学位論文要旨



No 216891
著者(漢字) 花田,充治
著者(英字)
著者(カナ) ハナダ,ミツハル
標題(和) 新規アンスラサイクリン系制癌剤amrubicinの抗腫瘍効果に関する作用機序研究及び併用効果の探索研究
標題(洋)
報告番号 216891
報告番号 乙16891
学位授与日 2008.02.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16891号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 准教授 内藤,幹彦
 東京大学 准教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

doxorubicinに代表されるアンスラサイクリン系制癌剤は(下図)、悪性リンパ腫、白血病、乳癌等の化学療法に欠かせない制癌剤として広く使用されている。効果増強や毒性軽減を目指して、これまでに検討されてきたアンスラサイクリン誘導体の多くは、発酵品あるいは発酵品からの半合成品であるため、その化学構造の変換には一定の制限があった。これらとは異なり、化学的全合成という創薬アプローチを取ることにより、amrubicinは見出された(下図)。amrubicinの化学構造上の特徴は、9位に水酸基の代わりにアミノ基を有し、アミノ糖の代わりに簡単な糖部分を有することである。アンスラサイクリン系制癌剤の主要な代謝経路は、13位のカルボニル基が水酸基へ還元される反応であり、この代謝過程は一般に不活性化経路と考えられている。amrubicinもまた13位還元代謝物であるamrubicinolへ変換されるが(下図)、amrubicinolのin vitro細胞増殖抑制作用は、細胞株の違いによってamrubicinよりも5~200倍強く、doxorubicinと同程度であった。このように、他のアンスラサイクリン系制癌剤では活性を減弱させる代謝により、逆に活性が亢進する点が、amrubicinの大きな特徴の一つである。

本研究では、doxorubicinとの比較を中心に、DNAトポイソメラーゼII阻害剤etoposideやアポトーシス誘導作用を有するアンスラサイクリン系制癌剤daunorubicinを陽性対照として、amrubicinが抗腫瘍効果を発現する機構を明らかにすることを目的とした。第一章では、amrubicin及びamrubicinolの作用機序として、精製酵素系及び培養細胞系を用いてDNAトポイソメラーゼII阻害作用を検討した。第二章では、抗腫瘍効果の発現に重要と考えられるアポトーシス誘導作用について、培養細胞系を用いて検討した。第三章では、癌の化学療法においては、多剤併用が主流である実態をふまえ、amrubicinを併用することで抗腫瘍効果の増強が期待できる既存制癌剤をin vitro 及びin vivo で探索した。

amrubicin及びamrubicinolは、intercalationによりDNAに結合する作用を有していたが、これらの作用はdoxorubicinの1/5以下の強さであった。DNAトポイソメラーゼIIは、DNA代謝に重要な酵素であるだけでなく、様々な制癌剤の細胞内標的分子でもある。amrubicin及びamrubicinolは、精製ヒトDNAトポイソメラーゼIIによるdecatenation反応を阻害するとともに、本酵素を介したDNA切断を増強した。すなわち、amrubicin及びamrubicinolはDNAトポイソメラーゼII阻害剤であり、その阻害様式はcleavable complex(切断されたDNAの5'末端が酵素のチロシン残基と共有結合したDNA-タンパク質複合体)の安定化であることが示された。更に、CCER-CEM株(ヒト白血病)及びKU-2株(ヒト腎癌)をamrubicin及びamrubicinolで処理した場合、薬剤濃度に依存して、タンパク質-DNA複合体の形成量が増加し、染色体DNAの切断が増強することが示された。また、DNA topoisomerase II catalytic inhibitor であるICRF-193で前処理することにより、amrubicinやamrubicinolによる細胞内DNAトポイソメラーゼII阻害作用が抑制されるとともに、in vitro細胞増殖抑制作用もまた抑制された。従って、amrubicin及びamrubicinolは、cleavable complexを安定化することにより細胞内DNAトポイソメラーゼIIを阻害し、主にこの阻害作用によって癌細胞の増殖を抑制することが示された。一方、doxorubicinのDNAトポイソメラーゼII阻害作用は、amrubicinやamrubicinolと比較すると、軽微であり、そのin vitro細胞増殖抑制作用は、ICRF-193の影響を受けなかった。

癌が消失・縮小するためには、細胞増殖の停止では不十分であり、アポトーシスの誘導が必要と考えられている。U937株(ヒト白血病)をamrubicin及びamrubicinolで処理した場合、核の断片化やヌクレオソーム単位でのDNA切断が観察され、ICRF-193によってDNAの断片化は抑制された。そのため、amrubicin及びamrubicinolは、アポトーシスを誘導すること、その作用は、DNAトポイソメラーゼII阻害作用に起因することが示された。一方、doxorubicinのアポトーシス誘導作用は、amrubicinやamrubicinolと比較すると、軽微であった。また、amrubicin及びamrubicinol誘導アポトーシスにおいては、経時的なcaspase-3/7の活性化に続き、ミトコンドリア膜電位の低下を伴っており、これらはetoposideやdaunorubicin誘導アポトーシスと共通した経路であった。

DNAトポイソメラーゼII阻害作用により、in vitro細胞増殖抑制作用を発現すること、また、アポトーシス誘導作用を有する点で、amrubicin及びamrubicinolの作用機序は、etoposideと類似していた。そこで、アポトーシス誘導機構の薬剤間での差異を検討するため、セリンプロテアーゼ阻害剤phenylmethanesulfonyl fluoride、汎caspase阻害剤Z-Asp-CH2-DCBあるいはミトコンドリアF0F1-ATPase阻害剤oligomycinの影響を検討した。その結果、etoposideによるcaspase-3/7の活性化は、oligomycinによって抑制されなかったのに対し、amrubicin及びamrubicinolの場合には、oligomycinによってcaspase-3/7の活性化が抑制された。このことから、amrubicin及びamrubicinolによって誘導されるアポトーシスの機構は互いに類似しているが、etoposide誘導アポトーシスとは経路に違いがあることが示唆された。

癌の化学療法の領域においては、生存率やquality of lifeの改善を目指し、多剤併用療法が主流である。併用療法における制癌剤の組み合わせは、互いに作用機序が異なること、毒性が重複しないこと、薬剤相互作用がないこと等を考慮して選択される。DNAトポイソメラーゼII阻害作用やアポトーシス誘導作用の検討結果から、amrubicinはdoxorubicinとは異なる作用機序により抗腫瘍効果を発現することが示されたため、amrubicinを併用することで抗腫瘍効果の増強が期待できる既存制癌剤をin vitro及びin vivoで探索した。in vitro併用効果は、amrubicinolと他剤を同時添加する条件で、combination index法により評価した。その結果、LX-1株(ヒト小細胞肺癌)において、白金系制癌剤cisplatinまたはDNAトポイソメラーゼI阻害剤irinotecanとamrubicinolの併用は相乗効果であった。抗human epidermal growth factor receptor type 2(HER2)抗体trastuzumabあるいはepidermal growth factor receptor阻害剤gefitinibとamrubicinolの併用も、それぞれBT-474株(ヒト乳癌)あるいはA-431株(ヒト皮膚癌)において相乗効果を示した。また、A549株(ヒト非小細胞肺癌)におけるtubulin重合阻害剤vinorelbineとの併用は相加、代謝拮抗剤gemcitabineとの併用は拮抗であった。なお、amrubicinとの同時併用については、irinotecan、trastuzumabあるいはgefitinibで相乗、cisplatin及びvinorelbineで相加であった。

amrubicinの適応癌種は、小細胞肺癌及び非小細胞肺癌である。マウスにおけるamrubicinの最大耐量(MTD)である25 mg/kgの用量で、ヒト肺癌細胞株に対するin vivo細胞増殖抑制作用を検討したところ、小細胞肺癌では2株中2株、非小細胞肺癌では4株中3株において、amrubicin単剤は有効であることが確認された。そこで、cisplatin、irinotecan、vinorelbine、gemcitabine、trastuzumab、gefitinib及び代謝拮抗剤UFT(tegafur/uracil)について、 amrubicinとのin vivo併用効果を検討した。併用投与群の用量は、それぞれを単剤で投与した場合のMTDとしたが、いずれも担癌マウスの体重減少が15%をこえることは無かった。そのため、検討した制癌剤はいずれもMTDでamrubicinとの併用が可能であることが示された。中でも、腫瘍の消失例が観察されたことから、HER2高発現の4-1ST株(ヒト胃癌)に対するtrastuzumabのin vivo細胞増殖抑制作用を、amrubicin併用は顕著に増強することが示された。更に、cisplatin、irinotecan、あるいはUFTとamrubicinの併用は、ぞれぞれの単独治療と比較して、体重減少を増悪することなく、LX-1株やSC-6株(ヒト胃癌)に対するin vivo細胞増殖抑制作用を増強した。また、gemcitabineまたはvinorelbineとの併用では、in vivo細胞増殖抑制作用の指標とした最小T/Cが、それぞれLX-1株またはQG-56株(ヒト非小細胞肺癌)において、amrubicin単独治療と比較して低下した。

本研究により、amrubicinが抗腫瘍効果を発現する機構は、doxorubicinの場合とは異なることが明らかとなった。すなわち、doxorubicinが主にDNAへのintercalationによって細胞増殖抑制作用を発現すると考えられたのに対し、amrubicin及びamrubicinolはintercalation 作用は弱く、むしろcleavable complexの安定化を介してDNAトポイソメラーゼIIを強く阻害し、主にこの作用により癌細胞の増殖を抑制することが示された。また、amrubicin及びamrubicinolは、ヒト癌細胞において、DNAトポイソメラーゼII阻害に続き、caspase-3/7の活性化とミトコンドリア膜電位の低下を伴ったアポトーシスを、doxorubicinよりも強く誘導した。このようにdoxorubicinとは異なる作用機序を有するamrubicinは、単剤でヒト肺癌細胞株に対してin vivo細胞増殖抑制作用を示すとともに、cisplatin、irinotecan、vinorelbine、gemcitabine、UFTあるいはtrastuzumabと併用することにより、これらの効果を増強することが示された。

図 アンスラサイクリン系制癌剤の化学構造式○は9位のアミノ基を示す。○及び□は、それぞれ13位カルボニル基及び水酸基を示す。

審査要旨 要旨を表示する

doxorubicinなどのアンスラサイクリン系制癌剤は、化学療法剤として広く使用されている。これらの誘導体の多くは、発酵品あるいは発酵品からの半合成品であり、化学構造の変換には一定の制限があった。これに対し、amrubicinは化学的全合成により見出されたアンスラサイクリン系制癌剤であり、9位の水酸基の代わりにアミノ基を、アミノ糖の代わりに単純な糖部分を有する(図参照)。アンスラサイクリン系制癌剤は、13位のカルボニル基が水酸基へ還元されると、一般に不活性化されるが、amrubicinは13位が還元されてamrubicino1になると、in vitro細胞増殖抑制作用がむしろ増強する。本研究は、amrubicinが抗腫瘍効果を発現する機構を明らかにすることを目的としたものであり、三章よりなる。

第一章では、amrubicinとamrubicino1のDNAトポイソメラーゼIIに対する作用を検討した。両化合物とも、精製ヒトDNAトポイソメラーゼIIを阻害すること、その阻害様式は、切断されたDNAと酵素が共有結合した複合体(cleavable complex)の安定化であることを明らかにした。更に、ヒト白血病細胞株やヒト腎癌細胞株に対しても同様の阻害効果を示すことを見いだした。これらの結果から、amrubicin及びamrubicinolは、doxorubicinよりも強くDNAトポイソメラーゼIIを阻害し、癌細胞の増殖を抑制することが示された。

第二章では、抗腫瘍効果の発現に重要と考えられるアポトーシス誘導作用について、培養細胞系を用いて検討した。ヒト白血病細胞株に対し、amrubicin及びamrubicinolは、カスペースの活性化に続き、ミトコンドリア膜電位の低下を引き起こし、典型的なアポトーシスを誘導すること、その作用はDNAトポイソメラーゼII阻害に起因することを明らかにした。一方、doxorubicinのアポトーシス誘導作用は、軽微であった。

第三章では、癌の化学療法においては、多剤併用が主流である実態をふまえ、amrubicinを併用することで抗腫瘍効果の増強が期待できる多数の既存制癌剤をin vitro及びin vivoで探索した。その結果、ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)に対する抗体trastuzumab(商品名、ハーセプチン)と併用すると、ヒト胃癌細胞の消失が観察されるなど顕著な効果を示すことを明らかにした。更に、cisplatinやirinotecanと併用すると、体重減少を増悪することなく、ヒト肺癌細胞に対し細胞増殖抑制作用を増強することを示した。

これらの研究により、DNAへのインターカレーションを引き起こすdoxorubicinとは異なり、amrubicinの抗腫瘍効果発現機構は、DNAトポイソメラーゼIIの阻害であることを明らかにした。また、amrubicinをamrubicinolへ代謝するのは、doxorubicinの場合と同様に、カルボニルレダクターゼ等の還元酵素と考えられることから、amrubicinが高い効果を発揮するのは、この酵素活性の高い癌細胞と考えられることを考察した。

以上、本研究は、amrubicinが抗腫瘍効果を発現する機構を詳細に明らかにしたものであり、学術的にも応用的にも寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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