学位論文要旨



No 216870
著者(漢字) 安達,和孝
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,カズタカ
標題(和) 無段変速機を用いた車間距離自動制御システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216870
報告番号 乙16870
学位授与日 2007.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16870号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 准教授 藤岡,健彦
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

ドライバの運転負荷を軽減させる装置の一つとして,車速維持制御装置(Auto Speed Control System) が挙げられる.この装置は運転者が設定した車速を維持する装置であり,北米では市販車の90%以上に装着されている.一時日本でも車速維持制御装置は多くの車両に適用されたが,現在設定されている車両は皆無に等しい状況である.これは日本と北米の道路事情の違いによるところが多く,日本では一定速度を維持できる時間が短く車速維持制御装置を安定して作動させられるシーンがほとんど見られないためである.そこで日本の道路事情などを鑑み,高速道路や自動車専用道路で使用することを目的とした車間距離自動制御装置(Adaptive Cruise Control) が研究開発されている.

本研究ではこの車間距離自動制御システムの設計法として二自由度制御を用いた方法を提案し,その有効性を計算機シミュレーションと実車実験で検証している.一般に車間距離自動制御システムは図1に示すように車間距離制御系,車速制御系,駆動力制御系,及びアクチュエータ制御系であるエンジントルク制御系と変速比制御系から構成されるが,本論文では,そのうち車間距離制御系,車速制御系,変速比制御系,及びロックアップスリップ回転速度制御によるエンジントルク制御系の設計を扱った.これらはエンジンから駆動輪へのトルクの伝達を担うパワートレイン系とその出力である駆動力(加速度)から速度,位置へのダイナミクスにより構成されるカスケード構造となっている.

本論文の第1の特徴は,このカスケード構造に注目しこれらの制御系を階層化構造にしたことである.すなわち,上位コントローラの出力から下位コントローラへの指令値を生成する構造としている.これにより,それぞれの制御系の設計要件を明確化でき,個別の設計要件に基づいて制御系を設計することができる.また,各階層をモジュールとして扱えるので個別に開発を進めることができ,自動車特有の同一車種でもエンジン形式の違いに代表される多種多様な構成部品に対し柔軟な開発が行えることになる.

次に,車速制御では,通常,加減速にエンジンとブレーキが用いられるが,本論文では,無段変速機が変速比を連続的に変えられることを利用して加減速に変速比を積極的に利用する方法を提案している.これが第2の特徴である.具体的には,車速制御系から要求される制駆動力を変速比とエンジントルクに適切に分配する駆動力制御系を開発した.これによりブレーキによる減速を行うことなく,運転者や後方車両の運転者へ違和感を与えない性能を得ることができる.

第3の特徴として,筆者は変速比制御系の設計において実験的に得られた簡易な制御対象モデルを提案し,それに基づくロバストな制御系を設計していることが挙げられる.上述のトルク配分等を実現するためには正確な変速比制御が必要になるが,ベルト式無段変速機の変速機構は,プーリの押し付け力を作り出すライン圧と呼ばれる油圧の大きさや使用環境により,制御対象モデルのパラメータが変化するなどの強い非線形特性を有していた.この問題に対し,筆者は定常ゲインが変速比の関数となる1次遅れ系(線形パラメータ変動 (Linear Parameter Varying) 系)の変速比モデルを実験的に求めた.この制御対象モデルに対し,モデルマッチング補償器により設計者が希望する変速比応答を達成する変速比サーボ部を設計した.そして,運転性を制御する目標波形生成部と組み合わせ,車両実験により変速比制御系として総合性能を確認した.その結果,実変速比と規範応答が良く一致し,過渡及び定常において設計者が希望する変速比応答を達成できることが示された.特にキックダウン変速は,エンジントルクの急変に伴いライン圧を最低から最大まで変化させるため制御対象の動特性変化が最も大きく生じる上に,非常に速い変速比の変化速度が要求される変速であるが,本変速比制御系はこのような状況においても所定の性能を発揮した.

第4の特徴は,車速制御系の設計で車両動特性の不確かさ(重量変化等)や外乱(路面勾配等)の影響を考慮し,車間距離制御系ではこれらの影響を考えないという設計法をとったことである.すなわち,車速に関しては車速制御により不確かさや外乱が存在しても常に所定の望ましい応答特性を実現できているという前提で,車間距離制御系を設計した.これにより車間距離制御系は,制御対象(車速制御系)の動特性を固定した設計が可能となった.車間距離制御系では先行車との関係でさまざまな走行シーンを想定する必要があり,一般に制御系の設計が複雑になる.そのような場合に,車速の応答特性を一定とみなせることは制御系の設計の負荷を大きく減少することとなる.また,これは前述した制御系のカスケード構造にもつながる.車間距離自動制御システムについて,シミュレーション及び車両実験でその有効性を確認した.具体的には,車間距離制御系の代表的な走行シーンである「接近」,「割り込み」,「追い抜き」, 「目標車間距離での追従」において,運転者に違和感を与えない適切な車両挙動を実現できた.

一方,車速制御系は,上で述べたように,車間距離制御系により与えられる車速指令値から実車速への伝達特性の確保と,外乱やパラメータ変動により制御性能が悪化しないことが求められる.そこで,ロバストモデルマッチング手法を用いて車速制御系を構成し,無段変速機の駆動力制御系を有する車速制御系について,車速指令値に対する実車速の伝達特性,路面勾配変化といった外乱性能を評価した.その結果,車速指令値に対する実車速は所定の伝達特性を実現しており,外乱に対する実車速の影響も車間距離制御性能に影響を与えない大きさであることが確認された.また,これらの実験時において変速指令値や駆動力指令値も適切な値であり,新たに設計した無段変速機の駆動力制御系も十分な性能を有していた.したがって,無段変速機の駆動力制御系を有する本車速制御系は,車間距離制御性能に影響を与える車両のパラメータ変化や路面勾配変化といった外乱に対してロバストであることが確認できた.この車速制御系と変速比制御系(駆動力制御系)もカスケード構造を成し,車速制御系の性能は変速比制御系の性能にも依存している点に注意されたい.

第5の特徴として,低速走行時(40km/h 付近)からの車間距離制御を可能にするためにロックアップクラッチのスリップ回転速度制御を取り入れたことが挙げられる.すなわち,トルクコンバータ内のロックアップクラッチのスリップ回転速度を正確に制御し,低速ロックアップで問題となるクラッチ締結ショックや音振の問題を解決する方法を提案した.特に,この制御問題では,スリップ回転速度が,エンジン・トルクコバータの駆動側と変速機を含む駆動輪側の両方のダイナミクスとさらに油圧系を含むロックアップ機構のダイナミクスに関係するため制御対象のモデル化が難しい.この問題に対し,筆者は,時定数がタービン(駆動輪)速度のみの関数となる1次遅れ系でスリップ回転速度が表されることを実験的に見出し,制御対象モデルを求めた.このモデルにロバスト制御手法であるμ設計法を適用しフィードバック制御系を設計した.設計では,システムノイズや油圧系特有の環境による特性変動を不確かさとして考慮した.シミュレーション及び車両実験で制御系設計の仕様を満足していることを確認し,発進用制御アルゴリズムと組合せ車両適用した.その結果,スロットル開度10°以内では車速20km/h 以下でロックアップクラッチを締結でき,トルクコンバータが有する非線形性や応答の遅れの影響を本車間距離自動制御システムの動作範囲では除去できることが確認できた.

第6の特徴はこれらの制御系設計において二自由度制御手法を用いたことである.一般にフィードバック制御を用いると,制御対象の特性変動や外乱などの不確かさが存在しても,閉ループ系の安定性とある程度の目標値追従性を達成できる.しかし,通常,不確かさに対するロバスト性を強めると応答性は悪くなる.これに対し,フィードフォワード補償器を付加した二自由度制御系では,フィードフォワード制御により目標値追従の主要な部分を達成できるので,フィードバック補償器に対する目標値追従の負荷が減少する.その結果,フィードバック補償器はロバスト性を強めることができ,全体として,高い目標値追従性とロバスト性を備えた制御系が得られる.本研究ではフィードフォワード補償器は動作状況に応じてパラメータを変更しているが,フィードフォワード補償なので閉ループ系の安定性やロバスト性には影響しない.これも二自由度制御の利点である.本研究で設計したいずれの制御系においても,それらが実システムで有効に作動したのは二自由度制御系のこのような性質によるところが大きい.

以上,車間距離自動制御装置を階層的なシステムに分解し,各要素のモデル化手法と,ロバスト制御手法及び二自由度制御手法からなる制御手法を提案し,その有効性をシミュレーションと実証実験によって確認した.最終的に実験車両による評価を行い,車両挙動が運転者の感性に一致することと,運転負荷軽減を実現できていることを確認し、実用化にも成功した.

図1 本車間距離自動制御システムの制御ブロック図

審査要旨 要旨を表示する

工学修士 安達和孝 提出の論文は「無段変速機を用いた車間距離自動制御システムに関する研究」と題し、本文7章と付録よりなる。

運転者が設定した車速を保持して高速道路などの走行を可能とする車速維持制御装置は、運転者の負担を軽減するために北米などで普及しているが、日本のような混雑した道路事情では、遅い車両が前方を走行する場合が多く、有効には機能しない。そのため、先行車との車間距離を検出し、車速と同時に車間距離を制御する車間距離自動制御システムが開発されている。本論文は、変速比を連続に変更できる無段変速機を用いてエンジン出力と減速比の変化で、ブレーキを用いることなく加減速が可能な車間距離自動制御システムを提案し、外乱やシステム変動および非線形性を考慮したロバスト制御手法と、二自由度制御手法を採用することで、ドライバーに違和感を与えることのない車間距離自動制御システムの構築を試み、シミュレーション及び車両試験によりその有効性を示そうとしている。

第1章は序論で、本論文の背景、本研究着手の動機、研究動向を述べ、車間距離自動制御システムへの制御手法の適用の指針を提示するとともに、制御対象とする無段変速機付き車両の構成などを概観している。そして、提案するシステムは、エンジントルクと無段変速機の変速比をアクチュエータ制御系として駆動力を制御し、さらに車速制御を介して、最終的に車間距離を制御するという構造を取ることを示し、本章の最後で、論文の構成を整理している。

第2章は、本研究で用いる制御理論に関して整理し、各種法の特徴をまとめ車間距離自動制御システムの各要素および全体システムへの適用の方針を示している。

第3章はベルト式無段変速機の変速比制御系の検討を行っている。最初に、実験的に取得した制御対象の動特性を「一次遅れ+無駄時間」系でモデル化することを試みている。このモデルは単純であるが、モデルの定数自体は使用環境、固体差などにより変動するため、モデル変動を加味して所定の変速比を達成できるロバスト補償器と、所定の応答に追従させるモデルマッチング補償器を設計し、過渡応答、および定常応答を車両実験によって確認している。

第4章は自動変速機ロックアップクラッチのスリップ回転速度制御系に関して検討を行っている。エンジンと変速機間に設けられるトルクコンバーターは特性が非線形で応答遅れも大きい。特に低速域ではロックアップクラッチ締結ショックが大きく、正確な制御が必要になる。筆者は、スリップ回転数が、駆動系速度の関数として一次遅れ系でモデル化できることを見出し、環境変動等を不確かさとして扱うロバスト制御系によって制御可能であることをシミュレーションおよび車両実験によって確認し、低速域で確実にロックアップクラッチを締結でき、車間距離自動制御システムに有効に組み込むことが可能であることを示した。

第5章は、上記のエンジン駆動系に対して車間距離自動制御システムを構成するために、車両質量の変化や路面勾配変化などのシステム変動や外乱を考慮できるように車速制御系の検討を行っている。まず、要求される加減速をエンジントルクと無段変速機の変速比に分配する方式を提案し、外乱やシステム変動により応答特性が悪化しないロバストモデルマッチング手法により制御系を構成した。そして構成した車速制御系の評価試験を実施し、最終的に目的とする車間距離制御に対して有効に機能しうる車速制御系が構築できたことを示している。

第6章は、第3章から第5章までに構築した車速制御系に対して車間距離制御系を構成し、その特性を評価している。ここでも、制御システムの安定性と目標への追従性をある程度独自に設定可能なモデル規範型の二自由度制御系を適用している。目標への追従性は、先行車両を認識し、車間距離を目標値に近づける際に主に課題となり、実際のドライバーの操作を参考に、先行車両との相対距離と相対速度によるテーブルを用意し、規範モデルの特性を走行中に逐次選択可能なシステムとし、目標車間距離への追従が適切に行えるように設定した。また、先行車との距離を一定にした後に、その距離を保持するフィードバック補償器の設計に関しては、車間距離が短い場合は、応答性を早め、車間距離が長い場合は応答性を遅くするような設定を行った。こうした設定が、先行車への「接近」、先行車の「割り込み」や「追い抜き」、ならびに先行車への「目標車間距離での追従」といった多彩な状況において、運転者に違和感を与えない制御が可能になることを実証実験によって確認している。

第7章は結論で、本研究の成果を要約するとともに、本研究の成果が既に実用化されていることが、また、本システムの構成要素である駆動制御系が通常の走行においても燃費改善や運転性の改善に活用されていることが示されている。

以上、要するに、本論文は車間距離自動制御システムを、駆動力制御、車速制御、および車間距離制御と階層的に構成し、各要素のモデル化手法を提案し、ロバスト制御手法、および二自由度制御手法からなる制御手法を採用し、その有効性をシミュレーションと実証実験によって確認することで、提案する車間距離自動制御システムが運転者に大きな違和感を与えることなく運転負荷軽減に寄与できることを示したもので、工学上寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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