学位論文要旨



No 216857
著者(漢字) 黒沢,厚志
著者(英字)
著者(カナ) クロサワ,アツシ
標題(和) 統合評価モデルによるCO2およびCO2以外の温室効果ガス削減の総合分析
標題(洋)
報告番号 216857
報告番号 乙16857
学位授与日 2007.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16857号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 准教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

気候変動問題は代表的な地球環境問題である.地球に対するエネルギー収支をみると,太陽エネルギー入射と宇宙への放射・反射などが基本的にはバランスしている.しかし,温室効果ガス排出の増加により,そのバランスは崩れ始めた.温室効果ガスには,二酸化炭素(CO2),メタン,亜酸化窒素,フロン類などがある.水蒸気も温室効果ガスであるが,その発生量は変動が大きく人為的活動で制御可能と考えにくいため人為起源の温室効果ガスの評価からは除外されることが多い.人為起源の温室効果に与える影響が最も大きいガスはCO2である.石炭,石油,天然ガスなどの化石燃料中の炭素分燃焼や,地上・土壌に固定されていたCO2の森林伐採に伴う放出などによって,大気中に排出されるCO2量が過大となり,全球レベルのCO2収支バランスが崩れ,大気中CO2濃度は上昇を続けている.メタン,亜酸化窒素などは,温暖化に対する寄与はCO2と比較して相対的には少ないが,農業,エネルギーなどの部門から排出がある.オゾン層減少対策として開発されたフッ化物である代替フロンは,オゾン層破壊効果は相対的に小さいが,特定フロン類と同様に温暖化効果を有する.

気候変動問題が人間生活に影響を与える可能性を指摘する自然科学分野の知見の蓄積は,国際政治にも影響を与え,気候変動枠組条約のもとで温室効果ガス排出量制約を加えることを盛り込んだ京都議定書が採択されている.京都議定書は,温室効果ガスの削減に対して,地域的柔軟性,時間的柔軟性,削減ガス多様性を認めている.温室効果ガス削減策の柔軟性に対する研究のうち,空間,時間に対する柔軟性,特に空間に対する柔軟性は国際排出権取引の検討などで研究の蓄積がなされてきたが,CO2以外の温室効果ガスについては,地域,対象温室効果ガス,発生源が限定されているものがほとんどで,全球規模での排出量,削減費用,削減ポテンシャルに関する評価が近年まで不足していた.また,CO2以外の温室効果ガスの発生源は,エネルギー,農業をはじめとして多様な人間活動をカバーしなければいけない.複数の温室ガスを対象とした削減は,マルチガス削減と呼ばれており,全球規模での削減ガスの柔軟性についての検討が行われるべきである.温暖化への寄与が最大であるCO2削減策は今後とも必須である.それに加えて,削減ガスの多様性を活用すれば,多種類の温暖化ガスの削減策検討によって,気侯変動対策の選択肢が増加するとともに,より費用効率性の高い対策提示が可能となる.しかし,化石燃料燃焼起源のCO2については分析評価が進んでいるが,それ以外の温暖化ガスについては,一般的に言って,発生量の不確実性が大きいことに加え,削減費用とそのポテンシャルに関する知見が十分に蓄積されておらず,対策費用とその効果に対する不確実性も大きい.

以上のような背景のもとに,本研究では,CO2およびCO2以外の温室効果ガス削減策の評価を研究の目的とした.

マルチガス削減評価を行うために開発したGRAPEモデルは,気候変動緩和策の柔軟性を包括的に評価するため,エネルギー,農業・土地利用,気候変動,環境影響,マクロ経済といった要素についてのモジュールから構成されている.同時に,世界を10地域に分割し,エネルギー資源,土地利用,社会経済状態などにおいて大きく異なる地域特性の差異を,21世紀の後半にかけて分析可能である.CO2以外の温室効果ガスについては,エネルギー,農業・土地利用モジュールにおける各種パラメータや,人口,GDPといったマクロパラメータと連動した排出量が算出され,モデルにおける想定シナリオや試算結果と整合性のとれた評価が可能となっている.このように,評価フレームワークは,CO2以外の温室効果ガスの発生量を内生的に評価し,マクロ経済一般均衡モデルの構造を持ち,温室効果ガス排出量から気温上昇までのメカニズムを簡易気候モデルにより明示しつつ,異時点間動学最適化を行い,動学的費用効率最適性などの検討において整合性な評価が可能であるというユニークな構造を有している.モデルを用いて,気候変動制約条件のもとで,各種温室効果ガスに対する費用効率的な排出経路を求め,人為的温室効果ガスの主要排出源であるエネルギーシステムや土地利用の姿を示すことができるようになった.

評価においては,まず,温室効果ガス削減策の地域柔軟性についての分析を行った.国際気候政策の交渉の結果生み出された京都議定書に示された,温室効果ガス排出量上限制約を課した場合について,排出権取引の影響評価を行った.エネルギー起源CO2排出上限を仮定した場合には,地域間の柔軟性である広義の排出権取引が,エネルギーシステムおよびマクロ経済に与える影響緩和効果は無視できないものになることが明らかになった.次に,京都議定書の短期的目標に対して,超長期の気候政策目標として,CO2濃度安定化を設定した場合の分析を行い,温室効果ガス削減において,エネルギー転換,省エネルギーに加えて,CO2回収貯留や,非在来型ガス資源の重要性を示した.

さらに,これまであまり注目されてこなかったCO2以外の温室効果ガスの削減ポテンシャルに注目し,放射強制力制約を仮定したシミュレーション分析を行った.結論として,複数のガスを適切に組み合わせてマルチガス削減を行うことで,CO2単独削減と比較してより費用効率性の高い温室効果ガス削減が可能であることを示した.また,分析結果を用いて,化石燃料CO2排出削減や温暖化ガス削減に伴う環境面での付随的便益や,100年温暖化ポテンシャル係数を用いたメタンなどの短寿命ガス削減価値についての考察を加えた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「統合評価モデルによるCO2およびCO2以外の温室効果ガス削減の総合分析」と題し、地球温暖化対策における温室効果ガス削減の検討について、世界各地域の排出合計量の削減という空間的組み合わせおよび21世紀の百年を通した削減という時間軸上の排出経路の選択に加えて、複数の温室効果ガス(マルチガス)を組み合わせて削減することに着目し、数理モデルを開発・適用して削減の効率化の可能性を評価した研究をとりまとめたものである。

第1章は序論であり、気候変動問題における温室効果ガス削減策に対する政策的背景と研究の進展、特に複数ガスの多様性を活かしたマルチガス削減に関する動向をレビューし、研究の背景と目的が示されている。

第2章では、分析に用いた統合評価モデルの説明がなされ、モデルで扱う時間範囲や地域分割、エネルギー、土地利用、気候変動、マクロ経済、および環境影響の5モジュールからなる統合評価モデルの構造、および重要なパラメータについて記述がなされている。

第3章から第5章にかけては、気候変動対策のための温室効果ガス削減策における、地域的配分、時間的削減経路および複数の温室効果ガスの組合せによる柔軟性がもたらす効率化効果を検討するための分析が行われている。

第3章では、削減の地域的配分の柔軟性の効果を明らかにするために、京都議定書に示された温室効果ガス排出量上限制約を課した場合について、排出権取引の効果の評価が行われている。分析によって、エネルギー起源のCO2排出削減において、地域間の柔軟性である排出権取引を導入することで、エネルギーシステムおよびマクロ経済に与える影響が緩和されることを明らかにしている。

第4章では、超長期の気候政策目標としてCO2濃度安定化制約を設定した場合の分析がなされている。ここでは地域的な削減の配分の柔軟性に加えて、時間軸を考慮した排出削減経路の柔軟性の効果が解析・評価されている。長期的な温室効果ガス削減において、原子力や再生可能エネルギーを考慮したエネルギー転換および省エネルギーに加えて、CO2回収貯留や、非在来型天然ガス資源活用など種々の削減方策を地域的および時間軸上で割当てる最適解がモデルによって導かれ、排出削減経路の選択の重要性が示されている。

第5章は本研究の中核をなす部分であり、これまでほとんど研究対象とされていなかったCO2 以外の温室効果ガスの削減ポテンシャルに注目した分析が行われている。CO2以外の温室効果ガスの温暖化ポテンシャル係数はCO2より大きいものがほとんどで、複数のガスを適切に組み合わせて削減することで、費用効率性の高い温室効果ガス削減が可能であることが、放射強制力制約を課したシミュレーションによって示されている。また、分析結果から、化石燃料からのCO2排出削減策は活動量減少を通じてメタンや亜酸化窒素の削減にも効果があること、温室効果ガス削減は地域環境汚染物質の削減につながる可能性があることなど、地球環境対策に地域環境改善への付随的便益があることが示されている。さらに、100年間の温暖化ポテンシャル係数を用いたメタンなどの短寿命ガスの削減価値換算は、その時点での放射強制力が制約値から離れている場合は過大評価され、近接している場合には過小評価されるという示唆も導かれている。

第6章は結論であり、本研究で得られた知見が総括されている。

以上のように本論文は、エネルギーシステムモデルに土地利用・経済・気候モデルを統合した数理モデルを開発・適用し、温室効果ガス削減について、地域的配分、時間的削減経路および複数の温室効果ガスの組合せによる柔軟性がもたらす効率化効果、特に複数ガスを適切に組み合わせて削減するマルチガス削減の効果を定量的に示したものであり、これらの成果はエネルギーシステム工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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