学位論文要旨



No 216889
著者(漢字) 仲西,博子
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ヒロコ
標題(和) ヒト神経芽腫腫瘍細胞のマグネティックビーズと培養による細胞分画の精製と解析
標題(洋)
報告番号 216889
報告番号 乙16889
学位授与日 2008.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16889号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 准教授 国土,典宏
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

神経芽腫は小児の悪性固形腫瘍の中で最も頻度が高く、その生物学的特徴は多彩である。臨床学的、細胞遺伝学的特徴から一般的に大きく2つのグループに分類される。

一つは乳児期に発症し、MYCNの増幅なく、腫瘍の自然分化もしくは退縮を認めることがある予後良好なグループであり、もう一つは年長児に発症し、MYCNの増幅や1pLOHがあり、治療が困難なことが多い予後不良なグループである。神経芽腫は、交感神経系発生過程に生じるとされている。この交感神経節ニューロンの分化に作用する神経成長因子( Nerve growth factor : NGF )は、神経芽腫の発育にも重要な役割を果たしている。またその特異的レセプターTrkAは、予後良好な神経芽腫に高発現し、予後不良な神経芽腫には発現しない。さらにいくつかの神経芽腫のcell lineでは、NGFに対する反応性はTrkAと低親和性NGFレセプターであるp75NTRとの発現レベルに関係することがわかっている。また脳由来神経栄養因子( Brain-drived neurotrphic facter : BDNF )やその特異的レセプターである TrkB の発現も予後因子として重要であることもわかってきているが、これらの因子で予後を明確に分類できていないのが現状である。また神経芽腫は交感神経堤由来という発生過程の複雑性から、組織の中に神経芽細胞、神経節細胞、シュワン細胞、基質細胞、リンパ球などを構成要素として含んでいる。そのために神経芽腫の形態学的、分子生物学的性質が症例により相当異なっていると考えられる。そこで、個々の神経芽腫の性質をより正確に解析するため、この混在する細胞から腫瘍細胞だけを純粋に抽出することを計画した。この方法で腫瘍細胞を中心とした解析をすることが可能となれば、より効果的な治療に結びつけることができ、予後をより正確に推測できるものと思われる。本研究は、この目的を達するために行った主に技術手法の確立をめざした研究である。

対象は、全国から集まった神経芽腫の手術検体である。いずれもインフォームドコンセント、倫理委員会の承認を得ている。全症例をINSS( International Neuroblastoma Staging System)国際分類stage1-4で二つのグループに分けた。一つはNon-disseminated stages group ( NDSG )でstage1,2,4s、二つ目はDisseminated stages group ( DSG )でstage3,4とした。初めはこれらの検体を用いて、先に述べた低親和性NGFレセプターであるp75NTRが細胞膜表面抗体であることを利用して、これをマグネティックビーズにコートし、腫瘍細胞のpositive selectionを試みた。先ず神経芽腫のcell line( KCN, KCN+8 )でselectできることを確認し、次に実際の腫瘍組織で行なった。しかし腫瘍組織では、TrkAの発現が弱く分離困難であった。またpositive selectionであるため細胞のviabilityが低下しその後の解析が出来ないことから、この方法は断念せざるを得なかった。

そこで視点を変えることとした。症例によってはリンパ球を相当数含むこと、細胞により接着性に違いがあることから、リンパ球を抗リンパ球抗体でコートしたマグネティックビーズを用いて、また線維芽細胞とシュワン細胞は、腫瘍細胞より接着性が強いことを利用して分離することとした。通常のcell fractionationで得られた細胞( Total cell suspensions )を抗リンパ球抗体でコートしたmagnetic beadsと反応させリンパ球を除いた。そして除いたもの( Cells after beads )を一晩培養し、シャーレに接着した細胞( adherent cells )と接着しなかった細胞( non-adherent cells )とに分離し、精製した。

そして、これらの細胞を用いて解析を行なった。細胞のviability、各々の精製段階の細胞の腫瘍組織における比率、 NBの分化度を示すといわれているニューライトの伸長、免疫組織化学染色による腫瘍細胞の割合、腫瘍細胞の精製に伴うDNA ploidyの変化、MYCN増幅を調べた。

この分離・精製法によって、viabilityは低下することなく、腫瘍細胞を分離することができた。また接着性の違いを利用することによって腫瘍細胞を繊維芽細胞やシュワン細胞から分離することができた。さらに腫瘍細胞は、精製が進むにつれて元の腫瘍組織の性質をより強く反映していることがうかがわれた。今後、症例を積み重ね個々の症例の実際の予後を照会することにより、(1)安定したデータの蓄積、(2)効果的治療への結びつけ、(3)明確な予後判定が可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、小児の悪性固形腫瘍の中で最も頻度が高く、その生物学的特徴が多彩であるために治療に難渋することが多い神経芽腫の性質をより正確に把握するため、腫瘍組織から腫瘍細胞だけを純粋に抽出し、更に解析を試みたものである。

全国から集まった神経芽腫の手術検体を用いて、リンパ球を抗リンパ球抗体でコートしたマグネティックビーズで、また線維芽細胞とシュワン細胞は、腫瘍細胞より接着性が強いことを利用して分離した。

1. 精製が進むに従い、腫瘍細胞の割合が増加していった。

2. 腫瘍細胞の精製の過程によるviabilityの有意な低下は認めなかった。

3. 神経突起の伸長にもnegativeな影響は見られなかった。

4. DNA ploidyは、精製が進むに従い、aneuplidyの割合が増加した。

5. MYCN増幅も増加した。

腫瘍細胞は、精製が進むにつれて元の腫瘍組織の性質を、より反映していることが示された。

以上、本論文はこの分離・精製法によって、腫瘍細胞をより純粋に腫瘍組織から分離することができることを示した。

本研究は、症例を積み重ね個々の症例の実際の予後を照会することにより、(1)安定したデータの蓄積、(2)効果的治療への結びつけ、(3)明確な予後判定が可能になると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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