学位論文要旨



No 216884
著者(漢字) 横山,滋
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,シゲル
標題(和) 都市ごみ焼却灰を主原料とした汎用形ポルトランドセメントの開発
標題(洋)
報告番号 216884
報告番号 乙16884
学位授与日 2008.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16884号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京工業大学 教授 大門,正機
 東京理科大学 教授 辻,正哲
内容要旨 要旨を表示する

1.まえがき

都市部などで発生する主たる廃棄物である都市ごみは、生活様式の変化に伴い多様化するとともに、より豊かで快適な生活の追及や生活物資の流通販売システムの合理化などによって、その発生量も年々増え続け1998年(平成10年度)には5160万トン/年に達している。国土の狭いわが国においては、焼却処理は減容化効果が重量で10分の1、体積で20分の1と大きいことおよび腐敗性有機物や病原性生物を高温下で死滅させ無機化できるなど廃棄物の安定化・無害化の効果があり、ほとんどの自治体では焼却処理を最終処分のための中間処理方法として現在も採用している。このような状況から、都市ごみの処分方法が問題となってきた。中でも、都市ごみ焼却灰の発生量は全国で約600万トンに達し、その処分方法は大きな社会問題となっている。

1989年頃には、都市ごみ焼却灰をコンクリート用混和材として有効利用する方法が検討された。現時点で考えると、有害物をコンクリートに封じ込めるだけであり、長期的な展望にたつと有害物質のばら撒きにつながる可能性がある。

1990年になってわが国の各地で稼動している都市ごみ焼却場から排出される焼却灰に、基準を超えるダイオキシン類含有が確認され、同時に焼却灰には多量の塩化物イオンと重金属類の含有も認められている。都市ごみ焼却灰には、このような問題がある上に、産業廃棄物とは異なり、一般家庭や事務所などから雑廃棄物として発生した種々の構成物の焼却残渣であるため成分は大きく変動することから、リサイクル材としての利用が最も遅れている廃棄物の一つとなっていた。

都市ごみ焼却灰の無害化処理において、プラズマを用いてダイオキシン類を無害化する方法や、都市ごみ焼却灰の溶融・ガラス化による固定についての研究がなされ、コンクリートやアスファルトの骨材として利用が進められてきたが、設備と運用方法によって溶融スラグの品質が大きく変化する上、重金属類は基本的に封じ込められる。現在、溶融スラグ骨材が規格化されているが、骨材品質、また高価な設備で骨材を製造するため経済性に関して議論の余地が残されている。

一方、セメントの焼成温度は1350~1450℃であり、適切な焼成方法を採用すると、ダイオキシン類を分解できかつ灰自体をセメント原料として有効利用できるため、エコセメントの研究開発が1992年頃から盛んに行われるようになってきた。 1994年に通商産業省から出資を受けた新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業として太平洋セメント(株)を中心とした官民共同の「エコセメント」実証試験が開始された。その結果、ロータリーキルンを用いて1300℃以上で焼成することによってダイオキシン類は分解できることが判明した。大気中に放出される排ガス中の重金属類はいずれも排出基準値以下であり、またダイオキシン類も厚生省による排出基準のガイドライン以下であった。再合成の問題を解決し、焼却灰に含まれている塩化物イオンを有効に利用しようとするものであり、その結果、速硬性のエコセメントの開発がなされた。しかし、これまで使用されてきた汎用性のある普通ポルトランドセメントに比べポットライフ(可使時間)が短いことから、現状のセメントコンクリート用の結合材として利用するには限界があり、多量に発生する都市ごみ焼却灰のリサイクル方法としては新たなる建設材料の製造供給システムの構築が必要となり、更なる研究開発と多大なる利用における設備投資が余儀なくされる。

以上の提案された都市ごみ焼却灰の再処理方法には、有害物質を封じ込めるだけ、多大なエネルギーを必要とするわりには付加価値が小さい、あるいは新たなる建設材料の製造供給システムの構築が必要となるなどといった解決すべき問題が残されている。

本研究は、速硬性のエコセメントの開発に携わった経験を基に、ダイオキシン類を無害化し、重金属類も回収し有効利用する方法として、現状のセメントコンクリートの製造供給システムにも適用可能な都市ごみ焼却灰を原料として使用した普通エコセメントの研究開発の成果を取りまとめたものである。なお、新たに開発した技術であるため、これを普及するためのシステムおよびマネージメントに関しての実証研究成果も含んでいる。

2.研究目標

焼却灰などの廃棄物に含まれる有害物を単に希釈することによって濃度を下げるのでではなく分解・除去・回収すること、必要とするエネルギーに見合った価値がありかつ汎用性のあるセメントを製造することを基本としたため、以下の開発研究目標を定めた。

(1)焼却灰などの廃棄物を多量に原料として使用すること。

(2)ポットライフおよび強度発現性をポルトランドセメントと同等にし、現在の建設材料の製造供給システムで使用できるセメント。

(3)塩化物イオン量をできるだけ低減し、鉄筋コンクリートにも使用できる新たなセメント鉱物の設計からなるセメント。

(4)製造工程及びセメント製品は、無害、無公害であること。

(5)ダイオキシン類を分解し、重金属は回収して再資源化すること。

(6)市場における流通システムを構築実現すること。

3.研究成果

セメントを製造するには多大なエネルギーが必要であるため、エネルギー効率の優れているポルトランドセメントの製造工程に近い方法で製造できることが望ましい。こうした考えの下、ダイオキシン類の対策ができている速硬性のセメント製造システムを利用して開発を推進した。本研究により得られた主な成果は、以下の(1)から(6)に示すとおりである。

(1)ロータリーキルン内での焼成工程における塩化物イオンなどの挙動を生成鉱物の解析を行い、カルシウムクロロアルミネート(11CaO・7Al2O3・CaCl2)系速硬型セメントクリンカ鉱物から離れた新しいクリンカ鉱物の設計を実施し、普通ポルトランドセメント鉱物と比較検討して解明した。その結果、ダイオキシン類を含まない、重金属類や塩化物イオンを大幅に低減したセメントクリンカ製造方法を確立した。

(2)新しい鉱物組成を持つ普通エコセメントの水和制御と水和性状を検討し、制御方法を確立した。

(3)普通エコセメントは普通ポルトランドセメントよりやや多い塩化物イオンが残存するが、硬化体における塩化物イオンの挙動を解析し、鉄筋に対する影響はほぼ同等であることを確認した。

(4)実用化に向けて重要な役割を果たす普通エコセメントを使用したコンクリートの性質を把握し、普通ポルトランドセメントと同様に実用化できることを明らかにした。

(6)普通エコセメントの普及では、土木工事における普通エコセメントコンクリート利用技術マニュアルの作成が必要であり、土木試験施工を行なうとともに国土交通省土木研究所と共同でマニュアルを作成した。このときに、不都合な部分はセメントの改良を行なった。建築における鉄筋コンクリート構造物に対しては、市原エコセメント施設建設に当たり、(財)日本建築センターの建築評定を取得して推進した。

以上の成果により、有害物を含む都市ごみ焼却灰等の廃棄物をセメントの原料として、セメント1トンあたり500kg以上を使用する普通エコセメントの開発と普及マネージメントシステムが実現した。普通エコセメントの特徴は、セメントの製造過程で最も厳しい環境基準よりもはるかに安全側まで有害物を分解・除去して重金属類はリサイクルされ、環境安全性を実現するとともに、建設資材として有用性が高く、また最も汎用性のある普通ポルトランドセメントの代用となる商業生産が可能となった。そして、技術情報としてタイプIIとしてTR 0002-2000「エコセメント」が制定され、さらにJIS R 5214「エコセメント」が制定されるにいたった。こうした普及に必要な規格化などの社会システムの構築により、現在、市原エコセメント(株)、東京たまエコセメント(株)で年間約23万トンの普通エコセメントが生産され、普通ポルトランドセメントの代用として各種コンクリートに使用されている。

審査要旨 要旨を表示する

都市ごみ焼却灰の処理は,東京に代表される巨大都市の深刻な環境問題のひとつである。従来,焼却灰は路盤材や充填材等に使用されることはあるものの,灰自体の絶対量は莫大であり,恒常的なリサイクルの流れに載せるには至っておらず,多くが自然環境に埋設処分されている。今日,巨大都市周辺部において都市ごみ焼却灰の処分場を確保することは困難を極め,それがゆえにごみ焼却工場の立地自体が困難となっている都市も少なくないのである。焼却灰の再利用による減量,リサイクルによる環境負荷低減は喫緊の課題である。そのため従来,都市ごみ焼却灰をコンクリート混和材などに使用することも試みられてきた。本研究はこの概念を一層前進させ,都市ごみ焼却灰を主原料とするセメントを製造する一連の技術を確立し,それを流通させるための品質保証システムと構造物の設計施工計画法を構築したものである。環境負荷低減に資するためには,膨大な量の処分を可能にすることが必須である。そこで,開発技術を特殊仕様向けと位置づけるのではなく、一般に建設市場で流通してる普通ポルトランドセメントと同品質を有するセメントとすることを技術開発の目標に定めたのである。核となる新規技術として,本研究において溶融キルン内で塩素と重金属の除去方法を見いだしている。また,不純物として除去された物質を収集して,これを再資源化する技術も新たに開発することで,この目標を達成している。

第1章では本論文の学術的ならびに社会的背景と研究目的について述べている。都市ごみ焼却灰の処分問題の社会的な意義を定量的に分析し,いわゆるエコセメントの研究開発目標を明確にしている。同時に既往の研究成果とセメント製造システムの革新に関する経緯を概観し,都市ごみ焼却灰の化学成分の分析を通じて,論理的に都市ごみ焼却灰を主原料としてコンクリート用のセメントを製造可能であることを示している。同時に,重金属と塩素の分離が不可欠であることを提示し、製造システムの開発目標を明らかにしている。一方,副産物からの製造とリサイクルを可能にするためには,品質保証,輸送,コスト配分,リスク管理などの種々の社会システムが同時に整備あるいは改良されなければならない。本章では,エコセメントによる都市ごみ焼却灰のリサイクルを実現するために採用された種々の規約,技術指針等の展開についても整理し,今後の技術マネジメントの分析に資する技術資料を整備している。

第2章は,エコセメント製造を可能とするための技術開発の詳細について述べたものである。一般仕様のセメントとするために不可欠な脱塩素について技術開発に着手し,その経過の詳細を述べている。これまでセメントクリンカ焼成時の塩分挙動は未解明であった。そこでクリンカ解析と試作を実施し,アルカリ金属の溶融系への投入によりアルカリ金属塩化物の形態で塩素イオンを揮発,除去することに成功した。また,塩素はクリンカ生成の鉱物化剤としての作用があり,エコセメントの製造においては通常のクリンカよりも低温で焼成可能であることが解明された。生成されたクリンカ鉱物の解析から,通常のクリンカと同じ鉱物が生成されていることが確認された。同様の原理に従って燐,重金属の除去も可能となり,これを再度,収集することによって資源化を図ることも可能となったのである。

クリンカのレベルで等価性が認められても,最終製品となるコンクリートの要求性能が普通ポルトランドセメントのそれと等価となる保証はない。本章では,建設材料であるコンクリートに求められる凝結時間と安定性,熱応力に関係する水和発熱特性,硬化後の強度特性,外部からの塩化物イオンに対する固定能力,炭酸化に対する抵抗性と塩分固定能力の変化,鋼材を腐食から保護する性能,硬化前のフレッシュコンクリート状態での流動特性と時間安定性,スランプロスについて多角的な実証実験を重ねた。その結果,水セメント比を5%程度,既往のものよりも低くすることで,一般のコンクリートと同様の品質を確保することが可能であることを実証した。世界初のエコセメント製造工場の建設が本研究を基礎に行われ,製造管理システムの確立と,これを実際の建築物の建設に適用し,構造システムが問題なく成立することもあわせて実証した。ここではフレッシュコンクリート時の施工に関する管理データ等から,既往のコンクリート施工の知見が適用可能であることを確認している。

第3章では,開発されたエコセメント型結合材と製造システムをもとに,社会基盤施設および建築物の設計施工に展開するための種々の社会マネジメントについて取りまとめたものである。品質保証のための技術基準類の整備や学協会との連携,公的機関による技術審査・認証に関する企業戦略,恒常的なエコセメント生産による安定した都市ごみ焼却灰の処分のための管理システムなどについて詳細な記録を表し,これを一般化するための基礎資料の整備を技術開発とあわせて行った。本章は今後の技術マネジメント研究の分析に堪える情報を漏れなく提供したものといえる。

第4章で本研究の結論をまとめ、今後の課題について概括している。

本研究は、都市ごみ焼却灰という環境負荷の大きい廃棄物を資源化する方策を構築し,しかも大量に再利用することを可能とする技術開発を総合的に行ったものであり,極めて短期間に実現を果たしたことで都市環境の保全と向上に多大な貢献を果たした。本研究とそれに連なる一連の技術開発の成果はわが国のみならず,首都に高度な人口集中を抱えるアジア地域の環境問題にも今後,大きな貢献を果たすことが期待され、その工学上の貢献は大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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