学位論文要旨



No 216872
著者(漢字) 髙嶋,隆太
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,リュウタ
標題(和) 不確実性下における発電プラントの経済性評価
標題(洋) Economic Evaluation of Electric Power Plants Management under Uncertainty
報告番号 216872
報告番号 乙16872
学位授与日 2007.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16872号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 准教授 木村,浩
内容要旨 要旨を表示する

1965年に日本原子力発電株式会社の東海発電所において,我が国初めての商用原子力発電が開始され,現在では,我が国の原子力発電プラントは55基稼動している.これらの中で,2010年には運転年数が40年を越える原子力発電プラントが発生する.原子力政策大綱においても高経年化対策が示されており,60年程度の利用を仮定し,保全対策の充実を図ることとしている.一方,東海発電所は1998年に営業運転を停止し,現在,廃止措置がとられるなど,経済的な理由による原子力発電プラントの廃止措置は電気事業者の裁量に任せられており,今後も経済性を理由とした高経年化した原子力発電プラントの廃止措置が行われる可能性がある.このように経年化が進み,一方で,新規建設が難しい状況において,電源構成における原子力発電の比率を30~40%に維持することが困難になる可能性がある.このため,2030年頃から現在稼働中の原子力発電プラントの代替炉建設の必要性が叫ばれておりリプレースの需要が増加するものと見込まれている.このように,原子力発電のリプレース政策の重要性が大きくなっているものの,原子力発電の経済性,特に巨額の投資負担や電力需要の伸び等,様々な解決すべき要素があり,さらに,電力自由化の影響を考慮する必要性が増している.

電力自由化の流れとして、1995年、電気事業法の改正により卸電力事業が自由化され、独立系発電事業者(Independent Power Producer:IPP)が卸供給に参入した.2000年には小売の部分自由化により特定規模電気事業者が参入し,徐々に小売自由化の範囲も拡大している.そして,2005年4月に日本卸電力取引所が開設され,スポット商品と先渡し契約が市場で取引されるようになった.電力自由化が原子力発電に与える影響として,電力価格が従来の総括原価主義から市場原理に基づき需給関係によって決定されるため,電力経営の不確実性が増し,発電設備等への投資が回収できなくなる可能性が発生することが考えられる.こうした事態を受け,回収に長期間必要なリスクの大きい大規模投資を控える可能性が大きくなる.また,IPPの参入によって既存の地域独占がなくなりシェアを奪われることなど競争が発生することになる.したがって,電力自由化が始まり,市場取引が開始されたことによって,電源選択を電気事業者が行う状況下において,原子力発電プラントの経済性は安全性と並ぶ重要な要素であることが分かる.不確実に推移する電力価格に対処し,リスクの大きな投資事業に対する経済性評価の必要性がきわめて大きくなると考えられる.

不確実性下における投資プロジェクトの評価・分析法としてリアルオプション・アプローチがあり,近年,学術的,実務的にも注目されている.日本と比べ大きな電力市場を持つ欧米においては本手法を用いることにより,電力価格や燃料費のリスクに対応する経営戦略を行っている電力会社も存在する.研究分野においても,原子力発電プラントの建設や火力・水力発電プラントの操業に関する経済性評価や最適化を行っている研究が多数見受けられる.本手法を用いることにより,不確実性を考慮した経済性の評価が可能となり,評価するプロジェクトの柔軟性やオプション性の価値が明らかとなる.

以上より本研究の目的は、電力自由化と発電プラントのマネジメントに関して,これから重要な問題になると考えられる,原子力発電の廃止措置と寿命延期の選択,原子力発電リプレース,電力自由化における原子力発電の競争力の3つの問題に注目し,不確実性下における投資プロジェクトの評価法であるリアルオプション・アプローチを用いることで,これらの発電プラント・マネジメントの経済性評価を行うことである.

廃止措置をとるか,大きな設備更新を行いプラントの寿命を延期するかという問題に関して,廃止措置と設備更新の2つのオプションを保有するときの評価モデルを構築し,原子力発電プラントの経済性評価を行った.廃止措置と設備更新オプションを保有している原子力発電プラントの価値を示し,従来のNPV(Net Present Value)法と比較し,廃止措置・設備更新オプションの価値を示した.また,本モデルによる廃止措置の閾値は,NPV法の閾値と比較し十分低い値である.これは,従来のリアルオプションによる枠組みである意思決定の延期に加えて,さらに,設備更新オプションの保有による廃止措置の機会の減少によるものと考えられる.また,廃止措置と設備更新の閾値を用いて,モンテカルロ計算により10年以内のそれぞれの事象確率を計算した.廃止措置と設備更新の事象確率の分布により条件付期待時間を算出し,電力価格の期待成長率やボラティリティを変化させ,それぞれの場合の値を示した.期待成長率の増加に伴い,設備更新の事象確率の増加,また設備更新をより早い時期に行うインセンティブが高まる結果となっている.廃止措置の意思決定に加えて,設備更新による寿命延期といったオプションを付加することにより,廃止措置機会の減少や,原子力発電プラントの価値増加へとつながることが明らかとなった.

2030年頃から増加が予想されている原子力発電のリプレース・プロジェクトに関して,既存プラントの廃止措置と代替プラント建設の2つの複合オプションであるリプレースオプションをモデル化し,リプレース・プロジェクトの経済性評価を行った.リプレースオプションと廃止措置オプションの価値の比較を行った結果,リプレースオプションにおける閾値は,廃止措置オプションの閾値と比べ,高い価格で廃止措置が決定されることが分かった.これは,リプレースオプションには,代替プラントによる建設オプションが含まれているため,相対的に高い電力価格で廃止措置をとり,新型プラントにリプレースするインセンティブが生じるためだと考えられる.また,一般的なリアルオプションモデルの結果と同様,不確実性の影響で,NPV法と比べて,より遅くに廃止措置をとる結果となっている.さらに,廃止措置に係る時間を変化させたときのリプレースオプションに与える影響の分析を行った.廃止措置の期間が長くなるに従い,リプレース機会やプロジェクト価値の減少へとつながるが,不確実性に大きく依存し,ボラティリティが高いところではリプレース機会やプロジェクト価値に対する廃止措置期間の依存性は小さいことが分かった.この結果,原子力発電リプレースの意思決定において,廃止措置期間と不確実性とを同時に考えることの重要性が示された.

原子力発電の競争力に関しては,電力価格の不確実性だけではなく競合他社の意思決定を考慮し,原子力発電プラントとキャッシュ・フローに応じて発・停止可能な火力発電プラントをそれぞれ保有する企業の参入競争問題の分析を行った.原子力発電プラントと火力発電プラントのコスト構造や操業体系が異なるため,非対称な競争モデルとなる.そのため,それぞれのプラントを保有する企業が,電力市場に参入するにあたり,先導者と追従者になるときのそれぞれの閾値を求め,その値を比較することで先導者と追従者が決定される.このモデルにより,原子力発電プラントの競争力に対するコスト構造や電力市場の動向の依存性を示すことが可能となる.OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)のレポートでは,それぞれの発電プラントの競争力に対するコストや技術開発の依存性について言及しており,原子力発電プラントは,建設費の減少により競争力を増加させることが可能であることを示している.この影響について調べるため,それぞれのプラントを保有する企業が先導者になる条件が分かる先導者ダイアグラムを構築し,原子力発電プラントのコストパラメータに関する先導者ダイアグラムを示した.液化天然ガス(Liquid Natural Gas:LNG)火力発電プラントと原子力発電プラントを保有する企業が,先導者になり得るところの境界を示した.OECDが示しているように,建設費を減少させることにより先導者になり得る機会を増大させる.さらに,変動費の減少も,建設費と同様に先導者になる機会を増加させる.建設費だけでなく変動費の減少をも考慮することにより,原子力発電プラントの競争力を高めることが可能となることが分かった.また,電力価格の期待成長率やボラティリティといった市場パラメータに関する先導者ダイアグラムを示した.ほとんどの領域において,LNG火力発電プラントを保有する企業が先導者となり得るが,期待成長率やボラティリティが小さい領域においては,原子力発電プラントが先導者となる可能性がある.これは,期待成長率やボラティリティが小さい状況において,発・停止を行う機会が減少し,LNG火力の特性を生かし価値を増加させることが出来ないためである.これらの分析結果より,原子力発電プラントの競争力は,コスト構造だけでなく,市場の状態によっても大きく依存することが示された.

以上,電力自由化における発電プラントのマネジメントの経済性評価として,原子力発電プラントの廃止措置と設備更新,リプレース・プロジェクト,そして,原子力発電の競争力に注目し,本研究の分析より,これらの最適な意思決定ルールやオプション価値が明らかとなった.これから,原子力発電リプレースにおいて,設備投資や廃炉に伴う費用の低減や平準化を行うだけでなく,将来の不確実性に対処するための発電プラントのマネジメント戦略が必要であると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

原子力は炭酸ガスの排出を小さく抑えることができ、また安定な供給を確保できるエネルギー源である。我が国では現在55基の発電プラントが稼働中であるが、高経年化も進んでおり、今後設備更新による寿命延長か廃炉かの選択を迫られる。また、2030年頃からリプレースをするかしないかの意思決定が必要となる。さらに火力発電等の他の電源との競争力についても十分な評価をしておくことが経営上必要である。電力自由化により経営上の不確実性が大きくなる中で、原子力への投資はリスクが大きい。不確実性の大きい投資プロジェクトの評価分析手法として、近年リアルオプション・アプローチが注目されている。本研究は、原子力プラントの寿命延長と廃止の選択、原子力プラントのリプレース時期の選択、火力発電に対する原子力発電の競争力の3つの問題に対しリアルオプション・アプローチにより経済性評価を行ったものである。

第1章は緒言で、本研究の背景、既往研究のレビューがまとめられている。さらに不確実性として本研究で取り上げるのは何かを明確にした上で、研究の目的を述べている。

第2章はリアルオプション・アプローチの手法について述べている。特に、発電プラントの投資オプション価値を導出する方法として、確率制御理論による導出と条件付請求権分析法の2つの方法について言及し、それぞれの比較について議論を行っている。

第3章では廃止措置と設備更新の選択に関するオプションを保有したときの評価モデルを構築し、最適な意思決定と原子力発電プラントの価値について分析を行っている。廃止措置の意思決定に加えて、設備更新による寿命延期といったオプションを付加することにより、廃止措置機会の減少や原子力発電プラント価値の増加になることを明らかとしている。

第4章では原子力発電のリプレースに関して、既存プラントの廃止措置と代替プラントの建設の2つの複合オプションであるリプレースオプションをモデル化し、原子力発電リプレースの評価を行っている。特に、廃止措置に係る時間をモデルに組み込み、不確実性とリプレースの価値との関係が明らかとなっている。これらの分析から、原子力発電リプレースの意思決定において、廃止措置期間と不確実性を同時に考えることの重要性が示されている。

第5章では原子力発電と火力発電をそれぞれの保有する企業の参入競争問題の分析を行っている。本モデルは、原子力発電と火力発電のコスト構造や操業形態が異なるため非対称な競走モデルとして構築されている。火力発電に対する原子力発電の競争力を明らかにするため、コスト構造と市場のパラメータに関する2つの先導者ダイアグラムが示されている。この先導者ダイアグラムから、資本費のみならず変動費の減少により原子力発電の競争力を高めることが可能となることを明らかにしている。また、電力価格の期待成長率やボラティリティが比較的小さい領域においては、原子力発電の競争力が高まるという結果が得られている。これらの分析結果において、原子力発電の競争力は、コスト構造のみならず市場の状態によっても大きく依存することが示されており、本結果は、リアルオプションとゲーム理論の融合研究の拡張や応用において重要な知見となっている。

第6章は結語であって、将来の原子力発電のリプレースにおける設備投資や廃炉に伴う費用の低減や平準化に対し、不確実性を考慮した経済性評価の必要性について議論している。

以上のように、本論文は原子力発電プラントの寿命延長か廃炉かの選択、リプレース時期の選択、火力発電に対する原子力発電の競争力について分析したもので、将来の不確実性に対処するためのマネジメント戦略の必要性について述べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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