0.27と比較して有意に高かった (p<0.0001)。

ERβ, wtERβ および ERβcxの発現と臨床病理学的因子との関連を解析するために、IR score>=2 を免疫組織染色陽性と判定した。wtERβ 、ERβcxに関しては非癌部腺組織におけるIR scoreを考慮してIR score:6をカットオフ値とした。悪性度の高い癌 (Gleason score;GS: 8-10)においては悪性度の低い癌 (GS:2-7)に比べ有意にwtERβの免疫組織学的活性が減弱していた (p=0.0108)。 反対に、ERβcxの免疫組織学的活性は悪性度の低い癌 (GS:2-7)の症例に比べ悪性度の高い癌 (GS: 8-10)の症例では有意に高かった (p=0.0004)。前立腺癌特異的生存率はwtERβ 低発現群において高発現群に比べ有意に低かった (p=0.0018)。また、ERβcx 高発現群の予後は、ERβcx 低発現群に比べ有意に不良であった(p=0.0058)。

実験2では前立腺でのERRαの発現に関して検討した。まずCOS7細胞(サル腎臓由来)にhERRαをトランスフェクションしたpcDNA3-hERRαを作成した。ERRα抗体の特異性をWestern blot法にて確認し、ヒト前立腺癌細胞株PC-3, DU145, LNCaPでの発現を確認した。次に根治的前立腺全摘除術を実施した前立腺癌106例におけるERRαの発現を免疫組織染色にて解析した。

非癌部の上皮細胞においては強い免疫組織学的活性は11例のみであった。反対に前立腺癌組織に免疫組織学的活性を認め、さらに悪性度の高い症例では強い活性を呈していた。前立腺癌組織でのIR score は3.5 + 2.6で、非癌部の腺組織での1.8 + 2.1 と比較して有意に高かった (p< 0.0001)。悪性度の高い癌 (GS: 8-10)におけるIR score は4.3 + 2.7で、悪性度の低い癌 (GS:2-7)の3.0 + 2.6と比較して有意に高かった (p= 0.0141)。非癌部の腺組織でのIR scoreのほとんどが5未満なので、IR score 5以上をERRαの強発現と定義した。ERRαの低発現群に比べてERRαの高発現群の予後は有意に不良であった(p = 0.0055)。単変量解析ではERRα高発現、GS、および病理学的Stageは有意な予後因子であった (各々p = 0.0141, 0.0123, 0.0352)。また多変量解析ではERRα高発現とGSが有意な独立した予後因子となっていた (各々p = 0.0367、0.0264) 。

本研究では前立腺におけるエストロゲン受容体およびエストロゲン関連受容体のタンパクレベルの発現を解析し、臨床的意義を見いだした。また、これまで詳細が不明であった前立腺癌における受容体を介したエストロゲン作用について考察を行った。今後、エストロゲン受容体およびエストロゲン関連受容体を介した前立腺癌治療の発展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は前立腺癌に対して重要な役割を果たしている内分泌療法におけるエストロゲン作用についてエストロゲン受容体、エストロゲン関連受容体の解析を行い、下記の結果を得ている。

1. 根治的前立腺全摘除術を実施した前立腺癌50例におけるERα, ERβ, ERβcxの発現に関する解析を免疫組織染色法にて検討し、臨床的病理的パラメーター(血清PSA値、Gleason grade、病期)との相関を解析した。免疫組織染色陽性の面積 (0-5)、強さ(0-3)を評価し、両者の合計(0, 2-8)をIR score(Immunoreactive score)とした。ERαは前立腺癌および正常前立腺周囲の間質細胞の核に強い局在を示した。一方、上皮細胞におけるERαの発現は多彩であり一定の解釈を得るには至らなかった。wtERβは正常前立腺、癌組織において上皮細胞に主に存在し、癌組織に比べ非癌部前立腺組織において有意に高かった (p<0.0001)。また、悪性度の高い癌 (Gleason score>=8)では悪性度の低い癌 (Gleason grade<=7)に比べwtERβの発現が有意に低下していた(p=0.0108)。非癌部前立腺組織ではERβcxはほとんど発現を認めず、 反対に、癌組織に多く発現していた。wtERβとは逆に悪性度の高い癌では悪性度の低い癌に比べERβcxの発現が有意に高かった(p=0.0004)。前立腺癌特異的生存率はwtERβ 低発現群において高発現群に比べ有意に低く(p=0.0018)、 ERβcx 高発現群の予後は、ERβcx 低発現群に比べ有意に不良であった(p=0.0058)。

2.前立腺におけるERRαの発現をWestern blot法にて確認し、根治的前立腺全摘除術を実施した前立腺癌106例での免疫組織染色法を行った。ERRαの免疫組織学的活性は非癌部前立腺組織で低く、癌組織に有意に高かった(p=0.0001)。また悪性度の高い癌では悪性度の低い癌に比べERRαの発現が有意に高かった(p= 0.0141) 。前立腺癌特異的死亡率においてERRαの低発現群に比べてERRαの強発現群の予後は有意に不良であった(p = 0.0055)。単変量解析ではERRα高発現、GS、および病理学的Stageは有意な予後因子であった (各々p = 0.0141, 0.0123, and 0.0352)。 また多変量解析ではERRα高発現とGSが有意な独立した予後規定因子となっていた (各々p = 0.0367、0.0264) 。

以上、本研究では前立腺におけるエストロゲン受容体およびエストロゲン関連受容体のタンパクレベルの発現を解析し、臨床的意義を見いだした。また、これまで詳細が不明であった前立腺癌における受容体を介したエストロゲン作用について考察を行い、今後エストロゲン作用を利用した臨床応用へ重要な役割を果たすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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