学位論文要旨



No 216868
著者(漢字) 土谷,幸彦
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ユキヒコ
標題(和) 青函トンネルの覆工の長期挙動と健全度評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216868
報告番号 乙16868
学位授与日 2007.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16868号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 准教授 岸,利治
 長岡技術科学大学 教授 杉本,光隆
内容要旨 要旨を表示する

わが国の海底トンネルについては,1944年に日本で始めて関門海峡下に在来線の関門ずい道(単線並列トンネル:延長3,604m)が建設されて以降,新幹線の新関門トンネル,京葉線台場トンネル,青函トンネル,東京湾横断道路等が建設され,海底下のトンネルの掘削技術の研究開発が進められてきた.

海底部のトンネルでは,無尽蔵の海水(水)と水圧に対する施工時の対策及び構造物完成後の維持管理方法の検討が最大の課題となる.特に,供用開始後の海底トンネルにおいて,構造物の健全性が確保されず出水等の事態を招いた場合,人命に係わる大惨事となる可能性が高く,社会基盤の安全性を大きく損なう上,構造物の復旧が不可能となる事態も予測される.

しかし,供用開始以後のトンネルの挙動については未解明の部分が多く,海底下のトンネルも,一般のトンネルと同様,過去の変状トンネル等の実績を踏まえた対症療法的な維持管理を実施しているのが現状である.

したがって,海底トンネルの維持管理を適切に実施するためには,海底下という特殊条件下で施工されたトンネルの挙動を解析した上で,健全度評価手法を確立することが望まれる.

今回,研究の対象とした青函トンネルは,津軽海峡下で本州と北海道を結ぶ延長53.9kmの長大海底鉄道トンネル(複線断面で新幹線供用可能断面)である.青函トンネルは1988年3月在来線として開業し,以降18年間,旅客と貨物合わせて1日約100本(上下線計)の列車が走行し,年間旅客で約200万人,貨物で約560万tを輸送する社会的基盤をなす大動脈の役割を担っている.

また,2005年に北海道新幹線の工事実施計画の認可を受け,2015年度末の新青森・新函館間工事完成に向けて現在建設工事が,鋭意進められており,近い将来,青函トンネル本来の使命が実現することとなる.

青函トンネルでは,トンネルにおける列車運行を安全に保つため,トンネル覆工の挙動,周辺地山の性状変化,湧水量と成分の変化,注入材や覆工の材質変化,地震等の諸要因の計測を行い,開業以降,18年におよぶ経年変化のデータを蓄積してきた.

そこで,本研究の目的は,青函トンネルにおける貴重な長期計測データを用いて,海底トンネルの覆工の挙動を解析し,水圧の影響を受ける海底トンネルの健全度評価手法を提案することとした.

次に,本研究を通じて得られた知見を示す.

一般にトンネルの維持管理においては,覆工表面の目視検査が主となっている.既往の研究と事例を調査した結果,トンネルの長期挙動が研究されているのは,地圧による覆工等の変状に対し,実際に変状した後に計測を開始し研究を進めているケースに限られていた.また,海底トンネルにおいても,維持管理に関する文献自体が少なく,関門トンネル等の一部のトンネルで,ある時期に覆工等の調査が行われた結果が報告されている程度である.青函トンネルのように,建設当時から内空変位,覆工ひずみ等の測定システムが確立され,漏水量等と合わせ,長期に亘り計測が継続されている事例は,世界的に例がない.

今回の研究対象である青函トンネルは,海面下240mに施工され,2.4Mpaに達する高水圧と無尽蔵の海水に対応するため,トンネル周辺に標準3R(R:トンネル掘削半径)の止水注入域が施工された.止水注入域を透過する湧水は,覆工背面で導水されており,覆工に直接水圧が作用しない設計となっている.こうした設計・施工が行われたため,厚さ70cmの場所打ち無筋コンクリートの覆工は,現在でも良好な状態を保っている.

一方,青函トンネルの維持管理は,建設当時から内空変位,覆工ひずみ,漏水量,地震動等を長期計測しており,構造物の状態の確認および列車運行の安全を確保する上で重要な役割を果たしている.

次に,青函トンネル本坑において行われている長期計測結果に着目し,17年分の計測結果を整理,分析した.その結果,以下の内容が確認された.

坑内湧水量に関しては,排水溝での測定湧水量およびポンプの揚水量ともに測定開始以来,ほぼ継続的に減少傾向を示している.湧水量測定の結果から,本坑(海底部)における湧水量は,1989年から2005年の間で約23%減少している.

本坑の内空変位量は+2mm~-3mmの範囲にあり,内空変位速度も1mm/年未満にあり,ともに大きな値ではない.このため,青函トンネル本坑で,直ちにトンネル構造物に問題が生じることは考えにくい.

しかし,本坑の上半内空変位で考えた場合,約85%の断面が縮小方向に変形しており,変位量は,微小ながら増加する傾向が認められる.

止水注入域に関しては,注入材(LWグラウト)の主要な成分に変化はなく,劣化成分が検出されていない.また,止水注入域内では,水圧に大きな変化がない.このため,建設当初に危惧した「止水注入域が劣化して効果が無くなるという最悪の事態」は生じてないものと考えられる.

長期計測を分析した結果,「坑内湧水量が減少しており,内空断面が縮小している状況」が確認されており,湧水の減少に伴う,覆工の健全性への影響を評価する必要がある.

そこで,青函トンネルを想定したシミュレーションを行い,湧水の影響によるトンネル構造物の安定性を確認するため,青函トンネルにおける覆工の挙動メカニズムに関する数値解析を実施し,覆工の健全度評価を行った.

シミュレーションでは,まず,浸透流解析により坑内湧水量と周辺地山の湧水圧の関係を検討した.次に,坑内湧水量の減少に伴う水圧の増加分を周辺地山に作用する荷重として,変形挙動解析を実施した.この手法により,現在のトンネルの状態を解析的に再現することができた.

次に,ひび割れ発生時の断面力曲線を健全度評価の目安とし,解析により得られた断面力と比較することで,海底トンネルの覆工の健全度を評価した.さらに,覆工にひび割れが発生する状態に対する安全率として,「ひび割れ安全指標」という概念を導入し,坑内湧水量の減少や内空変位の増加の危険性を定量化した.

解析の結果,青函トンネルの検討では,湧水量の減少が止水注入域の透水係数の低下に起因する場合には覆工の健全度は確保されるが,覆工背面の透水係数の低下に起因する場合には覆工の健全度に問題を生じる可能性がある.覆工背面の導水機能が低下した場合には,水抜工等を実施し,作用荷重を低減する措置をとる必要がある.

ただし,青函トンネルは,作業坑での止水材料の分析や湧水圧測定の結果から,現在のところ止水注入域全体で水圧の増加荷重を受けていると考えられる.このため,今後,湧水量が徐々に減少しても,覆工への影響は深刻ではないと考えられる.

海底トンネルの健全度評価手法について提案を以下に示す.

(1)一般に,変状発生後からの検査では,トンネルの状態について正確に把握することが難しい.このため,建設直後に必ず内空変位等の初期値を計測しておく必要があり,適切に計測断面の間隔を設定し,定期的に内空変位を測定することが必要である.

(2)トンネルの位置する路線の重要度を加味する必要があるが,海底トンネルでは,湧水量については常時監視することが望ましい.

また,延長が長くなる場合,一定区間毎に湧水量を常時把握することが重要である.

(3)海底トンネルにおける維持管理に関して,水圧の影響を確認するためには,計測結果に応じた浸透流解析と変形挙動解析によるシミュレーションを実施することが有効である.

特に,覆工にひび割れが発生する状態に対する安全率として,「ひび割れ安全指標」という概念を導入することにより,坑内湧水量の減少や内空変位の増加の危険性を定量化することが重要である.

(4)海底トンネルの覆工には,背面に水圧を作用させないことが重要であり,通常のメンテナンスにおいては,排水溝や導水管等の清掃などの排水機能の定期的な維持管理が重要である.

以上のように,長期計測結果から導かれた青函トンネルでの検討手法および検討結果は,一般の海底トンネルの維持管理においても,湧水の影響を検討する際に参考となるものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「青函トンネルの覆工の長期挙動と健全度評価手法に関する研究」と題し、社会の持続的発展が重要テーマとなって行く時代において社会の基本的インフラの維持管理手法について、トンネルを例にとって新しい手法を提案したものである。論文提出者の勤務する鉄道建設・運輸施設整備支援機構は1970年代に、世界最長の海底トンネルである青函トンネルの建設を担当した。そして竣工後も、地震観測を初めとしてトンネル内の湧水量やトンネル構造物の変形などを長期間連続的に計測し続けてきた。この膨大な蓄積データを分析活用して提出者は、これまで陸上トンネルの経験を参考に対症療法的に実施されてきた維持管理業務に対し、海底トンネルの特徴を考慮した合理的な維持管理手法の構築を行った。以下、論文の内容について説明する。

本論文は七章から構成されている。第一章は序論であり、この研究の始まった背景、これまでの維持管理業務の問題点を説明している。

第二章は既往のトンネルの維持管理のレビューである。陸上トンネルでは過去に、周辺岩盤からの地圧が過大に作用して変状を蒙った例がいくつかある。このようなケースでは、覆工の変形(ひずみや内空変位)の計測が状況把握に有益であり、補修が適切に行われた。海底トンネルとしては関門やノルウェーのフィヨルドトンネルにおいて覆工コンクリートの調査が行われ、大規模な補修が実施された。しかし青函トンネルのように定期的かつ総合的に挙動の計測が続けられている事例は無い。

第三章は、青函トンネルの設計・施工方法と、開通後に続けられてきた維持管理業務の内容とを、説明している。陸上と異なり海底トンネルでは、周辺の地下水量が無限であり、いったん大規模な出水が起こると限界が無く、トンネル全体が水没する危険が高い。そのような危険を回避するため、建設時にトンネル覆工から外へ向かい、トンネル半径Rの三倍の距離まで薬液注入による止水が実施された。また覆工の外側には排水工を設置し、覆工本体には水圧が作用しない構造を採用している。そして維持管理のための挙動計測は、目視に加えて、湧水の量と化学分析、覆工のひずみや地震観測が継続的に行われ、さらに内空断面の測定(トンネル断面の大きさ変化の測定)が繰り返されてきた。現場の踏査によればトンネルの覆工コンクリートはきわめて良好な状態にあり、何らかの問題発生が差し迫っているとは考えにくい。しかし長期的に安定してトンネルの供用するため、計測データに基づく合理的な維持管理体制の構築が重要、と考えられた。

第四章は、1987年以来長期にわたって計測されてきたデータを分析している。まず湧水量については長期漸減傾向にある。1993年の北海道南西沖地震に際しては一時的に湧水が増加したが、概ね二年以内に従来の水準に戻った。湧水の減少原因としては周辺岩盤の安定化、という可能性もあるが、他方、薬液注入・止水領域の目詰まり、あるいは覆工裏側の排水機能の低下(目詰まり)、という可能性もある。いずれの目詰まりもトンネル本体(覆工)に作用する水圧を増加させ、コンクリートの圧縮や曲げによる変状につながる可能性がある。したがって覆工のひずみや内空変位の計測が重要である。実際、覆工ひずみのデータは過去10年間徐々に増加しつつあるが、長期観測では計測器による出力ドリフトの影響が無視できない。他方、内空変位は施工時の出水箇所を除いて18年間安定しており、覆工ひずみと比較すると長期計測に適している。

第五章は、トンネルと岩盤の挙動を理解するための数値解析を紹介している。湧水の減少理由が薬液注入域の透水性低下(目詰まり)ないしは覆工背面の排水工の目詰まりである、と仮定し、これらの領域の透水係数を減少させ、湧水量やトンネル覆工の応力と変形とを計算した。まず注入域の目詰まりを考慮した解析では、注入域内部の間隙水圧分布は、透水係数の低下にはほとんど影響されない。ただし湧水量が変化することは当然であり、また内空変位も実測に近い値を再現できる。他方、覆工背面の目詰まりを考慮した解析では、目詰まりの進行とともに覆工に作用する水圧が急増する。すなわちトンネル本体にとって危険な状態になりやすい。また、湧水と内空変位の計算値と実測値とをほぼ一致させることも、可能であった。このように二通りの湧水量低下メカニズムを用いて解析を行った結果、いずれによっても実際の状況を再現することができたものの、そのいずれが真実であるかの判断は、それだけでは困難であった。現場の作業坑からボーリングを行い地下水圧を測定したデータと比較すると、近年は地下水圧の変動が無いため、注入域全体の目詰まりが進行している可能性の方がやや高い、と推定される。

さらに第五章では、覆工に生ずる曲げモーメントMと軸力Nを算出している。これらの値を覆工コンクリートの破壊条件(曲げモーメントがMo)と比較したところ、安全には余裕があることが見出された。これに基づきひび割れ安全指標と呼ばれる維持管理用パラメータM/Moを提案している。現況ではひび割れ安全指標は破壊域には程遠いが、今後、覆工背面の目詰まりが進行すると、危険性が増す恐れもある。特に周辺岩盤の剛性が現在での推定より小さい場合に、特にその可能性がある。

第六章は、以上の成果を踏まえ、海底トンネルの維持管理のあり方の提案を行っている。それによると、トンネルの建設直後から内空変位の測定を始めること、トンネル総延長を区間に区切り、それぞれからの湧水量を計測すること、計測値と数値解析に基づいてひび割れ安全指標を算出し、覆工の状況を推定すること、覆工背面の排水性を良好な状態に保つこと、が重要である。

第七章は結論である。

以上をまとめると本論文は、長期間組織的に計測・蓄積されてきた世界最長の海底トンネルの挙動を分析して安全性の推定を行ったものであり、そこで用いられた手法は今後の海底トンネルの安全性を長い将来にわたって確保する維持管理業務に適用される。また、海底トンネルの長期的挙動を総合的に取りまとめた知見は、過去には存在しなかったものである。このように本論文はトンネル工学および社会基盤施設の維持管理技術の進歩の上で、貢献が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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