学位論文要旨



No 216860
著者(漢字) 渡辺,哲
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,テツ
標題(和) 高密度光ディスクに関する研究
標題(洋)
報告番号 216860
報告番号 乙16860
学位授与日 2007.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16860号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 准教授 三尾,典克
 東京工芸大学 教授 渋谷,眞人
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、ファーフィールド光ディスクシステムにおいて高密度化を実現する上で、課題の解析から、その具体的方法として新記録再生方式や新デバイスに関する研究をまとめたものである。

筆者が本研究に始めて従事したのが1988年であった。既に光ディスクシステムとしては、デジタルオーディオ用コンパクトディスク(CD)が、1982年に発売され普及しており、データ記録用として、ISO(International Organization for Standardization) 130mm (5.25")の光磁気(MO: Magnetic Optical)ディスクシステムが発売され始めていた。これらの光ドライブシステムの記録再生や制御の原理は、たとえば "Principles of optical systems" 等で説明されていた。

一方、光ディスクシステムに対する要求は、さらなる高密度記録化やドライブの小型化であり、その位置づけは重要かつ緊急な研究テーマであった。記録密度を増大させるには、対物レンズで絞られるビーム径を小型化することと、ビーム径に依存せず高密度記録や高密度再生する手法を創案することである。また、小型化を実現するには、光学部品の小型化と新たな光学系構成の創案が必要であった。

本論文では、高密度化を目指して3つのアプローチから検討した研究結果について述べる。1)第1の研究として「ビームスポット径小型化による高密度化研究」を取り上げ、本方式による高密度化技術は、"コマ収差の法則"に則って媒体基板厚(透明カバーコート厚)が薄くなることを述べる。さらに、カバーコート厚みの薄型化にともないゴミ・キズによりRF信号レベルが低下し、データエラーが増加することを指摘した上で、これらの課題に対して、ゴミのサイズとカバーコート厚とデータエラー長との関係を定量的に解析できる手法を述べる。2)第2の研究としては、光磁気媒体を用いる記録方式において、レーザをパルス発光し、それと同期した変調磁界を供給することによりビーム径に依存せずに書き込みピット長を詰められる新記録方式について論ずる。また、再生検出能力を向上させる方法として、信号処理技術について言及し、さらに再生分解能を改善する方法として磁気的超解像方式等について述べる。3)第3の研究としては、高密度記録とともにドライブの小型化を実現するために新たな光デバイスや光ヘッド構成を提案することにより、解決を図った結果を述べる。

(1)「ビームスポット径小型化による高密度化研究」

光ディスクシステムは、原則的に、光ビームスポットの大きさが、記録再生の分解能を決定する。記録媒体面上の光ビームスポット径は、光の波長と、光束の絞り込みの角度で決定され、この角度の正弦が開口数(NA)である。短波長レーザと高NA対物レンズを用いる方法は、高密度記録における第1の手法といえる。本方式による高密度化技術は、一般的な方法といえるが、反面課題も生じる。筆者は、"コマ収差の法則"に則って媒体のカバーコート厚みが薄型化することと、それにともないゴミ・キズによりRF信号レベルが低下し、データエラーが増加することが重要な課題になることを指摘した。これらの課題に対する研究にいち早く着手し、ゴミのサイズとカバーコート厚とデータエラー長との関係を定量的に解析できる手法を考案した。具体的には、擬似ダストを作製し、エラーレートを測定することによりドライブのダストに対する強さを示す指数を算出した。本研究の主なる部分は、1989年から1992年にかけて検討され論文発表されるとともに、基本特許としても出願されている。本研究においては、次の事項を確立した。

1)短波長レーザと高NA対物レンズを用いる光システムは、"コマ収差の法則"に従いカバーコート厚が薄くなることを予測した。"コマ収差の法則"とは、筆者が定義したもので、「CDの仕様に対して新たな光システムのNA比率の三乗の逆数分とレーザ波長比率分カバーコート厚を薄くし、ディスクの傾きによるコマ収差をCD並みに抑える」ことをいう。

2)ドライブシステムのダスト等に対する強さを示す指標を定義し解析をおこない、各カバーコート厚におけるデータエラー分布を把握できる手法を確立した。

3)本エラー分布の解析手法を用いて、ECC(Error-Correcting Code)とエラー訂正結果との関係等を論じ、本方式の有効性を示した。

その後の短波長レーザと高NA対物レンズを用いる高密度光ディスクシステムにおいて、"コマ収差の法則"に則って、1996年にはDigital Versatile Disc(DVD)の透明カバーコート厚0.6mm、2003年にはBlu-ray Disc(BD)の0.1mm、2004年にはUniversal Media Disc(UMD)の0.4mmがそれぞれ商品化された。

(2)「光磁気記録再生における高密度化技術」と「磁気的超解像再生と磁区拡大再生技術」では、光磁気記録媒体を用いることを前提として、筆者創案のレーザパルス発光磁界変調記録の原理を説明し、書き込みピット長がビーム径に依存せずに詰められる画期的な方法であることを論ずる。次に、再生検出能力を向上させる方法として、信号処理技術について述べる。具体的研究内容としては、変調符号の最適化やPRML(パーシャルレスポンスと最尤複合)技術を付加することにより高密度再生が実現できることを示す。さらに再生分解能を改善する方法として磁気的超解像(MSR)のなかから特にCAD(Central Aperture Detection)-MSR技術をとり上げ、再生原理、媒体特性、記録再生評価結果等について論じる。また、光ディスクシステムにおける各種変動に対する課題については、光ビームプロファイルから推測した動作マージンを研究し、その上でレーザパワー制御をおこなう信号処理技術を加えることにより動作マージンを広げられることを述べる。また、磁気的超解像に合わせて高密度化を進める上で、光の回折現象を利用するアドレス信号再生方式や、トラッキングサーボ信号検出方式についても言及する。以上、これらの要素技術を組み合せて互いの長所を生すことで高密度化が成立していることを説明する。なお、本研究結果は、数種の光ディスク規格(HS:Hyper Storage、AS-MO:Advanced Storage Magneto-Optical disk、Hi-MD:Hi-MiniDisc等)としてまとまっている。代表例としては、AS-MO規格として結実しており、光磁気ディスクの持つ高密度記録のポテンシャルを最大限発揮させ、記録密度4.7Gbit/inch2を達成し、直径120mm厚さ0.6mmの基板片面に6GBの容量を実現した。これは、DVDと同じ光学パラメータを用いながら、DVDの記録密度3.3Gbit/inch2、容量4.7GBを上回っている。本研究で、史上初めて記録型の光ディスクが再生専用の記録密度を上回ったことになる。さらに、2004年には、レーザパルス発光磁界変調記録と磁区拡大媒体との組み合わせにより、Hi-MD規格が策定され商品化をされた。本研究では、次の事項を確立した。

1)レーザパルス発光磁界変調記録の原理と優位性

2)信号処理技術(変調方式の最適化とPRML検出)による高密度再生

3)実用的な磁気的超解像媒体と再生動作制御技術

4)HS、AS-MO、Hi-MD規格

(3)「光ディスクにおける新記録方式の研究」では、高密度化そのものを実現する手段の研究というより高密度化を実現することにより生じる各種課題(特に光学的な劣化)に対して着目し、それらを低減させるまったく新しい光ピップアップ構成について考案した結果を論じる。さらに、光学ヘッドの簡素化と小型化もあわせて実現した。本研究内容は、従来の光ディスクシステムとは違った新しい原理に基づくものであり、各種高密度化技術との組合せで実用化されることが期待される。本研究では、次の事項を確立した。

1)量産性の高い超小型高NAレンズ等新たな光学デバイスの考案と作製

2)上記レンズ付き光ディスク用フライングヘッドの要素開発

3)3つの収差(コマ収差、球面収差、フォーカス誤差)補正が可能な光ヘッド構成の考案と実証

最後に、各研究における要素技術をまとめるとともに、高性能の光ディスクシステムがこれらの要素技術を組み合せて、互いの長所を生すことで成立していることを述べる。

審査要旨 要旨を表示する

光ディスク記録は1982年のコンパクトディスク(CD)の実用化以来,デジタル情報の大容量記録媒体として普及発展してきた。その研究開発は大容量化・高密度化を至上命令として進められてきた。高密度化を可能にする技術としては,レーザーの短波長化,レンズの高開口数化,スポット径より小さいスケールでの記録を可能にする超解像技術の導入などが挙げられる。また,高密度化により信号レベルが低下し読み取りエラーの確率が増える。これに対処するエラー訂正符号の導入も不可欠となる。著者は光ディスク製造企業の研究開発部門で以上の問題に取り組んで,成果を上げてきた。最近では,単体部品としてはおそらく最小の対物レンズの作成に成功している。本論文は著者の永年にわたる研究開発の成果をまとめたものである。

第1章「序章」では,研究の背景と概要,および,本論文の構成がまとめられている。

第2章「光ディスクの原理と高密度記録技術」では,光ディスクの原理,各種記録方式の特徴,高密度化の原理と問題点が述べられている。本章の後半では,高密度化おいて必須となる信号処理によるエラー訂正符号法についてまとめられている。

第3章「ビームスポット径小型化による高密度化研究」では,スポット径を小さくするために光源を短波長化し,かつ,開口数(NA)を大きくしたときの問題点について論じられている。光ディスクでは記録面の上に適当な厚さのカバー層を設け,記録面を保護している。このカバー層に起因する球面収差とコマ収差を解析し,波長とNAが与えられたときのカバー厚に対する制約条件を導いた。この結果はCDの規格を基準にして得られたが,一般性がある結果であり,その後のDVDやブルーレイディスクの基本的な特許の一つとなっている。

著者は,実用的には重要となるカバー層の上面に付着した塵埃の効果を実験的,理論的に解析し,カバー厚が与えられたときの塵埃の大きさと読み取りエラーの関係を導いた。一方,標準的な環境における塵埃分布を調べ,現行の光ディスクにおける塵埃対策の基礎を確立した。

第4章「光磁気記録再生における高密度化技術」では,光磁気記録に固有の高密度化技術について著者の研究成果が述べられている。光磁気記録は,レーザー光で局所的に媒体をキューリー点以上まで加熱し,磁界を加え,磁化の方向でデータを記録する方式である。従来の記録方式ではレーザー光を連続的に照射し,磁界をパルス的に変調する方式が用いられていた。著者はレーザー光をパルス的に照射する方式を考案し,その実用化を行った。この方式では,円形のレーザースポットを部分的に重ねて照射することにより,1ビットの情報が円形スポット全面ではなく,円形スポットをずらすことによって生じる三日月型の部分に記録される。これにより,円周方向に円形スポットの直径よりずっと短いピッチで情報を記録することを可能にした。

第5章「磁気的超解像再生と磁区拡大再生技術」では,前章の結果を踏まえ,さらに高密度化を実現する磁気的超解像再生,および,磁区拡大再生技術について述べられている。前章でスポットサイズ以下の高密度記録が可能となったが,再生段階では,近接する情報を読み出さないように工夫が必要になる。本章では,光磁気記録媒体を,記録層と再生層に分け,記録層の1ビット分を再生層に拡大して転写することにより光学的な解像度以下の細かい情報の再生が可能になることを示した。パルスレーザー光照射による温度分布変化の詳しい解析に基づき,本方式の基本特性を明らかにした。著者の開発した記録方式は,光磁気記録として実用化された。

第6章「光ディスクにおける新記録方式の研究」では,超小型ピックアップレンズの製作とその光学特性について述べられている。現行の非球面ピックアップレンズはプラスチックまたはガラスのモールド技術を用いて製作される。凸レンズを作るための金型は凹型である。金型は機械加工で作られるが,切削バイトをむやみに小さくできないため,微小な凹面の切削には限度がある。そこで著者は発想を転換し,凸型の金型で凹型のガラス製品を作ることを思いついた。製品の凹みの部分に高屈折率材料を充填し,平面研摩することにより,凸レンズとすることができる。この方法で,直径0.3 mmでNA = 0.9の対物レンズの作成に成功した。これは,レーウェンフックの球レンズよりずっと小さく,おそらく最小の対物レンズであると思われる。著者はさらに,レンズを保護するために下にフロント基板を接着したが,レンズの光学特性が基板厚に依存することを見出した。最適設計を行うと,媒体のカバー厚のむらによって生じる球面収差,および媒体のチルトによるコマ収差の両方を著しく軽減できることを発見し,従来のピックアップレンズを超える性能を有することを明らかにした。

第7章「総括」は本論文のまとめである。

以上に述べた通り,本論文は光ディスク記録の高密度化に関する著者の永年の成果をまとめたものである。媒体のカバー厚とチルトによるコマ収差発生の関係から,レーザー波長およびピックアップレンズのNAとカバー厚の関係を逸早く解明し,その後の光ディスクの規格を予言したことは,著者の先見性を示すものであろう。カバー厚に関連し,表面に付着した塵埃の効果の定量化も行った。光磁気記録ではレーザーパルス発光方式を提案し,実用化した。この方式は光磁気記録の主流となった。その後,おそらく世界最小のピックアップ用対物レンズを作成し,その特性を明らかにした。以上を要するに,著者の研究は光ディスク記録の高密度化に大きく寄与し,その一部は実際に製品化されたことは特筆に値する。よって,本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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