学位論文要旨



No 216895
著者(漢字) 竹宮,明広
著者(英字)
著者(カナ) タケミヤ,アキヒロ
標題(和) ロジウム触媒による置換ピペリジン類の合成およびパラジウム触媒によるアシルアニオン等価体を用いたケトン類の合成研究
標題(洋)
報告番号 216895
報告番号 乙16895
学位授与日 2008.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16895号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 准教授 浦野,泰照
 東京大学 准教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

緒言

本研究は、三菱ウェルファーマ社(現田辺三菱製薬社)からの研究留学において、Yale大学化学科John F.Hartwig教授(現Illinois大学化学科)の指導の下で行われた研究である。

序論

遷移金属錯体を触媒とする有機合成反応は、触媒による独特で多彩な反応形式が知られており、盛んに研究が行われている分野である。またその産業上の有用性から、生物活性物質の合成においても重要な反応となっており、研究段階から実際の生産にわたるまで多岐にわたって用いられている。特に、オレフィンメタセシスや不斉水素化反応は、生理活性物質を合成する上での重要な中間体を与える実用性の高い反応であり、すでに工業的規模での実用化がなされている。また、オレフィン類のヒドロアミノ化、ヒドロホルミル化、水和といったオレフィン類への直接の官能基導入やパラジウム触媒を用いた炭素一炭素および炭素-ヘテロ原子結合生成反応は、遷移金属触媒の特性を生かした有用な反応であり、近年盛んに研究が行われている。本研究では、

1)オレフィン類のヒドロアミノ化反応による新規なヘテロ環化合物の合成法

2)パラジウム触媒による炭素一炭素結合生成反応における、ヒドラゾンをアシルアニオン等価体として用いたケトン類の新規合成法

に焦点をあて、これらの反応を用いた、創薬研究に有用な化合物の効率的な合成手法の研究を行った。

1:ロジウム触媒を用いた分子内Anti-Markovnikovヒドロアミノ化による置ピペリジンの合成

オレフィン類のヒドロアミノ化反応は炭素一炭素二重結合を一段階で直接アミン類へと変換する反応であり、近年種々の遷移金属錯体が本反応に有用な触媒として報告されている。ヒドロアミノ化反応は、Markovnikov型、Anti-Markovnikov型の2種の生成物を与えることが知られており、この選択性を制御することが重要である。Markovnikov型生成物の選択的な生成は、種々の触媒によって達成されているが、Anti-Markovnikov型生成物が選択的に生成する触媒系については、近年Hartwig研究室において見出されたロジウムおよびルテニウム錯体が最初の例である。

分子内反応においては、反応基質として合成が容易な鎖状アミノアルケン類から含窒素ヘテロ環化合物を与えることから、含窒素ヘテロ環化合物の合成法として有用な手段である。しかしながら、分子間反応と同様に、Markovnikov型生成物を与える反応は、近年種々の金属錯体が触媒作用を示すことが報告されているが、Anti-Markovnikov型生成物を与える触媒的な反応については知られていなかった。そこで本研究では、触媒的な分子内Anti-Markovnikov型ヒドロアミノ化による含窒素ヘテロ環化合物の合成法の開発を目的として研究を行った。分子内反応の基質として、α一メチルスチレン誘導体を選択し、入手容易な出発原料から常法に従いアミノアルケンを合成し、カチオン性ロジウム錯体を触媒として反応条件の検討を行ったところ、Anti-Markovnikov型ヒドロアミノ化が進行しドパミン受容体アゴニスト作用が知られる3-PPPなどの一連の化合物の基本骨格である3一アリールピペリジン類が生成することを見出した。

次に、基質のベンゼン環上および炭素鎖上に置換基を導入した種々の基質を合成し、最適化した反応条件を用いて反応を行った。ベンゼン環上に置換基を導入した基質においても良好な収率で目的とする1-メチルー3-アリールピペリジンが得られ、副生成物であるエナミン体との選択性も同様に良好であった。基質の炭素鎖上に置換基を導入した基質においては、窒素原子のβ位に種々の置換基を導入した基質においては、良好な収率及び立体選択性でcis体の3,5-2置換1-メチルピペリジンが生成した。

2:パラジウム触媒を用いるアシルアニオン等価体としてのヒドラゾンのクロスカップリング反応による非対称ケトン類合成

パラジウム触媒を用いたハロゲン化アリールのカップリング反応は、Grinard試薬、ボロン酸、などの種々の有機金属化合物や、水素原子を電子吸引性官能基のα位に有する化合物など多様な求核種との炭素一炭素結合生成が可能であり、得られる生成物は、生物活性物質の中間体などとして重要である。本研究では、パラジウム触媒を用いたハロゲン化アリールのクロスカップリング反応においてアシルアニオン等価体を求核剤として用いることで、ハロゲン化アリールからの簡便な非対称ケトン類の合成を目的として研究を行った。ヨウ化アリールとアルデヒドの直接のカップリング反応によるケトンの合成が2例知られているが、その適用範囲には制限があった。

そこで、この問題を解決し、より一般性のある反応を見出すことを目的としてアシルアニオン等価体を用いたクロスカップリングによるケトン類の合成研究を行った。

アシルアニオン等価体としては、Baldwinらにより報告されたN-tert-ブチルヒドラゾンが最適であると考えた。塩基により脱プロトン化されたN-tert-ブチルヒドラゾンは、ジアザアリルアニオンとして炭素原子側、窒素原子側の双方で反応が可能であるが、窒素原子上のtert-ブチル基の立体障害により炭素原子側で選択的に求電子種と反応し、対応するアゾ化合物を与える。

得られたアゾ化合物は酸の存在下におけるヒドラゾンへの異性化、加水分解を経て目的のケトンが得られる。反応条件の最適化を行う目的で、パラジウム触媒存在下、ブチルアルデヒドのN-tert-ブチルヒドラゾンとプロモベンゼンとのカップリング反応を検討した。N-tert-ブチルヒドラゾンは、市販のtert-ブチルヒドラジン塩酸塩とアルデヒドから容易に合成が可能である。反応条件検討の結果、Pd2(dba)3および、DPEphosを用いた場合、カップリング反応がほぼ定量的に進行し、加水分解後に目的物であるブチロフェノンが得られた。本反応は、ヒドラゾンから発生したジアザアリルアニオンがパラジウム上で立体障害の低い炭素原子側で還元的脱離を起こすことでアゾ化合物を与え、酸加水分解を経て目的とするケトンが得られると考えられる。

ヒドラゾンの反応性および反応点の選択性は、窒素原子上の置換基に大きく依存し、Boc、ベンゾイルなどの置換基では反応は進行せず、フェニル基を有する場合では窒素原子側で反応した生成物が得られた。

次に、4種のヒドラゾンと種々の臭化アリールとの反応を用いて本反応の基質一般性を検討した。ベンゼン環上の置換基においては、ニトリル、ケトン、アミド、エステルなど種々の置換基が存在してもこれらの官能基が影響を受けることなく反応が進行し、いずれの場合も良好な収率で目的とするケトンが得られた。また、ヒドラゾン上の置換基においても、第1級アルキル、第2級アルキル、フェニル、ベンジルと多様な置換形式に適用可能であることが判明した。さらに、ビニルトリフラートを基質として用いることも可能であり、生成物としてエノンが得られた。このように、tert-ブチルアニオンをアシルアニオン等価体として用いるパラジム触媒によるクロスカップリング反応を見出し、この反応を用いることで種々の官能基を有するケトン類が合成できることを見出した。

総括

ロジウム触媒を用いた分子内Anti-Markovnikovヒドロアミノ化反応の研究において、薬理活性が知られ3-アリールピペリジン類が収率良く生成し、置換基を導入した基質においては高い立体選択性で反応が進行することを見出した。パラジウム触媒を用いたケトン類の合成においては、アシルアニオン等価体としてN-tert-ブチルヒドラゾンを用いた臭化アリールとのカップリング反応を見出し、種々の非対称ケトン類の簡便な合成法を見出した。

審査要旨 要旨を表示する

遷移金属錯体を触媒とする有機合成反応は、触媒による独特で多彩な反応形式が知られており、盛んに研究が行われている分野である。また、生物活性物質の合成、特に創薬研究の現場においては重要な鍵反応として、研究段階から実際の生産まで多岐にわたって用いられている。竹宮は、創薬研究への応用を目指した遷移触媒による新規触媒的合成法の開発を計画し、下記の2つの反応について検討を行った(Scheme1)。

1)ロジウム触媒を用いた分子内ヒドロアミノ化による置換ピペリジン類の合成法開発

2)パラジウム触媒を用いたアシルアニオン等価体のクロスカップリングによるケトンの新規合成法開発

その結果、ヒドロアミノ化の研究においてはカチオン性ロジウム錯体を触媒としたAntiMarkovnikov型ヒドロアミノ化による置換ピペリジン類の合成法を見出し、パラジウム触媒によるケトン類の合成法開発においては、N-tert-ブチルヒドラゾンをアシルアニオン等価体として用いる汎用性の高い新規合成法を見出した。

竹宮は、α-メチルスチレン型アミノアルケンをヒドロアミノ化基質として合成し、これを用いて反応条件を種々検討した結果、[Rh(COD)(DPPB)]BF4を触媒として用いた場合にAnti-Markovnikov型ヒドロアミノ化が選択的に進行し、ドパミン受容体アゴニストのファーマコフォアとして知られる3-置換メチルピペリジン類を高収率で得られることを見出した(Scheme2)。

さらにこの反応系において、置換基を導入した基質を用いた場合に高い立体選択性でヒドロアミノ化が進行し、cis-3,5-2置換ピペリジン類を与えることを見出した。また、光学活性配位子を用いた反応において、光学活性な置換ピペリジン類の合成への応用の可能性を示した(Scheme3)。

次に、竹宮はパラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応において、アシルアニオン等価体を用いた新規芳香族ケトン類合成法の開発を計画した。N-tert-ブチルヒドラゾンをアシルアニオン等価体として反応条件を検討した結果、Pd2(dba)3、DPEphosを触媒として用いた場合に、1級及び2級アルキル、フェニル基、ベンジル基など種々の置換形式のフェニルケトン類が高収率で得られることを見出した。この反応系において、ヒドラゾン窒素原子上の置換基は反応における生成物の選択性やヒドラゾンの反応性の面からtert-ブチル基が非常に重要であることを見出した(Scheme4)。

さらに、見出した反応における基質一般性の検討を種々のハロゲン化アリールを用いて行い、多様な置換基を有する基質においても同様に高い収率で目的とする芳香族ケトン類を得ることができた(Scheme5)。ニトリル、アミド、エステル、ケトンなどの置換基を有するハロゲン化アリールを基質とした場合、従来法では直接的なケトン合成が困難であり、保護基などの使用が必要とされるが、本反応においては、これらの置換基の共存下、いずれの場合も目的とするケトン類が得られることから、創薬研究におけるパラレル合成などの観点からも汎用性の高い新規なケトン類の合成法が確立された。

以上のように竹宮は、ロジウム触媒を用いた置換ピペリジン類の合成法開発において、新規な分子内ヒドロアミノ化による置換ピペリジン類の合成法を確立し、生物活性を有する一連の化合物の構造活性相関研究への新たな道を開いた。また、パラジウム触媒を用いたアシルアニオン等価体によるケトンの合成法開発においては、N-tert-ブチルヒドラゾンを用いた汎用性の高いケトン類の合成法を確立した。これらの合成手法は創薬研究における種々の化合物の構造活性相関の解明に寄与することが期待される。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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