学位論文要旨



No 216869
著者(漢字) 日比野,浩
著者(英字)
著者(カナ) ヒビノ,ヒロシ
標題(和) 大口径すべり支承の動特性のモデル化と免震建物の地震応答予測への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216869
報告番号 乙16869
学位授与日 2007.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16869号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 教授 藤野,陽三
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,すべり支承を用いた免震建物について,支承の実摩擦特性を取り入れた精緻な地震応答解析手法の開発を目標として,実大すべり支承の実摩擦特性の検証,これを表現する時間依存性を含めた復元力特性モデルの構築,ならびに当モデルが応答予測値に与える影響の把握を課題にすえて行った研究の成果を取りまとめたものである。

近年,免震建物に適用される弾性すべり支承は高面圧(15N/mm2程度以上)および大口径化(φ1000mm程度以上)の方向にある。従来,面圧・速度に代表される摩擦の各種依存性など,すべり支承の動特性に関する主要なデータは試験装置の制約などから,小試験体によるすべり材料の要素試験や,主にφ300mm以下程度の口径の支承試験体について面圧10~15N/mm2程度の条件下の実験で得られたものが中心であった。平成12年の改正建築基準法の施行に伴い,免震部材は免震材料に関する国土交通省(旧建設省)告示(平12建告第1446号,第2010号)に従って大臣認定が必要となり,実大支承の1/2直径以上の支承で限界性能を確認することが求められるようになったことから,φ300mmを越える支承試験体による実験的研究から力学的特性を検討した例も増えている。ただし,大口径支承の載荷実験は載荷装置の制約により1cm/s程度の低速度で行われることが多く,実大支承の試験から大口径支承の動特性を系統的に把握するまでには到っていないのが現状である。

小口径試験体を対象とした数々の実験的研究ではPTFE系のすべり支承を対象として,摩擦係数の面圧,速度,繰り返しなどに対する各依存性について検討が行われている。これらの研究では,摩擦係数は面圧増加に伴い低減すること,速度増加に対して漸減または漸増傾向にあることが共通に指摘されている。また,摩擦係数は繰り返し載荷(またはすべり面の温度上昇)に対しては漸減するとの報告もある。これらの結果からすべり面の面圧や速度の変動を考慮した依存型摩擦モデルを設定し地震応答解析に利用した検討例が報告されているが,繰り返しを含めた依存性を定量的に考慮して摩擦特性をモデル化した例は見られない。

また,これらの実験的研究に見るように,すべり支承の摩擦特性試験では載荷波として正弦波や三角波などの定常波載荷試験によるのが一般的である。摩擦特性の各種依存性のモデル化は,このような定常的載荷の下で得られた摩擦データに基づいて作成される。一方,すべり支承を適用したモデルの振動台加振結果などに見られるように,地震応答時のすべり支承の摩擦係数(水平力)はかなり複雑に変動している。ランダムな応答に対して支承部の履歴ループを再現するためには面圧や速度の変動を考慮するだけでは不十分であり,繰り返し依存性を考慮するとともに,定常応答と非定常応答との差異を確認することが必要と考えられる。

すべり支承を使用する免震建物の地震応答解析では,一般的に,支承の復元力特性モデルとしてバイリニア型の履歴モデル(以下,簡易モデルとする)が用いられる。簡易モデルでは,支承特性をすべり開始せん断力(摩擦係数)および積層ゴム剛性の2つのパラメータで表すことができるため解析的な扱いが容易であり,設計時の動的解析に広く用いられている。一方,弾性すべり支承を対象とした既往の動的載荷試験または振動台実験によれば,実際の弾性すべり支承の履歴形は複雑であり,簡易モデルによる履歴形とは様相が異なっていることも事実である。即ち地震動載荷だけでなく正弦波載荷においてもすべり始め部分で摩擦係数が大きくなる現象や,繰り返し載荷により摩擦係数が低下する現象などがみられるほか,地震応答時には複雑に変動する様子が報告されている。免震支承としてすべり支承のみを用いるすべり免震建物,すべり支承と積層ゴム支承の両方を併用する複合免震建物のいずれについても,応答予測の検証に利用できる大地震時の観測記録がさほど得られていないこと,複雑な弾性すべり支承の復元力特性を再現できる摩擦特性モデルがなかったことなどから,簡易モデルによる免震建物の応答予測の妥当性について未だ十分な検討がなされていない。従って,すべり支承を用いた免震建物の大地震時における挙動を予測する上で,すべり支承のモデル化が建物応答の評価に与える影響を把握しておくことは極めて重要である。

本論文ではすべり支承を用いた免震建物について,支承の実摩擦特性を取り入れた精緻な地震応答解析手法の開発を目標として,以下の2項目に着眼して検討を行った。

(1) 各種依存性と立ち上がり摩擦の影響を考慮したすべり支承の摩擦特性モデルの構築

すべり支承の力学的特性,とりわけ摩擦特性に着目し,実現象として把握される摩擦係数の各種依存性やすべり始めで極大となる摩擦係数を表現できるすべり支承の復元力特性モデルを構築する。

(2) 詳細モデルを取り入れた応答解析手法の開発と解析による地震応答傾向の整理

提案する詳細モデルを適用した地震応答解析により,簡易モデルとの相違点および共通点を把握し,すべり支承のモデルに詳細モデルを用いる際の免震層および上部構造応答に与える影響を明らかにする。

本論文は全5章で構成されている。

第1章は序論であり,本研究の背景,特にすべり支承の摩擦特性の把握と建物応答への影響評価を始めとした最近の研究動向と,本研究の目的および内容について述べた。

第2章では,実大弾性すべり支承の動的載荷実験の結果をもとに,摩擦係数の面圧,速度,累積すべり変位に関する依存性について回帰分析を行うとともに,免震建屋の変位応答波を載荷波としたランダム波載荷実験における摩擦係数の変動傾向を分析し,正弦波載荷との比較を試みた。さらに,各依存性と立ち上がり摩擦の影響を考慮した摩擦特性の回帰モデルを構築し,同モデルにより正弦波およびランダム波載荷結果の再現状況の検証を試みた。

第3章では,すべり支承と積層ゴム支承の両方を併用する複合免震構法の振動台フレーム実験結果について,すべり支承の復元力特性として簡易モデル(従来法:バイリニア型)および詳細モデル(提案法:依存性考慮型)を用いたシミュレーション解析を通して,二つのモデルによる複合免震建物の地震応答の再現性を検証した。また,2004年新潟県中越地震の本震において得られた複合免震構法による実建物の地震観測記録に基づき,詳細モデルによる支承および建物の応答再現性の検証を行った。

第4章では,詳細モデルを適用した地震応答解析により,簡易モデルとの相違点および共通点を把握し,すべり支承モデルとして詳細モデルを用いる際の免震層および上部構造応答に与える影響を明らかにした。まず,免震層の復元力特性と上部構造の固有周期の組みあわせについての地震応答解析を通して,詳細モデルによる応答予測値の傾向を考察した。さらに,実建物規模での地震応答解析における詳細モデルの効果を明らかにするため,諸応答値の変動範囲を考慮し,免震建物の設計パラメータ等の解析条件の違いが応答に及ぼす影響を検討した。

第5章は結論であり,本研究による知見を総括するとともに,今後の研究課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、すべりの原理に基づく免震支承を用いた免震建物について、支承の摩擦特性の面圧、応答速度、繰り返し、温度等による依存性および応答立ち上がり時の時間依存性を取りこんだ地震応答解析復元力特性モデルの構築を行い、すべり支承を用いた免震建物の地震時応答予測の手法の高度化と確立を行った論文である。本論文は本文5章より構成されている。

第1章は序論で、研究の背景、最近の研究の動向ならびに目的および内容・構成をまとめ、すべり支承の摩擦特性が建物の地震時応答に及ぼす影響を整理し、本論の研究課題の位置づけを行っている。

第2章では、実大の大口径弾性すべり支承を要素とする試験体による動的な載荷実験を行い、得られた実験結果に基づき各種の依存性を取りこんだすべり支承の摩擦特性のモデル化を行い、弾性すべり支承の動的復元力特性モデルを提案する。実験は、正弦波載荷による支承の摩擦特性の面圧、載荷速度、載荷振幅および繰り返しを因子とする依存性を検討する実験と、免震建物の地震時応答を模擬するランダム載荷による支承の摩擦特性の応答立ち上がり時の時間を因子とする依存性を検討する実験の2つのシリーズを行っている。得られた実験結果を解析し、支承のすべり開始部分で摩擦係数が大きくなる立ち上がり摩擦現象が認められること、立ち上がり摩擦係数ならびに動摩擦係数には面圧および載荷速度による依存性が存在すること、載荷の繰り返しに対して摩擦係数が変動すること、地震時を模擬するランダム波載荷時における摩擦特性の各種因子による依存性は正弦波載荷時における依存性と整合する結果が得られたこと等の実験結果を取りまとめている。本章の後段では、各因子を変数とする多重回帰分析を行って面圧、載荷速度、繰り返し載荷回数等を依存因子とするすべり支承の摩擦特性のモデルを構築し、支承の動的復元力特性を提案している。なお更に本章で摩擦係数の特性に影響を及ぼす温度因子にかわる指標として運動によって消費されるエネルギーが算出される累積すべり変位を用いることにより、地震応答解析時における評価因子の取り込みを応答から算定できる考え方を提案している。

第3章では、提案したすべり支承の復元力モデルの妥当性を振動台実験ならびに2004年10月に発生した新潟県中越地震の折りに得られた地震観測記録データにより検証を加えている。振動台実験は、実規模建物の概ね1/15スケールの5層鉄骨フレームを台上に据え、主には実記録波形を用いたランダム加振を行っている。実地震観測記録データによる検証では、震源域近傍の小千谷市に建設されている弾性すべり支承を免震装置とする地下1階、地上5階の鉄筋コンクリート造建物での観測記録を用いている。本章では、各種依存性を考慮して定められる依存性考慮の詳細な復元力特性モデルを用いた地震応答のシミュレーション解析結果を、各種依存性を考慮しない従来型の復元力特性モデルによる応答解析結果と対照し、振動実験データならびに実地震時観測データとの適合性に検討を加え、提案の復元力モデルにより免震層の荷重-復元力の履歴特性等評価事項において主要動部における免震層位置における応答変位の平面軌跡等において実現象が再現できることの検証を行っている。

第4章では、構築した各因子依存性考慮の詳細モデルを用いて上部建物構造および免震層をそれぞれに1質点系に集約化した解析用モデルに対する地震応答解析を行い、免震層に従来型モデルを用いた応答解析との比較により各因子による依存性が上部建物ならびに免震層の応答に及ぼす影響を検討している。免震層に設定する復元力特性ならびに上部建物の周期特性の組み合わせをパラメータとして応答解析を行い、今回提案の詳細モデルによる応答は、一般的傾向として各周期帯上部建物において従来型モデルによる応答より小さくなること等、免震建物の設計パラメータの解析条件の差異が建物の応答に及ぼす影響を明らかにしている。

第5章は結論で、第1章から第4章までの全体まとめを行って本論の結論を示すとともに、今後の研究課題を総括している。

以上のように、本論文はすべり機構に原理をおく大口径弾性すべり支承に関して実大試験体による載荷実験を行って摩擦特性を実験的に把握し、摩擦特性に対する面圧、載荷速度等の摩擦特性に影響を及ぼす因子を多重回帰によりモデル化に取りこみ各種要因を影響因子とするすべり支承免震機構について地震時動的挙動を解析する詳細モデルの提案を行うとともに、提案モデルの妥当性を模型試験体による振動台実験の実応答ならびに実地震時の実免震建物の実挙動により検証し、あわせて提案モデルを用いた地震応答解析によって免震建物の地震時応答性状に検討を加えた研究であり、今後の大口径すべり支承を機構として用いる免震構造の建物の耐震性検証の精緻化および高度化に大きく資するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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