学位論文要旨



No 216890
著者(漢字) 吉田,章人
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,アキヒト
標題(和) バイオマス原料からの高効率バイオ水素生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 216890
報告番号 乙16890
学位授与日 2008.02.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16890号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 准教授 若木,高善
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

近年、化石燃料の枯渇、地球温暖化に対する懸念が高まる中、水素は次世代エネルギーキャリアの本命として注目されている。現在水素生成法として、石油や天然ガスなどの熱改質による化学的手法が一般的であるが、循環型社会へのパラダイムシフトへ向け、再生可能資源であるバイオマスからの新規水素生成技術が求められている。中でも生物的水素生成法(バイオ水素法)は環境負荷の低減が望まれるプロセスであり、工業化への期待が高まっている。

本論文では、バイオ水素法におけるバイオマス原料からの生産性向上に関する研究について論じた。水素生産のための基質として、バイオマス由来原料で安価に得られるグルコースを含む糖類が想定される。これまでバイオ水素法における最大の課題は、反応容積あたりの生産性の低さ及び水素収率の低さにより水素生産設備が大規模となり経済的に成立しないことであった。第一章では、基質としてグルコースから水素に至る代謝中間体である蟻酸に注目し、Escherichia coli細胞内のFormate Hydrogen Lyase (FHL) systemを高発現した株を用いた水素代謝遺伝子の転写解析、菌体あたりの水素生成速度の向上、および菌体を"触媒"のように利用する新規水素生成法の検討を行った。FHL systemは7つのサブユニットで構成されており、fdhFおよびhycB-Gによりコードされる。FHL system遺伝子の転写に関与する調節因子は2種存在し、正の転写調節因子(FhlA)をコードする遺伝子fhlAを高発現し、かつ負の転写調節因子(HycA)をコードする遺伝子hycAを削除した株を創製し転写解析を行ったところ、FHL systemを構成する蟻酸脱水素酵素サブユニットをコードする遺伝子fdhF及びヒドロゲナーゼサブユニットをコードする遺伝子hycEの転写量の上昇がノザンブロット解析および定量RT-PCR解析により確認された。正の転写調節因子FhlAが水素代謝遺伝子に対しどのような転写制御を行っているかを検証するためにfhlAを削除した株を創製し、マイクロアレイを用いた転写解析を行った。その結果、FHL system関連遺伝子の転写がFhlAに強く制御されると共に、水素の酸化を触媒するヒドロゲナーゼアイソザイム(Hyd-1)の転写がfhlAに制御されることが見出された。転写解析にてFHL systemおよび水素代謝に関する知見が得られたことから、fhlAの高発現に加えhycAを削除した株の水素生産性評価を行ったところ、菌体あたりの蟻酸からの水素生成速度が約3倍向上した。さらに本組換え菌体を高密度に充填し、嫌気条件下にて蟻酸添加反応を行ったところ、反応容積あたりの水素生成速度は約300 l h-1 l-1となり、従来のバイオ水素法と比較し約20倍の水素生成速度の向上が確認された。

蟻酸からの反応容積あたりの水素生成速度が大幅に向上した一方、水素生成反応に必要となる触媒菌体の大量調製が課題として残された。これは好気条件下ではFHL systemの発現が抑制されることに起因する。第二章では、好気培養にて得られたE. coli細胞に、嫌気条件下にてFHL systemを効率的に誘導発現させるための検討を行った。嫌気培養時に生成する副生代謝産物がFHL system誘導発現の阻害因子となることが確認されたことから、嫌気代謝経路遺伝子である乳酸脱水素酵素遺伝子ldhAおよびフマル酸還元酵素遺伝子frdBCの削除による副生代謝産物の生成抑制及び菌体分離膜を用い工学的に副生代謝産物を除去することによりFHL systemの誘導発現を行った。その結果、嫌気培養にて得られる細胞に対し約70%のFHL systemが誘導発現され、菌体あたりの水素生成速度は144.2 mmol h-1 g-1となった。これらの結果により、工業的に触媒菌体を調製する方向性が見出された。

本水素生成反応において、蟻酸はFHL systemにより水素と二酸化炭素に完全に分解される。水素生成反応液内の蟻酸濃度を25 mM以下に保つように蟻酸を連続的に添加することにより連続水素生成が可能であることが見出された。そこで第三章では、水素生成反応の寿命に関する検証を行った。FHL systemに対する局所的な蟻酸の曝露を抑制するために、蟻酸濃度を低くし連続的に蟻酸溶液を水素生成反応液へ供給したところ、高濃度蟻酸添加時と比較し反応寿命が大幅に向上した。また蟻酸に加え補助的にグルコースを添加することによりFHL systemの活性低下が抑制され、グルコース添加が反応寿命の向上に有効であることが示された。また菌体の状態で4 ℃保存することにより、FHL systemの活性は約1ヶ月間持続することが確認された。

蟻酸からの水素生産に関する基礎的な知見が得られたことから、第四章ではグルコースを基質とする直接水素生産の検討を行った。嫌気代謝によるグルコースからの理論水素収率 (4 mol/mol glucose) に対し、従来水素収率が低かったこと (~1 mol/mol glucose) が大きな課題であった。E. coliの嫌気代謝経路において、還元力の細胞外への排出に関与し水素生成と競合する乳酸脱水素酵素遺伝子ldhA、およびフマル酸還元酵素遺伝子frdBCを削除した株を用い、水素収率の検証を行った。その結果、1.82 mol/mol glucoseの水素収率が確認され、蟻酸経由での理論水素収率 (2 mol/mol glucose) の90%を達成した。さらに得られた菌体を高密度に充填しグルコースからの体積あたりの水素生成速度を評価したところ、約20 l h-1 l-1の生産性が確認された。また、蟻酸以外の代謝中間体を基質とする水素生成を想定したE. coli細胞内での異種ヒドロゲナーゼの発現によるさらなる水素収率の向上についても論じている。

以上概説した通り、バイオマス由来原料としてグルコースから水素に至る代謝中間体である蟻酸からの水素生産、及びグルコースからの直接水素生産について基礎から応用に至る研究を行った。これらの結果はバイオ水素生産工業化への大きな前進となる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、化石燃料の枯渇、地球温暖化に対する懸念が高まる中、水素は次世代エネルギーキャリアの本命として注目されている。現在水素生成法として、石油や天然ガスなどの熱改質による化学的手法が一般的であるが、循環型社会へのパラダイムシフトへ向け、再生可能資源であるバイオマスからの新規水素生成技術が求められている。中でも生物的水素生成法(バイオ水素法)は環境負荷の低減が望まれるプロセスであり、工業化への期待が高まっている。

本論文では、バイオ水素法におけるバイオマス原料からの生産性向上に関する研究について論じた。水素生産のための基質として、バイオマス由来原料で安価に得られるグルコースを含む糖類が想定される。これまでバイオ水素法における最大の課題は、反応容積あたりの生産性の低さ及び水素収率の低さにより水素生産設備が大規模となり経済的に成立しないことであった。

そこで第一章では、基質としてグルコースから水素に至る代謝中間体である蟻酸に注目し、Escherichia coli細胞内のFormate Hyddrogen Lyase(FHL)system を高発現した株を用いた水素代謝遺伝子の転写解析、菌体あたりの水素生成速度の向上、および菌体を"触媒"のように利用する新規水素生成法の検討を行った。FHL systemは7つのサブユニットで構成されており、fdhFおよびhycb-Gによりコードされる。FHL system遺伝子の転写に関与する調節因子は2種存在し、正の転写調節因子(Fh1A)をコードする遺伝子fhlAを高発現し、かつ負の転写調節因子(HycA)をコードする遺伝子hycAを削除した株を創製し転写解析を行ったところ、FHL systemを構成する蟻酸脱水素酵素サブユニットをコードする遺伝子fdhF及びヒドロゲナーゼサブユニットをコードする遺伝子hycEの転写量の上昇がノザンプロット解析および定量RT-PCR解析により確認された。正の転写調節因子Fh1Aが水素代謝遺伝子に対しどのような転写制御を行っているかを検証するためにfh1Aを削除した株を創製し、マイクロアレイを用いた転写解析を行った。その結果、FHL system関連遺伝子の転写がFh1Aに強く制御されると共に、水素の酸化を触媒するヒドロゲナーゼアイソザイム(Hyd-1)の転写がfh1Aに制御されることが見出された。転写解析にてFHLsystemおよび水素代謝に関する知見が得られたことから、fh1Aの高発現に加えhycAを削除した株の水素生産性評価を行ったところ、菌体あたりの蟻酸からの水素生成速度が約3倍向上した。さらに本組換え菌体を高密度に充填し、嫌気条件下にて蟻酸添加反応を行ったところ、反応容積あたりの水素生成速度は約3001h(-1)1(-1)となり、従来のバイオ水素法と比較し約20倍の水素生成速度の向上が確認された。

蟻酸からの反応容積あたりの水素生成速度が大幅に向上した一方、水素生成反応に必要となる触媒菌体の大量調製が課題として残された。これは好気条件下ではFHL systemの発現が抑制されることに起因する。第二章では、好気培養にて得られたE.coli細胞に、嫌気条件下にてFHLsystemを効率的に誘導発現させるための検討を行った。嫌気培養時に生成する副生代謝産物がFHL system誘導発現の阻害因子となることが確認されたことから、嫌気代謝経路遺伝子である乳酸脱水素酵素遺伝子1dhAおよびフマル酸還元酵素遺伝子frdBCの削除による副生代謝産物の生成抑制及び菌体分離膜を用い工学的に副生代謝産物を除去することによりFHL systemの誘導発現を行った。その結果、嫌気培養にて得られる細胞に対し約70%のFHL systemが誘導発現され、菌体あたりの水素生成速度は144.2 mmol h(-1)g(-1)となった。これらの結果により、工業的に触媒菌体を調製する方向性が見出された。

本水素生成反応において、蟻酸はFHL systemにより水素と二酸化炭素に完全に分解される。水素生成反応液内の蟻酸濃度を25mM以下に保つように蟻酸を連続的に添加することにより連続水素生成が可能であることが見出された。そこで第三章では、水素生成反応の寿命に関する検証を行った。FHL systemに対する局所的な蟻酸の曝露を抑制するために、蟻酸濃度を低くし連続的に蟻酸溶液を水素生成反応液へ供給したところ、高濃度蟻酸添加時と比較し反応寿命が大幅に向上した。また蟻酸に加え補助的にグルコースを添加することによりFHL systemの活性低下が抑制され、グルコース添加が反応寿命の向上に有効であることが示された。また菌体の状態で4℃保存することにより、FHL systemの活性は約1ヶ月間持続することが確認された。

第四章ではグルコースを基質とする直接水素生産の検討を行った。嫌気代謝によるグルコースからの理論水素収率(4mol/mol glucose)に対し、従来水素収率が低かったこと(~1 mol/mol glucose)が大きな課題であった。E.coliの嫌気代謝経路において、還元力の細胞外への排出に関与し水素生成と競合する乳酸脱水素酵素遺伝子1dhA、およびフマル酸還元酵素遺伝子frdBCを削除した株を用い、水素収率の検証を行った。その結果、1.82 mol/mol glucoseの水素収率が確認され、蟻酸経由での理論水素収率(2 mol/mol glucose)の90%を達成した。さらに得られた菌体を高密度に充填しグルコースからの体積あたりの水素生成速度を評価したところ、約201h(-1)1(-1)の生産性が確認された。

以上、本研究はバイオマス由来原料として代謝中間体である蟻酸からの水素生産、及びグルコースからの直接水素生産について基礎から応用に至る研究を行ったものであり、学術的さらには産業応用的に貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク